第25話 それは奇跡か偶然かだったのです

「阿武川さんやってるのか…………」






 その中の一台で千歳がゲームプレイをしているのはすぐに見つかった。千歳以外に筐体へ座ってゲームをしている者はいなかったし、女子がアーケードゲームをしている姿はそれだけで珍しいため目立っている。






 「うっ! とっ! えいっ!」






 それに、千歳はキャラの動きと呼応するように自分の身体を動かしているため、そういう意味でも目立っている。生まれて初めてゲームをやった子供のように、その動きは初心者まるだしだった。






 「あ……」






 プレイしているのは格闘ゲーム。




 レジェンディアドレッドだ。






 「…………ああ、やられちゃった」






 ルークを操作する千歳の手元は、うまく滑れないスケートのように落ち着きがない。いわゆるレバガチャプレイをしていた。






 「うーん、やっぱり難しいなぁ」






 千歳は顔をしかめながらも、財布から百円を取り出し、ためらいなく投入口にいれる。




 ゲームに集中しているのだろう。後ろにいる圭吾には気づかないまま再びルークを選び、CPUとの一戦目を開始した。






 「と…………うっ! くっ…………えい!」






 またも身体を動かしながらルークを操作する。




 先程と同じく身体を動かしながらのCPU対戦に苦戦していたが、一戦目のCPUはかなり弱めに設定されているので、千歳のルークは勝利した。ギリギリだったが、それでも勝利は勝利である。






 「よし、ここから…………問題はここから…………」






 二戦目が始まり、相手のハヌマーンがルークを掴むと、そのまま飛び上がって落下した一撃でルークの体力をごっそり減らしていく。




 ハヌマーンのハヌマーンボンバーという必殺技で、コレを食らえば大ダメージが確定する。




 そのため、ハヌマーンと戦う時は最も警戒しなければならない必殺技だ。ハヌマーンの使い手は、常にハヌマーンボンバーが確定する動きをしてくるので、それに釣られないようにするのが常識である。






 「あ! 二発目!」






 それはCPU戦でも変わらない。




 まあ、さすがに対人戦のように狙い澄ましては来ないが、千歳の動きは初心者も初心者だ。いくらCPUの難易度が低く、出し方が甘くても、ハヌマーンボンバーを出されてしまえばくらってしまう。




 通常攻撃に加えて二回もハヌマーンボンバーをくらえば、もう体力は残り僅かになる。




 千歳はそこからある程度は善戦するものの、残り少ない体力では耐える事ができず、そのままハヌマーンに負けた。






 「あー、負けちゃったかぁ…………」






 そう呟きながら千歳は再び財布から百円を取り出す。




 そして、すぐにハヌマーンと戦おうとしたが。






 「ルークなら前S攻撃がいいよ。レバーを前に倒しながらS攻撃。CPU相手ならそれを振るだけで勝てると思う」






 「うわっ!」






 突然の事に驚いたのだろう。背後から聞こえた圭吾の声に千歳はビクリと反応する。






 「な、中西君!? なんでここに…………」






 「母親から買い物頼まれて。それで――――――――」






 圭吾は千歳にこのゲーセンにいる経緯を説明する。






 「そうなんだ。でも、凄いな…………こんな偶然あるんだね」






 「こんな偶然って?」






 「私、このゲームセンターの前をただ通りかかって、なんとなく入っただけなの。今日初めて入ったし、このゲームをやるのも初めて。なのに、中西君がそんな私を見つけてここにいるなんて、もの凄い偶然…………いや、“奇跡”だよ」






 ――――――――ドクンと圭吾の心臓が高鳴った。




 記憶が掘り起こされるような感覚が圭吾に走る。






 偶然、なんとなく、初めて――――――――“奇跡”






 その言葉が圭吾の凍っていた血を融解させるような――――――――――――――――――そんな錯覚を覚えさせる。






 「紫ちゃんがやってるゲームだからキャラくらいは知ってるんだけど、それだけだったんだ……………………なんとなく入った店だけど、置いてるの見つけたから、ちょっとやってみようかなって。でも、難しいね。ハハハ」






 CPUに負けた事の恥ずかしさを隠すように千歳は笑う。






 「躊躇いないんだな」






 「え?」






 「あっさり百円いれてたからさ。普通、連コインって入れづらいから」






 圭吾は千歳が対戦に負けてもあっさり百円を投入したのを見ている。




 ゲーム時間は二回含めても三十秒程しかなく、内容も負け試合だ。普通なら椅子から立ち上がって店を出てももおかしくない。最悪、もう同じ筐体に座ろうとしないだろう。






 「え? あっさりかな? プライズゲームする時は百円なんていっぱい投入するし、すぐ一回が終わっちゃうから、格闘ゲームもそうなのかなって思ったんだけど…………」






 だが、千歳は「どうして?」とでも言うような顔を圭吾に向けている。百円を惜しむという行為を不思議に思っているようだ。




 千歳はプライズゲームに慣れているらしい。プライズゲームで景品を本気で取ろうとするなら結構な投入額が必要なので、圭吾の言った事に違和感があるようだった。






 「…………あの……さ……中西君」






 圭吾と千歳の出会った場所が場所であり、圭吾が自らここに来ているため、避けるのはあまりに不自然だと千歳は判断したのだろう。






 「中西君は…………その…………さ…………」






 チラリと千歳の視線がレジェンディアドレッドの筐体へと向いた。






 「…………やらないの?」






 爆弾解体中に残った二つのコードを見るような顔をして、千歳は圭吾の返答を待っている。それは多少でも今の圭吾の事を知っている者の反応だった。






 「オレは…………」






 圭吾は格闘ゲームをやめている。千歳への返答はノーと言わなければならない。






 「……………………」






 しかし、それを言ったら千歳はどう思うだろうか。




 状況や空気に流された発言とはいえ、自分を責めてしまうのではないだろうか。




 あんな事を言わなければよかった、言った事で圭吾を傷つけてしまったと、後悔するのではないだろうか。




 無意味で酷い発言だったと悔やんでしまわないだろうか。








 「…………そうだな。せっかくレジェドレがあるんだし、ちょっとやってくか」






 「…………え?」






 聞かなければ不自然だと思った事とはいえ、それは千歳にとって思ってもみない返事だったのだろう。






 「ほ、本当!? 本当なの中西君!?」






 島に隠された財宝でも見つけたような顔で圭吾の顔を見てくる。目の前にいるのは本当に中西圭吾なのかと言わんばかりの驚きようだ。




 だが、その千歳の驚きには未知や戸惑いよりも安堵の方が多く込められている。まさかの事態に喜びを隠せていなかった。






 「べ、別に驚く事じゃないだろ。ただゲームやるだけなんだから」






 「あ、そ、そうだよね! ゴメン…………」






 千歳はさっきまで自分の座っていた席を圭吾に差し出してくる。




 圭吾が「ゲームをやる」と言った事を微塵も疑ってないようだ。何の不信感も抱いておらず、千歳の表情は安心した笑顔に変わっていた。






 「中西君って格闘ゲーム全然やった事なかったのに、すごくうまいんでしょ? 紫ちゃんが言ってたよ」






 「…………紫が?」






 圭吾がレジェンディアドレッドをすると言ったため、千歳はわだかまりもなくなったと解釈したのだろう。さっきまでなら話題に出さなかったのだろうが、ごく普通にあっさりと紫の名を圭吾に告げた。






 「うん、すごくうまいって。上達も早いなって言ってたよ」






 「そう言われてもな………………アイツには一回も勝った事ないし、実戦したらいつもボコボコだよ。練習に付き合ってもらってたからよくわかる」






 「あ、それ知ってるよ。中西は相手の行動を読むとか全くしない。自分の技を押しつけてばかりだから対処が簡単。したい事がうまく行くまで繰り返すからワンパターンが酷い。技のぶっぱなし多いから反撃があっさり決まる。攻撃一辺倒だから防御の意識が薄い――――――――――――――――って、コレ言ってたの紫ちゃんだからね! わ、私じゃないから! 私じゃこんな事言えないしわからないから!」






 「大丈夫大丈夫。どう聞いてもアイツが言ったようにしか聞こえないから。よく記憶してんなオイとは思うけども」






 言っている事に嘘は無いとわかっていても、全くオブラートに言葉を包もうとしない千歳に思わず圭吾は苦笑いしてしまう。






 「ホント久々だ…………」






 圭吾は百円を投入しレジェンディアドレッドを開始する。




 かなり久しぶりで懐かしい感覚だ。触るレバーは快適で、押すボタンの感触は心地よい。手入れが行き届いており、新品のような手触りがこの筐体にはあった。






 (………………なんか似てるな)






 懐かしい。そう思ったからだろうか。






 (………………あの時と)






 デパートの屋上で由良に触らせてもらったレジェンディアレッドの事を思い出す。




 あの筐体の手触りもこんな感じだった。




 まあ、あそこは手入れというか、そもそもプレイする人間があまりいないだけだろうが。遊ぶ人間が少なければレバーやボタンに負担が蓄積する事はないため、不調を来す事は少なくなる。






 「キャラ選択ってそんなに速くできるモノなんだ…………」






 「よくコイツ使ってたから」






 圭吾はキャラクター選択画面になるとすぐにルークを選ぶ。




 完全に慣れた選び方で、ルークが圭吾のマイキャラクターである事や、格闘ゲームができる人間である事が伝わる選び方だった。




 すぐにキャラへカーソルを持って行く事は慣れてなければ不可能だ。千歳や全く格闘ゲームをやった事の無い者からすれば、もうそこから強さの圧力プレツシヤーを感じてしまう。






 「始まったらまずこんな感じで距離取るといいよ。うまい人達もやる行動だし。まあ、読まれたら攻撃されるけど、そういうのはお互い様だから」






 まず一回戦目が始まり、圭吾がルークの簡単な動きを千歳に解説する。




 圭吾はレジェンディアドレッドがうまいワケではないが、それはプレイヤー間での話だ。




 千歳のような何も知らない素人なら、圭吾でも十分教える事ができる。むしろ、素人に近い圭吾の方が千歳のわからない部分は本能的に察しやすい。






 「ほら、こんな感じで。安定する立ち回りってヤツだから、とりあえず出すって感覚でいいよ」






 「うーん、どうしてそんな風に…………うーむ」






 CPUと対戦しつつ圭吾は解説を続けるが、千歳は今一つ解らないようだった。




 結果は出ているため、圭吾のしている事は正しいとわかるが、それに至る過程が見えていない。納得はできるが理解に至れずなようで、千歳の顔が学校の授業がわからず悩んでいるような顔になってきている。






 「ほら、圧殺できた」






 解説していると圭吾がまず一本目を取った。解説しながら戦っていたのに、ルークの体力はほとんど減っていない。




 以前、紫に鍛えてもらったモノが残っているのだろう。半年ぶりに触ったが、CPUに苦戦するほど圭吾のウデは錆びていなかった。






 「じゃあ、はい」






 そう言って圭吾は立ち上がり、千歳に椅子を差し出す。






 「…………え? そ、そんな! 悪いよ!」






 「一ラウンドくらいプレイしてもらって大丈夫だよ。負けても三ラウンド目でオレが勝てばいいからさ」






 「そ、そうなの? なら…………まあ…………それじゃあ…………」






 二ラウンド目は圭吾に変わって千歳がルークを操作した。






 「えい! く! こう!」






 千歳が適当に攻撃を振っているのは変わらないし、身体が動いてしまうのも声を出しているのも変わらない。




 だが、所々の動きは先程と変化していた。わからないなりに圭吾の言った事をどうにか理解しようと実戦し、それが多少できているのだ。




 さっきまで防げなかった攻撃を防御ガードできたり、攻撃を決める事ができている。




 さすがにCPUを圧勝するにはほど遠いが苦戦具合は減っていた。今日初めて格闘ゲームをしたにしては上々の結果だ。明らかに成長している。






 「ど、どうかな中西君! どう!?」






 二ラウンド目を勝ち、千歳はどうだと言わんばかりの顔を圭吾に向けてくる。かなり嬉しかったのだろう。興奮しつつも自信ありのドヤ顔は可愛らしく、引っ込み思案な千歳としては珍しいレアな表情だ。立ち回りの変化に自覚がある事も窺える。






 「オレの動き見ただけでかなり動き変わったなぁ。これ凄いよ。これなら、次もこのままやれば勝てるかも。いや、勝てるなコレ」






 圭吾は素直に感心した。他人のプレイを見てすぐに自身の動きを変えられるなど、なかなかできる事では無い。初心者なら尚更だ。






 「え!? む、無理だよ! 無理無理無理無理!」






 「大丈夫だよ。少なくとも四戦目まではオレが保証できる」






 「え、ええ!? ええッ!?」






 さっきまであった千歳の自信満々の表情がたちまち暗くなっていくが、構わず圭吾は続投させた。




 千歳は戸惑うが、仕方ないと腹を括ったのだろう。続く三戦目、緊張しつつも千歳はそのままルークを動かす。






 「ここ! とっ! そこ…………よし! はっ!」






 千歳は引き続きうまくルークを動かせていた。さすがに三戦目だと二戦目より体力を削られるが、勝つ事は問題なくできるだろう。ほんの少し立ち回りが変化しただけとはいえ、CPU相手なら十分通用する。






 「…………………………」






 食い入るようにゲーム画面を見て懸命にプレイする千歳。






 それを見ていると――――――――――――――圭吾に何処かむず痒いような感覚が走る。

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