第24話 それはきっと選べた何かだったのです

「………………」






 土曜日の夕方。市川スワローに行く道が圭吾の目に入る。




 その足が一瞬止まるが、すぐに圭吾は足を動かしその道から離れた。




 格闘ゲームをしないなら、あの店に行く理由も眺める理由も何も無い。






 「寒…………さっさと済ませよ」






 圭吾はコートの首元に手を持って行き、風がなるべく身体に入らないよう締め直した。






 「早く暖かくならんかなぁ…………」






 今日は母親から安売り卵を買ってくるミッションを受けているため、早くスーパーに向かわなくてはならない。今時、卵単体の安売りは珍しいし、少し遠い場所にあるスーパーなので、さっさと買わなければ無くなってしまう。




 本当は近所じゃない遠くのスーパーなんか行きたくないのだが、おつりは自由にしていいと言われており、そのおつりが数百円というなら圭吾に断る事はできない。




 子供にとって自身の財務状況改善に繋がる数枚の百円玉は、是が非でも欲しい金額である。






 「…………ここってゲーセンあったのか」






 あまり来る事が無いスーパーへの道を歩いていると、ゲームセンターが目に入った。個人経営だろう。外装は簡素で、チェーン店には無いアングラな雰囲気を周囲に振りまいていた。






 「まだ個人店って見かけるもんなんだな…………」






 ゲームセンターは絶滅危惧種とは言わなくとも、それに近い存在になっている。店自体いつまで見かけられるかというくらい減少しているのだ。




 そのため、見かけたゲームセンターが個人経営であれば尚更珍しい。圭吾で無くても、ゲームセンターを知っている者なら誰でも目を向ける事だろう。






 「…………格ゲーあるのか」






 自動ドアを挟んでうっすらと見えるガラス戸の向こう。そこに、レジェンディアドレッドのタイトル絵が額縁に飾られていた。さすがに筐体までは見えないが、きっと奥の方に置かれている。曜日と時間から察するに、誰か対戦しているかもしれない。






 「………………」






 その個人経営ゲームセンターから、圭吾はすぐに目を逸らしてこの場を通り過ぎていく。まだスーパーまでは遠いのだ。外から店をジロジロ見ていると、通行人達から怪しく思われてまう。






 「聞きたい事………………か」






 ゲームセンターを見てしまったからなのかもしれない。




 圭吾は先日、紫と奈菜瀬に偶然会った事を思い出していた。






 「紫は……………………知ってたんだろうか」








 おそらく由良はまだ死んでいないだろう。








 もし由良が死んだのなら、“あの日”から今日までの何処かで紫は学校を欠席しているはずだし、それが土日や祝日、夏休みの時であっても噂くらいは耳にするはずだ。




 それに千歳だっているし、由良は格闘ゲーム界の女帝である。今の圭吾が何も知らずにいる方が難しい。








 だから、きっと由良はまだ生きている。








 ただ、どんな状態で生きているのかはわからないが。






 「いや、知ってるよな。仲の良い姉妹なんだし………姉ちゃんがオレの事を好きって、知らない方がおかしいか…………」






 由良は、圭吾が生きる理由になったのだと“あの日”言っていた。




 あのデパートの日からそれは始まり、そこから由良は圭吾の中に綺麗な思い出を作るべく生きようと思ったのだと。






 それが大好きな人物にできるたった一つの事だと――――――――由良は信じて――――――――






 「姉ちゃんに…………オレは何をしたんだろう…………」






 一体圭吾の何が由良にそこまで思わせたのだろう。






 長く生きる事ができない高校生の女の子に、当時小学生でただの男子がどんな生きる理由を与えたのだろうか。




 七連覇の女帝がデパートの屋上で格闘ゲームプレイし、暇を持て余した小学生が見ていた、というのはあまりに偶然が過ぎる出来事ではある。




 だが、その偶然が由良に何か大きな影響を与えられるとはとても思えないのだ。




 圭吾はただ由良のゲームプレイを見ていた。その後に少しだけそのゲームをプレイしただけだ。




 だが“あの日”流した由良の涙には、デパートの出来事は特別なモノだったという感情があった。あの弱さで吐かれた言葉には圭吾に対する確かな感謝があり、圭吾が由良の中でどれだけ大きい存在になっているのかがわかる。






 そう、わかってしまう。わかってしまった。






 だから圭吾は由良に対して“後悔”しかない。






 「でも、オレが何であろうと…………姉ちゃんに関わる資格は無い」






 由良は凄い人物なのに、その残り少ない命を圭吾というくだらない個人に使わせてしまった。




 その結果、どうしようもない後悔を生ませてしまった。何も特別でも何でも無い者のために、有能で絶対的な才能を持つ者の限りある時間を消費させてしまった。




 圭吾が狂わせたのだ。圭吾は由良に決定的な不幸をブチ当ててしまった。






 「紫だって同じだ…………迷惑なんて話じゃ済まないような事を…………オレはやったんだ」






 紫は由良の事が大好きだ。その紫が大好きな由良に圭吾がした事は許されるモノでは無い。大好きな人物を傷つける者がいたなら、それは断罪されるべきなのだから。




 よって、圭吾が紫に贖罪する事は当然であり、それが関わりを絶つという事になるのも当然だった。




 そして、それが格闘ゲームをやめるという事に繋がるのも。






 「不幸にした原因なら…………オレはもう格ゲーをやっちゃいけない…………」






 あのデパートの日が“あの日”に繋がっているというのなら。その根本の原因である格闘ゲームとその格闘ゲームが好きな自分は、圭吾にとって忌むべきモノにしなければならない。






 圭吾が格闘ゲームに興味を持ってしまった事が由良の不幸に繋がっているのなら。




 圭吾が格闘ゲームをしなければあんな事にならなかったのなら。




 圭吾が格闘ゲームをしなければ――――――――――――由良が圭吾に好意を持つ事がなかったのなら。








 そう、圭吾が格闘ゲームをしなければ――――――――――――由良は残された時間をあるべき事、するべき事に使えたのだ。








 少なくとも絶対“あの日”のようにはならない結果がそこにある。由良の少ない命をもっと有意義に使えた結果がそこに――――――――――必ず存在するに決まっている。








 だから、デパートで圭吾と由良が出会う悲劇などあってはならなかった。








 圭吾と由良が出会う事など――――――――――そんな運命なんか絶対に起こっては――――――――






 「…………え?」






 スーパーに辿り着き、残り十パックを切っていたが圭吾は無事卵を買えた。




 あとは帰るだけで、圭吾は来た道を戻っていのだが――――――――。






 「あれって…………」






 問題が起きたワケでは無い。ただ気になるモノを見たというだけの話である。




 スーパーに来る時に圭吾が見た個人経営のゲームセンター。




 そこに阿武川千歳が入っていくのが見えたのだ。






 「………………なんで阿武川さんが?」






 不意に見た事で気になったとしても、別に無視していい事だ。すれ違ったならともかく、圭吾は見かけただけなのだから。しかも、もう千歳は視界にいないし、圭吾がわざわざ追いかける理由も義務も無い。






 「………………………………」






 だが、ほんのちょっぴりだけ頭の片隅にひっかかる。ひっかかってしまう。千歳を校外で見たのは初めてだったので、ほんの少しだけ気になってしまったのである。




 千歳はどんなゲームに興味を――――――――何をプレイするために入ったのだろうと。






 「……………………」






 圭吾はゲーセンの扉をくぐった。外からでも見えたレジェンディアドレッドのタイトル絵が、出迎えてくれたようにはっきり目に映る。




 店内はゲーム音がけたたましく鳴っていた。




 内装は古く年季が入っているものの、並んでいるゲーム機達は綺麗に保たれている。整備や掃除が行き届いているという事だろう。不潔やボロいといったイメージはなく、昔ながらの愛らしさと今ある新しさが同時に溢れていた。






 「…………奥か」






 入り口付近は他のゲーセンと同じく、大衆向けのグッズや大型菓子が景品になったプライズゲーム達が並んでいる。




 それらを掻き分けるように圭吾は奥へ歩いて行くと、そこで六台の筐体が整列しており、それぞれが己を主張するようゲーム画面を見せていた。

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