第21話 それは望んだ対戦だったのです

市川スワロー二階の奥、そこには大会の際によく使われる特別ステージがある。






 階段一段分高い場所に大会のステージが作られており、そこへ対面同士に置かれた筐体がキャラセレクト画面を映し出し、参加者を待っている。






 そんな特別なステージだが、そこに置かれている筐体は、当然この店で通常稼働しているモノだ。




この市川スワローでも他の店でも、格闘ゲームがあるなら何処でも見る事ができる何でもない普通の筐体である。






 「よろしくね圭吾クン。あ、手を抜くなんて無しだからね、約束だよ?」






 「それはこっちの台詞。今日は教えてもらったり接待されるんじゃないんだ。ユラってプレイヤーとオレは対戦するんだからな」






 「フフフ。そうだね」






 だが、何故だろう。そんな見慣れている筐体なのに、今日のこの時だけは特別な輝きを放っていた。




 そこに座る者には緊張と誇りと興奮を渦巻かせようとしている。見る者には期待と不安と熱を湧き上がらせようとしている。大会の勝敗を映し出す最高の審判として鎮座している。






 互いの精神、技巧、熱意、それら全てはこの画面の中で決着する。






 言葉を交わした圭吾と由良は対戦台に座りキャラセレクトを開始した。






 「やっぱ姉ちゃんはガルダートか…………」






 圭吾がルークを選ぶのと由良がガルダートを選ぶのはほぼ同時だった。






 「あの時のキャラ…………当たり前なのかもだけど、やっぱマイキャラだったんだな」






 ガルダート。男っぽい名前だが女キャラの名前であり、可愛らしいポニーテールと、そんな髪型とギャップを生む鋭い切れ長の目による、クールな表情が特徴的で、二つの水晶オーブを武器とするキャラである。




 前作であるレジェンディアレッドからの続投キャラだ。使いこなせれば理論上最強と呼ばれているため使い手は多く、普段の対戦でも見かける事は多い。




 だが、その操作は難解なため、真に使えるのはほんの一握りしかいない。少なくとも格ゲー初心者が使いやすい立ち回り性能はなく、中級者レベルでも手を焼く性能だ。






 「飲まれるなよオレ………………まだ対戦は始まってないんだ…………」






 一応、圭吾はガルダートとの対戦は紫と何度もしている。ただ、紫はガルダートの深い使い手ではないし、由良の強さが異次元レベルのため、あくまでガルダートに慣れるため対戦しただけである。




 圭吾の実力で異次元レベルの相手は戦う以前の問題なので、それで十分と紫が判断したためだ。




 他にも、由良との対戦の備えて圭吾は由良の対戦動画をかなり見ている。格闘ゲームのプレイ画面はネットに溢れているため、少し探せば由良のプレイはいくらでも転がっていた。




 紫は圭吾が由良のプレイを見る事を「自信喪失しなきゃいいけど」と言いつつ、積極的にプレイを見る事を勧めていた。ガルダートの注意すべき連続攻撃コンボの起点や、必殺技の範囲、反撃ポイントについても解説し、解りやすい対策を教えてくれたりもした。




 どっちの方向に防御ガードすればいいかわかりにくくなる“めくり攻撃”や、下段防御ガードか中段防御ガードなどを揺さぶってくる“二択攻撃”は、紫がいなければ認識すらできなかっただろう。いわゆる“わからん殺し”をされて確定KOにされたはずだ。






 「もうちょっと愛想よくすればいいのにな………………あれじゃ性格で損しまくりだっての」






 圭吾にとって紫はハリネズミのように近寄りがたく、正直ムカつく事が多いヤツだ。




 だが、進んで迷惑をかけにいったり、意地悪をする事はなく、どちらかというと(ここ大事)思いやりがあるヤツだと圭吾は思っている。




 そうでなければ、男嫌いなのに圭吾へ練習させたりはしないだろう。相手にいくら借りがあるのだとしても、わざわざ家まで呼んで付き合ったりなんかしないはずだ。時折覗かせる紫の心情からもそれはわかる。






 「もっと姉ちゃんの動画みとくべきだったな…………いや、いくら見てもそう思うだろうけど…………」






 この本番になって、まだ由良というプレイヤーの研究をすべきだったと圭吾は思ってしまう。




 別に手を抜いて日々を過ごしたワケではない。圭吾は自分にできる手一杯の練習をしたし、今日までにできる事は全てやってきたつもりだ。




 だが、どんなに尽くしてきてもそう思ってしまうのは仕方の無い事だった。練習や研究には果てが無く、いくらでもできてしまうので満足できないのである。






 「スーパーアーサースラッシュ決められるか…………いや、決めてやる!」






 由良のレジェンディア動画を色々と見てきたが、当然そこに隙は見えない。




 六十分の一秒ワンフレームが見えると言った由良だが、その言葉に偽りはなかった。




 全国大会レベルのプレイヤー達にカウンターヒットを連続で決めまくり圧勝する姿は、紛れもなく女帝だ。その規格外である由良のプレイにどうしようもなくなる者は多く、良い勝負をしたプレイヤーなんて数える程しかなかった。






 ヘタに攻撃すればカウンターヒットをとられ、そこから圧殺が始まる。






 圭吾は素人レベルだ。六十分の一秒ワンフレームが見える由良からすれば、完全に玩具だろう。全国レベルの相手に平気でカウンターヒットを決めるなら、それを圭吾にできないワケがない。




 素人のクセなど由良はわかりきっているはずだ。由良に最初から最後までの行動をあらかじめ紙に書いてもらったら、圭吾はそれ通りに動いているかもしれない。








 しかし――――――――だからといって圭吾が諦める理由にはならない。




 スーパーアーサースラッシュを決められない理由にだってならない。




 六十分の一ワンフレームが見えない理由にもならない。




 敵(由良)はあまりに圧倒的だ。蹂躙されるのはやむなし、敗北は勿論、諦観は当然、抵抗できないのも無論だ。






 だが、圭吾は立ち向かう。






 今の自分を――――――――――由良が与えてくれた“感動”を見せつける。






 「…………始まる」






 画面内にルークとガルダートが現れ、互いにポーズを決める。ルークは騎士剣を構え、ガルダートは自分の武器である二つの水晶オーブを身体に纏わせた。




 その後、画面に「GO!」の文字が現れ対戦が始まった。






 「とりあえず、まずは一歩引く!」






 由良のガルダートが何を仕掛けてくるかわからない。距離が空けば攻め辛くなるが、その分対応もしやすくなるため、圭吾はまず防御を優先する事を選んだ。






 「――――なッ!?」






 だが、由良はその行動を完全に読んでいた。




 ガルダートは一歩下がるルークにダッシュで近寄り、一秒と経たずにルークとの距離を零にする。


 これは互いに間合いの中だ。ルークもガルダートも同じ状況で攻撃を開始できる。




 だが、圭吾はこの状況を想定しておらず、由良は仕掛けた側なのでこの状況を想定できている。




 そのため、思考時間に差が出てしまった。由良の攻撃は難なく通る。






 「ぐっ…………!」






 下Pしゃがみパンチがルークにヒットし、そのままガルダートの連続攻撃コンボが始まる。




 連続攻撃コンボ終了時に圭吾は何とか反撃を決めようと攻撃を振るが、そこに由良はかかさず攻撃を合わせてくる。






 カウンターヒットの文字が表示された。






 「マジかよッ!?」






 見切られた。安易な行動は六十分の一ワンフレームが見える由良にとって反撃ボーナスになってしまう。




 カウンターヒットで発生する隙でルークはガルダートの追撃をもらってしまい、吹っ飛ばされてしまった。開始五秒と経たずルークは画面端に連れて行かれてしまう。






 『そんな“精神で負ける行動”してたら私に一撃も当てる事はできないよ?』






 画面から声が――――――――――由良の声がガルダートを通じて圭吾にそう伝えていた。そう言っていた。ガルダートの動きがあまりに明確で強いため、筐体の向こうにいる由良の声が聞こえてくるのだ。






 そう、対戦相手の声だと確信できる“精神”がその動きから聞こえてくる。






 「マズい…………!」








 格闘ゲームに置いて画面端を背負ってしまうのは相当不利な状況である。








 後ろに距離があれば相手の攻撃に対し“反撃”、“防御ガード”、“下がる”の行動がとれるが、画面端に行くと“下がる”行動がとれなくなってしまう。




 “下がる”という行動は最も安全に相手の攻撃を回避できる選択肢である。下がれば、攻撃側は攻撃を当てにくくなり、仮に空振ってしまえば逆に攻撃をもらうリスクが生まれる。




 単純に攻め辛くなるのだ。なので、防御側は一番リスク無く相手の攻撃を無効にしやすいのである。






 だが、その“下がる”をやり過ぎてしまえば、防御側がたちまち不利になってしまう。格ゲーのステージ距離は有限なので“端っこ”が存在するのだ。つまり、ずっと“下がる”事は不可能なのである。下がり続ける事はできないのだ。






 画面端に行ってしまうと攻撃側が相当有利な状況となる。“下がる”事ができないなら積極的に攻め続ける事が容易になり、防御側を一方的に追い詰め続ける事ができるのだ。






 「どうするオレッ! ここからどう抜け出すッ!」






 画面端に行ってしまうと最も安全な行動である“下がる”はできなくなる。




 なので、残った二つの選択肢である“反撃”と“防御ガード”でなんとかしなければならないが、画面端に追い詰められた状況でやりきるのは難しい。






 まず“防御ガード”だが、防御側は攻撃側が仕掛けてくる“上段、中段攻撃”と“下段攻撃”を見切らなければならない。上段中段攻撃は通常防御ガードしなければ防ぐ事はできず、下段攻撃は下段防御ガードしなければ防ぐができないからだ。






 攻撃側はこの“上段か下段か”という選択肢を画面端だと強制的に連続で押しつける事が可能になる。防御側が“下がる”事ができないので、相手の選択肢を無視できないのだ。




 そのため、いずれ防御側はその選択肢に対応できなっていく。ずっとじゃんけんで勝ち続ける事ができないのと同じで、人間である以上、同じ状況に耐え続ける事はできない。




 そのため、長い時間防御ガードをさせられ続ければ、攻撃側の思うがままにされてしまうだろう。いずれ攻撃がヒットしてしまい、そこから大ダメージに派生する連続攻撃コンボをもらってしまう。






 「姉ちゃんの猛攻を防御ガードし続けるなんて不可能だ…………すぐに反撃を決めないと、このまま一方的になぶり殺しだッ…………!」






 なので圭吾は“防御ガード”だけでなく、もう一つの選択肢“反撃”もしなければならないが、これにも画面端では大きなリスクが存在する。




 現在の攻撃側。つまり由良だが、由良は圭吾が画面端から抜け出したい事など百も承知だ。圭吾が画面端を抜け出すため、何処かで“反撃”してくる事はわかっているのである。




 問題はその“反撃”がいつ行われるかなのだが、その行動は相手が慌てていればいる程読みやすい。




 そんな相手はワザとらしい隙を見せると、すぐに反撃すべく“釣られてしまう”からだ。行動が安易になり、深い読み合いができなくなってしまうのである。そうなれば、当然だが“反撃”は成功しない。




 反撃が失敗すれば、攻撃側はずっと自分のターンで行動できる。そして、防御側はいつまで経っても画面端から脱出できず、体力ゲージと己の精神に延々とダメージをもらってしまうのだ。




 それは、ずっとリバウンドを取れず攻撃チャンスが掴めないバスケのようなモノだ。敵チームからボール奪取できないサッカーをしているようなモノとも言えるだろう。








 「うぐっ…………!」






 その例に漏れず、圭吾は完全に由良に釣られていた。




 安易に反撃を行い、そのタイミングを完全に読まれてしまう。反撃をあっさり回避されたり、逆にカウンターヒットをもらってしまったりと、大ピンチが継続だ。画面端から抜け出す事ができない。




 その結果、開始十秒前後でルークの体力は三分の一を切ってしまった。一方、ガルダートはまだ一切のダメージを受けておらず、パーフェクト勝利目前となっている。




 圭吾はまだ一度も由良に攻撃を当てていない。






 「くそッ!」






 圭吾は抗い続けるが、その健闘虚しく第一ラウンドはすぐに終わった。




 由良のパーフェクト勝利だ。圭吾は画面端から結局抜け出す事はできず、反撃は全て読まれてしまっていた。当然、スーパーアーサースラッシュは決められない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る