第22話 それは望まれない対戦だったのです
「ぬうう…………」
どうしようもない実力の差だった。圭吾と由良の如何ともしがたい実力の差が第一ラウンドの状況であり、それはギャラリー達も理解する事となった。圭吾は由良の手の平で踊らされたと誰もが思っているだろう。
「まあ、そうだよな………………紫は当然として、見てるヤツらは全員オレが勝つなんか思ってないだろう…………」
この対戦は圭吾の負け。このラウンドの結果が全て。
由良が画面と向かっていた時間の千分の一も圭吾は過ごしていないのだ。実力以外も、勝利への執念や目標といった“偉大さ”でもきっと負けているし、格闘ゲームを愛する気持ちでも負けているかもしれない。
だが。
「だからって、やる気無くなったとか、諦めたいとか、そんなマイナス感情は微塵も無いけどな!」
負ける気になっているのかと言われれば――――――――それは少し違う。
どうしようもない程のパーフェクト勝利をされてしまったが、圭吾は勝つ方法を模索していた。由良に一矢報いるにはどううればいいか思考を巡らせる。
圭吾にネガティブな感情は一切なかった。
「二ラウンド目は姉ちゃんに一矢報いて見せてやる!」
圭吾は由良と対戦している。
それは圭吾がずっと望んでいた事だった。由良と対戦する事は圭吾にとって憧れだったのだ。
それが訪れている今の状況。しかも由良が誘ってくれたという夢のような事実は、圭吾にとって楽しくて仕方ない。
そう、楽しいのだ。
実力差がどんなに開いていても関係無い。
圭吾は由良と対戦する事が純粋に楽しくて仕方なかった。
「………………ん?」
まだ対戦は終わっていない。圭吾はすぐに第一ラウンドの行動を反省すると、すぐに第二ラウンドは始まった。再びGO!の文字が画面に現れ、ルークとガルダートの二キャラが行動を開始する。
「…………なんだ?」
しかし、なんだろうか。さっきからギャラリー達が何やら騒いでいる。
その騒ぎには下水管からジュースが吹き出ているとか、道路を馬車の大群が走っているとか、何度サイコロを振っても一しか出ないとか――――――――――そんな異様さがあった。
対戦中である圭吾にはわからないが、何か起こったのだろうか。無視できないようなモノであるのは間違いなさそうだが。
「いかんいかん。集中しないと…………」
しかし、圭吾は対戦中である、対戦が終わっていない以上、外がどんなに騒がしくても椅子から立つワケにはいかない。
「よし!」
第二ラウンド開始時。こんどはこっちから最初に仕掛けようと、圭吾はガルダートに向かってダッシュしたが、それは正解だった。ガルダートは何故か棒立ちしていたため、圭吾のダッシュ直後の下Kしゃがみキックがヒットしたのだ。
圭吾はそのまま連続攻撃コンボを決めた。ダメージは少ないが、これは今の圭吾が決めきれる確実な連続攻撃コンボだ。貴重なダメージ源の一つである。
紫は「大ダメージを当てられる派手で難しい連続攻撃コンボより、ダメージが低くても確実に決められる短い連続攻撃コンボを優先する事」と、圭吾に何度も言っており、それが効を為した形だ。
圭吾は心の中でガッツポーズを決め、まだ終わらないとばかりにガルダートを追撃する。
ルークの前S(前入力スラッシュ)を放つとコレもヒット。剣の先端がヒットし、ガルダートの体力を大きく削った。
この攻撃はルークの持つ通常技の中で最も射程が長い。
相手に先端を当てられるギリギリで放てば反撃の心配が無い攻撃だ。連続攻撃コンボに繋ぐ事はできないが、牽制のように放つ事で威力を発揮する攻撃である。
先端以外で防御ガードされると確反(確定反撃)だが、この立ちSを全く振らなければ相手は遠慮無く突っ込んで来る事だろう。
相手を警戒させる攻撃を繰り返し、簡単に接近させない事も格闘ゲームの立派な技術テクニツクである。
そして、由良の脳内に警戒という二文字が入れば、圭吾から近寄るチャンスが生まれてくる。
「よし!」
こんどは、立ちS攻撃から必殺技に繋がる連続攻撃コンボを決める。これも短い連続攻撃コンボだが、ダウンが取れる大事なコンボだ。
格ゲーに置いて相手をダウンさせる事は“起き攻め”と呼ばれる一方的な攻めを開始できるチャンス産む。ガルダートが起き上がろうとするタイミングで攻撃を重ねれば、そのままルークが攻撃を継続できるからだ。
それにルークの起き攻めは強いと言われている。例え防御ガードしきっても、そのままルークの攻撃を継続させやすい。再度ダウンを取れれば、そのまま画面端に連れて行く事も可能だ。
「く…………さすがに無理か…………」
だが、そこは由良である。ルークの起き攻めを凌ぎきり、ガルダートが画面端に連れて行かれる危機からも脱した。その防御ガードと動きは、やはり全てを読んでいる動きで、圭吾が思うような攻撃をさせてくれなかった。
「まだまだ!」
状況は仕切り直しになっている。だが、それは考えようによっては圭吾が攻め入れるチャンスはまだあるという事だ。一ラウンド目のような一方的な展開とは違う。また圭吾が連続攻撃コンボを決めるのは可能だ。
「いくぞ――――――」
まだガルダートの体力ゲージは残っている。残った体力を削ろうと圭吾はルークを走らせるが――――――――――筐体の向こうで音がした。
ゲームから発せられた音では無い。
それはこれまで聞いた事の無い音だったが――――――――――――何の音かは直感でわかった。その音を無視してはならないと圭吾の本能が警鐘を鳴らし、ゲーム画面から視線を外させる。
そこで見えたのは――――――――由良の手だった。
「…………え?」
筐体が壁になっているため全ては見えないが、もうそれだけで何が起こったのか圭吾にはわかった。
画面内で動かないガルダートを見てもわかったし、ギャラリー達のザワつきが大げさに変わった様を見てもわかった。
そう、ギャラリー達は由良を見て騒いでいたのだ。
第二ラウンドが始まる前後、きっと由良の体調が目に見えるような悪化を起こし、それでザワついていたのだ。
「………………ッ!」
一瞬、圭吾の視線が由良の手からゲーム画面に移る。
ガルダートは今も動かない。当然だ。由良は倒れているのだから操作できるワケが無い。攻撃も防御ガードもしようとせず棒立ちだ。
対して圭吾のルークもガルダートと同じだが、圭吾は倒れてなどいない。操作は可能で、いつでもガルダートの体力ゲージを削れる状況である。
「姉ちゃん!」
しかし、圭吾はこんな状況で対戦を終わらせる非情さを持っていなかった。画面を僅かに見る事はできても、決着をつける事はできなかった。
「ごめん…………圭吾クン…………」
圭吾が席を立った先に見えたのは想像通りのモノだった。
そこには筐体席からバランスを崩して倒れた由良が、席に座り直そうと懸命に身体を動かしている姿があった。
「さっきまで調子よかったんだけどね…………何で今なんだろ…………ついにきちゃったのかな………………」
由良の吐く言葉には、自身と運命を絶対に許せない怨みが込められていた。
自身に起こっている事は、タチの悪い神に遊ばれた結果なんだと理解してしまったような――――――――そんな絶望に落とされた由良の姿がそこにある。
「早く…………早く病院に…………!」
「…………いいんだよそんな事は…………これはわかっていた事なの…………私はとっくに死んでる人間なんだから…………ワタシのワガママで大会を…………圭吾クンとの対戦を大無しにして…………ゴメン………………」
「なんでオレに謝るんだよ! 大会なんか気にしてる場合じゃない!」
おそらく、最悪のタイミングで由良に最後の時間が迫っている。
こんな所にいる場合ではない。大会などやっている場合ではない。事が起こったなら相応の対処は必要だ。
今すぐ由良は病院に戻るべきであり、そこで最後を家族と過ごすべきだ。肉親は由良に寄り添い看取るべきであり、それは今すぐに為されなければならない事だ。
「オレなんかより気にする事なんかいくでもあるだろ! 対戦なんてどうでもいいからもっと自分の事を――――――――」
だが、それはあくまで普通の場合だ。常識の話であり、今この時の由良には該当しない。
そう――――――――――何よりも圭吾の事を思う由良にとっては――――――
「お願い………………」
それはどんな思いで言った言葉なのだろう。
「そんな事…………言わないで……………………」
差し伸べられた圭吾の手を握る由良の手は震えていて――――――――――それは何もかも知っていたとしても“このワガママ”を受け入れて欲しいと懇願する由良の弱さだった。
「私は圭吾クンに覚えて欲しかったの………………私を救ってくれた大好きな人に……………………もうこれからは見せる事のできない私の全力を…………格闘ゲームが大好きな霧島由良の事を………………今日という日に集約して…………思い出にしてもらいたかったの…………」
とても小さい声だった。そばにいる圭吾だけが聞こえる声で由良の独白が続く。
弱々しい由良の内なる心が――――――――――――その口から紡がれていく。
「あのデパートの日からなんだ………………それから圭吾クンは私の生きる理由になって………………圭吾クンに何かを残したいって…………それだけを考えて…………病院で管だらけになって生きる私を捨てたの……………………圭吾クンが知る私でいたかったから……………………それが…………私を救ってくれた君にできる唯一の事で………………」
「オレは何もしてないよ! オレは何もしてない! オレは特別な事なんか何もやってない! なのに…………なんで…………」
それ以上、圭吾は言葉を続けられなかった。
もっと自身を優先しろ。命が残ったというなら圭吾という他人の事なんか考えるな。より寿命が延ばせるよう生き長らえる努力を続けろ。圭吾という個人なんかを生きる理由にするな。
「なんでそんなに…………オレの事を…………」
――――――――そう言って否定する事は簡単だった。だが、それは由良の大事な何かを拒絶してしまうだろう。今の心弱った由良に言う事は躊躇われた。
「…………私は綺麗な思い出になりたかった…………そのために生きようって…………“起こしてもらった奇跡”はそのためにあるんだって…………信じてたのに…………」
由良は立ち上がろうとしても腕や手に力が入らないようで、またすぐに倒れてしまう。
「こんな私を見て欲しかったんじゃない…………こんな思い出にして欲しかったんじゃない………………私は大好きな人の中で…………綺麗なままでいたかった………………笑顔になれる思い出でいたかった…………」
そのため、圭吾はまたすぐに由良を支えるが――――――――――――それは由良にとって圭吾に見て欲しくない姿だった。
由良は圭吾の事を大好きだと言った。ならば、そんな大好きな人に自身が苦しむ姿や弱っている姿なんて晒したくないだろう。
だが、一度でもそんな姿を見せてしまえば、決壊したダムのように止まらなくなる。
弱った心から溢れる感情を止める事はできない。
「なのに………………やっと手と指がまともに動かせるようになったのに…………今日のために頑張ってきたのに………………まともな私を圭吾クンに見せられるって嬉しかったのに………………たった一ラウンドだけなんて…………」
もう弱さを見せる事しかできなくなってしまう。
「うううっ…………ううっ…………」
由良は泣いていた。圭吾に最悪の思い出を与えてしまった事に泣いていた。
「ううう………………ううううっ………………」
それだけ今日という日にかけていたのだろう。
相応の準備をしてきたのだろう。
身体の調子はよく、それが一日続く根拠もあったし自信もあったのだろう。
圭吾の知らない所で、見えない所で、由良は必死にそのための努力をやってきていたのだ。
いくら残ってるかわからない時間を使ってきたのだ。
「ううううっ…………ううううっ…………」
そう、全ては最高の自分を大好きな人の思い出にしてもらう為に。
「姉ちゃん………………」
由良の流す涙は止まらず――――――――――――圭吾はふと、周囲を見る。
その中に、奈菜瀬と一緒にいる紫の姿があった。
「……………………………………」
オロオロしている奈菜瀬とは対照的に、紫は微動だにしなければ、由良に駆け寄ろうともしない。
――――――――きっと、紫は何もかも承知なのだ。その態度で紫の全てを察する事ができた。
いや、ソレは承知ではなく覚悟と言うべきなのかもしれない。
由良が喜ぶ事も泣く事も。今日が大成功に終わる事も大失敗に終わる事も。
そして、今日が由良にとって後悔する日になる事も呪うような日になる事も。
圭吾に弱さを吐き続け、それが最後の会話になってしまうだろう事も。
姉が大好きな人と過ごす時間はこうして終わってしまう事も。
その目には、そんな様々な覚悟があり――――――――――――――――対して圭吾には紫のような覚悟は無い。
圭吾はこれまで現実味のなかった由良の制限時間を――――――――――今流している涙で実感できただけだった。
脳でも心でも理解できただけだった。
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