第19話 それは奇跡と運命の話だったのです

「…………なんだこの人だかりは」






 由良と一緒に病院へ帰った日から幾日か経過し、市川スワローで行われているレジェンディア月一大会がやってきた。




 由良との約束であり、圭吾にとって始めての格ゲー大会である。




 オンラインのように何処かにいる姿の見えない誰かと戦う場所ではなく、練習の成果を直接人の目に見せつけ己を認識してもらう場所だ。




 事前知識つけようと圭吾は紫に今日の大会の事を聞いたのだが「まあまあ参加者が多い大会」との事でそれ以上は喋ってくれなかった。というより、「そんな事考える暇あるなら練習しろ」のスタンスなので、無駄質問を許してくれなかったと言うべきか。






 「大会ってこんなに人来るの? マジで?」






 市川スワロー二階に来た圭吾が思ったのは素直な驚きだった。




 市川スワローの二階は学校の教室数個分の広さがあり、そこに新旧のアーケードゲーム達がズラリと並んでいる。




 プレイヤー達はそれらのゲーム機前に座り、小銭を投入しゲームを始め、ある者は対面に座った乱入者に勝って座り続け、ある者はその乱入者に負け席を立ち、ある者は乱入前にゲームクリア(まず起こらないが)してしまいガッカリする、というのが市川スワロー二階である。




 二階は対戦ゲームが多いためこれが日常であり、十八時を過ぎれば来店人数が増えるためその風景は加速し、様々なプレイヤー達が凌ぎを削り始める。




 休日前の夜や休日夜になると、大勢が何処で示し合わせて来てるのか思うくらい人がやってくるので、市川スワローの二階の賑わいはこの時ピークに達する。そして、その人数のゲームプレイの結果が様々な表情や感情となってこの二階を蠢かせるのだ。






 「まだ階段上ってくる人いるな…………今日は何人市川スワローに人が来るんだよ…………!?」






 だが、今日はそのピークがどうしたと言わんばかりの人数がやってきている。




 まだ大会三十分前だと言うのにフロアの半分は人で埋まっており、そのせいで奥のゲーム機が見えないほどだ。特に、今日のために特別に作られた大会席&受付付近は最も人だかりが多く、どうやって行けばいいか迷うレベルだった。






 「アンタの受付なら済ませてあげたわよ。今日の事は予想してたから」






 大勢の人をかきわける事もできず右往左往する圭吾の背後で声がした。






 「今時のゲーセンで、尚且つただの月例大会でこれだけの人が集まってる場所は、ここぐらいだと思うわ」






 この現状は予測済みといった顔で紫が立っていた。階段付近の自販機で買ったであろうサイダーのアイスを舐めている。






 「大会ってこんなに人が集まるもんなのか? てっきり、普段より少し多めに人が来るくらいだと思ってたんだが…………」






 「普通ならそうだけど、今日はお姉ちゃんが参加してるからね。ただの地元ゲーセン大会とはいえ、伝説の女帝がその腕を久しぶりに見せるんだもの」






 「え? そうなの? この客達は姉ちゃん目当てで来たヤツらなの? 前に姉ちゃんが来た時はこんなにいなかったのに…………」






 「前に来た時は平日の夕方前だったし、そもそも突然の来店だったしね。今回は休日だし、お姉ちゃんが大会に出るって事を秘密にしてたワケでもないし、むしろ宣伝されてたし。そのせいかおかげか、格ゲー界じゃ大騒ぎよ。まあ、相変わらずそれ以外からはガン無視だけど」






 圭吾と紫が話している間にも、階段からは人がどんどん上がってくる。やってくる人数が止まる事はなく、そろそろ二階が完全に埋まるんじゃないかとすら思えてしまう。




 この人混みの奥には由良がいるはずだ。




 由良が有名プレイヤーである事は圭吾もわかっている。きっと、来る人来る人と色々な話をしているに違いない。






 「でも、そんな大騒ぎがあったからこんなに人数が集まったわ。大会は人が多い方が盛り上がるし、これなら参加者のテンションも上がりやすい。さすが全国七連覇の女帝ユラよね。女性プレイヤーを増やした功労者でもあるから、今日は女性のギャラリーも多いわ。くだらない男の面がいつもより目立たないから、これなら私もリラックスして対戦できそうね」






 「お前、それをオレの目を見ながらジト目して言うなよ…………」






 紫はワザとらしく圭吾の目を見ながら圧力プレツシヤーをかける。ジリジリと追い詰めきった相手をどう料理すべきか考えているような目だ。まだ圭吾が由良と手を繋いだ事に怒って(そうに違いない)いるのかもしれない。






 「………………あのね」






 紫の声のトーンに少し緊張が走る。








 「………………お姉ちゃんってさ………………もう死んでるはずなの。余命なんてとっくに過ぎてて……………………なのに生きてるっていう凄くおかしな事が起こってるんだって。この瞬間、倒れてそのまま動かなくなってもおかしくないはずなんだって…………だから医者はお手上げになってて…………ワケがわからないけど、健康状態が続いてるから外出が許可されてるの…………誰かがそばにいる事が前提だけどね」








 「…………え?」








 アイスを食べ終わり、アイスの棒をゴミ箱に投げ込んだ紫は、圭吾にふとそんな事実を言った。








 「そう、本来なら死んでるの」








 まるで近所の知り合いに『ウサギは寂しいと死ぬってのは嘘』と、そんなどうでいい事を話すかのように。






 「だから、本当ならお姉ちゃんが今日の大会に出てるワケがなくて、当然格ゲーしてる姿なんか見る事はできない………………それで、私はその現実を認める事ができてなくて、お姉ちゃんが死んだショックから立ち直れなないまま今日になってて、そのせいで格ゲーなんかする気は二度と起きなくなってて、学校でも何処でもずっと一人でいる事が当たり前で、家に帰ったらお姉ちゃんが死んだ事に毎日メソメソ泣いてる………………それはお姉ちゃんが絶対に見たくない私の姿で……………………永遠に晒され続けるの…………」






 それは可能性の話だった。絶望が蔓延する酷く暗い可能性で、絶対にあってはならない未来だった。殺されるべき世界であり、そこには幸福になる事ができなくなった紫がいる。






 「でも、あの日からそれは変わった……………………あの二月二十六日にあったデパートの出来事が………………全てを変えたの…………」






 だが、その運命を変えた者がいた。絶望の無い未来である今に導いた者がいた。






 「あの日からお姉ちゃんは元気になって、また笑うようになってくれて………………余命なんかガン無視できて、今も生きてるっていう凄い事が起こってて……………………今日の大会に参加できてる。だから私はショック受けたり泣いたりする事なんかなくて、格ゲーは今も続けてて、それで奈菜瀬ちゃんって子と知り合えて………………他にも阿武川さんっていう学校で初めての友達ができて、その友達とクラスで他愛もない話ができて、一緒に遊ぶ事ができて……………………」






 霧島姉妹に――――――――――大きな影響を与えた者がいた。






 「コレって何なのかしらね…………こういうのを“運命”って呼ぶのかしら…………………………いや、違うわね」






 だが、それをすぐに紫は否定する。






 “運命”という言葉に対し、紫はそんなワケがないとすぐに頭を振った。






 「そんなくだらないモノのワケがない。これはただの借りだわ。何処ぞの知らない誰かがたまたまその時あの場所にいて………………お姉ちゃんを偶然、無自覚に助けてくれただけ………………そしてその結果私も助けられた………………ただそれだけの話。それだけの出来事…………そんな起こされた奇跡…………」






 まだ二階には人が行き続けている。会話しながら階段を上る人や、二階からの騒ぎ声がここまで聞こえてくるので、集中しないと紫の声は圭吾に聞こえない。




 それは紫もわかっているはずだが――――――――――――紫はそんな場所とそんなタイミングで。






 「……………………ありがと」






 紫は感謝の言葉を口にした。




 ぶっきらぼうに。無愛想に。拗ねているように。こんな言葉を聞けるなんてありがたく思えとでも言うように。




 だが、その視線はそんな言葉とは対照的に、誠意を見せるように真っ直ぐ圭吾を見ていた。






 「…………なんでこんなとこで言うんだっつーの。いや、嬉しいけども。照れるけども」






 「…………こんな所で言われれば勘違いしないでしょ? 男ってバカなんだもの。フラグが立ったとか思って欲しくないワケ。好意なんか持たれたら気持ち悪いの。感謝したってだけなのに、そこから発展されると超困るの。ふざけんなって感じになるの。この私の気遣い解る? いくらアンタがどうしようもない猿だとしても理解できるでしょ?」






 「あー、はいはい。そうですねハリネズミ女様」






 時と場所を選ばなかったのは、相手にそれ以上の事を思わせないためだと紫は言った。




 ゲームセンターで、大会の直前で、うるさい所で、人が目の前をどんどん通過する場所で、というのはそんな理由“らしかった”。




 まあ、たしかに紫はモテる顔だし、なんというか“そういう身体”もしているし、美女の類いなのは間違いないし、って事は圭吾も認める所だ。




 この場でなければそういう雰囲気になって勘違いしたかもしれ――――――――――――いや、それは無い。いくらなんでもそれは無い。いやまあ、確実な所の真実は不明だが。百パーセントあり得ないと言えないのは男の性だが。






 「まあ、でもなんつーか…………感謝ってんならオレの方だからさ。前に聞いたかもだけど」






 「………………そうね。言ってたわね」






 圭吾が由良との出会いに感謝している事は病院に来た時に言っている。紫は由良の隣にいたので覚えているだろう。






 「ま、言いたい事はそれだけよ。はー、すっきりしたすっきりした」






 この話は終了とでも言うように、紫は圭吾の背中を思い切り叩く。






 「さっさとやられてきなさい。一発くらい何かが当たった思い出ができるといいわね。まあ、無理だろうけど」






 「お前、オレに教えてくれてるヤツなんだから、嘘でも何でも励ますとかないのかよ…………」






 「私は嘘はつかない主義なの。悪い?」






 「いえ、別に悪くありません。はい」






 そろそろ試合の時間が近い。圭吾は階段を上ると、無理矢理人を掻き分けて対戦場へと向かった。人混みに慣れていないため、足が後ろに下がってなかなか進めなかったりするが、さすがに目的地までの距離は近いので何とかなるだろう。いざとなれば手を上げて返事をすれば不参加になる事はない。




 圭吾は不安と期待が混ざった不思議な高揚感を纏いながら、ステージのある場所まで歩いていった。

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