第13話 それはまさかの友達だったのです
「よし、こんどはもっと言葉に気をつけて…………優しく…………そう、優しく声をかける…………んだよな…………よし」
昼休み。給食を食べ終わった圭吾は紫のいる教室へ向かっていた。
理由はもちろん紫と友達になるためだ。大好きな由良に頼まれた事なのだから簡単に諦めるワケにはいかない。
「奈菜瀬の言う事は謙虚に受け止めなければ…………」
朝、紫と友達になろうとした結果は散々だったが、あれで全てが終わったと思うには早すぎる。
「格ゲーも勉強も日常も進化していくのが常のはず。成長は続けなければいけないモノだ。うむうむ」
正直に言うと圭吾は友達作りが苦手である。小学校時代、特に友達が多いワケではなかった人間だ。友達を作って増やして紹介して――――――――――とするのは圭吾の役目ではなく他の友人の誰かだった。そういった行動とは無縁の日々を過ごしていた。
そんな、コミュニケーション能力がどちらかと言うなら低い人間が、紫のような強敵を友達にするのは難度が高い。全くノウハウがわからないので、とりあえず朝の登校時は紫を待ち構えて強気で行く作戦に出たのだが――――――――――――――それが朝のアレである。そして、小学三年生からお説教されるという事になった。
だが、へこむ暇は無い。紫と親しくなるのを諦めるのは、由良の信頼を裏切るに等しいのだから。
「…………あれ?」
紫のいる一年一組に辿り着くが、その教室内をいくら見渡しても紫の姿は無かった。もう何処かに行ってしまったのだろうか。昼休みになってすぐにこの教室へやってきたのに。
「あのー、すいません」
「は、はい!?」
紫の所在を聞くため、圭吾は入り口そばの机に弁当を広げようとしていた女子に話しかけた。突然話しかけられたからか、思い切り背筋が伸ばされ、警戒態勢に入ったウサギのようになっている。いや、うさぎは背筋を伸ばして警戒なんかしないが。
(………………もしかしてこれは)
かなりの確率でビビられてしまっている。いや、気味悪がられているようだが、そんな事を気にしては紫を探せない。手がかりは見つけられない。だが、警戒している女子に臆面無く答えるワケにもいかないだろう。
「霧島紫って女子生徒が何処に行ったか…………いや、何処に出掛けましたか…………あの、知らないでしょうか?」
たどたどしくも、かなり遠慮がちに聞いてみる。知らない女子に話しかけるのは慣れてないが、このくらい慎重になってもいいはずだ。敵じゃないよアピールするのは交渉の基本きっとである。
「霧島さん…………ですか?」
その女子は自分の弁当箱に視線を落として何やら考え始める。
その際に長い黒髪がサラリと僅かに揺れ動く。
自信なさげでおとなしそうに見える印象は文学少女と言うべきで儚げだ。周囲の視線を集めて庇護欲をかき立てさせるモノがこの女子にはあり、攻撃的態度をアピールしまくる紫とは対照的だ。圭吾の男子本能がそう叫んでいるので間違いない。
男子が放っておけないくらい魅力的な容姿なのもあり、纏う雰囲気とその姿は完全にマッチしている。由良を女神とするなら、この女子は天使だ。圭吾は「なんで紫アイツはこうじゃないんだ…………」と思わずにはいられなかった。
「そう、霧島さん。ちょっと用があって………………あ、オレは中西圭吾って言うんだ。同じ一年で五組の生徒」
「…………霧島さんって友達…………いたんだ」
そう呟いて、女子はマズイとばかりに自分の口を即座に両手で塞いだ。
「ご、ごめんなさい! こんな失礼な事いって…………!」
「あー、いいよいいよ。全然かまわないって。だって、それ事実だし」
姉である由良も言っているくらいなのだ。クラスメイトならそんな事はわかりきっているはずで、逆の立場なら圭吾も同じように声に出して驚くだろう。
「霧島さんは…………その……ごめんなさい。さっき出て行ったんだけど、何処に行ったかはわからなくて…………」
「あー、やっぱりか。ったく、アイツは昼休みになると即座に消えるタイプってことね…………」
こうなると紫を捜す事は難しい。圭吾は紫の行動が読める程付き合いは長くないし、さらに紫はクラスに友達がいないのだ。他のクラスメイトに聞いてもこの女子と返答は同じだろう。教室にいないなら放課後まで諦めた方が良いかもしれない。
「あ…………えと…………でもね…………」
「……ん?」
もう話は終わったと思っていたが、女子はやや驚くべき事を圭吾に告げた。
「霧島さん、すぐに何処かへお弁当持って行くんだけど…………さっき出て行った時、手に何も持ってなかったの。たぶん、弁当を忘れちゃったんだと思うから…………きっとすぐに教室へ帰ってくると思う」
「え? 弁当を? そうなの? マジで?」
ちょっと信じられない忘れ物だが、紫は何も無い所でコケるようなドジッ娘である。あり得ない話ではない。いや、むしろよくあるに違いない。
「うん、ときどき忘れる事があってね。今月は六回目かな?」
「………………へぇ」
それってもはやときどきじゃなく、かなりと言える回数なんじゃないか? と思ったが、圭吾はそれ以上にその女子の言葉に驚きと安堵を感じた。
「…………ったく、アイツはやはり確定ドジっ娘だな。意味無くコケたり、弁当忘れたりと、性格以外もなかなかあり得ない女だ」
普通、昼休みに教室から出て行く生徒が何を持っているのか、持って行こうとしているのか気にするヤツはいない。やっと昼休みになったと開放感に戯れるくらいが精々だ。
なのに、この女子は紫が弁当を持たず教室を出て行った事を知っている。その回数まで知っている。
――――――――由良の心配は杞憂かもしれない。
そこまで注目する程、紫に興味を持っている女子が圭吾の目の前にいるのだから。
「フフフ、そうだね。霧島さんって近寄りがたい印象もたれてるけど、そういった所があるから私は別に怖いとか思ってなくて………………うん、むしろ可愛いなって思う…………」
「…………………………」
無意識に圭吾は女子を凝視してしまう。
「あ! ご、ごめんなさい…………気持ち悪いよね…………クラスの女子の行動を見ちゃってるなんて…………か、可愛いとか言っちゃってるし…………」
「え? あ、いや! 全然そんな事ないって! むしろ、あんなヤツを見てくれるクラスメイトがいたってホッとしてるくらいだから!」
圭吾は誤解しないで欲しいと、首を全力で振り続ける。
「かなり安心したんだよ。アイツってクラス全員に嫌われてると思ってたからさ」
「霧島さんって…………その…………特に男子には無愛想でちょっとキツイ視線とか向けちゃうけど…………本当は良い人なんだって、私は思ってるから…………」
それはクラスメイトだからわかる、気にしているからわかる紫という人物なのだろう。
口調だけで伝わってくる。女子の口から語られる紫は、善の気持ちに満ちていた。
「席が隣って事もあって、先週は消しゴム貸してくれたし…………荷物運んでる時とか手伝ってくれたり…………教科書を忘れたら見せてくれるし…………会話は…………ほとんどしたことないけど」
「………………アイツってそんな事できるヤツだったのか」
「その……………………霧島さんは不器用なだけなんだと思う。もっとみんなと仲良くできるはずなのに………………いつも一人で…………」
クラスで孤立しているのは間違いなく、圭吾に対する態度をクラスでもまき散らしているのだろう。むしろ、それ以上の可能性もある。誤解上等で行動し、無意味な反感を買っているかもしれない。
「…………もったいないと思う。別に無意味に乱暴だったり嫌みを言ったりする人でもないのに…………」
だが、話を聞く限り紫はそんな人物では無い。
「みんな、もっと霧島さんの事を知って欲しいな…………本当は優しい人なのに…………」
なぜならこの女子は紫に対し“優しい”と言ってくれたからだ。
(姉ちゃんにいい報告ができそうでよかった。少なくとも最悪ってワケじゃないのはわかったし)
たった一人だけの言葉であり、クラスに馴染めてないのもその通りではあったが――――――――優しいと言ってくれる人物がいた。その事実に由良はとても安心するはずだ。
「あ、あの私…………阿武川千歳あぶかわちとせ…………です。ごめんなさい、名前を言うの遅れて…………」
申し訳なさそうに千歳は圭吾に頭を下げる。
「そんなに畏まる必要ないって。同学年なんだし、もっと気軽に喋ってくれていいよ」
「…………ありがとう中西君」
そう言われて安心したのだろう。千歳の肩から力が抜け、その顔が僅かに微笑んだ。
「あの…………中西君って霧島さんと仲がいいの?」
「いや、それは全然。仲良くなんてありません」
キッパリと圭吾は告げる。
「そ、そうなんだ…………」
あまりにはっきりした発言だったため、思わず千歳は戸惑った。
「でも、アイツの姉ちゃんに頼まれてるからさ。友達になってやんなきゃいけないんだ。ヤツの寂しい学校生活を終わらせるために、まずは昼休みの弁当くらいは一緒に食べてやろうと。それでここに来た次第なワケよ。うんうん」
「………………それで別のクラスまでやってきたの?」
「そのくらいしないと、あのハリネズミ娘はオレと会おうともしないだろうし。あとは………………その………………うん…………なんだ…………」
「あと?」
首を傾げる千歳に、圭吾はやや視線を逸らしつつ続けた。
「……まあ…………アレだよ。友達いなくて損した学校生活し続けるってのは個人的にもどうかと思うし」
「…………え?」
その、紫に対する圭吾の正直な気持ちに、千歳は一瞬キョトンとした顔になる。
「………………って、違う違う! そう! アレよ! アレだよ! 姉ちゃんに似た外見してるヤツが反社会的状況なのが個人的に嫌ってだけだ! 無意味に孤立してやがんのがムカつくだけ! そう、それ! それなの!」
初対面の女子に突如プライベート的感情を暴露してしまい、それを圭吾は懸命に否定する。
「…………フフフ。そうだね」
だが、それはさらなる肯定と認識されてしまい、千歳はそんな圭吾を見て優しく微笑む。
それは中西圭吾が霧島紫のどんな友達なのかを理解したような表情だった。
「中西君って…………おもしろい人だね」
「…………ん? それはどういう意味だ?」
――――――何やら千歳は誤解しているように思える。
圭吾は由良の頼んだ事だからと、再度伝えようとするが――――――――――それは即座に叶わぬモノとなった。
「…………何やってんのアンタ?」
背後にいつの間にか紫がいたのである。
同じクラスの女子と親しく喋ってる別クラスの男子、という図に違和感があったのだろう。紫の瞳には「どういう事?」と圭吾の姿が不審気に映っている。
「ここに来る理由なんて一つしかないだろ。お前を誘いに来たんだよ」
「同じような事をもう一度聞いてあげるわ。それはくだらない哀れみかしら?」
「くだらくなんかねーよ。友達になりたいヤツと弁当食べようとするのは自然な事だろ?」
「そうね。相手もそう認識しているならね」
「認識してるだろ。オレがこんな懸命に動いているんだからな」
「あ、そう。アンタの中ではそうなんでしょうね。アンタの中では」
「お前、もっと素直になれっての。学校生活なんていう強制イベント、どうせなら楽しくやって行きたいじゃねーか」
「それを決めるのはアンタじゃなくて私なの。残念だったわね」
ギャーギャーと言い合いを始めた圭吾と紫の熱がヒートアップしていく。収まる様子は無い。
その様子は昼休み中ずっと続くかと思われたが――――――――――――――二人は途中でハッとする。
「フフフ………………アハハハ!」
この口喧嘩を千歳がずっと見ていた事に気づいたからだ。
「霧島さんって、こんなに喋る人だったんだね。しかも隠さずハッキリこんな………………あ」
そして、再度慌てて自分の口を塞ぐ。
「ご、ごめんなさい! また私ったら失礼な事を…………」
「別に気にする事ないわ。悪いのは全部コイツなんだから」
「なんとまあお昼でもハリネズミ精神全開だなお前は…………」
謝った千歳がゴング終了の合図となったのか、紫は千歳の隣にある自分の席についた。
すぐに通学鞄の中から弁当を取りすと、紫は教室を去ろうと立ち上がる。
「あ、待て――――――」
まだお前を昼休みに誘う事はやめてないぞ、会話は終わってないぞ、話を無視するんじゃないぞ、と紫を止めようとする圭吾だったが――――――――――――それよりも早く紫に声がかけられた。
「あ、あのッ! き、霧島さん!」
その言葉に紫の足が止まり、そのまま振り返る。
「一緒にお昼…………食べない?」
意を決した行動だったが、限界ギリギリの頑張りなのだろう。蛍に話しかけるようなおとなしさで、否定されれば砕けてしまいそうな声だった。ほんの僅かとはいえ手が震えており、勇気と緊張が綯い交ぜになっている事が窺えた。
「ずっと思ってたの…………霧島さんと…………一緒にお昼食べたいなって…………」
だが、その視線は真っ直ぐに紫を見ている。
後悔や恥といった逃げがそこには無い。その目には、ただそれだけのために人生の全てを賭けたような覚悟があった。
「ダメ…………かな?」
圭吾がここにいる事がきっかけとなったのだろう。
そのアンバランスな様子は、初めて千歳から紫に向けるハッキリとした好意だった。
「…………そんな真剣に言う必要なんかないわよ」
紫はすぐ隣の千歳の席へ来ると、視線を逸らしつつ耳を赤らめながら言った。
「さ、早く行きましょ。昼休み終わっちゃうし」
「…………え?」
「ほら、早く用意するする」
「あ…………う、うん! ありがとう!」
パアッと千歳の顔が明るくなり、弁当を持ってすぐに立ち上がる。
それに併せて紫も歩こうとするが、そこで「中西君」と千歳は圭吾の名を呼んだ。
「一緒に食べよう。いいよね霧島さん?」
「「…………………………え?」」
まさかの発言に二人の声がハモる。
「え? は? コイツも誘うの?」
「だって、お昼は多い方が美味しいじゃない? だから中西君もいた方がいいと思うな」
さっきまであったおとなしさや奥ゆかしさは何処にいったのか。さも当然のように千歳は圭吾をお昼に誘った。
「………………え? いいの? オレもOKなの? てっきり、二人だけの世界が展開されるもんかと。いや、そりゃコイツを誘うのが目的でここへ来たけども…………」
「いいも何も、中西君は霧島さんとお昼食べたいんだよね?」
「え? あ、いや、まあ、そうだけど………………」
突然の援軍に圭吾は戸惑い、微笑んでいる千歳に何も言う事ができない。
そのため、自然と圭吾の視線は紫へと向かう。
「…………なんで私を見るのよ」
「いや、いいのかなと思って…………」
「…………さっきまでの強気は何処にいったのよアンタ」
微妙にわからなくなっているこの場のノリに、圭吾はどう反応すべきかわからない。
たしかに紫と一緒にお昼を食べたいが、「いいのか?」と思考がそこで停止してしまうのである。
「え? いいの? いいのかコレ?」
まあ、つまり計算外なだけだった。圭吾はこんなあっさり紫と弁当が食べられるとは思っていなかったのだった。例え、千歳という第三者がいるとしても。
「…………別にいいわよ。一緒に食べたきゃ勝手に食べに来なさい」
「フフフ。ありがとう霧島さん」
ニコリと千歳は紫に笑いかける。
「いや、お礼を言うべきはコイツよ。阿武川さんじゃないわ。お昼を一緒に過ごさせていただいてありがとうございますって感謝すべきはコイツ」
目に刺さりそうな距離まで、紫は圭吾に人差し指を近づける。
「あー、はいはい。ありがとうございます紫様」
「もっと感謝しなさいよ。さっきは戸惑いながら私に許可とか言ってたくせに」
「…………このハリネズミは唯一の友達とかに甘くなる系女子で決定だな」
「私見てボソボソ喋るのやめてくれる?」
「フフフ。二人とも面白いね」
再度、千歳は同じ言葉を呟く。
だが、その言葉に失態は無いと思っているようで、千歳は自分の口を塞ごうとはしない。
二人の「どういう意味?」という問いに対して「何でも無いよ」と答え、それ以上は何も言わなかった。
ちなみに、三人で教室を出た時、紫がつんのめって廊下にキスしそうになったため、その身体を千歳がギリギリで支えた。
圭吾が「お前、絶対隠し事ヘタだよな」と言って紫に睨まれたのは言うまでも無い。
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