第12話 それは両者の行動だったのです

圭吾と奈菜瀬の二人がいなくなり待合室にはポツンと残された由良一人だけになる。




 つけっぱなしのテレビの音が室内に響いており、それが由良の耳を打っていた。






 「スーパーアーサースラッシュか………………実際はもう少しフレーム余裕あるだろうけど………………六十分の一秒ワンフレームが見えるくらいじゃなきゃ、PかKに用意されている二十分の一秒スリーフレームの攻撃に差し込むなんてできないか…………フフフ…………フフフ…………」






 由良は自分の左手を握った。






 「圭吾クンが…………私に…………スーパーアーサースラッシュか…………」






 力を集中させ腕を振るわせながらもなんとか握り拳を作る。






 「………………きっとこれからも面白い事がいっぱいあったんだろうな」






 その言葉は本来、後悔や悲しみに塗れているはずだった。生きていれば出会えていた幸福を惜しみ、続くはずだった日常が無くなる事に嘆く言葉のはずだった。




 しかし、その言葉に――――――――――その影は無い。




 ただ、由良は自分の手をコツンと額にぶつけて、微笑みながら遠くを見るように言葉を漏らしただけで――――――――そう、それは例えるなら雨の中を歩いていたら偶然四つ葉のクローバーを見つけたような――――――






 「………………ありがとう」






 それは由良が誰に、何を思った言葉なのか。




 これまでとこれからに向けた姿がそこにあった。


























 次の日。






 「で、そこで何やってんのよ?」






 天宮中学校への通学路。まだ始業ベルが鳴る二十分前に、登校している紫の前に立ちふさがる者がいた。






 「お前を待っていた」






 立ち塞がっている者。圭吾はきっぱりとそう告げた。






 「一応聞いておくけど、なんで?」






 「お前、友達がいないらしいな」






 「……………………」






 紫の視線が鋭くなる。もの凄い不快感が込められている。






 「…………だから何?」






 「寂しいだろうからオレが友達になってやる」






 だが、そんな視線に圭吾は負けていない。ギロリと睨み付けられても真正面から紫を見ていた。






 「……………………」






 ほんの四秒程、紫は圭吾を見ていたが。






 「消え失せろ。この銀河から」






 吐き捨てるように言うと紫は圭吾を抜き去って行った。




 が、その瞬間再び圭吾は紫の前に立ちふさがる。某ドラゴ○ボールキャラのような一瞬の動きだ。






 「聞こえなかったのか? 友達になってやると言っている」






 「聞こえなかったの? 銀河から消え失せろと言ったの」






 お互い動かず睨み合う。互いの視線に謎の火花が散り始め、その火花から登校途中の生徒達が逃げるように二人から距離を取っていく。






 「お前、クラスでもそんな感じなんだろ? 面倒そうで怖いってな雰囲気が全開で放出されてて、ハリネズミみたいな空気纏ってるぞ」






 「あ、そう。どうでもいい評価ありがとうクソ野郎さん」






 「だが、オレはそんなハリネズミごときにビビる男ではない。ムツゴロウさんの精神で怖がらず針ごと抱きしめてやろう。だからオレと友達になれ」






 「アンタ頭狂ってるの? 抱きしめるとかキモい単語言わないで。そんなセリフ空気に響かせたら細菌が発生するわ。抗生物質が効かないタチの悪いヤツが」






 「ボッチは嫌だろぉ? ボッチだとその性格がさらにひねくれていくぞぉ? だが、安心しろ。曲がった性格はオレがまっすぐにしてやるから。つまり、オレと友達になれ」






 「曲がってんのはどっちよ。そんな高圧的態度で友達作れると思ってんの? そんな誘い方で頷くヤツがこの世にいるワケないっての」






 「お前、まさか土下座で頼めとでも? 許しを請うようにお願いしろってか? なんとまあ、ジェットコースターみたいな捻くれ具合だな。それだと友達になりたいじゃなくて、奴隷にさせてくださいになるぞ。理解できてるか?」






 「さっきから仲良くなろうとするセリフが全く出てこないわね。あんたってケンカ売ってるだけでしょ? しかもバーゲンセール状態。あ、私って暴力反対主義だからそういうの絶対買わないから。どんなに安売りしてても無駄よ」






 「…………お前、昨日のアレでよくそんな事言えるな」






 「アレはムカついたからやった。ただそれだけよ。それ以上も以下もないわ」






 「そういうのを聞くと、やはりお前のような女子と友達になれるのはオレしかいないと断言できる。だから諦めてオレと友達になれ」






 「だからならねーって言ってんでしょが」






 二人の火花はどんどん大きくなっていく。




 互いにこの火花を鎮める気はないのか、それとも鎮められる段階を超えてしまったのか、何にせよ険悪な空気だけが生まれている。そのため、なおさらこの時間の登校者達は二人の周囲に近づけなくなっていった。






 「ああもう! なんで朝からケンカしてるんですかッ!」






 だが、そんな二人が散らしている大火花を異に返さず一人の小学生、能代奈菜瀬が圭吾と紫のそばにやってきていた。






 「病院の帰りに圭吾お兄様の計画聞いておいて正解でした………………絶対こうなってるって思いましたから」






 大きなため息をつき奈菜瀬は呆れた顔をした。その際に背負った赤いランドセルについている二頭身ハヌマーンのキーホルダーが音を立てる。






 「問題無い計画だぞ。紫に話しかけて友達になろうといって握手する。ほら、完璧な作戦じゃないか。ただの普通の友達の作り方だ」






 「いや、まあその…………たしかに本来なら友達作りなんて別に気にする必要無いんですけどね…………握手って部分がなんとなく気になりますけど」






 紫と圭吾は互いに良くない印象を持っている。そのため、普通に口喧嘩くらいにはなるんじゃないかと奈菜瀬は危ぶみ、学校行く前ここに立ち寄ったのだ。そして、その予想は見事に的中していた。圭吾は友達になろうと口で言っても、そこには上っ面の態度しかないため紫は徹底的に否定している。






 「あれ? 奈菜瀬ちゃん学校はどうしたの? こんな所にいるんなんて」






 「学校ならまだ大丈夫です。ここからでも充分間に合いますから――――――――って、そんな事よりッ! もっと周囲を気にしてください! お姉様とお兄様のケンカでみんなドン引きですよ! みっともないですッ!」






 「言っておくけど悪いのはコイツよ。友達になってやるなんて上から目線で言い放ってきたんだから」






 「何言ってるんだ。普通の事だろうが」






 悪びれなくお互い言い放つ。






 「友達ってのは選ぶ権利があるのよ。そしてキモいヤツは近づきたくも見たくも無いもんなの」






 再びカチンと来たのか、紫は圭吾を親の敵を見つけように睨み付け、その距離を詰めた。






 「やっぱ男ってくだらないヤツばっかりだわ。そういう遺伝子が組み込まれてるのね。可哀想な染色体」






 「ふん! 俺だって好きでお前と友達になろうなんて思ってないっつーの。由良姉ちゃんの頼みじゃなければ誰がお前なんかと朝っぱらに話すか」






 そんな紫を前にして圭吾に動揺は無かった。昨日なら女子の急接近に対して思う所はあったが、紫は女子だ綺麗だなんだと言う前に問題がありすぎる。




 それに相手に嫌われていれば自分も嫌うのは道理だ。そんな女子を前にして異性意識できる程圭吾の性格はMではなかった。






 「あー、はいはいそうですか。そんじゃさよなら。あ、奈菜瀬ちゃんはまたね。こんど色々教えてあげるからね」






 奈菜瀬に優しい言葉をかけた後、圭吾には別れの言葉以外言う事は無いと、スタスタと紫は歩いて行ってしまう。振り返る気は全く無いようで、すぐに曲がり角の向こうへと消えていった。






 「……………………何故?」






 「何故? じゃないですよお兄様ッ!」






 全くワケがわからないと頭を傾げる圭吾に、奈菜瀬は目一杯にツッコミを入れる。






 「あんな言い方じゃダメに決まってるじゃないですかッ! 紫お姉様は…………その…………ええと…………まあ、見ての通りのキツくてパワフル&ドメスティックかもしれませんが、女の人なんです! 女子なんです! 乙女なんです! もっと優しい言い方しないと脊髄反射で言い返されちゃいますよ!」






 そして、そのツッコミには色々とアレな言葉が含まれていた。






 「…………やっぱお前って結構はっきりと言えるヤツだよな、言葉を選んでソレだし」








 「だ、だって私小学三年生ですから…………その…………言葉をあまり知らないですし…………ボキャブラリー少ないですし…………」






 奈菜瀬はモジモジと指を動かしながら恥ずかしがる。どうやら、うっかりはっきり言ってしまう性格という事には自覚があるようだった。






 「奈菜瀬よ…………男子だって優しく声をかけて欲しいと思っているぞ? 女性だから、男性だからで決めてしまうのはどうかと思うぞ?」






 「……………………そういうのわかってるなら、なんで紫お姉様にあんな事言っちゃうんですか…………」






 呆れたように呟く奈菜瀬を横に、圭吾はグッと拳を握ると自分を鼓舞した。






 「まだ一日は長い! 今日、必ずや紫の氷をオレが溶かしてみせるぞッ!」






 「あー、すごーいですぅ…………さっきの紫お姉様とのアレがアレだったのに、圭吾お兄様の自信は今も満タンですぅ…………」






 「こんどは紫を完膚なきまでに叩き潰せる論戦を展開して…………無理矢理OKさせれば…………何も抵抗できずオレと友達になる事だろう。そう…………アレやソレな女騎士のようにな! ハッハッハァッ!」






 「ダメだこのお兄様………………早くなんとかしないと…………」






 さすがに中学校までついて行くわけにはいかない。




 小学校があるから仕方ないとはいえ、二人が心配で仕方の無い小学三年生は、圭吾を見て隠しきれない不安を表情に出す。




 そして、圭吾のその日の朝は小学生に説教されてる中学生がいたと、そんな最近の話題になってしまったのだった。

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