第14話 それはこの世の不条理だったのです

「ん?」






 放課後。圭吾は部活に所属していないため、家に帰るべく歩いてる時だった。






 「………………校門で待ち合わせしてんのかアイツ?」






 紫を見つけたのだ。




 校門に寄りかかり、己のスマホもいじらず、少し視線を上に向けてジッと立っている。






 明らかに誰かを待っている様子だ。






 「阿武川さん待ってんのか? いや、それだと校門で待つのはおかしいか?」






 圭吾は話しかけようかと思ったが、待ち合わせの邪魔をしたと難癖つけられ、口論になる可能性がある。




 なので、圭吾はそんな紫を横切るように歩いて行こうとした。触らぬ神に祟り無しとでも言うように、なるべくコソコソと。




 コソコソコソコソ。






 「何、無視して行こうとしてんの」






 だが、まさかの言葉で圭吾の足が止まる。






 「…………へ?」






 無視しなければと思っていた圭吾だが、どうやらそうしてはいけないらしい。




 という事はつまり、紫が待っていた相手というのは。






 「って、は? え? もしかしてオレを待ってたの?」






 「あんた以外の誰をこんな所で待つってのよ」






 紫があり得ない人物を待っていた事が判明した。






 「こいつは意外だな…………まさかお前がオレを待ってるとは…………首根っこ捕まえて食人族に売り飛ばそうとしてるならともかく…………」






 「用があるならいいの。嫌ならもっといいわよ。すぐに帰るから」






 プイッと顔を横に向けると、そのまま紫は一人で帰ろうとする。






 「おいッ! なんでそこでハリネズミモードになるんだっつーの! ちょっと本音が出ただけだろがッ! ジョークだよジョーク!」






 「つまりどっちなのよソレ」






 そんな紫を圭吾はすぐに追いかけそのまま横に並んだ。




 そしてそのまま二人で歩き続ける。互いに何も喋らず視線も向けずに歩く二人の姿は、周囲に「どんな関係だ?」と疑問を抱かせるような雰囲気に満ちていた。






 (…………そういえば)






 紫を追い越さないよう置いて行かれないよう歩幅を合わせていると、微かな紫の香りが圭吾の鼻をくすぐった。






 (女子と並んで帰るとか初めて…………だな…………)






 男子となら記憶にあるが女子は無い。




 女子からの心地よい香りと、そんな異性と一緒に並んで歩いているという事実は、普通なら喜んだり無意味に意識したりするのだろうが―――――――






 (…………しかし、コイツ何のつもりだ?)








 ―――――――圭吾の隣にいるのは霧島紫である。






 (なんでオレと一緒に帰るなんて真似を…………意味不明だ。何故? どうしてだ? 一体何を考えている!?)






 なので、怪しむ事はあっても思春期する事は無い。




 男子嫌いの紫が何故一緒に帰ろうとしているのか。圭吾の脳内はそればかり考えていた。






 「ウチの学校ね。部活で強い所が多いの」






 「え? あ、ああ…………」






 突然の話題に圭吾の脳内が現実へとシフトする。






 「陸上は県大会常連で、剣道部も同じような感じよ。卓球も弱いとは言えない成績だし、テニスはこないだ初めて県大会にいったわ。他の部活はそこまでの成績は無いけど、モチベはかなり高いわ。顧問の先生達もそれぞれ気合い入ってる。何年もずっと部活に力を入れ続けてたらしいから、その結果が出始めてるみたいね。このままいけば、部活動で有名な中学になるかもしれないわ」






 「へぇ、ウチの学校ってそんなに強かったのか………………」






 圭吾は部活に全く興味を持っていないので、結果を出している部活が多い事を初めて知った。




 学校側が押していこうと考えているなら、今後の部費は上がっていき、入学する生徒も強い選手が多くなっていく事だろう。もしかしたら地元からの協力も増えていき、いつか「部活が一番強いのは天宮」なんて言われる日がくるかもしれない。






 「強豪校になる流れが作られてるって事か。良いことじゃないか。まあ、まだ全国には遠いみたいだが、そこは仕方ないだろうし」






 圭吾は部活をする気なんかさらさらないが、自分の通う中学に強い特色が出る事は素直に良い事だと思っている。なので、圭吾の言った事は純粋な賞賛で、そこにネガティブな感情は何もない。






 「そう、ウチの中学は全国に遠いの。県大会常連の部活が多くなっても、そこを勝ち抜けるような強さはない。あんたの言う通りで、まだまだ全国なんて望めやしない。夢見るしかない段階だわ」






 しかし、紫は違っていた。








 「……………………お姉ちゃんは全国の常連だったのに」








 それは圭吾だけに向けられた言葉ではなかった。








 「全国制覇なんて何回もしてるのに…………………………そう簡単にはたどり着けない記録を持っているのに……………………気にしてるヤツも知ってるヤツも………………ほとんどいない…………いないのよ………………」






 紫は圭吾のように受け止めてなどいなかった。素直に自分の中学を賞賛できず、そこには晴れようのない“暗い疑問”があった。






 「お姉ちゃんが中学生の時。私達と同じ天宮中学だったんだけど………………対戦格闘ゲーム全国制覇を校内で気にしてくれる人はいなかった。喜んでくれる人も応援する人もいないから、当然地元でも騒がれる事はなくて……………………部活みたいに県大会までいけば必ず下げられる垂れ幕もなかった。学校で誰もした事のない全国制覇って偉業を連続で達成し続けたのに、誰も知ってる人はいなかった。子供で女で挑戦して………………大人や凄いプレイヤー達をなぎ倒してつかみ取った凄い結果なのに………………」






 県大会で騒げる所の話では無い。




 その記録は今の天宮中学では絶対に成す事のできない偉業だった。






 「………………なんでお姉ちゃんは凄いと思われなかったんだろう。勝ち抜くという事で格闘ゲームと他の“競技スポーツ”に………………差なんてないはずなのに」






 全国で一番になる。それは何であっても、たった一人、たった一チームしかなれない凄まじい結果だ。






 「お姉ちゃんは学校や周囲から孤独だった…………」






 野球、サッカー、バスケ、卓球、剣道、テニス、ラグビー、将棋、チェス、百人一首に至るまで、全国一である事を凄いと思わない人はいない。全国制覇という称号はその文字だけで誰からも注目され、賞賛され、表彰され、目指されるモノとなる。






 「騒がれるのはいつも内輪だけだった。格闘ゲームを知ってる人だけで話題になって終わりだった。近所や校内で、お姉ちゃんの凄さを認めてくれる人はいなくて、おめでとうの言葉一つもない。多くの人達の話題になったり騒がれたりするのは、いつも全国にも行けない県大止まりの部活ばかりで――――――――」






 しかし、どんな素晴らしい結果を残しても目に止められないモノがある。それが紫にとって格闘ゲームという競技スポーツだった。




 ゲームと呼ばれてしまうモノだった。








 「――――――私はそれが凄く嫌なの」








 全国大会連覇という偉業。






 こんな記録が学校の部活で達成されたなら、それはもの凄い騒ぎだろう。




 連覇した事は学校の歴史としてずっと語られ、その名前は永遠に残り続け、その生徒に対して進学する高校も推薦枠を用意してくれるだろう。




 特別扱いしない方がおかしいというものだ。そして、プロを進める者も出てくるだろう。誰もが認めるそれだけの結果を出しているのだ。野球やサッカーなら当たり前のように見る光景である。






 しかし、それは誰もが知っているモノだったらの場合だ。






 部活として一般的で、自然と思われている“運動スポーツ”なら、それは目指すべき“競技スポーツ”だと周囲が認めてくれる。






 そう、一般的と認められた運動スポーツなら。






 運動スポーツなら、だ。








 「ただ、凄いって…………全国の頂点に立てる能力と技術を持っている霧島由良はもの凄いって…………当たり前みたいになんでみんな褒めないの…………お姉ちゃんを…………たかがゲームごとき…………格闘ゲームだからなんて…………差別だけして…………」








 だから――――――――――――――由良はダメだったのだ。








 昔よりは遙かにマシになったとはいえ、未だにネガティブなイメージを持たれているゲームでは――――――――――――どんな結果であっても、まだまだ認められる事は無い。大勢に知られる事も無い。






 それが子供で女性で全国一位で七連覇という、考えられないような結果だったとしても。






 ゲームという競技スポーツ。






 それでは近所に住む人達の話題に上がらない。ゲームだからという理由で注目する気にならず、初めて地区一回戦を突破した運動スポーツの方が注目される。




 世間はただでさえ“スポーツ”というモノは競技スポーツではなく運動スポーツだと思っているのだ。それがゲームとなればその認識はさらに加速するだろう。






 「…………そうだな。それはオレも思う」






 圭吾の意見も紫と同じだった。






 「頂点に立てる何かに差なんて無いはずだよな。それが野球だろうと将棋だろうと格ゲーだろうと凄いモノは凄い。賞賛も表彰も尊敬も応援もあるべきでされるべきで、姉ちゃんがそんなプレイヤーなのは明白だし絶対だ」






 優れた能力と技術の種類に区別や差別なんてモノがあってはならない。誰でもすぐ真似できるようなモノで頂点に立てるワケがないからだ。




 その事実に侮蔑できるモノなどありはしない。全国で最も極めていると言っていいその結果に、文句や不満を言う方がどうかしている。






 「でも、だからって何も知らない人達が全員、お姉ちゃんを評価しなかったかっていうと違うぞ」






 紫を元気づけるように、圭吾は絶対の自信を込めて言った。






 「だって、オレがいるんだから。格ゲーも姉ちゃんの事も全く何っっっっっっっっっにも知らなかったオレが、ほんの数秒でメロメロになったんだから」






 「…………………………………………」






 紫の言った事はたしかな事実だ。どんなに凄い結果を残そうとも、そんなプレイヤーになろうとも、周囲の世間からは見向きもされない。学校で騒がれるような結果にはならない。そんなモノは望むべくもない。




 だが、そんな冷たさだけが事実なのかと言われれば――――――――――――――――――それは違う。




 そう、それは絶対に違うのだ。






 「姉ちゃんのプレイにオレはもの凄く感動した。頭の中が格ゲーと霧島由良って単語で覆い尽くされるくらいな。それが対人戦でもない、ただのCPU戦だったとしても」






 「…………………………………………」






 圭吾が格闘ゲームを知った事。プレイを続けている事。由良の“輝き”を知っている事。これもまた事実なのだ。




 格闘ゲームの知識も無く、格闘ゲームの興味も無く、霧島家の近所に住んでいるでもなく、由良が全国七連覇という結果を持っている事も何も知らない。




 なのに憧れたのだ。何気ないゲームプレイを偶然見ただけなのに。それだけなのに、由良のようになりたいと思ったのだ。






 そう、心からそう思えたのだ。






 「負の結果ばかり見えるのは仕方ないと思う。どうしてもその部分は目立っちゃうからな………………でも、オレみたいなヤツもいるんだよ。その正の結果も見て欲しい」






 圭吾の世界はその瞬間から光り輝き――――――――――――――それは大きな熱になって魂に宿っている。






 「オレの存在が何も騒げない世界じゃないって…………外の世界の住人が全く見てないワケじゃないって…………その肯定に繋がってると思う。例え、それが偶然から発生しているのだとしても、姉ちゃんの出した結果が世界を広げた証拠になってる。だって、オレはその姉ちゃんのプレイにメロメロになったんだから」






 「……………………」






 紫は歩くその先を何となく見つめながら圭吾の話を聞いている。








 ――――――あえて圭吾を見ないようにしているようだ








 「悲観するより誇ろうぜ。絶望するより喜ぼうぜ。姉ちゃんは凄い事をしたって、凄い人なんだって、オレ達は知ってるんだから」






 由良が理解されないもどかしさは事実としてある。それはどうしたって消えない。純然たる事実があろうとも、それを世間が知って認めなければ理解はしてもらえないのだから。






 結果が出ているモノより、結果の出ていないモノが称えられ続ける。






 ゲームだけに限った話ではないが、凄さというモノは知ってもらわなければどんな偉業も必ず軽んじられてしまう。






 「そう、オレ達は知ってるんだ。オレ達は姉ちゃんの凄さを知っている。だからオレは――――――――――いや、オレ達はさ」






 紫を納得させる言葉はない。紫を説得するには由良の事も格闘ゲームも何もかも圭吾はまだまだ浅すぎる。






 だから、圭吾にできる事は一つしかなかった。






 自分が由良という存在に出会って、何をしていきたいと思ったのか。




 それを言葉にする事だけだった。






 「いつか姉ちゃんの凄さに世界が気づけるように………………その“強さ”ってヤツを受け継いで行かなきゃいけないと思う」






 安い言葉だ。格闘ゲームを初めて数ヶ月程度しか経ってない初心者が吐いていい言葉ではない。






 「だってオレ――――――あの屋上で――――――」






 だが、デパートの屋上で何気なくやっていたゲームのプレイを――――――圭吾は見てしまった。やらせてもらった。




 そして、思ってしまった。






 「――――――姉ちゃんに出会えてよかったと思ってるから」






 格闘ゲームは楽しいと。




 心を強く揺さぶられ、あの日から圭吾は思ってしまったのだ。




 ただ、それだけを。




 それ以外の気持ちは無く――――――――――ただ純粋に。






 「………………………………ったく、あんたって」






 だから、その本心に薄っぺらさは無い。




 由良の偉業が見えないのなら魅せて見せてやる。




 それは圭吾から由良への、知らない世界を与えてくれた礼で義務だった。






 「それ、色々と答えになってないんだけど?」






 「…………あ…………いや、まあ、そうだけど…………すまん」






 紫に対しての答えにはなっていない。圭吾が自分の主張を言っただけで、それはつまり紫に対して何も言えなかったという事だ。






 「でも…………うん…………これが“奇跡”か…………中西圭吾ってヤツなのね」






 だが、紫の顔に不満は無い。






 「こんなヤツだからお姉ちゃんはあの時………………そっか…………」






 視線を合わせず、呆れたように大きくため息はついても、そこに憎悪や嫌悪といったモノは何もなかった。






 「ん? なんか言ったか?」






 「別に」






 ついさっきボソリと呟かれた紫の言葉が気になった圭吾だったが、無視とばかりに紫は圭吾の前を歩き出す。






 「さ、行くわよ。これからやる事やってもらうために。私はあんたに来てもらうために待ってたんだから」






 「へ? 来てもらう? 何処に? スワローか?」






 「違うわよ。私の家よ」






 紫はさも当然のように圭吾に告げた。






 「私にできるのはこれくらいしかないもの」






 そして、誰に言った言葉のか、遠くを見ながら呟いた。

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