第3話 新チームの中心

「副キャプテンって、巧は知らないの?」


 沈黙の中、真っ先に切り出したのは由真だった。


「ああ……、夜空がチームを引っ張っていたし、気にしたことなかったかも」


 かれこれチームに加入して三ヶ月は経つが、巧は気にしたことはなかった。

 それは、知らなくてもチームは回っていたからだ。


「誰ってそれは、……誰だろ?」


 珠姫も頭を悩ませる。

 珠姫でさえ知らないとなれば、知るのは夜空だけだ。


「えっ、珠姫じゃないの?」


「私マネージャーだったし……」


 夜空の言葉に、珠姫は否定した。

 マネージャーでも選手を兼任していたため、キャプテンの補佐となる副キャプテンであれば可能だと思うが、本人には自覚がなかったようだ。


 つまり……、


「副キャプテンはいなかったと……」


 実質的な不在。

 今までチームが崩壊しなかったことがおかしいくらいだ。少なくとも、これからの新チームでは副キャプテンを立てたい。


「夜空が休みだった時はどうしてたんだ?」


 夜空も体調を崩したり、他にも事情があって休むことはあっただろう。その際の代理を考えれば、副キャプテンに近い立ち位置の選手はいたかもしれない。


「うーん……、私休んだことないかも」


 この一年間、夜空は皆勤だったということだ。

 おかしくはないことだが、だからこそ代理のキャプテンという存在がいなかったということだ。


「あ、でも九月は修学旅行だったから私いなかった……けど美雪先生に練習メニュー託したからなんとかなってたかも」


 結局、代理を立てなくてもなんとかなっていた。

 それだけ夜空が頑張ったというか、適当にやっていたかはわからないが、とにかくなんとかなってはいたのだ。


「ま、まあ、とりあえず副キャプテンはキャプテンを決めてからでいいと思うから、まずはキャプテンだよね」


 すかさずに珠姫がフォロー入れる。結局のところ、珠姫の言う通りキャプテンを決めないと始まらない。


「巧くん、今のところ自分の意見を言ってない気がするんだけど、誰が良いっていうのはないの? 巧くんのことだから、何か考えているんでしょ?」


 夜空の言うようにキャプテンや副キャプテンを誰にするのかということに関しては、巧は一度も言及していない。

 ただそれは、巧がその発言をすることによって、そのまま話が進むことを恐れたからだ。


 明鈴は巧が指揮するチームではあるが、巧だけのチームではない。

 あくまでもチームは選手たちのものであり、巧はそのチームを勝利に導くために尽力するだけだ。まずは三年生たちの意見を聞いた上で、巧の考えを言おうとしていた。


 しかし、このままでは話が進まない。巧は自分の考えを話した。


「俺は亜澄か七海か光が適任だと思ってる。実力で言えば打撃も守備も安定感のある七海か、恐らく今後の主砲になる亜澄かな。チームの雰囲気を考えると、光もキャプテンには向いていると思ってる」


 無難ではあるが、間違いはない人選だろう。

 亜澄と七海はレギュラーとして夏の大会を戦い、光はムードメーカーでありながら実力も着実につけている。

 棗はムードを盛り立てる役割はあるが、ムードメーカーというほどでもなく、実力としてもまだ安定していない。

 煌や鈴里は守備の要ではあるが、今までレギュラー入りできておらず、性格も大人しめだ。

 梨々香は控えという点もあるが、気分屋なところがあり、チームを引っ張るとするならばキャプテンをせずに打撃で引っ張れば良い。


「ただ珠姫の意見を聞いて、一年生の中でも代表を立てた方が良いとは思うから、それなら陽依、伊澄のどちらかかな」


 ここはキャプテンではなく副キャプテンの立ち位置だ。キャプテンとしてもできなくはないが、圧倒的に適任と言えるわけでもないため、それならば副キャプテンの立ち位置が良いと考えている。


「それなら司ちゃんも良いと思うよ。去年はシニアでキャプテンやってたわけだし」


 珠姫にそう言われて思い出した。

 伊澄はキャプテンではなかったが、陽依と司はシニア時代にキャプテンをしていた。経験があるという点を考えると、向いているだろう。


「私としては、光を推薦するかな。キャプテンか副キャプテンのどっちかにいてもらったら、私が後輩だったらチームの中心に光みたいに話しやすい先輩がいたら安心できるし」


「確かにな……」


 言われてみれば光は話しやすい。

 巧は監督という立場上誰とでも話すが、光と話す機会は多い。

 ポジションの関係で話しやすい先輩というのは変わってくるが、誰とでも話す光がチームの中心にいるというのは安心できるだろう。


「じゃあ、この辺りで決めていくか」


 選択肢を増やしすぎても混乱するだけだ。

 これだけ絞った中で、巧と三年生の三人で部の中心を決めていった。




 午前中はキャプテン決めで費やし、昼食を摂ってから巧と三年生は練習に参加した。

 ただキャプテンは決まったとはいえ、練習途中にいきなり変えるわけにもいかず、練習後に発表することとなった。

 そのため、今日の練習に限っては今まで通り夜空がキャプテンとしてチームをまとめていた。


 そして練習が終わり、ミーティングに入る。


「これから、一、二年生が中心の新チームになっていくわけだけど、そのチームの中心となるキャプテンを発表しようと思う」


 巧はそう切り出す。

 誰がチームを引っ張るのか、今後のチームカラーにも関わってくる。一年生にも僅かながら緊張が見て取れるが、二年生は特に緊張し、息を呑んでいる。


「まずキャプテンだけど……光に任せようと思う」


 三年生たちと話し合った結果、キャプテンは光と決まった。

 レギュラーではないとはいえ着実に力をつけており、それでいてムードメーカーであり話しやすい。チームの中心としては間違いなく適任だ。


「わ、私?」


「ああ、そうだ」


 光は驚いた表情を浮かべる。可能性があるとはいえ、自分が選ばれると思っていなかったのだろう。


「チームのムードメーカーとして、それと今の一年生や今後入ってくる後輩に寄り添えるキャプテンになって欲しい。ただ、キャプテンだからといって自分だけが頑張ろうとしなくても良い。副キャプテンや他の二年生、一年生もいるし、俺や美雪先生もいる。今は三年生いるからな」


 今までキャプテンをしてきた夜空とはまた違った役割だ。

 それでも巧と三年生の四人で話し合った結果、満場一致で光がキャプテンに決まった。


「正直、まだ自信はないけど、頑張ってみる。……頑張りたい!」


 新たにキャプテンに就任した光は、初めは不安そうにしていたが、今はやる気に満ち溢れていた。


 そしてキャプテンが決まり、次は副キャプテンだ。


「副キャプテンは、今までちゃんと決まってなかったみたいだけど、この新チームではハッキリとさせていこうと思う。……副キャプテンは、七海だ」


 実力としても十分、安定感があり崩れない七海が副キャプテンとして適任だと判断した。

 光が崩れた場合でも、実力でチームを引っ張ってくれると思ったからだ。


「精一杯頑張るよ」


 七海は落ち着きながらも、決意表明としてそう言った。


「これでキャプテンと副キャプテンが決まったわけだけど……一年生の中でも副キャプテンとして学年の代表を決めようと思う。まだ早いとは言っても、また一年すると今の二年生は引退するわけだから今後のためにもな。あとは一年生の意見も二年生に通しやすくするためにも」


 この辺りも三年生と話した上で決まったことだ。副キャプテンは一人でないといけないわけではない。

 風通しが良いチームにするため、今後のことを考えても決めておいても早すぎることはないだろう。


「ただ、今決めた副キャプテンが来年のキャプテンになるわけじゃないから、それは理解しておいてくれ。……それで副キャプテンとして一年生の代表を任せるのは、陽依だ」


 陽依であればチーム自体の考えることもでき、ムードを高めることもできる。すでに主力となっている陽依は適任だろう。


「そして司。司も副キャプテンを任せる。一年生の副代表だな」


 巧の言葉に、司は目を丸くした。

 陽依が呼ばれた時点で一人だけだと思っていたのだろう。ただ、司もチーム全体を見ることができるだけの能力を持っており、すでにキャッチャーとしてチームの中核だ。

 ないとは思うが、陽依の意見が一年生の意見ということにもなりかねない。そのためにも代表として二人を立てておこうという考えに至った。


「実際は二年生が中心になると思うけど、修学旅行や進路指導で二年生が参加できないことだってなくはない。それに冬になれば学年閉鎖になることだってあるからな。実験的な意味も込めて、一年生でも代表を立てさせてもらった」


 今までの夜空のように、ただ一人でチームを引っ張ることには限界があった。負担を分散させ、チームを強くするためにも全員でチームを強くすることが、明鈴がさらに上にいくためには必要不可欠だ。


 これから新体制でチームが始まる。

 先がどうなるのかわからないが、これで新チームとして動き出す準備が整った。

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