第2話 副キャプテンは誰だ!?

 三年生が引退し、残った一、二年生で新チームをスタートさせる。

 ただ、その練習風景は何一つ変わっていなかった。


「巧くん、おはよー」


「おはよう夜空。今日はいつもより早くないか?」


「いやー、昨日動かなかったから、早く練習したくて早めに来ちゃった」


 夏の大会で敗退した二日後、夜空は練習に来ていた。

 普段は巧が最初になることが多いのだが、巧が校門を通ると、自転車通学の夜空はすでに自転車置き場から部室に向かっている途中だった。


 三年生は夏の大会で敗退したと同時に引退……となるはずだったが、夜空は変わらず練習に参加する。それは他の三年生、珠姫と由真も同じだった。


 その理由は単純で、今後も野球を続けていくからだ。

 夏の大会前にそれぞれ面談した際に、夜空と珠姫はプロになりたいと言っており、由真は悩んでいると言っていた。

 夜空と珠姫の目指す方向は変わらず、プロか無理でも大学や社会人チームに入り、野球を続けるということは変わらない。

 ただ由真に関しては、夏の大会で負けてからまだ二日ということもあって、ハッキリとは決められていない。大学進学で野球を続けるという予定ではあるが、まだ悩んでいるようだ。


 三人とも部に残るということが決まった。もちろん練習の中心は一、二年生となるため、場合によっては補助に回ってもらう。

 あくまでも練習に混じりながら、感覚を鈍らせないようにするための練習参加だった。




 部員が集まり、練習が始まる。

 そんな中、教室の一室で巧と夜空、珠姫、由真の四人は集まっていた。

 都合良く三人とも部に残ることになったため問題なかったが、もし野球を続けないという選択をして練習に参加しないことになっていたとしても、今日の練習には三人とも出てもらう予定だった。


 その理由は、新チームに関して決めるべきことが残されているからだ。


「夜空はどう思う?」


「……私は誰でも上手くやってくれるとは思うけど」


 新チームのキャプテン。それを決めるべく、三人には集まってもらった。

 美雪先生とは事前に話はしてあったが、それは顧問が決めるべきではないと判断し、巧たちに一任した。部員同士でしか見えないところがあるから、と。


 まず初めに、前任のキャプテンである夜空に意見を聞いたが、的を得ない答えが返ってくる。


「正直、私はそんなにできるキャプテンだったって自信がないから、誰が向いてるかっていうのはわからないんだよね」


 夜空はそう自分を卑下するが、巧はそうは思わなかった。

 少なくとも、実力で部員を引っ張っていくという点においては、間違いなく部員に良い効果をもたらしていた。


「そもそも、去年はどうやって決めたんだ?」


 巧はそう尋ねるが、その答えは単純なものだ。


「いや、私しか選手いなかったし……」


 巧は失念していた。

 今でさえ、夜空と珠姫、由真と三人いるが、珠姫は元々マネージャーを兼任しており、由真は部にいなかった。必然的に夜空がキャプテンをするしかなかったのだ。


「もし由真がいたら、私じゃなくて由真の方が良かったと思うけどね」


「えっ、私?」


「うん。私は色々と自由にしちゃうところがあるから、チーム全体を見てチームを引っ張るのは、私より由真の方が向いていると思う」


 夜空の意見は一理ある。

 チームで一番の実力の選手がキャプテンになるという手もあるが、チームをしっかりと見られる選手がキャプテンになるというのも一つの選択肢だ。


「俺としては夜空も由真も向いてないなんてことはないと思うよ。どっちにしてもチームとしてはあり得る選択肢だし」


 実力でチームを引っ張るキャプテン。

 全体をよく見てチームを引っ張るキャプテン。

 どちらにも良さがあり、どちらも捨てがたい。


「珠姫はどう思う?」


 今まで一度も発言をしていない珠姫に、巧は意見を求めた。

 その珠姫の意見は、今まで考えてもいなかったことだ。


「二年生から決めるってことばかり考えているけど、一年生から選ぶのも選択肢の一つじゃない?」


 その答えに巧は頭を悩ませた。

 確かに珠姫の言うことは、選択肢の一つであることに違いなかったからだ。


 下級生がキャプテンになるというのはあまり多くはない。ただ、強豪校でも下級生キャプテンの体制を取ることはある。

 一年生がキャプテンをすることで、二年生は負けないように力をつけようとする。

 また、次の年を見越すのであれば、新チームの体制を整えやすいという利点があった。


 二年生の中には突出した実力を持っている選手はいない。確かに亜澄や七海はレギュラーを張っているが、実力でチームを引っ張るという点に関して言えば、間違いなく一年生の伊澄や陽依を選択した方が良いだろう。そうでなくとも、キャッチャーとして全体をよく見ている司も適任と言える。


 キャプテンと言わずとも、チームの中心に一年生を置くのは悪くない。

 明鈴は学年問わず仲が良い方だと思うため問題ないかもしれないが、今後のチームのために下級生が上級生に意見しやすい環境を作っておいてもいいだろう。


「一年生キャプテンも良いと思うけど、それなら珠姫は誰をキャプテンにする?」


「うーん……。ムードを作るって意味では陽依ちゃんかなぁ? でもキャプテンでムードメーカーの陽依ちゃんが崩れたらチーム自体がダメになる可能性もあるから難しいよね」


 ムードメーカーという点で言えば、光も二年生の中ではムードメーカーだ。

 ただ、光が落ち込んだ際にチームの雰囲気が悪くなったこともあり、それはキャプテンである夜空の調子が悪い時もそうだった。


 陽依はお調子者ではあるが、チームをよく見ていて頭も良い。キャプテンに向いている選手ではある。ただ、その陽依が崩れれば、一気にチームは悪くなることが目に見えている。


「陽依なら精神的に崩れにくいと思うけど、だからこそ崩れた時は怖いよね」


 夜空も陽依は適任と見ているが、それ故に怖さは潜んでいる。

 メンタルが強かろうが、誰しも落ち込む時は落ち込む。

 光が落ち込んだ際には陽依がいたため大崩れは阻止できたが、キャプテンでムードメーカーとなればまた別の話になるだろう。

 どちらにしても崩れたら怖い。


「それなら副キャプテンでも良いんじゃない?」


 そう提案したのは由真だ。

 キャプテンというチームの主柱が崩れれば怖いが、その補佐となる副キャプテンがムードメーカーであれば、チームの主柱とムードメーカーを別にできる。どちらかが崩れたとしても大崩れは阻止できるだろう。


「それが一番かな……。ってあれ、そもそも今の副キャプテンって誰なんだ?」


 巧のその言葉に、この場の全員は沈黙した。

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