第4話 ベストメンバー

 キャプテンと副キャプテンが決まり、新チームが動き出そうとする中、もう一つだけ巧はハッキリさせておきたいことがあった。


「現時点でのベストメンバー。それも決めておこうと思う。ただこれはあくまでも現時点だから、すぐに変わる予定だ。少なくとも、今の時点で一番レギュラーに近い立場で、控えになった選手はその立ち位置を奪うつもりで練習して欲しい」


 今後の競争意識のために現時点でのベストメンバーを発表する。本来であれば必要のないことかもしれないが、三年生が抜けた今の自分の立ち位置を把握するためにも巧は以前から考えていた。


「まずは一番……センター、月島光」


「わ、私かっ」


 キャプテンとして選ばれたばかりの光は、またも驚きの声を出す。


「まあ、由真と似たタイプは光しかいないからな。ただ、由真になろうとはしなくても良い。光は光のできることをしてくれればいいから」


 由真はそれなりに打てる上に、盗塁や走塁が持ち味で守備も上手い。プレッシャーを感じることもあるだろう。

 ただ、光は光で新しい明鈴の一番センターとして戦えば良いだけだ。


 そして巧は続けていく。


「二番レフト、姉崎陽依」


「よっしゃ!」


 やや悩みどころではあったが、陽依を二番に起用した。伊澄とも悩んだが、陽依は小技が得意で一発はあまり期待できない。そのためもあっての二番だ。


「三番サード、藤峰七海」


「はい!」


 七海は元気に返事をしたが、その顔には緊張が見え隠れしている。それもそのはず、今まで夜空が担ってきた三番だ。その後釜として責任を感じているのだろう。


「光の時も言ったけど、夜空と同じことを求めてるわけじゃない。今までと同じように出塁を意識した打撃をしてくれれば良い」


 夜空はホームランが打てる上に出塁もできた。七海もホームランを打てはするが、やはり夜空と比較してしまえば能力は劣っている。それでも今のチームで三番に適任だと考えたため、巧は七海を三番として指名した。


「そして四番は……ファースト、諏訪亜澄」


「は、はい!」


 チームで一番の長距離砲。梨々香や瑞歩も適任ではあるが、安定感に欠けてしまう。

 四番にも入ったことのある亜澄が、現状では一番適任だ。


「ここが一番難しかったが……五番ピッチャー、瀬川伊澄」


「はい」


 伊澄は平然と返事をするが、巧としては一番悩んだところだ。

 今までは一発のある亜澄を起用してきた五番だが、四番と同じく梨々香と瑞歩では安定しない。

 伊澄も全く一発を望めないわけでもないため、アベレージヒッター型ではあるが伊澄を五番に置いた。

 夜空に一番近いのが伊澄のため、五番は七海でも良かったかもしれないが、七海の成長を期待しての三番で、打てる伊澄を五番にした。


「六番は、キャッチャー神崎司」


「はいっ!」


 司は夏の大会で打率が良く、一試合限りだが五番も打っていた。上位や五番を打たせても良いが、五番までに溜めたランナーを返すためにも、六番にいてもらうことが得点力にも繋がると考えた。


「七番ライト、千鳥煌」


「はい」


「八番セカンド、水瀬鈴里」


「はい!」


 二人は打撃が不得手ではあるが、その守備力は魅力的だ。

 鈴里に関して言えば、前任が夜空だっただけに同等の守備力を持つ鈴里が適任だった。

 煌も守備力で言うと、由真と遜色ない力を持っている。走塁と盗塁は劣るものの、その守備力は魅力的だ。

 ポジションを入れ替える余地はあるため、打撃力だけで言えば梨々香や瑞歩という選択肢があったが、長打力はあっても出塁率が高くない瑞歩と気まぐれな梨々香の打撃を考えれば守備力を優先した方がいいと巧は考えた。


「そして九番ショート……黒瀬白雪」


「は、はい!」


 最後に巧が呼んだのは白雪だ。ポジションの関係上、確実に白雪以外は有り得ないとはいえ、やはり不安はあったのだろう。

 本来このメンバーであれば白雪を七番に置いても良いが、まだ発展途上の光のことを考えると、煌や鈴里ではなく出塁できる白雪を九番に置きたかった。

 今までは打線に厚みがあった上で一番へと繋ぐ九番白雪だったが、今回は厚みがないからこそ一番に繋ぐ九番白雪だ。

 消極的な理由ではあるが、現状の明鈴ではそれが最善だと巧は考えた。


「以上が現時点でのベストメンバーだ。ただ、控えの選手もチャンスがないわけじゃない。棗はピッチャーはもちろん、外野のスタメンであればミート力……出塁率か走力のどちらかと守備を強化すれば考えている。梨々香はスタメンで出ると安定しないところがあるから、そこを改善できればクリーンナップもあり得る。瑞歩はミート力が改善すればクリーンナップもあり得るし、守備力が上がれば打線に厚みを持たせるためにも下位打線で使いたいな。黒絵もピッチャーとしては安定してきたから成長次第だし、外野手としてなら長打か三振じゃなくてヒットも打てるようになって欲しいし、守備力がもうちょっと欲しいな。……由衣も打てたらマネージャーでもスタメンで使おうかな」


「それは遠慮しまーす」


 最後は僅かながらの本気を含んだ冗談だったが、由衣によって即座に否定された。どちらにしてもマネージャーの由衣がいる分、選手が練習に集中できるため、マネージャーが増えない限りは考えていないが。


「最初にも言ったけど、あくまでも現時点でのベストメンバーだ。明日には……って言うのは言い過ぎだと思うけど、来週にも一ヶ月後にも変わってるかもしれない。だからこそ、ベストメンバーに選ばれた人も気を抜かずに練習して、控えになった人もベストメンバーに入るつもりで練習してくれ。……俺からは以上だ」


 巧の伝えたいことは伝え終えた。

 キャプテンや副キャプテンが決まり、現時点でのベストメンバーが決まった。


 それから、少しばかり美雪先生からの連絡事項を終えると、練習は終了した。




「巧くん、ちょっといいかな?」


 帰宅をしようと準備をしていると、すでに帰宅準備を整えた煌が巧に声をかけた。その隣には鈴里もいる。


「あんまり聞かれない方がいい話?」


 周りにはまだ帰宅準備中の選手がいる。巧は周りを見ながらそう言った。


「うーん、どっちでも良いけど、できれば」


「わかった。……珠姫、ちょっと校門で待ってて」


「ん? りょーかい」


 以前誘われたが一緒に帰れなかったため、今日は巧の方から誘って帰ることになっていた珠姫に一言だけ残した。


 部室から離れて学校の中庭のベンチに移動する。落ち着いて話すためにも、各々学校に併設された自販機で飲み物を買うとベンチに座る。


 缶ジュースを開けて一口飲むと、巧は早速話を切り出した。


「それで、話って何だ?」


 煌と鈴里は思い詰めた顔ような顔をしていた。

 話というよりも、悩みといった方が近いようにも思える。


「ええと……、ベストメンバーだけど、多分私たちって一番当落上に近いよね?」


 煌がそう言い、巧は言葉を詰まらせた。

 正直に言えば、その通りだ。ただ、それをハッキリと言って良いものか悩んでいた。


「ハッキリと言ってくれてもいいから」


 鈴里は真っ直ぐと巧の目を見てそう言った。

 その眼差しには勝てない。そう思い、巧は頭を掻きながら答えた。


「……そうだよ。現段階でも正直悩んだ。煌も鈴里も、守備力は魅力的だけど打ててない。だからこそ夏の大会では守備固めが多くて、打席を回さなかった」


 鈴里は白雪が怪我をした次の試合ではスタメンで出場させたが、それ以外は主に守備固めだ。

 煌に至っては打席が回っていない。


「ただ、ベストメンバーっていうのは本当だ。さっきも言ったけど、梨々香と瑞歩は安定してヒットを打てるわけじゃないから、それなら足がある二人の方が良いと思ったんだよ。棗と黒絵も成長すれば可能性がないわけじゃないけど、ピッチャーとして数に入れたい」


 高校野球ではピッチャーも打席にはいるとは言え、やはりピッチャーとしての練習に力を入れたい。実力があれば野手として使うことも考えてはいるが、夜空というピッチャーもできる野手がいなくなった分、どうしてもピッチャーに注力して欲しい。


 それを聞いた煌は、「巧くんならないと思うけど……」と前置きをした後に続けて言った。


「控えの選手たちはもちろんだけど、もし来年入ってくる一年生の方がレギュラーにふさわしいと思ったら遠慮なく外して欲しい。もちろんレギュラーを取られないように努力はするし、試合には出たいけど、やっぱり勝ちたいから。全然出れてなくても、負けるのは悔しい」


 煌は唇を噛み締めながらそう言った。

 夏の大会で皇桜に負けたことを思い出しているのだろう。


「わかった。遠慮はしない」


 多分、煌の言うように、来年新入生が入って来ればどこか遠慮してしまうところもあったかもしれない。

 今年の三年生は人数が少なく、レギュラーとしての実力があったため問題なく起用できた。

 しかし、ポジションの関係はあるにしても今の二年生を全員レギュラーにすることはできない。恐らく、今の一年生はともかく、来年の新入生をレギュラーに入れて三年生を控えにおくということに躊躇してしまっていたかもしれない。


 ただ、遠慮するということは、勝てる試合を落としてしまう可能性だってあることだ。


「棗と梨々香がどう思うかだけど……」


「それは大丈夫」


 今度は鈴里がそう答え、続けて言った。


「元々、亜澄と七海も含めて今の一年生が入ってくる前に話してたんだよね。伊澄とか陽依とか、すごい一年生が入ってくるって知ってた。でも、二人だけじゃなくて他の一年生もすごい子たちだった」


 確かに、巧も入部当初は伊澄と陽依くらいしか一年生で良い選手はいないと思っていた。司の存在はどこかで聞いたことがある程度で、最初は伊澄と陽依以外にはあまり期待をしていなかった。

 ただ、司のリード、黒絵のピッチング、白雪の当てる上手さ、瑞歩の打球の飛距離など、それぞれに持ち味があり、決してレベルの低い選手たちではなかった。

 巧は侮っていたのだ。


 多分、それは二年生にとっても似たような気持ちがあったのだろう。


「私たちはもちろんレギュラーを取るために努力はする。でも、自分たちよりも一年生の方がレギュラーにふさわしいと思ったら、それは素直に受け入れるって、文句は言わないって二年生の中で決めてたんだ」


 試合に出たい。試合に勝ちたい。

 それでも自分以上の実力を持っている、自分以上にスタメンに適任な後輩がいれば、潔く身を引くというのが、二年生の総意ということだ。


「ありがとう、気持ちを話してくれて」


 巧は素直に感謝を述べた。


 恐らく、二年生からすれば年下とはいえ、監督に言いづらいことでもあっただろう。

 それでも、その言葉をハッキリと聞けた巧にとっては、迷わずに采配ができるということだ。


 今まで単純な采配ミスはあった。

 それでも、遠慮して、上級生を忖度することでまた間違いを犯すところだったのだ。


「これからも、何かあったら教えて欲しい。もちろん全部を聞き入れるわけじゃないけど、悩みも不満も、俺にはわからないことだってあるから」


 巧はまだ未熟だ。

 他校の監督のように大人でもないし、人生経験もなければ監督としても経験は浅い。


 だからこそ選手に寄り添い、最善を考える。


 そんな監督になりたい、と、巧は改めて思った。

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