№01・レアアイテム図鑑・6

 緑の魔女はまさしく魔女らしく、どこか妖しい微笑みを浮かべて頬杖を突いた。悪魔に魅入られたようにからだが硬直して、南野は背筋をぴんと伸ばして膝に握りこぶしを置く。


「集めることが好き、ということならば、この世界でも『集めて』もらおうではないか。さいわい、時間はたんまりあることじゃしな」


「集める……? なにをですか?」


「そうじゃな、難易度が高いほうが集めがいがあるじゃろ……これを持て」


 そう言って、緑の魔女は一冊の本を差し出した。おそるおそる受け取って、ページを開いてみる。……なにも書いていない、白紙の本だった。


「あの、これ……?」


「まあ待て、今にわかる」


 白紙の本の一ページ目を開いていると、ぼわ、と何かが浮かび上がってきた。精緻な図と文字だ。異国の文字だというのに、南野にはそれが読めた。それを不思議に思いながらも内容に注目する。


「NO.1、『レアアイテム図鑑』……?」


「その本のことじゃな」


 こくりとうなずく緑の魔女は、面白そうに言葉を続ける。


「NO.1、とあるように、レアアイテムはこれひとつではない。この魔法が統べる世界には、100のレアアイテムが散らばっておる。お主はそのレアアイテム図鑑に導かれるまま、100のレアアイテムを集めてもらう」


「100のレアアイテム……?」


「そうじゃ。古の遺物、モンスターの一部、呪われた芸術品……なにが出てくるかはレアアイテム図鑑次第じゃが、とにかく入手困難な品物ばかりじゃ。それを手に入れて、妾のもとに送ってもらう。次元の壁を越えさせる対価としては安いものじゃろ?」


 それで『取引』か……悪魔のように魅力的な笑みを浮かべて、緑の魔女は南野の答えを待った。


 100のレアアイテム……それを集めてくる。


 魔法が統べる世界の珍品を、この手で。残すことなく、100。


 南野の腹の奥底がずぐりと熱くなった。『蒐集狂』としての血が騒ぐ。異世界の珍品を集めるなんて、そんな困難なこと……達成した暁には、とんでもない快感が待っているに違いない。入手困難なものを集める、コレクトマニアとしては願ってもいない無理難題だった。


 南野は黙って『レアアイテム図鑑』を閉じ、自分の膝の上に置いた。それを答えと受け取ったのか、緑の魔女はにんまりと笑って茶を飲み干す。


「決まり、じゃな。100のレアアイテムを対価として、お主をもとの世界に返してやろう。時が満ちるまで、この世界を彷徨うがよい」


 南野は重々しくうなずいた。


 …………しばらくの間、いたたまれない静寂が流れる。


「……あの、それで、支度金とか、ガイドさんとかは……?」


 おずおずと聞いてみると、緑の魔女は呆れたようなため息をついた。


「なにを期待しておる? 物見遊山ではないのじゃぞ、そんなものは自分でなんとかせい」


「俺、一文無しの異世界人なんですけど……?」


「知るか」


 にべもなく一蹴された。旅費も送料も軍資金も自分で何とかしろということらしい。不案内な世界で、ひとりきりで。


 肩を落としていると、緑の魔女は付け加える。


「世界は広い。その『レアアイテム図鑑』があればそのアイテムがある場所まで転送してくれる。ガイドについては……そうじゃな、こればかりは少々かわいそうなので、知り合いの冒険者を紹介してやろう。紹介するだけで賃金は払わぬが」


「はあ……それはありがたいんですけど、できれば現金を少しだけでも……」


「この条件でなければ取引は破談じゃが?」


「わかりましたやらせていただきます」


 完全敗北だった。涙を呑んで頭を下げた南野は、勝手も知らない異世界で、一文無しで、これからどうやって生きていこうかと思いを巡らせた。その冒険者とやらがいいひとで、ちょっとの間お金を貸してくれることを祈るしかない。


「ここから森を抜けて南へ少し行くと、大きな街がある。そこの酒場が冒険者ギルドになっておるから、『緑の魔女の紹介でメルランスというものを雇いたい』と言えばよかろう」


「雇う、ったってお金が……」


「そこはお主の腕でなんとかせい。まあ、悪いやつでは……おそらく、たぶん、ないじゃろうから」


 推定の言葉が多すぎて不安になる。名前以外なんの前情報もないのだが、とりあえずイイヒトであることを祈ろう。


「そうと決まれば早速旅立ちじゃ。今から出れば、夕暮れには街に着くじゃろ。くれぐれも、野盗やモンスターには気をつけろ。お主になにがあっても妾は気にせぬが、大事な『レアアイテム図鑑』に何かあっては困るからの」


「少しは俺の心配もしてください……」


「なにを甘えたことを言っておる。この際じゃから、お主のその甘ったれた性根もたたき直してくるのじゃな」


 盛大に突き放して、緑の魔女は席を立った。


「さあ、旅立ちじゃ! せいぜい100集めるがいい、『蒐集狂』の変態!」


「変態じゃありません! わ、わ、押さないでくださいよ!」


 さあ行け、とばかりに背中を急かされて、南野は席を立ち扉まで追いやられた。


「ぐっどらっくじゃ!」


 扉が閉まる寸前、緑の魔女が親指を立てて見送りらしきことをしてくれた。


 しかし、完全に他人事だ。ばたん、と閉まる扉をぼんやり眺めながら、南野は若白髪の頭をがしがしとかいてぼやいた。


「なぁにが『ぐっどらっく』だよ……!」


 いら立ちが募る一方で、やはり腹の底は熱く煮えている。


 まだ見ぬ世界のまだ見ぬ100の珍品を集めまくる。考えるだけで南野の病的な部分が沸き立った。今までにない体験が待っているに違いない。これまでの蒐集がおままごとみたいに思えるような、そんな体験が。


 そしてすべてを集めたそのとき、南野は元の世界に帰れるのだ。


 やるしかない。


「南ってどっちだ……?」


 初歩的なことをつぶやきながら、南野はとりあえず太陽を目印にして、異世界での蒐集ライフの第一歩を踏み出した。

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