№01・レアアイテム図鑑・7

 さいわい野盗にもモンスターにも出会わずに、緑の魔女が言った通り南野は夕暮れどきには街にたどり着いた。


 城壁に囲われた街はそれなりの規模のようだ。鎧をつけた門番は南野の安物のスーツを怪訝そうに眺めていたが、特に問題もなく通してもらえた。


 黄昏時の街は淡いランプの街灯や店の明かりに照らされて、活気に満ち溢れていた。行商人たちが品物を広げていたり、夜の店の客引きたちがあちこちで道行くひとびとに声をかけている。


 ここに来るまでに少し考えていたのだが、この世界はいわゆるファンタジーRPGのような世界らしい。剣と魔法の世界だ。魔法もあればモンスターもいる。ところどころ考えているものと差異があるだろうが、おおむねそんなところだ。


 南野は『異世界転移』とやらに巻き込まれたようだ。ここに来る前に漫画かなにかで読んだことがある。そう考えると意外とメジャーな現象なのかもしれない。


 ただし、物語の主人公がたいていチートな能力を兼ね備えているのに対し、南野にはなんの能力もない。今のところ魔法が使えるだとか、なにか特別なことができるだとか、そういった兆しはまったくない。


「無理ゲ―じゃないか……」


 石畳の街路を歩きながら、南野はひと知れずため息をついた。


 それでも、やるしかないのだ。いや、やりたいのだ。この異世界で100のレアアイテムを蒐集する……考えるだけでもぞくぞくする。ひとつひとつ、丁寧に、きっちり100集める。整然と、一分の狂いもなく。そのコレクションのすべては緑の魔女のものになるのだが、『集める』という過程が南野にとってはなによりも重要なのだ。


 己を奮い立たせ、南野はとりあえず冒険者ギルドのある酒場を目指すことにした。まずは伝手が必要だ。この不案内な世界をいっしょに巡ってくれるガイドが。


 酒場は案外すぐに見つかった。街で一番派手で大きな酒場がそれだった。扉をくぐると、店中の視線が南野に集まる。この世界では安物のスーツは珍奇ないでたちなのだろう、鎧やローブを着込んだ冒険者たちは、どこか剣呑な視線で南野を出迎えた。


「あの、ここ冒険者ギルドですよね?」


 さいわい言葉は通じるらしく、受付の女は笑顔でうなずいた。


「はい、そうです。パーティーをお探しですか? それとも依頼をお探しですか?」


「仲間が欲しいんです。緑の魔女の紹介で、メルランスというひとを……」


 その言葉を発した瞬間、店中の空気が色めき立った。なにかまずいことを言ったか、と目を白黒させていると、次第にざわめきが生まれ始める。


「『緑の魔女』か……」


「ってことは、あの兄ちゃんも『ワケアリ』かよ……」


「目ぇ合わせんな、もしかしたら人間に化けた魔物かもしれん……」


 どうやら、『緑の魔女』の評判は『上々』らしい。前途多難だ、と小さく嘆息する。


「それで、メルランスさん、とやらは……?」


「呼んだ?」


 りんと鈴の鳴るような声が聞こえた。振り返ると、バーカウンターに腰を下ろしている小柄な人影が目に飛び込んでくる。


 年のころは二十歳前後だろうか、金の髪を結いあげた白い肌の少女である。碧の大きな瞳がくりくりと興味津々といった風に動いていて、小さな手でエールのジョッキを持つ姿はまるで可憐な小動物だ。しかしたしかに胸部を守る鎧をつけていて、腰には数本短剣をさしている。立派な冒険者だ。


「女の子、だったのか……」


 南野が目をぱちぱちさせていると、メルランスは不服そうな顔をした。


「悪い? 言っとくけど、これでもそこらの野盗くらいは簡単に蹴散らせるんだから」


 そう言っては、大人びた仕草でエールを口に運ぶ。


 いくら女の子だとはいえ、伝手は彼女しかいないのだ。腹をくくろう。


 南野はいまだにざわめく酒場を横切って、メルランスの隣の席に腰を下ろした。


「さっきも言った通り、『緑の魔女』からの紹介なんです。俺、実は異世界から飛ばされてきまして、右も左もわからなくて、ぜひともメルランスさんのちからを借りたいと……」


「いくらで?」


「は?」


 南野の方を見ようともせず、メルランスは短い言葉を発した。


「だから、いくら出せるの? あたし安くないよ? 異世界から来たんだか何だか知らないけど、パーティーを組むにはそれなりの給料ってものが必要なの。なんの対価もなしに危険を冒すなんて馬鹿げてる」


「いや、それが、なにぶん持ち合わせがまったくなくて……」


「じゃ、このお話はナシってことで。さよならー」


 すげなく手をひらひら振って、『さっさとどっか行け』と涼しい顔をするメルランス。『緑の魔女』といい、この世界の住人は基本的にドライらしい。


 しかし、ここで断られたからといって南野に行く当ては他にない。食い下がるしかないのだ。元の世界にいたときは取引先に断られれば『はいそうですか』でおしまいだった。だが、ここではそうもいかないのだ。

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