№01・レアアイテム図鑑・5
「じゃあ、元の世界へ返してくださいよ。俺は帰らなくちゃいけないんです。残してきたものがあるから」
「ほほう、家族でもおるのか?」
「そんなもののために帰るわけじゃありません」
「『そんなもの』か。お主、なかなか変わっておるの」
緑の魔女はそこで一口お茶を口に運んだ。それから、ふう、と小さくため息をついて言葉を継ぐ。
「ことはそう簡単なことではないのじゃよ。まず、時間がかかる。返す側は送る側のように気が付いたらすぐに返せるわけではないのじゃ。魔力を蓄え、最適なときを待ち、ときが来てようやく返すことができる」
「けど、それって浦島太郎みたいに向こう側の時間が百年くらい過ぎてるなんてことは……?」
「うらしまたろう、がなんなのかはわからぬが、その可能性はある。ときの流れ方が違えばそういうことも起こるじゃろ。逆に、向こう側の時間が一秒程度しか過ぎていないということもある」
「そうであることを願うばかりです……」
「こればかりはどうしようもないからの。問題はまだまだあるぞ。お主も『跳躍力』を蓄えねばならぬ」
「ちょうやくりょく……って、ジャンプするちからのことですか?」
「もちろん物理的に跳びはねるちからではないぞ。時空と時空の壁を飛び越えるちから……簡単に言えばこの世界の魔力じゃな。この世界になじみ、呼吸とともに魔力をからだに取り入れなければならぬ。その『跳躍力』がなければ元の世界には帰れぬ」
「あの、どうすれば?」
「簡単じゃ。この世界に身をゆだねる覚悟をすることじゃ。そしてこの世界に受け入れられること。さすれば魔力はからだを巡り、お主の『跳躍力』は増していく。この世界を拒絶してはならぬ。この世界の住人であることを受け入れよ。無理に帰りたいと思うな。もっとも、来てすぐのお主にはなかなか難しかろうが」
たしかに、南野はまだこの状況を完全に受け入れているわけではない。こんな世界、一秒でも早く抜け出して、もとのコレクションの待っている世界へと帰りたいのだ。この世界となれ合う気はない。
緑の魔女は茶器を置いて、まっすぐに南野を見つめた。
「そして、一番の問題じゃ」
「一番の?」
どんな難問だろうか、ぐびりと唾を飲み込み言葉を待つ。
緑の魔女はかっと目を見開き、大声で言い放った。
「妾が疲れる!!」
「……は?」
もっととんでもない問題があるのかと思ったら、『疲れる』と。拍子抜けした南野が間抜け面を晒していると、緑の魔女はとうとうと語り始めた。
「これがまた一等疲れるのじゃよ。なんせ次元の壁を飛び越えるのじゃからな。めちゃくちゃ疲れる。すっごい疲れる。死ぬほど疲れる。妾、疲れることは嫌いなのじゃ。見も知らぬ異世界の他人のために死ぬほど疲れることをする義理があると思うか?」
「そんな、薄情な!」
「薄情と言わば言え。妾は気が向かぬ」
まずい。このままではこの魔女は南野をほったらかしにしておくに違いない。取引先から渋い顔をされても気にも留めなかったが、これは己の人生がかかっていると言っても過言ではない。いとしいコレクションのもとに帰れるかどうかがここで決まるのだ。
南野は普段の営業ではついぞ見たことのない食い下がりを見せた。両手を合わせて緑の魔女を拝み、頭を下げる。
「お願いします! 俺には帰らなきゃならない理由があるんです!」
「ほう、先ほど家族のためではないと言ったの。ならばなにが『理由』なのじゃ?」
南野は一瞬、言おうか言うまいかためらった。他人からしたらどうということのない『理由』に聞こえるだろうからだ。それでも、この魔女を説得するには本当のことを情熱を込めて説明しなければならない。
口ごもっていた南野は、意を決して言葉をつないだ。
「コレクションのためです!」
「これくしょん……?」
「俺、なにかを集めるのが好きで好きで仕方なくて……全財産と時間を投入した俺のコレクションがアパートで待ってるんです! まあ、数か月後には売り払うんですけど……それでも、今は俺の宝物なんです! このまま朽ちさせるのは悔しいんです! 俺は、そのコレクションがないと……!」
「わかった、わかった」
鼻息荒く語る南野をなだめる緑の魔女。思いのたけをぶちまけた南野は、息を整えながら居住まいを正した。
緑の魔女は意地悪そうににやにや笑いながらその様子を眺めている。
「つまり、じゃ。お主はなにか特定のものではなく、『集めること』という行為が好きなのじゃな?」
「はい! ものすごく!」
「ふむふむ、なるほど……」
いいことを思いついた、とばかりに緑の魔女が笑う。なんだか嫌な予感がした。つう、と背中を冷や汗が伝い落ちる。
「ならば、取引をするのじゃよ」
「とりひき?」
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