№01・レアアイテム図鑑・4
「どこじゃ!? おい、どこにおる!?」
「……こ、ここです」
鼻の頭を押さえてうずくまりながらも挙手。家主はやっと南野を見つけたらしく、細い腕で南野のひょろっとしたからだを引きずり起こした。
家主の姿を見て、南野は絶句した。
『赤』に突き落とされたと思ったら、今度は『緑』だ。
足元まで届く緑の長い髪に、エメラルドグリーンの大きな瞳。緑のゆったりとしたガウンのようなものを羽織り、くちびるまで緑に塗っている。
年のころは自分と同じくらいだろうか、作り物のように整った顔をしている。コピー用紙くらい白い肌にはしみひとつない。ほっそりとした体躯で、風が吹けば飛ばされてしまいそうだった。まばたきのたびに、瞳の緑が玉虫色のような不思議な色彩を帯びる。
まあ、日本ではまず見かけない容貌だった。どころか、世界のなかでもなかなかいないだろう。強制的に立ち上がらされた南野はぎょっとした顔のまま緑の女を眺め、
「……コスプレの方ですか?」
「こすぷれじゃと? なんじゃそれは?」
ものすごく怪訝な顔で返された。日本語が通じるということはとりあえずは日本人らしい。しかしコスプレではないとすると、一体全体なぜこんな奇妙奇天烈な色彩をまとっているのだろうか。
「そもそも、えきまえ、なんぞ聞いたこともない街の名前じゃな……やはりお主……」
「いやいや、駅前ですよ、このあたりに駅あるでしょ?」
「乗合馬車の駅かの?」
「ば、馬車……?」
どうも話がかみ合わない。いよいよ死後の世界説が真実味を帯びてきた。だとすると、この緑の女は死神か。ずいぶんとド派手な死神だな、と思いながらも、南野はダメ元で状況を説明した。
「ともかく、電車の駅前の歩道橋から、やたら赤い女に突き落とされたんですよ。それで、気付いたらここにいました。なにがどうなってるのかまったくわからなくて……ここ、死後の世界ですか? 俺、死んだんですか?」
南野が尋ねると、緑の女は苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「赤……『赤』、か。くそっ、『赤の魔女』め、また厄介なものを押し付けよって……!」
「は? 魔女?」
「ともかく、入れ。簡単にじゃが、妾にわかる範囲で説明をしてやる」
そう言うが早いか、緑の女は南野の腕をぐいぐい引いて室内へと引きずり込んでしまった。
ロッジの中はまるで映画のセットのようになっていた。レンガ造りの暖炉には火が入っていて、あちこちに薬草のようなものが吊るされている。古びた食器に民芸品のようなものもそこらじゅうに飾ってあった。巨大なベッドはさっきまで家主が寝ていたのがわかるように乱れている。
食卓のようなテーブルに案内されて腰を下ろす。緑の女は少しの間だけ席を外すとすぐに戻ってきた。ぶっきらぼうにお茶のようなものを出してくる。嗅いだことのないにおいに警戒したが、意を決して口をつけると、草花のにおいが鼻まで抜けた。
「このお茶……おいしいですね」
「当然じゃ、妾が手づから煎じたものじゃからの」
緑の女はどこか誇らしげにしながら向かいの席に腰を下ろし、同じように茶をすすった。
「どこから話したものか……」
言ったきり、少しの間沈黙が流れる。手持無沙汰になった南野はただお茶を飲んでいた。
音を立てて茶器を置いた緑の女は、ため息ひとつついてようやく口を開く。
「まず、自己紹介からじゃ。妾は『緑の魔女』と呼ばれておる。本当の名前はひとには教えぬことにしておるから、そう呼ぶがよい」
魔女、魔女と来たものだ。死神ではないらしいが、どちらにせよ縁起が悪い。
「それで、俺は死んだんですか? ここは死後の世界なんですか?」
「まあそう急くな。お主はまだ死んでおらんよ……たぶん」
「た、たぶん?」
「なにぶん、ここはお主のいた世界とは違う世界なのでの。向こうにあるお主の肉体がどうなっているのかは皆目見当がつかぬ」
「は? ちょっと待ってください……違う世界? どういうことですか?」
「たまぁにおるのじゃよ。別の世界から妾のもとに飛ばされてくる輩がの。すべては『赤の魔女』のしわざじゃ。『赤の魔女』はときに世界を救うため、ときに世界を滅ぼすため、ときに気まぐれでお主のようなものを送り込んでくる」
「世界を……?」
「まあ、今回は完全なる気まぐれじゃろ。お主にはまったくオーラが感じられんからの。まるっきりの凡人、完全なる一般人じゃ」
「はあ……」
一般市民なのは自分でもわかっているので反論はしないが、ここまで普通のひとだと言われるとなんだか複雑だ。
あの赤い女……『赤の魔女』は、時空を捻じ曲げて、ほんの気まぐれで南野を別世界へと送り込んだのだという。迷惑な話だ。
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