第十三話 ホブ・ゴブリン

「何で二人がここに……?」


 二人は柵に立っていた。直ぐ後ろにずれれば屋上から地面へ落下してしまうであろう小さな幅の柵の上に。

 器用に飛び降りると、両足で着地。そのまま僕の元へと駆け寄ってくる。


 ノムには家で待つよう伝えていた筈だ。仕事に行くとは言ったが行先までは教えていない。

 僕の疑問に、ノムが不敵な笑みを浮かべて答える。


「我らは主従契約をしておると言ったな。主から魔力を得ているわけじゃから、その魔力を察知して辿れば主に辿りつくって寸法じゃ。主だって我らの居場所を辿る事が出来る筈じゃぞ」

「魔力を察知……? 僕は君たちがここにいることを知らなかったけど!?」

「ふむ、そうか。まぁ主は魔力自体知らんかった訳じゃからその方法も知らぬのか。何も知らぬ主に面倒であるが後でその方法を教えてやるとするか。我らが来たのはお主が居る場所で不穏な魔力反応を感じたからじゃ。主の身に何か危険が及んでいるのではと助けに来たぞ」


 甲冑ドレスに包まれた慎ましい胸を張って得意げに笑うノム。

 その傍ら、ベルが気まずいと言わんばかりにチラリと僕を見つめていた。


「あの……ご主人様」


 体をもじもじとさせ視線が合わない、何か言おうとして続く言葉に詰まったのか声が出てこないようだ。


「その前にじゃ。ええい、ベル。主に言うことがあるじゃろ!」


 そんなベルの姿を見かねたのか、ノムがベルの後ろから押して僕の近くに立たせた。


「あ、あの……その……」


 僕は思い出す。

 僕を押し倒して馬乗りになり、腕を刀身に変化させた彼女が僕を殺そうとしていた事を。

 しかし、今は殺気など感じなかった。まるで悪いことをしたと自覚のある子供(容姿は子供だ)が謝罪しようとしても言い出せない、そんな微笑ましさ溢れる雰囲気を感じさせる。


「ご、ご主人様。本当に申し訳ございませんでした。先走ってご主人様に、あんな事を……。姉様が止めてくれなければご主人様を、私は、その……」


 ようやくベルから出てきた言葉は震えていた。

 瞳に大粒の涙を含ませ、頬を伝い、流れ落ちる。直ぐに腕で目元を覆い、涙を拭う。

 その言葉は本当に悔いているのか心が籠っているように感じた。


 殺されかけたことは簡単には忘れられそうにない、それほど衝撃的なことだった。

 理由はどうであれ、簡単には許してはいけないことだと思う。けれど僕もベルには酷いことを言った。彼女たちの事より自分の事を優先した結果だ。僕も反省すべき点は多い。


「いいよ。許す。むしろ僕も悪かった。二人には酷いことを言ってしまったから」

「ご主人様……。ありがとうございます」


 しんみりとした空気が流れる。

 そんな空気に似つかわしくない「ガシャン!」と扉を壊そうとする大きな音が響いた。

 鈍い音だ。扉が破壊されるまで時間は残されていないのかも知れない。


「折角ご主人様と仲直りが出来たと言うのに……最悪ですわ」

「主よ、そんな所に隠れていないで正面から立ち向かえば良いではないか」

「何言ってんだ! さっき僕はアイツに吹っ飛ばされたんだぞ。正面から立ち向かっても殺されるのがオチだ!!」

「何を言っておるとはこちらのセリフじゃ。お主には戦う武器があると言うのに」

「武器って、バールはさっき壊れて……」


 まさか、と思い僕は彼女たちを見つめる。


『ご主人様には私たちが居ます。まずは私をお使いください』

「折角、久々に暴れることが出来ると思っておったが……。ここは仲直りした妹に譲ってやるかの」


 そうだ、彼女たちは聖剣だ。

 先ほどまで着ていた白の甲冑ドレス姿から、精巧な剣へと変化したベルが地面に突き刺さっていた。

 白い輝きを放つ、魅力溢れた聖剣姿。どことなく気品あふれるオーラを前に僕はその手を止める。


「な、なぁ。本当に戦うのか?」

「当り前じゃ! そのために我らは来たのじゃぞ」

「相手は強いし……僕が倒せるとは思えない」

「つべこべ言う前に行動あるのみじゃ! さっさと手に取れ!!」

「お、おい、何をして……!!」


 怖気づいた僕に痺れをきらしたノムは虚空にあった僕の腕を強引に掴む。

 その力は強く、振りほどくことは出来ない。ノムは押し付ける形でベルのグリップを握らせた。


 握った直後、僕の体に何かが駆け巡るのが分かった。何だ、これは? 血液? ――違う。何かしらのエネルギーのようなもの……。

 これが魔力というやつなのだろうか。この不思議な何かは僕とベルを繋ぎ、一体化させた。初めて剣を手にした筈なのに、何度も握ったことがあるかのように手に馴染む。


「この感覚は、一体――」

「どうじゃ。それが聖剣じゃ。これなら戦えそうな気はせんか?」


 聖剣と化したベルを持ち上げようと力を込める。刀身が太いから多少の重みはあるだろうと推測していた。

 しかし結果はすんなりと片手で持ちあがる程その剣は軽かった。僕を馬乗りにしたベルには多少重みがあったような気がするが、それを感じさせないくらいすんなりと持ちあがる。


「軽いな……」

『本当ですか!? 流石はご主人様です。私とご主人様の相性が抜群ということです。あぁ、心地良い』


 思わず呟いた感想に、ベルが脳内に直接聞こえる声で嬉し気な反応を返してきた。

 過剰とも言える反応に、逆に不安が募ってくる。


「このまま……戦っていいのか?」

『勿論です。ご主人様のお役に立てるのです。こんなに嬉しいことはありません』

「――よし、行く……行くぞ」


 戦う、ヒーローでは無い僕が戦う? 勝てるのだろうか。喧嘩が苦手な僕が?

 心臓がバクバクとしててうるさい。そんな僕を優しく包み込むかのように聖剣が光った。白くて優しい光に怖気づいた心が落ち着いてくるのが分かる。

 僕が行動を起こさなければ、どうせ僕は助からない。なら足掻け。足掻いて生き残って見せる。


 塔屋の影から出てきた僕は、ベルを握りしめながらゴブリンの正面に立った。


『グギャギャギャ、グギャ』


 屋上の扉越しに映る大きなゴブリンは獲物を発見し、嬉しそうに唸る。

 鉄製のドアは凹凸が分かるくらいボコボコで、今にも丁番のネジが外れそうだ。


「お、こやつ。この世界にもおったのか」


 僕の横でノムがゴブリンを見て言葉を漏らした。

 ノムはこのモンスターについて何か知っているらしい。


「ノム、知ってるのか?」

「あぁ。確か#〇×%ゴギャバズと呼ばれておったはずじゃ。×△$ゴグェの変異体じゃの」

「何て!?」


 ノムがモンスターの名称を発した瞬間、他国言語を喋ったかの如く聞き取れない単語が飛び出した。


「じゃから#〇×%ゴギャバズと……。あぁそうか。違う名前で呼ばれておるのじゃな?」

「違う名前かどうか分からない! 僕たちはコイツ等の名称は知らないんだ。だから勝手にゴブリンって呼んでる。こんな見た目の空想の生き物がいるんだよ」

「ほぉ……。ゴブリンか。そう言われればそっちの名前の方がしっくりくるやもしれん」

「まぁ、アイツより小さい奴に向けての名称だけどね」


 このゴブリンは変異体らしい。

 ならば一応、僕の中で『ホブ・ゴブリン』と呼ぶことにしよう。


「変異体? って言ってたけど大丈夫なのか? 何か弱点を知ってたら教えてほしい」

「弱点とな? 弱点など見たら分かるじゃろうて」


 そう言って、ノムはホブ・ゴブリンを見つめた。

 見たら分かると言われても、コイツは大きなゴブリンだ。成人男性くらい身長もあるし、力が強い。

 窓から入ればいいのに、わざわざ簡単には開かない扉をこじ開けようとして、ボコボコになるくらい攻撃を加えて突破しようとしているのが気になる。


 僕が恐怖しているのを楽しんでいるように見えたけど、違うのか?


「主も気付いたようじゃの。そのゴブリンとやらの特性は集団で行動することで脅威になる。厄介なのは少し知性があること。連携が奴らの強みじゃ」

「知性があるなら窓から入れば僕を襲えるよな? でも何でワザワザ扉を壊そうとしてるんだ」

「そう、そこじゃ。この変異種は筋力に特化したが為、その分知性が劣化しておる。つまり、奴は力任せで行動するが故に、侵入できる部分があるのに気付かず障害物を壊して進もうとする馬鹿なのじゃ」

「マジか……!」


 馬鹿。それがホブ・ゴブリンの弱点。

 確かに階段で出会ったホブ・ゴブリンは力任せで僕に襲い掛かり、武器の棍棒を壁に埋め込ませていた。

 何も考えていないからこそ出来る力技だったって訳か。


「そろそろ準備するのじゃ。主よ」


 ノムの声にハッとなる。度重なる衝撃で耐久性を無くした扉に放ったホブ・ゴブリンの一撃は丁番を壊すには十分だった。

 ネジが弾け、何も枷の無くなった扉は放物線を放つと僕の真横を通過した。

 後ろのプレハブ小屋に突っ込んだのか、大きな音が僕の耳を襲う。


「来るぞ!!」

『グゲゲゲゲゲゲゲゲゲ!!!』


 ホブ・ゴブリンの行動は早かった。

 障害物が無くなり、ホブ・ゴブリンを遮るものは無い。獲物に突っ込むのみだ。

 ボロボロになった棍棒を僕の脳天に叩きつけようと跳び上がり、狙いを定めた。


「その攻撃は、さっきも見たんだよ!!」


 単純な動きであるが威力を乗せたと分かる一撃。

 僕に向かって真っすぐ飛んできているので着地点は僕だと見切る。

 分かれば次の行動は簡単だ。体を着地点より左に翻す。僕はすんなり避けることに成功したが相手の勢いは止まれない。それが隙だった。


 棍棒が地面を抉った瞬間、僕はベルを構えると気合を入れた。


「はあああああああああああッ!!」


 勢いのまま縦に断裁、刀身が首元を捉えると滑らかに緑色の肌を通って行く。

 首を繋げていた皮膚が完全に裁たれ線を刻む。ゆっくりと断面から胴体を離れ、首が転がったのが見えた。

 ホブ・ゴブリンは何が起きたのか状況を理解出来ていないらしい、転がっていく頭がじっと僕を見つめる。


 首を失った胴体の断面から、びゅっと青色の血液を噴き出し地面を染める。


「お見事じゃ」

「ハァ、ハァ、ハァ、うっ!! うげええええ」


 たった一振りしただけなのに、汗が止まらず息切れを起こす。

 確実に倒したと言う安堵からか僕は、首の無い死体が人間に重なって見えた。あまりの生々しさに気分が悪くなり、その場に胃液をまき散らす。


『大丈夫ですか!? ご主人様』


 僕の身を案じるベルに少し冷静さを取り戻す。


「あ、あぁ。人を殺してしまったような気持ちだ。それで気分が悪くなって……心配しなくていいよ。胃液は当たってないか?」

『大丈夫です。それより、戦いは終わっていません』

「へっ」


 ホブ・ゴブリンは倒した。しかし、戦いの音に反応したのか階段下からゴブリンが集まっているような声が聞こえた。

 このまま複数匹を相手しなくてはならないようだ。

 僕は自身が限界を迎えていることに気付く。肉体的にも、精神的にも。動く気力が残っていないらしい。


 頭が真っ白になり、視界がぼやける。


「も、もう……ダメだ……。終わったら起こし……て……」

「なっしまった!! もう限界か!!」

『ご主人様!!』


 ノムとベルが僕を案じる声が聞こえる。これからだって言うのにゴメン。

 僕はその場で意識を手放してしまった。

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