第十四話 ヒーローカンパニー

※ヒーロー側視点です。そのため、数話、三人称になります。


 同日、一時間前。

 黒塗りの乗用車の後部座席に鼻歌を口ずさむ少女、御剣蓮華の姿があった。


 服装は白蘭学園で定められている白色の制服、トレードマークであるツインテールをぴょこぴょこと上下に揺らしている。


 彼女が向かっているのは学校では無くヒーローカンパニー本社だ。

 学生兼ヒーロー活動をしている蓮華は主に遠距離で授業を受けていた。

 白蘭学園も未成年のヒーローの学生活動を支援しており、ヒーローカンパニーと提携している形となる。


 そのため、本社に籍を置く未成年ヒーローの大半は白蘭学園のヒーロー科に在籍する生徒だ。


 蓮華の手にはスマホが掲げられており、メッセージアプリが表示されていた。

 相手の名前は御剣大都と兄の名前が記されており、最後にメッセージを交わしたのは昨日の朝方。


『ごめん、今日は仕事で部活の顧問代理を頼まれたんだ。一緒に遊ぶことは出来ない』

『もー! わかった。私も仕事が入ったし、そっちに行くね!』

『仕事? それは大丈夫系なやつか?』

『心配しなくても大丈夫系なやつ!』

『了解、遊んでやれなくてごめんな』


 ルームミラー越しでも分かる、このやり取りをずーっと見つめて笑顔満載である蓮華の、その楽し気な様子が気になった運転手の初老の男性は、彼女に質問した。


「お嬢様、えらくご機嫌ですな」

「え? 分かる? だってね昨日、お兄ちゃんってばナンパから私を助けようと不良に声かけたんだよ。カッコよかったなぁ」

「ほうほう、それはそれは……」


 運転手は蓮華がブラコンであることを知っていたので、答えを聞いて機嫌が良い理由をある程度察した。

 なんたって彼女は兄と一緒の場所に住みたいからと、わざわざヒーローカンパニー本社から車で一時間以上も離れた五久市に一軒家を構えた程だ。

 残念ながら一緒に住むと言う夢は果たせなかったようだが、本人は満足しているらしいので口は挟まない。通勤に往復二時間以上も掛かっているのにも関わらず文句も言わないし幸せに見えるから。


 御剣蓮華はその能力のポテンシャルの高さ故、ヒーローカンパニー内の序列『No5』に君臨するくらい有名なヒーロー『パワー・ガール』だ。

 給料もそれなりに貰っているからこそ、送り迎えに専属の運転手を着ける等の行動も出来るのである。


 陽気な歌声と共に時間が経過し、車は本社前に到着する。初老の運転手は蓮華に告げた。


「お嬢様、会社前に着きましたぞ」

「ありがとう、じぃ。帰りもよろしくね」

「お待ちしておりますとも。何かありましたら直ぐ連絡を下され」


 蓮華は車を降りて、上機嫌な足取りで入口へと向かう。


「ちょっと遅れちゃったかな~」


 車に備え付けられていた時計の時刻を思い出してポツリと呟く。

 時刻は八時半、ホームルーム前ではあるものの、八時に到着しているのでいつもより三十分遅れている形となる。

 昨日、帰宅が夜遅くなったので起きるのも遅めになったのだ、ヒロカンの休日出勤依頼のため、文句は言わせない。


 ヒーローカンパニー本社のビルはかなり大きい。入り口正面から上を見上げても目視出来ないくらいには。

 住居を望む、ヒーローや職員の社宅も兼ねているのでこの大きさなのは理解出来る。蓮華も最初、この建物の大きさに戸惑ってはいたが、次第に慣れていた。


 入り口に辿りついた蓮華は、ガラス張りの自動ドアから見知った職員が慌ただしく移動していたのを見て何か異常があったのだと気付く。

 自動ドアを抜け、建物内に入った蓮華はスクールバックに入っているスマホに手を伸ばした。普段使用している物ではない、仕事用のスマホだ。

 通知の数、46件。その全てが『緋色ひいろ 朱音あかねさん』と表示されている。


 緋色 朱音。この会社のトップ。


 蓮華の顔が青くなった。そんな折、スマホにまたしても『緋色 朱音さん』と表示された。

 音は鳴らない。マナーモードにしているから、バイブのみだ。

 恐る恐る電話に出る。


『やっと出た!! アナタ何やってたの!! こんなに電話したのに!!』

「ご、ごめんなさい! 今、着いたから!!」

『昨日の対処だってしてあげたんだから全くもう、いい加減プライベート用の連絡先も教えなさい!』


 兄を襲った不良の対処の事を言っているようだ、と数秒して気付く。

 昨日の出来事は兄と過ごした時間が刺激的(本人談)すぎて一瞬忘れていた。


「やだ! 仕事とプライベートは別なんです!」


 ちゃんとした拒絶に、はぁ、と電話越しに朱音の溜息が聞こえてきた。当然、蓮華は聞かなかったフリをする。

 昨日の不良たちを対処してくれたことは感謝しているが、それとこれとは別の話だ。


「それで、何です? 緊急事態ですか? 何だか入り口も騒がしいような」

『そうよ! 急いで三十五階に来なさい!!』


 三十五階と聞いて蓮華の額に汗が流れた。三十五階、それはこのビルの最上階。

 三十五階にあるのは『異界の門ゲート』のエネルギーを観測する衛星の情報を閲覧できるモニタールームだ。

 モニタールームに招集されたってことは異界の門関係についてである。日本の何処かに発生したのだと素早く判断した。


「わかりました! すぐ行きます!」


 蓮華は電話を切って、急いでエレベーターに乗る。

 押しボタン上にある認証装置に社員証をスキャンし、三十五階を選択した。

 面倒だとは思うが、この階には限られた人しかいけないよう設定されている。蓮華はモニタールームにいける内の一人だ。


 誰の姿も確認できないエレベーターの中、ゆっくりと扉が閉まり三十五階へと上昇していく。

 このエレベーターは特別製で、特定のフロアへ行くなら途中で開かないように設定されている。

 今は一人の空間だ。異界の門と聞いて、いい思い出の無い蓮華に緊張感が襲う。


 蓮華はエレベーターの認証装置上の階数を示す数字が上昇していくのをじっと見つめていた。

 そんな誰も居ない筈のエレベーター内部で彼女の左肩にそっと手が置かれた。蓮華はその手を素早く右手で掴み、体を回転させて姿を確認する。


「何いきなり!! 殺すわよ!!」

「ちょ、ちょっと痛いよ」


 蓮華に手を掴まれた相手は蓮華の知る人物の一人だった。

 白い制服から彼が白蘭学園の生徒であることが分かる、金髪が特徴的な男子の姿。

 一か所、額の中心に星のマークが装飾されたヘアリングが彼の独特な雰囲気を醸し出す。


「流石のパワー・ガール、反射神経がいいね。僕の『スピード』にも対抗できるなんてさ」

「何言ってんのよ! 『流れ星シューティングスター』! 私に触れないでよね!! 私に触れていい男性はおに……一人だけなんだから!」

「ははは、相変わらずだね。いきなり触れたことは謝るよ。だから手をどけてくれないかな? それとも自分から触れているのかい?」

「ふんっ!!」


 蓮華は乱暴に手を離した。

 彼は蓮華よりも三歳年上、高校二年生の未成年のヒーローだ。ヒーローの中で最も足が早いことで知られている。

 甘いルックスと爽やかなボイスに彼のファンも多く、その流れるような素早い動きから『流れ星シューティングスター』として幅広く活動している。

 序列もNo8と能力の高さも伺える。


 蓮華自身、この男の本名は知らない。それは向こうも同じ。

 ヒーローネームで呼び合うように会社から義務付けられているのだ。


「何でアンタがここにいるワケ?」

「僕も君と同じく呼ばれたんだよ。丁度、パワーちゃんがエレベーターに乗る所だったから便乗したんだ」

「アンタのスピードなら階段で来れるでしょ!!」

「嫌だよめんどくさい。疲れるからね」


 そう言ってにこやかに笑う。

 この笑顔に多くの女性(社員も含む)が魅力を感じているらしいが、蓮華には全くと言っていいほど響いていなかった。


 蓮華はこれ以上言及しても無駄な時間だと悟り、階数の表示を確認する。

 二十八階を示しているが、その数字が上昇していくにつれて聞き覚えのあるアラートが耳に入った。


「異常事態のようだね」

「ふんっ、異界の門なんて私の敵じゃないわ。どんな相手が来ようと私が守って見せる!」

「心強いね。惚れ惚れするよ」


 三十五階に到着し、エレベーターの扉がゆっくりと開く。

 このエレベーターはモニタールームに直結しているため、すぐさま様子を見ることが出来た。


 異界の門が出現した当初は、異界の門が現れただけで現場の職員は落ち着いた様子も無く右往左往してヒーローたちと連携を取っていた。

 五年経った現在は、門が何処の地域に現れたか、誰を向かえばいいかを冷静に判断できる。全て現場を指揮するこのヒーローカンパニーのトップ、緋色朱音の手腕のお陰だ。


 しかし、この日の職員の様子はおかしかった。当初を思い出させるような慌てようだ。

 モニター前の職員は必死にパソコンを操作し、ある職員は誰かに連絡をし、緋色朱音らしき人物の紅い髪が力なく揺れている。

 何かを察知した蓮華はモニターに映るものを確認した。


 通常であれば異界の門発生時には日本地図に一つ、丸に十字で異界の門の場所を示すエネルギー反応を映し出していた。

 異界の門は不定期に、ランダムに開くとは言え地球上に現れるのは一つのみ、それが今までの通常の現象。

 ただ、今現在モニターに映し出されているのは三つ……。九州、四国、北海道に一つずつターゲットされている。


「な、何で……」


 蓮華はモニターを見て固まった。異界の門が複数出現するなんて前代未聞だったからだ。

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