第九話 生徒の行方は

 生徒が避難する間に充分に猶予はあった。

 現に、二人以外のクラスの全員は避難している。


「もしかしたら教室に残っているのかも知れない。あいつらがヒーロー好きな事、クラス中で有名だから。もしかして見に行ったのかも」


 多くの生徒が見ていないことを告げる中、橘がそう推論した。


「んな馬鹿な! ヒーローを見るために危険を冒してまで教室に残るなんて、あり得ない。それに、僕は教室を出る前に確かに確認して――」


 記憶を辿る。そう、確認はした。部屋には生徒は確かに居なかったと思う。

 しかし、完璧に確認したと言えるだろうか。黒板前、床、はたまた廊下も――確かに一通り確認した。トイレは警備員が回って確認しているだろうし、考えうる場所には居ないだろう。確認していないところと言えば……。


「――掃除ロッカー……?」


 箒や散り取りなどの掃除道具が入った木製のロッカー。あそこなら二人分が入る余裕もある。

 その中を僕は見ていなかった。まさか避難せずに、そんな中に入っている生徒がいるなんて思いもしなかったのだ。

 僕の認識不足が招いた、中学生の興味意欲を侮っていた結果だ。


「先生、私たちのせいだ。私たちがあの馬鹿をちゃんと見てなかったから……」

「大丈夫、大丈夫だ。お前たちは悪くない。悪いのは先生だ。先生が何とかする」


 落ち着かせようと、僕は橘の頭を優しくなでた。

 いつもであれば撫でるとセクハラだなんだのと言って揶揄ってくる橘がこんなに大人しいのは調子が狂う。

 これも全て『異界の門』という訳わからん現象のせいだ。ヒーローのように大勢を助けることは出来ないが、生徒二人ぐらいは僕が助けて見せる。


「お、落ち着くように。お前たちは大人しくここで待機すること! 僕は二人のことについて警備員に確認を取ってくる!」


 まだ可能性がある。別のシェルターにいる可能性だ。

 急いで管理室へと向かう。関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉の前に立って少し乱暴にノックする。

 数秒後、僕に対して夢乃さんとは脈無しだとのたまった警備員が出てきた。


「どうしましたか?」

「生徒が二人居ないんです。ホームルーム時には確かにいました。他のシェルターに避難していないか確認を取って頂けませんでしょうか?」

「な――! 分かりました。聞いてみます。少々お待ちください」


 そう言って、腰に着けていたトランシーバーを取り出すと各シェルターに在中する警備員に連絡を取り始めた。


「こちら地下A、中等部、二年A組の生徒が二名が行方不明。名前は――」

「鹿島則夫と中山和秀」

「――鹿島則夫と中山和秀。繰り返す、鹿島則夫と中山和秀。ホームルーム時には教室にいたらしい。中等部のため、可能性として地下Bにいる可能性が高い」

『了解、地下B、捜索を開始する』

『了解、一応地下Cも捜索に当たる』

『地下Dも確認する』


 地下なのに通信が繋がっている……。文明の進化を感じさせる通信機器だ。スマホは当然のように圏外であるが。

 そんな直ぐに確認など取れる筈も無い。暫く時間が掛かりそうだ。生徒には落ち着くよう指示した手前、一番僕が落ち着いておらず、ソワソワが止まらなかった。

 僕の様子がおかしいことに気付いたのか、他のクラスの担任を受け持つ先生が数名集まってきた。


「どうした?」

「何かありましたか?」


 皆、怪訝そうな表情を浮かべている。


「クラスの生徒二名がいません。現在、他のシェルターにいるか確認を取ってもらっています」


 素早く状況説明。特に怒鳴られることも無く、他の先生も心配そうな面持ちをした。

 少なくとも地下Aに避難した、他のクラスの生徒は全員避難出来たらしい。


「警備員さん、トイレは確認したんですよね?」

「勿論です。この校舎のトイレを4人がかりで確認しました。よほどの場所に居ない限りは、全員に避難した筈です」

「ですよね」


 はぁ、と溜息が漏れたのが分かった。

 だとすると、僅かな可能性を掛けて他のシェルターに避難していることを願うが……。


『――こちら地下B、該当生徒はいません。引き続き捜索します』

『――こちら地下Cにも該当生徒は確認できませんでした』

『――こちら地下D、該当生徒なし』


 僅かな可能性も崩れた。

 彼らもプロだ。もし他の理科室などの教室にいれば防犯カメラで確認し、避難するようすぐさま誘導するだろうし、それが確認できていない以上、残るは予想通りか。


「すみません、監視カメラを見せてくれませんか?」

「教室には監視カメラを設置していませんが」

「知っています。ただ、廊下には数台設置してますよね、それを見せてほしいんです」


 そう、人権がどうとか騒ぐ保護者や教師も監視されていると感じるといった理由から教室内には監視カメラが設置されていない。

 設置されているのは防犯と言う観点から、階段近くの廊下とトイレ前の廊下、後は特定の教室くらいだと知っている。

 だから二年A組の様子は監視カメラでは見えない。しかし、教室は階段近くにある。もしかすると彼らの姿を捉えているかもしれない。


「それを見せて、どうするんですか?」

「そりゃ、助けに向かって――!」

「貴方まで危険になります。向かう許可は出来ませんよ!!」


 警備員に止められる。それはそうだ。彼らの仕事は生徒や教職員の安全を守ることだ。

 外では既に化け物が学校に現れているかもしれない。そんな状況で助けに行く許可を出せる人など居ないだろう。


 ―― 一人を除いては。


「その話、私が許可しよう」


 渋いボイスに管理室に集まっていた教職員全員が目を向ける。

 そう、校長だ。生徒間でイケおじ校長と呼ばれる人……即ち、警備員の雇い主が許可を出したのだ。

 どうやら地下Aに避難していたらしい。


「こ、校長先生、何を言っているんですか!?」

「生徒想いの彼ならば、行方不明の生徒二人を助け出せるんじゃないかと俺の勘が言っているんだ。だから、行かせてやってほしい」

「ダメですよ! 勘で判断されては困ります! 命が懸かっているんですよ!?」

「それは二人の男子生徒も同じだ。助けに行かないと死んでしまうだろう。それならば助けに行かなければならない。学校として生徒を守るのは義務だ。だとしたら君が行くかね?」


 その質問に、警備員が唸る。

 行けるはずが無い。彼らは僕たちを守るのが仕事、命を捨てることが仕事では無いからだ。

 それは無論、僕も同じ。僕のミスとは言えど、素直に避難しなかった彼らの責任でもあるし、誰も死にたくはない。だけど、妹にヒーローをやらせておいて、僕が人を助けないのもおかしな話だ。僕は正しい人間でありたい。


「僕が行きます」

「君ならそういうと思っていた。俺は君ならば助けられると思っているんだ。ただ、危険を感じたらすぐに戻ってくること。例え、生徒が見つからなくてもね」

「……それは分かりません」

「戻ってもらわねば困る。それが条件だ。君の仕事は生徒を導くことだが、俺の仕事は生徒だけでなく君たち教師を守ることでもあるからね。難しい問題だが……君も自身の安全を確保するように」

「……分かりました。必ず戻ります」

「よし、信じよう」


 校長先生は管理室に行くよう促し、警備員は雇い主の要望に渋々許可をした。

 管理室は原則、教師であっても立ち入り禁止だ。中に入ったのは初めてである。

 僕が入ったのを確認するや否や、警備員が入り口前に立ち塞がり、他の人の侵入を遮断した。


 管理室の中は監視カメラの映像を映すモニターと小型の冷蔵庫、停電した際に使用する予備電源の装置が設置されているようだ。

 何だかアメリカの映画に出てくるようなしっかりとした施設だと感心する。

 モニターの前に、二人の警備員が監視していた。先ほどの会話を聞いたのだろう、僕が入っても何も言わなかった。


 モニターには生徒一人いない、閑静なリアルタイムの映像が流れている。

 まだ、校舎内にはモンスターが見えないが、外を映す映像には数体、モンスターの姿が確認できる。


「化け物どものお出ましか。ゴブリンみたいだな……」


 警備員の一人の呟きが聞こえた。

 ラノベを読むのだろうか。僕もその意見に同感である。

 映像に映っていたのは緑色の肌をした化け物だ。顔は醜く、身を守る衣服は腰に巻いたボロボロの布のみ。

 背丈が小学1、2年生ほど子供くらいしか無いが、集団で行動しているのか、お互いに周囲をけん制しながら移動しているように見える。手にはお手製の棍棒の様な武器が握られていて、殴られたら痛いだろうなと言う想像が出来た。


 まさにラノベで描かれているようなフォルムで、ゴブリンみたいだと表現するには適切だった。

 ゴブリンと呼ぶことにする。


「本当に行くんですか?」


 警備員の一人が僕に尋ねた。


「勿論です」

「見つかったらあの棍棒で袋叩きにあいますよ。最悪の場合、撲殺されるかも……」


 優しさからか警告してくれているのだろう、生々しいのでやめてほしいが、既に覚悟が決まっている。

 僕の役割はゴブリンと戦う事ではない。あくまでも生徒を助けることだ。慎重に行動出来れば大丈夫だ。と自分に言い聞かせる。


「二年A組近くの監視カメラの映像を出してください」


 そうやって、地下シェルターに繋がる階段前の映像が映った。

 教室の様子は見えないが、誰かが通ったら直ぐに分かるだろう。


「過去の映像を早送りで見たが、そこの階段を降りたのはキミたちで最後のようだ。映像に変わりは無い」

「そうですか……」


 つまり、まだ教室に隠れているといった認識でいいのかもしれない。

 階段を昇って、教室に入って、ロッカー見て、シェルターに避難する。僕の任務はこれだけだ。

 目標がはっきりしたことで僕は管理室を出ようとした。だが、一人がちょっと待てと止める。


「動きがある。男子生徒だ」


 そう、教室からなんと鹿島と中山が出て来たのだ。

 鹿島は何とも呑気に階段を昇るが、中山は恐怖からか恐る恐る階段を昇っている。

 音は聞こえないが、鹿島が中山に向けて何か言っているようだ。状況から察するに、早く昇るように伝えているらしい。


「声をあげればゴブリンも気付きますよ」

「それはマズい。彼らは何処に向かっているんだ? 何で地下では無く上に」

「クラスの生徒が、ヒーローを見に行ったんじゃないかと推測していました。彼はヒーロー好きのようですので」

「ヒーロー!? ヒーローを見に行ったってのか。来るまでまだ時間がかかるってのに?」

「ヒーロー目当てで上に……恐らく、屋上でしょう。屋上ならば校庭の様子が見えるし、ヒーローを見るにはうってつけの場所です」

「屋上? この時間は鍵が閉まっているはずだ」

「見て下さい、あの男子生徒の手に持っているものを」


 男子生徒、とは鹿島のことだ。

 監視カメラの映像に映る鹿島の手にはハンマーが握られていた。

 見覚えの無いものなので、自前で持ってきたのだろう。アイツ、あんな物を学校に持ち出していたのか?


「何でハンマーを……」

「混乱に乗じて屋上の扉の窓を割っても自分たちのせいにはならないと考えたのでしょう。確かに、白蘭学園はセキュリティーにお金を掛けていますが、それは異界の門対策の為。一階は強化ガラスで補強していますが未だに予算不足で前の設備と変わらないものがあります。その一つが屋上の扉……」

「扉のガラスを割って忍び込む気か! このガキ、バカかよ!! そんなの自ら死にに行くようなもんだ!!」


 生徒を守る警備員が思わず声にしてしまうくらい、鹿島と中山の行動は愚かなことだった。

 これは早く助けに行かなければまずい。そして彼らには本気で説教するしかないようだ。

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