第十話 秘密の通路

「さて、既にモンスターは異界の門から出てきています。校舎内にその姿はないですが、時間の問題でしょう」

「なら、この先生をどうやって校舎に戻す? シェルターを開けるか?」

「シェルターを開ければ校舎内に私たちがいることを気付かれるかも知れません。そうすればここも危なくなる……」


 え、と声を上げる。シェルターの出入り口から助けに行こうと思っていたからだ。


「静かに開けることは出来ませんか? 例えば、僕が通れるくらい少し開けるとかすれば……」

「無理だ。それでも大きな音が出る。音をもしモンスターに聞かれたら……襲ってくるだろう。このシェルターは頑丈で、ヒーローが助けが来るまで中で待てるように安全面を考慮した上で設計されてはいる。電力が供給されなくても扉横のレバーを回せば開くようになっているから、貴方分開けることも出来るが……、安全が確保されていない中、途中で外に出るようには設計されていないんだ」

「そんな……、ならどうやって助けに行けば……」


 鹿島と中山の居場所は分かった。あとはどうやって連れ戻すかが問題だ。

 シェルターの出入口はシャッター状の厚い金属で塞がれ、誰も通ることが出来ない。開けるとなれば音を聞かれる可能性が高い。

 そうなれば、このシェルターに避難している他の生徒にも被害が出る。無論、僕や鹿島や中山だって避難に戻るための手段を失いかねない。


「ならば秘密の通路を通ればいい。そうすれば安全に校舎に戻ることができる」


 そう、入り口を遮断する警備員の脇をすり抜け、校長が管理室に入った。

 警備員に誰にも中を入れないようにと指示を出し、管理室の出入り口の扉を閉める。

 手にはバールを持っていた。シェルターの備品の一つらしい。それを僕に手渡しながら言った。


「武器が無いよりはマシだろう。持っていてくれ」

「ありがとうございます。ていうか、今、秘密の通路って言いましたか?」

「あぁ言った。このシェルターには秘密の通路を用意しているんだ」


 僕は警備員の顔を見た。警備員も秘密の通路に関して知らないようで、その顔は困惑しているようだ。


「えーっと、確かここだったか?」


 監視カメラのモニター近く、入り口から入って右手に見える奥の壁を、手探りで何かを探すように動かす。

 コンクリート製の壁だ。何かがあるようには思えない。

 しかし、とある位置に手が触れたとき、壁から「ピッ」と電子音が響いた。校長は暫くその場に手を置く。管理室内にアナウンスが響いた。


『指紋が認証されました。パスワードを入力してください』


 校長はそのアナウンスを聞くと壁から手を離した。

 不自然に、壁から数字を入力するキーボードのテンキーに似たものが浮かび上がる。


「な、なんだこれ……」

「この部屋にそんなものがあったのか……」


 呆然とする警備員を他所に、校長はパスワードの数字を入力する。その動きは手慣れているかのようで、合計14桁の数字を打ち込んだ。

 『**************』と傍から見てどんな数字を入力したのかは分からない。

 ただ、校長はそのまま慣れた手つきでエンターを押す。


『パスワードを確認しました』


 アナウンスがそう告げると、何もなかった壁の一部が浮き出て横にスライド、その先に道があることを示したのであった。


「この道は1階の校長室に繋がっている。しかも防音だ。ここから行けば大きな音を立てずに校舎まで戻ることが出来るだろう」

「わ、私どもはこんな道があるなんて知りませんでした……」

「知っている人は限られる。でなければ、秘密の道だとは言わないだろう? 普段であれば使わないものだ。キミたちも今見たことは今日限りで忘れてくれ。頼んだよ?」


 得意げにウインクしてみせる校長、その姿にはお茶目な印象を受けた。

 まるでSF映画の様に最先端な技術を見て僕たちは固まっている。それは僕だけではない、警備員もだ。


「こんな設備、どうやって……」

「これは学校の設備費からでは無く、私のプライベートな物だ」


 完全な趣味、と言えどもかなりのお金をかけているのが分かる。

 ただその使用目的について誰も聞くことが出来ない。


「さて、早く助けに行くべきだと思うが。ぐずぐずしている暇はない。そうだろう?」


 そうだ、とにかく今は鹿島と中山を助けるのが先である。

 校長の言葉を聞いてハッとした警備員は僕にあるものを手渡した。片耳の黒いワイヤレスイヤホンだ。

 左耳専用のようなので、素直に左耳へと装着する。


「このイヤホンは通話が可能で管理室に繋がっています。監視カメラでモンスターが近くにいるかくらいの指示しか出せませんが……。無いよりマシでしょう」

「ありがとうございます……。助かります」

「やはり、我々も同行するべきでしょうか……」

「大丈夫です。少人数のほうが見つかるリスクも少ないでしょうし、犠牲があっても私一人だけで済みます。警備員の方々はここを守っていてください」

「分かりました。全力を尽くします」


 僕はバール1本手に持ち、秘密の通路に歩みを進めた。

 ここから校長室までの道のりはどのくらいあるのだろうか。通路には壁と電灯のみしかないが、LEDで照らされているのか、明るい。しかも壁も床も汚れが全く見えない。作りたてほやほやみたい綺麗だ。

 幅は人は二人分くらい通れるくらいある。曲がり角を抜け、一本道の先に行き止まりがあった。壁には地上へと続く鉄製の梯子が立てかけられている。


 案外近い所にこの通路を開設したのかもしれないな、と思った。


 僕は梯子を伝ってゆっくりと上に上がる。天井には取っ手が付いていた。身体が落ちないように片手で梯子を掴みながら取っ手に手を掛ける。カチッと小さな音がして天井が開いた。

 目の位置まで出口を開き、校長室の様子を把握する。


「モンスターの姿は見えません」

『御剣君、その通路に校長室から入るためには特定の行動をしないと開けることが出来ない。なのでこちらから開けよう。連れてくる前に連絡を入れるように』

「はい、承知しました」


 モンスターの姿が見えないことから慎重に扉を開け放ち、校長室に足を着ける。

 僕は校長室に一度しか入ったことが無い。その時から思っていたが、職員室とは天と地もあるくらい広々として綺麗な空間だった。


 大きくて高級感のあるデスクに、背もたれに深々と座れそうなチェアー。

 部屋の真ん中にはお客さんを案内するのだろう、ガラスでできた机と革でできたソファーで部屋を彩る。


 極めつけは床だ。床が白黒のチェッカー模様で彩られていた。

 シェルターへと繋ぐ通路は、この模様に隠されるように設置されており、扉を閉じると背景に違和感が無いように同化していた。


「すごい……」

『僕の趣味に感心するのはイイが、見惚れるなよ御剣君。君の今の仕事は何だ?』

「子供たちを避難させることです。申し訳ございません」


 ハッとした僕は小さく謝罪の言葉を述べる。そうだ、そんな場合じゃ無い。

 校長室の扉の取ってに手をかけ、小さな隙間から周囲を疑った。

 異常は無い。ゆっくりと開けて廊下に出た。


『未だ校舎にモンスターの姿はありません。窓の外から見られないように警戒し、職員室に向かってください』

「分かりました。屋上に彼らの姿は確認できますか?」

『屋上には防犯カメラを設置していないのでこちらからは分からないです。ただ、屋上に通じる階段には設置していて、そこのカメラに先ほど彼らの姿を確認したので屋上にいるのは間違いないかと思われます』

「ありがとうございます。今から職員室に向かいます」


 職員室に向かう理由は屋上の鍵を得るためだ。屋上の扉の割れた窓から外に出るには僕の身体では大幅に時間がかかる。扉から出入りした方がスムーズだ。

 それに、それに下手したら怪我をするリスクもある。内側でしか鍵で開け閉め出来ないタイプの扉を使用しているので屋上の外からでは開けることが出来ない。

 事前に職員室に向かうことを警備員の人に伝えていた。


 鍵は職員室に入って右側の、教頭先生の机沿いにある壁にかかっていることを知っている。


 廊下の窓から見えないよう、体を窓側の壁に張り付くように低い姿勢で職員室まで向かう。

 校長室から職員室まではそんなに離れていない。何事も無く職員室に辿りついた僕は鍵を取った。


「鍵を入手しました」

『モンスターはまだ校舎にいません。急いで階段を上がってください』


 僕は通信に頷くと、急いで階段を上がった。出来るだけ音を立てずに迅速で。

 幸い、今日は体の調子がすこぶる良かった。階段を一気に駆けあがっても息が上がることは無く階段を昇れている。

 いつもなら運動不足が祟ってか、一気に上がると教室に着くころには息が上がっているのに……スタミナが向上したみたいに疲れを感じない。通勤途中に感じた、体が軽く感じるのは気のせいでは無いようだ。


 その調子で僕は屋上まで来ることが出来た。

 割れたガラスの破片を見て、二人が屋上に忍び込んだという事実が露呈される。


「あいつら……」


 こんなことをして簡単に許されると思ったのだろうか。

 割れたガラスから外の様子を伺う。二人、鉄の網に身を委ねながら校庭の様子を見ているようだった。


「うわ、本当にモンスターだ」

「ねぇ、戻った方がいいよ。避難した方がいいって!」

「大丈夫大丈夫。ヒーローの活躍を生で見る機会なんて無いし、それにモンスターも屋上までは上がってこないって!」

「先生に叱られるよ。こんなことして……」

「あんな弱っちい先生に怒られた所で怖くもないし、心配いらねえよ」


 と、そんな呑気な会話に花を咲かせている。


「屋上まで到着しました」

『生徒たちはいるかね?』


 校長先生の声が聞こえた。何故か交代したらしい。


「います」

『流石、御剣君だ。そのまま生徒たちを連れ戻すんだ』

「はい」


 鍵を開けて中に入る。扉が開く音に気付いたのだろう。顔がこちらへと向いて僕の姿を確認する。


「おい、お前ら。何が大丈夫だって?」


 げぇ、と苦虫を潰したようになる鹿島と、悪いことをしている自覚があるのか顔が青くなった中山の姿が見えた。

 急いで駆け寄り、網から体を引き離す。


「何すんのさ! ヒーローを間近で見れることなんて無いんだよ!」

「外に目を向けてみろ。自分の身より、ヒーローを見るほうが大事なのか?」


 屋上から見える景色。ハッキリ言って地獄だ。

 学校外では火災による黒い煙がいくつか上がっている。耳を澄ませば逃げ遅れた人の悲鳴、怒号、モンスターの笑い声――街中に危険を知らせる音が響き渡っている。

 校庭に既に異界の門は無いようだ。幸い、閉じ切ったのだろう。これ以上モンスターが追加されることは無い。けれどヒーローがまだ到着していないので、奴らは好き放題暴れている。


「こんな状況でもヒーローの活躍が大事か? どれだけの人が心配しているか分かるのか? 僕だって心配で来たんだぞ」

「誰も来てくれなんて頼んでないね!」

「なっ―――!!」


 いい加減、頭が痛くなるのが分かる。

 好奇心も過ぎればただの傲慢だ。無理矢理連れ出してもいいが、大人しく避難されるとは思わない。

 ……どうするか。万事休すだ。で、あれば。方法は一つしかない。


「……そうか。それなら仕方ない。僕はシェルターに戻ろう。ヒーローを見るのが先か、モンスターが屋上まで来るのが先か……。明日、肉片になった二人の死体が発見されないことを祈っておくよ。ぐっちゃぐちゃになった肉片……保護者にどう説明したらいいかな。正直に、命がけで助けに行きましたが拒否されたので仕方なく戻りましたと言えばいいか?」


 脅しだ。恐怖心を掻き立て、従わせる行為。僕は好きじゃない。

 時間が無い状態で彼らを避難させる方法がこれくらいしか思いつかなかったので仕方なく使った。


 ただ、これくらいの脅しでは鹿島は屈しないだろう。

 狙いは違う。


「せ、先生! 本当にごめんなさい。僕もシェルターに行きます」

「あ、中山てめぇ!」


 中山は乗り気では無かったのだろう。先ほどからこちらにちらちらと表情を伺っていた。悪いことだって分かっているからだ。ならば想像を掻き立てるような脅しをすれば寝返ると思った。

 ビンゴ。そうなれば話は早い。


「よし、中山だけでも命がけで守ることを誓う。反省は後で。さ、行くぞ」

「ちょ、ちょっと待てよ。俺を置いていくのか?」


 一人になり、一気に不安になったか。

 先ほどまで元気だったのに、その威勢が感じられなくなった。これが狙いだった。


「だってヒーローを見るんだろ? 生きてればラッキー。死んだとしても生徒一人。異界の門の被害に遭った白蘭学園の犠牲者は一人なんだ。被害者としてはむしろ少ないくらい。それでも僕が助けに来たのは君たちが心配だったからに他ならない。どうする、来るか?」

「先生脅すのか!?」

「違う、事実だよ。早くしないと本当に大変なことになるんだぞ!」


 僕は屋上の出入口へと向かった。

 先ほど、他の校舎にゴブリンが侵入しようとしていたのが見えた。強化ガラスではあるが、何度もダメージを喰らえば割れる可能性もある。即ち、他の校舎に侵入していた場合ニ階、四階に設置された渡り廊下からこちらまで来る可能性があるのだ。

 まだ、この校舎に侵入したと警備員から報告は無いが、監視カメラで見える範囲では確認されていないだけで、もういる可能性もある。

 時間は残っていない。早くシェルターへ戻るべきだ。そう判断した。


「中山、何してる? 行くぞ!」


 中山は避難すると言った。彼に早く来るよう促す。

 しかし中山は動かなかった。青い顔をした中山が歯をガチガチと言わせながら一点を見つめている。

 何かを見つけたのだろうか、ゆっくりと僕に向けて指を差す。いや、違う。僕の上……屋上の入り口の屋根?


「どうした」


 心臓がバクバクと鳴る。


「先生、あれ……」


 入り口には何も居ない。だが、視線を上に向けて出入り口の屋根の方に視線を合わせた。

 テレビの電波を受信するアンテナが何本か建ち並ぶ中、小さな人影の様なものが見える。


 その人影は僕のことをじっと見下ろしている。


 緑色の肌、腰しか身に着けていない布、子供のようにちいさな容姿。

 手にはモンスターの顔と同じくらいの太い棍棒が握られている。


『グゲゲゲ……』


 小さく鳴くと、そのまま飛び降りた。布がばっと舞い、僕の視界を埋め尽くす。

 幸いにも股間は影に隠れて見えないが、お粗末なモノでは無い、太い棍棒が僕に襲い掛かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る