第八話 シェルターに避難

「御剣先生、早くシェルターに避難しなくちゃ!」


 橘の声のお陰で我に返る。

 そうだ、今すべきは異界の門の観察では無く、そこから出現する化け物たちから生徒を守ることだ。

 異界の門が出現してから化け物が現れるまで、範囲によるが数十分のラグがある。そのラグの内に避難しなければならない。


 この学園に備え付けられた地下シェルターが、生徒にとっての避難場所だ。


 中でも二年A組の避難場所は、この学校に四つあるシェルターの内の1つ『地下A』。

 今居る教室が三階の東端なので、近くの階段を降りてそのまま地下まで降りる。そこから通路に沿った先にシェルターの入り口があった。

 他にも地下Aに繋がる通路はあるが、近くの入り口はその階段だ。避難訓練でも、教室からの避難だとここからシェルターに行くよう言ってある。


 いつもは地下に繋がる階段はオートロックで施錠されているので通れないが、この非常事態だと既に開いているだろう。


「皆、これは訓練じゃないらしい! だけどいつもしている避難訓練のように動けば安全だ。落ち着いて、階段を降りた先のシェルターに避難! 荷物は持たなくていい。とにかく落ち着いて行動するように!!」


 僕の言葉を聞いた生徒たちは指示通り、行動に移した。

 幸いホームルームが終わったばかりとあって、生徒は全員教室や教室付近に居た。

 各地で起きた異界の門による被害はメディアを通して広く普及されている。その影響もあり、近年では異界の門に備えてしつこいほど訓練している。

 二年生ともなれば比較的落ち着いた様子で廊下に列をなしていた。


「さて……」


 緊張感を落ち着かせるように息を吐く。僕の今の役割は、教室に残る生徒が全員出たのを確認すること。外では警備員や担任を持たない先生方が生徒を誘導している筈だ。

 ふと窓の外に目を向けると、バチバチと何かが弾ける音と共に、徐々に広がる歪な空間が見えた。青白い光が漏れる。

 テレビで見た五年前の映像は今でも鮮明に覚えて居るが……実際に見るととても不気味だ。あそこからモンスターが現れる。現ると最後、一般人ならばなすすべもなく襲われるであろう。


「――よし、いないな」


 最後の生徒が外に出たことを確認し、軽く教室全体を見渡す。

 教室に誰も居ないことを確認した僕は急いで階段へと向かった。

 廊下に出ている生徒の姿は見えない、良かった。避難したみたいだ。

 そこで僕はふと階段前で足を止めて、携帯電話を取り出した。飲み仲間の三人や蓮華、母さんからの連絡は無い。無事、避難しているだろうか心配になる。

 外にも公共のシェルターはあるし、そこに避難していればいいのだが……。


「御剣先生、何してるんですか!」


 と、そんな時後ろから声がかかった。夢乃先生だ。

 そうだ、彼女はBクラスの担任を受け持っている。彼女も避難する最中だったのだろう。

 脈無しだと先輩から伝えられたものの、妙な高揚感が僕を襲った。特に、トップスから映える、そのたわわな胸をバインドさせながら近づいてきたことでその気持ちが高まった。

 思わず視線が胸部へと向く。おっと、今はそんな状態ではないのに何見つめているんだ! 僕! 慌てて視線をおでこの辺りへ向ける。目は……恥ずかしくて合わせられない。


「早く避難しますよ!」

「は、はい……」


 彼女に連れられ、三階を後にする。

 一階まで降りると、僕たちの姿を確認した警備員が早く降りて来いと急かした。


「君たちはどこの担任だ?」

「二年A組です」

「私は二年B組です」

「生徒は教室に残っていない?」

「はい、確認した限り、教室には誰も残っていないと思います」

「同じく私も」

「二年のAとB組が来たってことは……ここのシェルターに避難する二年と、一年全員も避難したか……。よし、この扉は閉鎖する。早く入って!」


 そう言って、地下へと促された僕らと警備員が入るのを最後に、扉が閉まると「ビーッ」と施錠を告げる音が響いた。

 これで地下へとつながる通路が遮断されたことになる。万が一突破されてもシェルターの扉もあるので安心だ。特にシェルターの扉は厚さ50センチの頑丈な扉で閉鎖されているのでよほどのことが無い限りは侵入されないだろう。


「……何であそこで立ち止まっていたんですか?」


 階段を降りてシェルターに向かう道の途中で、夢乃さんが声を掛けて来た。

 僕が階段で立ち尽くしていた理由が聞きたいらしい。ドキリと胸が高鳴る。


「あ、あはは……、友人や家族から連絡が無いか確認しておりました」

「そうですか。それにしても危ないですよ、早く避難しなきゃ」

「すみません……。そういえば夢乃先生も遅かったですね」

「え、そ、そうですね。実は私も家族が心配になりまして電話してたんです。シェルターは電波が繋がりにくいですし」

「僕のこと言えないじゃないですか」


 僕の指摘に夢乃先生が歯切れ悪く答える。お茶目な彼女の姿が可愛らしい。

 こんな状況だと言うのに、自然と笑みが零れるのが分かった。


 目を細めて微笑む彼女の姿を見て、ドキン、と胸が高鳴る。

 な、何かイイ感じな気がする。梶岡先生には脈無しだと言われたけど、本当に脈無しなのか? 勘違いじゃないか?

 アタックチャンスなのではないか!?


「そ、その、夢乃先生……もし良ければ今度一緒にお食事でも……」

「あ、もうシェルターの入り口に着きましたよ!!」

「……へ?」


 気が付くと、シェルターの入り口を通過していたようだ。

 広い空間に生徒がクラスごとで固まるように点在しているのが見える。

 後ろを振り向くとゆっくりとシャッターのように厚い防壁が降りていて、僕たちを守る体勢に入っていた。


「それでは、私は自分のクラスの点呼をしますので、これで。御剣先生も頑張って」


 そう言って、彼女はさっさと自分のクラスが固まっているであろうエリアに向かって行った。


「夢乃先生、も……」


 右手をひらひらとさせて彼女を見送るが、その手は虚空を舞うようにむなしさを感じさせた。


「脈無しですね」

「……やっぱり?」


 後ろに居た警備員さんが僕の肩を叩きながら言う。

 脈無しなのは自分でも分かっているっての! と反発するかのように僕も自身のクラスの生徒が固まるエリアまで行った。


 シェルターの中は巨大な食堂のような形になっており、長机が均等に並んでいる。

 一応1ヵ月分の食料や食料を調理するキッチンまでも備えられている。このシェルター一つでお金かかってんな~と思うのに、この学校には残り三つのシェルターがあるのだ。

 命に対するお金の掛け方が尋常じゃ無い、それゆえ、この学校は生徒からの人気もあるし、保護者からの信頼も厚いのだろう。


 避難訓練ではクラスごとに纏まるよう指示していた。そのことから、僕たちのクラスの集合先も把握している。


 周囲の先生方は既に自身のクラスの点呼を取っているようだ。


「良かった、無事避難できたみたいだな」


 二年A組は訓練通り、四つ角の一番右奥に集合していた。

 ただ、生徒たちの空気は重い。呆然と座ってこの状況の終結を願っているようだ。

 中には恐怖で泣いている子もいる。その子を支えるように背中を擦ってあげている子も。


 どうなるんだろうという気持ちで押しつぶされそうに見えた。


 その気持ちは俺にはよく分かっている。まさか学校に、それも校庭という身近なところで異界の門が出現するだなんて誰しもが思わなかったことだからだ。


 異界の門は不定期に、ランダムな場所に出現する。

 未だに原因は不明、青白い光からモンスターが現れて、そのモンスターが人間を襲う以外分かることは少ない。

 分かったのは、異界の門発生時に何かしらのエネルギーが発生していることくらいだ。そのエネルギーを元に衛星で異界の門が出現する場所の特定が早まったのは朗報と言える。そのお陰で住民が避難しやすくなった。しかし、まだこれくらいのことしか分かっていないのだ。

 何故モンスターが現れるのか、何故モンスターは人間を襲うのか、何故特殊能力が目覚める人間が産まれたのか――。


 以前、どこかの国で異界の門に入ることが出来るか軍事実験を行ったらしいが、その人間がどうなったのか今でも分からない。


 分からないことが多い、まさに災害と言える現象が『異界の門ゲート』だった。


 モンスターの強さは個体によって様々だ。

 万が一、とんでもないモンスターがこの学校に現れた場合、このシェルターが持つのか疑問視する生徒だっているだろう。

 それに……親の事だって心配だろうし。僕も母親のことが心配になる。まぁ、妹がヒーローの特権を使ってヒロカンを動かし、避難の手配をしているとは思うが。


 あまり危険なことには頼りたくないが、もし、この場に妹が……パワー・ガールが居れば、生徒たちの反応も違っていたのだろうか。

 彼女は白蘭学園の生徒である。しかしヒーローは多忙だ。このような緊急事態に出動するケースもあるので、学生のヒーローの多くがヒロカン本社で授業を受けているのだが……それが裏目に出た形だ。

 本社は東京、五久市に到着するまでは……移動方法によるが、ヘリコプターでも数十分程度はかかると踏んでいる。もしかすると空を飛ぶヒーローが向かってきてくれていれば数分で着くかも知れないが。


「いや、そうじゃないだろ。僕」


 弱気になるのは早い。

 今、生徒たちが頼れるべき人は現在、教師しかいないのだ。


「……じゃあ、あいつらは」


 ふと、家で待つように言った二人の少女を思い出した。

 黒と白の少女。ノムとベル。彼女は避難しているのだろうか。


「……いや、大丈夫だ。きっと」


 そう、頭を振り払う。もしアパートに居るのだとしても彼女たちは自分のことを聖剣だと言っていた。何とかなるだろう。

 今はこの状況を何とかしないといけない。生徒たちの気持ちを鼓舞するなりして、支えてあげなければならない。それが僕の仕事である。

 その前に。


「じゃあ今から点呼するぞ。数を数えるだけだから、静かにしててくれ」


 訓練ではシェルターに避難した際に点呼するようになっている。

 訓練の際には、ふざけて違うクラスの場所に行く生徒や隠れる生徒だってごく少数だがいる。

 しかしながら今回は訓練ではない。流石に今日に限ってはそんなことしないだろう、と僅かに油断があった。


 クラスごとに集まっているので数えやすい。1、2、3と順に数えていく。

 クラスの生徒は計30人、ホームルーム時にざっと見た限り、今日は欠席者がいなかったと記憶しているので30人居れば無事に避難できたことになる。


「26、27、28―――あれ」


 順に数えていた手が止まる。

 僕が数えた人数は28で止まっていた。

 数えミス? いや、そんな筈は無い。


「今日、誰か休みだったか?」

「先生!」


 ふと口にした疑問。その答えを返すように、橘が僕に声を掛けた。いつもは明るい橘も表情が暗い。

 何だか嫌な予感がする。


「どうした……?」

「鹿島と、山下が……」

「鹿島と山下?」


 鹿島はお調子者で、ホームルームで質問してきた生徒。山下は鹿島の友達だ。

 そうだ、ホームルームでは確かに鹿島の姿を確認した。しかし、今、ここにはいないじゃないか。

 周囲を見渡す。しかし、どこかにまぎれているといったことも無く、完全にこの場に姿が見えない。


「二人はこの場に来たか?」


 生徒たちに尋ねた質問に、数人首をふって答えた。


「ううん……来てない……」

「見てないよね」

「何処行ったんだろ?」


 生徒たちからの反応も、大多数が「知らない」「見てない」だった。


「嘘だろ……!!」


 嫌な汗が垂れてくるのが分かった。

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