第14話 2.ジル

ヒコノは今一度深呼吸した。今回の探索ではまるで良い所がなかったので、どう接したら良いのか不安だった。コントロールルームの入り口が音もなく開いた。見慣れた光景がだったが、一つ異質なものが目に入った。中央部にいるのはジルに間違いないが、傍らにずんぐりとした白い毛の塊がいた。その物体は振り向くと黒い瞳に怒りの光を込めながらヒコノに向かって呻いた。

「ガルルルル…」

それと同時にヒコノに向かって突進したのだ。筋肉の塊である白い物体は敵意を持っているようだ。ヒコノは後ずさりすると尻もちをついてしまった。

「おやめなさい!ハニタ!!」

凛としたジルの声が響く。なんと白い塊はジルの言葉に反応して動きを止めると、大人しくジルの傍らにゆっくりと戻って行った。

「何だこいつは!アーニー!!異星生物か!どこから紛れ込んだんだ! アーニー! アーニー!排除しろ!」

ヒコノは正直怯えていた。こいつの発達した筋肉を持つ太い腕であれば、ヒコノの生身の体を引き裂くことなど容易に思えた。

「ヒコノ。大丈夫よ。ごめんなさいね。ハニタがこんな反応をするなんて想像していなかったから。ハニタ!この人はヒコノよ。危険じゃないから!大人しくなさい。」

ハニタと呼ばれた生物は白い体毛で覆われており、2脚の足と太い2本の腕を持っていた。体の構造自体はヒコノ達に似ているようだ。ジルの言葉に反応できたようだが、大した知性は持ち合わせていなさそうであった。明らかにヒコノに対して敵意を持っているようだ。

「こいつはなんだ!?なぜここにいる!?アーニー!早く摘み出せ!」

「ごめんなさい。僕もハニタがこんな反応をするとは思っていなかった。危険は無いよ。もし君に危害を与えようとしたら、即座に動きを拘束できるようにしているから。摘み出す事に関しては少し待ってくれ。難破船のメインコンピューターとの約束でね。説明を聞いてから判断してくれ。」

「ヒコノ。目覚めて早々ひどい再会になっちゃったわね。今回のことは同情するわ。あなたは悪くない。ただアーニーの言う通り、話を聞いてからにして。」

ヒコノはアーニーに手を貸してもらい起き上がりながらジルに目をやった。微笑みかけるジルに目が釘付けになり、見惚れてしまった。

生物化した生身のジルは人造ボディーとは雲泥の差で魅惑的だとヒコノは思った。黄金の長い髪、意志の強さを感じさせる青色の大きな目。そしていつも厳しい内容を告げるがヒコノにとっては楽器の音色にも感じられる言葉を発する口。そして今回は本当にヒコノを気遣っているような顔の表情。身に纏ったローブ越しに見えるしなやかな肢体。どれも人造ボディーの時には感じる事が出来ない印象だ。ヒコノはやっと落ち着くことが出来た。

「判ったよ。アーニーこいつは俺たちに危害を加えられないんだな?歯を剝いてやがるが…」

「間違いない。僕が監視しているから君には何もできない。約束するよ。」

「ああ。俺にね。君達には随分懐いているようだ。」

「そうだね。特にジルにはゾッコンみたいだ。彼の名前はハニタ。難破船の末裔で、種族はツバ族だと名乗っている。君が最後のあの瞬間にコントロールルームで見つけたケースの住人だよ。」

「何だって!? 難破船の末裔?こいつが、俺が見つけたケースの中の白い毛むくじゃらだっていうのか?生きている!そして知性のない獣じゃないか?」

ハニタはヒコノに対してまたもや唸った。

「ヒコノ。ハニタは貧弱だけどテレパシーを使えるんだ。意味は全て理解はできないようだけど、君の言ったことは判ったようだ。どうだろうジル。僕がヒコノに説明を再開している間、ハニタと中央庭園を散策してくるというのは。」

「そうね。それがいいわ。いくわよ。ハニタ。」

ハニタは太い両腕を地面に付きながら、ジルに付き従って部屋を出ていった。

「さて、まずはハニタの事から話した方が良さそうだね。彼1号が担ぎ出した2つの内、君が見つけケースの中に入っていた。暫く僕もそのケースを後回しにしていたんだけどね。まずは君達の回収ケアが最優先だった。時間が出来て彼を確認した時、まだ蘇生できる可能性があったんだ。すごい生命力だよ。今は君が見た通りに元気に復活している。」

「知生体じゃない原始生物か。」

「そうとも言えない。脳容積なんかに退化は見られるけど、思考し僕らと意思疎通できる程度の知性は持っているんだ。ずっと言っていたけど難破船の住人は君達種族と同根だよ。DNAを比べて確定したんだ。」

「同根ね… えらく退化しちまったもんだ。 それともう一つのケースにも奴と同じ奴が入っていたのか?」

「それなんだが、ハニタの祖先で姿かたちは君達と大差なかったよ。残念ながら蘇生は失敗した。あまりにも年月が経ちすぎていてね。5万年以上彼女は眠りについていた。DNA から今クローン作製中だよ。それと彼女は難破船初期メンバーである事が判った。」

「彼女か…それは残念だったな。 おい、待ってくれ。俺らと大差ない姿だって? じゃ、さっきの毛むくじゃらは何だっていうんだ?」

「ハニタだよ。彼がケースに入ったのはつい数日前だ。救難信号から遺言状に代わった時と一致する。古すぎてあまり正常に動いていないコールドスリープ装置だったけど、強靭な肉体を持っていたし、短期間だったから蘇生できたともいえる。ハニタは“希望”に適応するために、人工的に遺伝子組み換えを施された種族の生き残りだよ。」

アーニーは難破船のメインコンピューターとの通信から得られた情報と回収ケース内の生体分析から得られた結論をヒコノに説明した。難破船は居住可能な新天地を目指していた。ヒコノ達種族の祖先と同時期に、同じ目的で故郷の星を離れたのだ。その後推進機構に深刻な損傷が生じ、長期の飛行を続けると崩壊の可能性が出てきた。損傷は着陸し、オーバーホールを要するが、自分達だけでは不可能であると判り、基準を満たさなくてもかろうじて居住できる星に着陸するしかないことが判明した。そうして数年が経ち、やっとたどり着いたのが恒星系X80950001だった。小さな冷えつつある恒星だよ。それから、ろくな光を貰っていない第2惑星には薄いけど大気と水がある事が判り、彼らにとってもう選択肢は無かったようだ。到着後、彼らは討議を重ね2つを選択した。1つ目の選択はここ“希望”に順応して生きる事だ。難破船のエネルギーにできるだけ頼らず、自活できる環境の創作を試みたのだ。“希望”には動植物がいなかったため、船内に保管していた母星の植物を改造してごく低温でも繁殖できるコケ類を作りだした。次にこのコケ類を食料として成長するラビとラルと名付けた生物を同じく船内にあった母星の動物のDNA を組み替えで全身を毛で覆った、低温環境にも耐えうる生物を作りだしたのだ。数10年かけ、繁殖させ生環境を整えたところで、自分たちの継承生物の投入だった。自分達とほぼ同じDNA 情報を持ちながら、全身が毛で覆われた知能のある生物を作りだした。彼らには少し離れたところに居住できる村与え、原始的な武器と狩りの仕方を教えた。そうして自立できるかの検証が終った時、2つ目の選択を実行に移した。コールドスリープをして救援を待つ。途方もない時間をかけても助けは来ないかもしれない。それでも生き残った殆どの搭乗者50名はそれを選択したのだ。あのコントロールルームに円周上に配置されていた者達だ。数名が神として自分たちの継承生物であるツバ族の神としてここで生きるとことしたという。

「それから約5万年が経っても救助の手は訪れなかったってわけだ。ツバ族も恒星X80950001が更に弱っていったため、勢力が衰えてそれであの遺言状を送信しだしたって訳か。何にしても気の長い連中だな。諦めるまで5万年粘って待ったなんてすごい執着心だ。」

難破船の乗員の事を思うと不憫だった。ヒコノ達の祖先は幸運だったとしか言えないと思った。

「本当にね。救助が来る確率は限りなく低い事を理解しての行動だよ。僕らが間にあったなんて、それこそ彼らの神のご加護だね。」

「アーニーそれをお前が言うのか?神だって?」

「笑わないでくれよ。人工知能の僕だって、今回の調査結果と成果を見れば、何らかの力の存在を疑わざるを得ないさ。そろそろジルとハニタが戻って来るよ。」

「一通りの状況はつかめた?」

「ああ。お蔭様でね。なんかとんでもない事に出会えたって事だけしか判っていない。今後マザータウンとどうするかなんかは想像もつかない…」

「本当にね。ヒコノそれじゃ2人でゆっくり話しましょう。アーニー。ハニタのお守をしてもらえるかしら?」

「了解した。まあ僕はこの部屋そのものだからサブアーニーに任せるよ。」

「ガァッツ!」

ハニタが吠えた。内容を理解し、拒絶しているようだ。少し困った顔をしたジルが近づくと

「ハニタ。大丈夫よ。心配しないで。またすぐに会えるから。怖いことは起こらない。私を信じて。」

ハニタはその小さな目に涙を浮かべているようだった。サブアーニーに促されて渋々コントロールルームを出ていった。

「何だ!あの野郎!出ていく前俺を睨んで行きやがった!」

「ヒコノ。ハニタはアーニーが全能の神だと思っているようなの。そして私の事をアガルンと呼んでいるわ。どうやら彼らにとって特別な女神らしいわ。あなたの事は… よくは思っていないようね。彼にとってあなたは邪魔な存在みたい。なんだか私がらみの感情みたいだとアーニーは言っていたわ。」

「また神様か…奴は女神様を守る兵士気取りかね…」

「さあ。これからどうなるのか、どうするのか話しましょう。メインアーニーも話に入ってね。」

「今の僕らの現状だけど、恒星系X80950001からすぐさまハイパージャンプで逃げ出して、今1光年離れたところで待機中だよ。恒星X80950001は爆発したようだね。残してきた調査衛星との通信は途絶えているから。今回の探査結果はマザータウンにハイパー通信で報告済だよ。」

「連中大騒ぎしているんじゃないのか?」

「それどころじゃないようだよ。君達の悲願だった”源流”探しが達成できるかもしれないってね。詳細情報は管理者レベルにも開示されていないよ。マーザータウンはこの件に関しては厳重機密扱いだってさ。君達に対しては称賛の嵐さ。」

「なんで厳重機密扱いなんだ?」

「私達の許可なしに源流の星に関わる情報を開示したらどうなると思う?他の探索者達が挙って向かうでしょう。つまり “希望”探索者でとんでもない情報をもたらしたあなたと私に、マザータウンは“希望”に関する全ての権限を与えたの。私達の同意なしに何も細かい情報は共有されないわ。」

「君達は1級市民から、特級市民に格上げされる事は決定されたよ。将来管理者も狙えるかもね。」

「はぁ… まだピンと来ないけど、なんかやっぱりすごい事になってるんだな。」

「そうね。だからマザータウンはあなたが起きてくるのを“まだか!まだか”とセッツいて来ているの。」

「君の状態はちゃんと伝えてあるんだけど、管理者達は一刻も早く君を覚醒させろと矢の催促だよ。マザーコンピューターが安全面から受け入れられないと抑えていたんだ。」

「マザーコンピューターはアーニーから得た情報を分析して、規約に基づいて“源流”の座標軸なんかの情報も制限しているわ。管理者にさえもね。」

ヒコノ達がもたらした情報には“源流”に関するものも多くあった。難破船のメインコンピューターの情報は2号経由で最後の最後まで送られていたのだ。“源流”の位置。生態系とその歴史。なぜ母星を離れねばならなかったなどの今までヒコノ達種族が渇望していた答えが解き明かされようとしていた。それと同時に難破船の苦難に満ちた5万年の情報も含まれていた。

「今回僕達が手に入れた難破船の情報を有効に使って、少しでも彼らの無念を晴らせればと思う。“源流”の座標軸以外は開示して良いんじゃないか?」

「アーニーが言ったとおりだわ… 本当に別人と話しているみたいね。 ヒコノの言葉とは思えないわ。」

「そうだろ。ヒコノはあの冒険で進化したように思う。それで“源流”の座標軸以外って言うのは?」

「俺は暫くゆっくりしたいと思うけど、ジルはそうは見えない気がする。」

「驚いたわ!その通りよ。ありがとう。私も“源流”の座標軸は譲れないと考えていた。このまま咸臨丸で“源流”に向かいたいの。私達種族初の快挙を私達で成し遂げたいと思っていたの。今その権利が私達にはあるから!」

「決まりかな?咸臨丸が独占で“源流”を目指す事は間違いなく許可が下りると思う。特級市民である君達には今まで以上の権限が与えられるだろうね。」

「ヒコノ。これを見て。難破船で拾ったの。この映像を見て私は“源流”に行ってみたい。この目で確かめたいと強く思ったの。」

ジルはローブの裾から5センチほどの楕円形の物体を取りだした。チェーンがついていて元の状態に近い状態まで磨かれ修復されていた。難破船のメインコントロールルームに向かう途中に寄り道した部屋で見つけたものだ。表面には女性とみられる人物像が浮き上がっており、全体は金色に輝いていた。ヒコノは浮き上がっている人物像がとても美しいと思った。ジルはそれを中央の机に置くと光輝きだした。アーニーが遠隔操作で内部機構を稼働させたのだ。それは上部に映像を映す立体プロジェクターのようだった。周囲に青い空の下に緑の大地が映し出された。遠くには山が見える。ヒコノ達の横には少女が経っていた。彼女は奇妙だが、とても可愛く感じられる色とりどりの模様が入った服を着ていた。顔の造形は驚くほどハニタ達に似ている。彼女は微笑むと、いつの間にか現れた4足歩行の茶色の小動物を撫で始めていた。そして緑の丘をその動物と駆け上がり始めた。

「これが私達の“源流”の風景よ。このペンダントの持ち主が旅立つ前に撮影したものに間違いないわ。彼女は難破船の中で、覚醒後、幾度となくこれを見ていたんだと思うの。私はこのペンダントを持って彼女の代わりに“源流”に降り立ちたい。」

ジルは画像を見つめながら涙を流していた。その顔には笑みと強い決意の表情を浮かべて。ヒコノはジルを抱きしめてしまった。愛おしいと思った。ジルはヒコノの抱擁を受け入れた。

「僕もだ。この映像を見て僕もそう思った。行こう。そして踏みしめよう“源流”の大地を!」


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“希望” 鴨暢(かものいたる) @NobuKamo6

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