第13話 第4章 旅立ち 1.生還

「ピツ・・・・・  ピツ・・・・・   ピツ・・・・・  」

聞き慣れた心地良い振動が続いていた。ただいつもより大分ボンヤリとしているようだ。

“疲れている? 長く寝ているはずなのにな…”

また暫く移ろいながら、身を委ねていた。

“あれ? なんか俺死んだんじゃなかったか? なんだろう。 すごい状況にいなかった?”

「おはようヒコノ。思ったより早い覚醒だね。それに生体適合も順調のようだ。」

“生体適合?”

ヒコノはその時自分が液体の中に浮かんでいる感触に気付き、ゆっくりと目を開けてみた。

薄暗い照明の中、ゆらゆらと浮かんでいる。手を動かして、目の前に持ってきた。

“これは生体ボディー? え!?”

「そう。今君はオリジナルの体だよ。人造ボディーの損傷が激しくて緊急時対応として急遽脳をオリジナルに移し替えたんだ。」

“???  ???”

「落ち着いて欲しい。話す事、説明する事は山ほど有るけど、今は生物化を完了させる事が最優先だ。生身の体と馴染む前にあまり大きい刺激は後遺症を残す可能性があるからね。」

ヒコノは考えることをやめた。以前だったら癇癪を起し、アーニーに怒りの思念をぶつけただろう。何故だかわからないが、どうにもならない事に対しては素直に従う自分がいた。

“何かが俺を変えた?まあいい… 説明してくれるっていうんだから、待とう…”

ヒコノは眠りにつくことにした。


「ヒコノ。ヒコノ?良ければ目を覚ましてもらえるかな?」

“誰だ。 ああ、アーニーか…”

ヒコノは自分の体がもう液体に浮かんではおらず、柔らかなベッドに横たわっているのを感じた。目を開け、手を動かしてみた。“おおっ。生身のオリジナルだ…”。ヒコノは暫く久しぶりの体の感触を味わった。上半身を起こす。ベッドの脇にはサブアーニーが微笑みを浮かべながら立っていた。

「どうだい?久しぶりのオリジナルボディーの感触は?」

「ああ。絶好調とは言えないが、良いもんだな。さてと…」

ゆっくりベッドから立ち上がると、体がふらついた。サブアーニーが体を支えてくれて、その後ローブを着させてくれた。

「ずいぶんとお行儀がいいじゃないか?久しぶりの生物化で人が変わったみたいに見えるよ。」

「ご挨拶だな。まだぼんやりしているが、記憶の中でお前の指示に反抗したって、ジルにどやされるって脳に刷り込まれたようだ。」

“脳? そう言えばこの脳はオリジナルなのか?クローンなのか?”ヒコノは自分に問いかけた。最初に目が覚めた後、ゆっくりと記憶を整理していた。知りたい事聞きたい事がたくさんあったが、時を待つことにした。以前にはないことだ。やはり最後の鮮烈な記憶による体験が、ヒコノを変えたのかもしれない。

「すごいな。本当に人が変わったみたいだ。ではまず最初に質問に答えるよ。今の君の脳はオリジナルだよ。奇跡の生還だ!おめでとう!」

アーニーはヒコノの考えを読み取って答えた。

「オリジナル!? 本当なのか!? 奇跡の生還!! 本当なのか!?」

「安心したよ。いつものヒコノだ。でももっとすごい報告がたくさんあるから落ち着いてね。まずは体を慣らそう。」

一気に興奮状態になったヒコノをアーニーは茶化した。ヒコノは深呼吸して何とか落ち着こうと努めた。

「さてと。準備は整ったようだね。これからコントロールルームに向かうよ。先に起きたジルが待っている。」

ヒコノは心の中で舌打ちした。またかと。お行儀良くしておかないとな…自分自身のためにも。ヒコノはサブアーニーと居住区から咸臨丸中央にあるコントロールルームに向かって歩き出した。

「まずは生還おめでとう!ものすごい成果だってマザータウンから賛辞の嵐だよ。」

「何が何やら… この哀れなお前のご主人様に順を追って説明しておくれ…」

「どこまで覚えている?」

「索引ビームでカッターに着いたまでだ。壁にたたきつけられた後のことは覚えていない。」

「了解した。最初に謝らなければいけないけれど、君達の安全をケアしている余裕は無かったんだ。限界を迎える1分前だと難破船の中央コンピューターが教えてくれたんだ。君がカッターに乗り込んだ瞬間、最大加速で“希望”からの脱出を図ったんだよ。あのトルネードの中、必死だったよ。船内重力制御調整に回せる容量は無かった。そのせいで、君は入船後、ピンポン玉のように室内を飛び回ってしまった。防御シールドがなかったら引きちぎられていただろう。人造ボディーも損傷が激しかったけど、オリジナル脳はちゃんと保護されていたよ。きっちり1分後に難破船は核爆発した。当然カッターのシールドもオーバーロードさ。ただ爆発の勢いに助けられて破損しながらも大気圏脱出までは成功したんだ。」

「それは俺の安全無視でって事か?脳に損傷無いって言ったが、あの船内をぶつかりながら飛び回って大丈夫ってどんな判断だ!」

さすがにヒコノもアーニーを振り返って睨み付けた。

「だから最初に謝ったじゃないか。シールドを付けたままの強化スーツと人造ボディーの強度を考えて、脱出が最優先との計算に従ったまでだ。」

「深刻な障害の残る%は?」

「40%。君達の安全にカッター内機能を割いた場合の生還の確率は10%以下だった。」

「やってくれたな… 難破船に入った後では、オリジナル脳をあきらめて調査優先した訳だから文句は言えないか…こうして生き残っているわけだから…」

「ヒコノ!本当にヒコノかい?物分かりが良くて、うれしいよ。状況を見ていた僕は咸臨丸を全速力で避難宙域から“希望”へと急行させた。上空で何とかカッターを索引することに成功したんだ。難破船の爆発は100テラトンでもう跡形もないよ。今咸臨丸は恒星系X80950001からすぐさまハイパージャンプで逃げ出した。今1光年離れたところで待機中だよ。難破船の高出力レーザーは止まったけど、恒星X80950001の爆発プロセスがはじまっていた。残してきた調査衛星との通信は途絶えている。爆発に呑まれたと思う。あの星系にはもう近づけないし、何も残らないだろう。」

「詳細は後で聞くとして、どうしても知りたい事がある。なんでカッターがあんな近くにいたんだ?あの時生還できる可能性はゼロだと言ったから、観念してコントロールルームで色々調べていたはずだ。」

「その通り。2号を介して難破船のメインコンピューターと繋がる前はね。4つも通信経由してしかも難破船のメインコンピューターとは2号の通信ケーブルで繋がっていたから通信容量は悲しい程お粗末だったけどね。僕達があの骸骨ガーディアンロボットを壊した時点で、君達が探索車に戻ってそれからカッターまで戻るのは不可能だった。難破船のメインコンピューターが解除不能の自爆モードを発令していたからね。僕はそれから咸臨丸を“希望”へ向かわせた。何ができるか不明だったけど、少ない救出の可能性に賭けたんだ。」

「そうだった。恐ろしかったよ。もう帰れず、目が覚めてもクローン脳だなんて絶望だ。すごい冒険をしたとしても2級市民として暮らさなきゃならないとあきらめたんだ。」

「でもちゃんと行動したじゃないか。」

「言いたかないが、ジルと君のお蔭だろう。思い知ったよ。自分の弱さをね。」

「君は本当にヒコノかい? いや申し訳ない。本当に驚いている。仕える身で失礼かもしれないけど、君は成長した。」

ヒコノもあの絶望状態を経験して自分が変わったと感じていた。少しアーニーの言葉が照れ臭かった。

「僕と難破船のメインコンピューターは会話し、互いを理解した。君達の祖先と彼のマスターは同種族を素にしている事、君達を何とか帰還させたい事、できる限り彼のマスター達の痕跡を伝える事で同意した。出来る事は限られていたよ。自爆は停止できないが、核融合炉の温度上昇速度は制御できるとして彼は残り時間は20分だと伝えてきた。僕はカッターの存在とその搭載兵器を伝えたら、難破船は自分を攻撃破壊するように言ってきた。知っての通りコントロールルームは分厚い装甲に守られていただろ?ちょっとやそっとの攻撃にも耐えられるように独立して作られていたからね。船内構造からどのポイントを破壊すれば良いか教えてくれた。そして僕はカッターを難破船上空で待機させた。」

「あの爆撃みたいなものはカッターだったのか!?」

「ひどいものだったよ。外じゃ大型トルネードが荒れ狂っていて姿勢制御にえらいエネルギーを使った。その上壊しすぎないような繊細な攻撃破壊ときた。君達が開けた穴近辺のレーザー照射なんか特にね。」

「それであの部屋にあった円筒状ケースを1号が担いでいたのか…」

「そう。それが彼の望みだったからね。彼のマスター達の痕跡を持ち出して欲しいと。ジルが率先してケースを調べだしたことを知った彼は喜んでいたよ。」

ジルはすごいな… ヒコノは項垂れた。自分には恐怖と混乱しかなかったというのに…この後顔を合わせるのが憂鬱になった。

「本当に綱渡りだった。カッターが君達が出れる穴を露出させ、君達が脱出した時点で難破船の核融合炉が爆発する1分前だったからね。シールドがオーバーロードしたカッターを咸臨丸は結構な遠距離から索引したんだ。爆発の勢いに助けられた面もあったけど、かなり危なかったよ。」

「ああ。アーニー本当にありがとう。」

ヒコノは今ここにいれるのはアーニーのお蔭だと強く思った。難破船の外壁を破壊し、カッターを急行させた。同時に咸臨丸も安全軌道から移動させ自分たちを回収してくれたのだ。自分が主人であるとはいえ、素直に感謝の言葉が出た。

「驚いた!やっぱり君は生まれ変わったよ!あの冒険を生き抜いた勇気が精神の質を高めたようだね。おっともうすぐコントロールルームだ。ジルが待っているよ。残りはジルとの面会の後にしようか。」

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