第12話 2.突入

ジルが先行して、右の部屋に姿を消すと、ヒコノはため息をつくと、アーニーに語り掛けた。

「アーニー。僕と2号は中央コントロールルームを目指すよ。2号への指示よろしく。」

「了解。」

所々湾曲していたり破れたようになっている壁を眺めながら、2号を先頭にヒコノは進んだ。突き当りがコントロールルームであるとアーニーが告げていたので早速2号が封印の扉をこじ開けにかかった。扉は想像より頑丈にできていた。2号のレーザーは強力ではあるが、扉の厚さが周囲の壁と段違いのようだ。

「ここは難破船の外殻と同じ材質と厚みを持っているようだね。周囲が壊れてもここだけ独立して存在できるような構造になっているよ。内部は独立しているようだから気圧や温度がここと違うかもしれない。2号に僕たちの後ろに電磁シールドを張らせるよ。」

2号がシールドを張った数分後、ついにレーザーが分厚い扉を突き抜けた。それと同時に音を立ててヒコノ達の周囲の空気が空いた穴からコントロールルームに吸い込まれていった。

「ここは現在80度だけど、内部は30度位かな。気圧差があるようだけど、シールドで範囲を限定しているから大丈夫。壁の厚さも判明したから2号のレーザー出力を上げて一気に侵入口を開かせるね。」 

ビーーー!ビーーー!ビーーー!ビーーー!ビーーー!

アーニーの言葉が終らないうちに、大音量で警報音が鳴り響いた。どうやらコントロールルーム外壁を破ったことに対して反応したようだ。

「なんかやばい?」

「そうだね。内部の電子反応が活発化しているようだ。決して歓迎されていないようだし、急いだ方が良さそうだ。」

2号が分厚い壁を開けている間に、ジルと1号が戻ってきた。

「ちょうど良かったわ。合流するわ。ヒコノの世紀の発見の瞬間を独り占めさせるなんて我慢できないもの!何この騒音は!何が起こったの?」

「もういいのか?こっちは思いのほか厚い扉に手間取って穴を開けた途端この状況だよ。いい気なもんだ…」

「いいじゃない。手分けして限られた時間を有効活用しただけよ。こっちもちょっとしたお土産を手に入れたわ。早く咸臨丸に帰って細かく検査したいものだわ。」

ジルと1号がシールドを抜け、ヒコノの隣に立った。1号も穴あけ作業に加わった。もうすぐ探査ロボットも入れる位の穴が開くだろう。難破船は警報音だけでなく振動を始めたようだ。徐々に大きくなっている。良い兆候とは思えない。穴の隙間から光が漏れだした。内部に照明が灯ったようだ。

ドン!大きな音を立てて焼き切った壁が内部に倒れ、1号を先頭にヒコノ達は内部に侵入した。

「さあ。古い同族の残滓とご対面だ!」

全員が入ると2号に開けた穴にシールドをかけさせ、気圧差が生じないようにした。

内部はドーム状の天井を持つ半径20m程の円形の部屋だった。壁が光りだし、全体を照らしていた。ヒコノ達と同じ技術のようだ。中央には天井まで届く直径3m程の円柱が立っており、そこから警報音が出ているようだ。円柱下部にはモニター計器らしきものがあり、何らかの波形を映し出していた。円形の部屋の外周には何やら円筒状のケースが等間隔で合計50個程、整然と並んでいた。直径1m、高さ3mと言ったところか。ジルは近くのケースを覗き込んだ。

「!! 1号! このケースの中身を計測!! アーニー! データ分析結果をすぐに教えて!」

1号は頭部に備え付けられている各種計測器を使いデータを収集し、すぐさま探索車に送信した。そしてカッターにいるサブアーニーに転送。更に咸臨丸のメインアーニーへと送信した。

「内部にいるのはかってのヒューマノイド型生物の残骸だよ。このケースの個体はもうほとんど朽ち果てていて、ミイラ化した内骨格が残っているだけ。このケースは冷凍保存用だったみたいだけど、5万年以上の連続稼働は無理だったようだね。身長2m。2つの目を持ち口の配置から見ても君達と遠い祖先は同じであると断言できるほどだよ。」

結果をカッター内のサブアーニーが、報告してきた。

その時、円柱の下部が開いた。内部の何かが這い出てこようとしている。5本の指を持った腕が現れ、そして頭部を出した。明らかに金属製の頭部には2つの目と発声用の口がついているようだ。顔には人造皮膚があったようだが、劣化してまるで骸骨だ。船体が20度傾いている為、直立できないようだ。上半身を柱の隙間から出すとヒコノ達に話しかけてきた。

「るすくこいけ。 るすくこいけ。 るすくこいけ。 れさちたよゃしうゅにんし。 れさちたよゃしうゅにんし。 れさちたよゃしうゅにんし。」

「何だって? アーニーわかるか?」

「メインアーニーが詳細分析中ですが、警告のようです。」

「会話はできるのかしら?私達のサブアーニーみたいな存在?ここの門番かしら?」

金属製の骸骨は侵入してきた4体を順番に眺めると、ヒコノ達の護衛の為に前方に立つ1号を見つめた。額にある円形の突起が光りだした。

「ヒコノ、ジル1号の後ろに隠れて!防御シールド最大!奴は攻撃態勢に移っている!」サブアーニーが絶叫した。骸骨の額がきらめくと明らかなレーザーが1号に襲い掛かった。電磁バリアーで何とか持ちこたえているが、かなり強力なようだ。1号も応戦する。4本の腕の内、1本は攻撃用だ。

“ジュッツ”と音がして、骸骨は頭部を焼き切られて活動を停止した。1号も無傷ではなかったようだ。電磁バリアーを突き抜け脇腹25%程を抉られていた。

「1号の活動能力60%に低下。」


ビーーー!ビーーー!ビーーー!ビーーー!ビーーー!

ずっと鳴り響いていた警告音がさらに音量を上げ、部屋を揺るがし始めた。

「うぁ… いよいよヤバいんじゃないか?!」

「そうね。アーニー!アーニー!この部屋から何らかの情報を入手する方法を考えて!なんかもう私達長居できないようだから。」

「当たり前だよ。当初から長居させる気はなかったけど、この船のメインコンピューターは自爆モードを選択したようだ。中央の核融合炉温度が上昇している。1号、2号からの計測データから判断すると間違いない。」

「もう駄目じゃないか!?これから探索車に戻って、それからカッターに帰るんだろ?」

「最悪の状況だね。君達を咸臨丸まで帰還させられる可能性はゼロだ。君達の命令とは言え、僕はうまくいってもマザータウンから廃棄処分確定だよ。」

「私達の選択よ!覚悟してるわ…アーニーあなたには悪いけどね。」

ヒコノは言葉を出せなかった。今更ながら、頭では理解していたつもりでも実際に生身の脳を失う事に戦慄した。

「ヒコノ!しっかりなさい!これが現実なの!ここまで来て何を呆けているの!アーニー!さっきも言ったけど、最後の瞬間までここから情報を入手する方法を考えて。クローン脳になっちゃうけど、少しでも多くの情報を今後解析できるのなら、納得するしかないわ。」

ヒコノはジルの言葉を聞いて、頷くことしか出来なかった。

「ジル。了解した。それなら中央円柱に近づいてくれないか?君たちの視界を共有しているから何か方法を探るよ。ダメージを受けた1号にはこの部屋の他の部分を探索させる。」

ヒコノとジルは骸骨の残骸を避け、そろそろと中央の円柱に近づいた。操作パネルがあり、長い間使われていなかったモニターが久しぶりのデータを表示し出したようだ。ヒコノとジルが見ている光景はアーニーに転送されている。

「よせうとうお。よせうとうお。よせうとうお。だのもたきにけすたはれわれわ。だのもたきにけすたはれわれわ。だのもたきにけすたはれわれわ。」

突然2号がパネルに向かって音声を発した。柱に問いかけて出したのだ。

「??いったい何を始めたの?」

「メインアーニーがこの難破船の種族があなた達と同根であるとの前提で、ハイパー通信の遺言状と先程の骸骨ロボットの発した警告言語を分析して呼びかけメッセージを作成しました。」

「通じるのかよ…」ヒコノが絶望からか、呟くように言葉を吐いたと同時に柱が反応した。

“だのもにな?”

「通じたよ!なんか問いかけてるニュアンスに聞こえる!」

「しっ! 黙ってヒコノ。」

その後パネルと2号は暫く会話を交わした。2号の言葉は検索車、カッター内のサブアーニー、そして咸臨丸のメインアーニー経由で交わされている。通信時差は殆ど無いもののメインアーニーが随時言語予測と補完を行っているためか、若干の遅れが出ているようだ。

数分の間会話は続いている。その時アーニーが語りかけてきた。

「ヒコノ、ジル。間違いない様だ。この難破船のメインコンピューターは目を覚ました。本当に君らが自分の創造主と同種なのか確認したいと言っている。申し訳ないが、強化スーツのヘルメットを脱いで顔を見せてやってはくれないか?脳だけ生身と伝えたんだけど、彼は自分のセンサーで確認できるといっている。そうすれば全ての情報を提供すると言っている。絶対安全とは言わないが、この部屋の中であれば、ヘルメットを短時間外す事による危険性は大きくない。」

「勿論よ!」ジルには躊躇いはなかった。ヒコノはそれを見て慌てて「同意する。」

そうして二人は強化スーツのヘルメットを脱いだ。人造聴覚、嗅覚が調整していない感覚情報がなだれ込んできた。思わず耳をふさいだ。

「何なのこの埃とすえた匂い!音も大きすぎるわ!」ジルが叫んだ。

モニター上部のカメラが動く、そして横から見覚えがあるレーザーがヒコノ達の頭部に照射され始めた。今更恐怖は感じなかった。

「俺たちの生体スキャンレーザーと同じだ…」

「そうね。間違いない。」

レーザー照射が止まると、またパネルと2号の会話が始まり、2号の胸部が開くと金属関節をもつ触手を伸ばした。パネル上に変化が生じた。5㎝四方の板が上に開き、内部に入出力端子の様なものが現れた。躊躇なく2号は触手をそれに差し込んだ。それから2号との会話は止まった。

「この難破船のメインコンピューターとの接続に成功した!君達のおかげだよ!この難破船のメインコンピューターは君達が自分の創造主と同種と認識した。今2号経由で直接つながっている。僕らの意図も理解してもらえたようだ。彼の持っている創造主とすべてのデータを提供してくれるってさ。」

「すごいじゃないか!」

「ああ。想定以上だよ。だけど想定していた悪い知らせもあってね。“彼”が言うには我々にはほぼ時間が無い。僕達が“骸骨”ロボットを破壊したと同時に“彼”はこの難破船の自爆モードを起動してしまった。もう取り消す事はできないようだ。中央の核融合炉温度を上昇させていたようだが、今は逆に制御し始めている。しかし一旦始まった自壊への温度上昇は止まらない。ここにいれるのは“彼”が頑張っても後20分だと言っている。それに恒星X80950001に照射していた高出力レーザーは止めたけど、恒星爆発もいつ起こるかわからない。」

「データのダウンロードはできるの?」

「ああ。もう始めているけど、膨大でね。2号のケーブル経由だから容量に制限がある。全てのデータは難しいと思うよ。」

もうジタバタしてもしょうがないと腹をくくったジルは、コントロールルーム内を見て回ることにした。

円筒状のケースののぞき窓から見える頭部部分を一つずつ見て回り出した。いくつかはケースが破損しており、内部には汚れたシミしかなかった。破損していなくても、それ以外は最初に見たものと同じでミイラ状の遺体ばかりだった。

「ヒコノあなたも何かしなさいよ。私達が見ている情報もアーニーに送られているのよ。ここが爆発するまで少しでも調べて、私達の死後、クローン脳の楽しみを増やすことだわ。」

ヒコノは動揺していたが、ジルに従うのが正しいと判断した。オリジナルの脳の破壊が恐ろしかったが、ジルにこれ以上の醜態は晒したくなかった。ヒコノはジルと逆回りに円周上に並んでいるケースを見る事にした。

「みんな同じだ。俺のオリジナル脳もこいつらと一緒に葬られるのか。クローン脳とは言え、復活できるだけまだマシだな… なんだこれは…」

ヒコノが7番目のケースを覗き込んだ時だ。どうも他のとはかなり違い、のぞき窓から見える顔はミイラ化していなかった。頭部は白い毛に覆われている以外はミイラ化している他の個体と顔の造形は大きな差は無いようだった。ただかなり力強い顔をしていた。冷凍保存がうまくいっている個体のようだ。

「この毛むくじゃらが俺らと同根だって? 本当かな? ジル! ジル! 蘇生できそうな奴を見つけたぞ! まあこの状況じゃ意味ないけどな…」

「ヒコノ!こっちも1体ミイラ化していないケースを見つけたわ!今1号を呼んでスキャン分析しているところよ。」

「ジル、ヒコノ。ヘルメットを装着!耐衝撃姿勢と防御シールド、重力制御装置を最大値にして備えてくれ!今見ているケースもできれば一緒に保護して!今すぐに!」

アーニーの大きく強い声がヘルメットのスピーカーから流れてきた。

「ああ。もう爆発の時間か?耐衝撃だって?このスーツだって何の役に立つって?」

「いいから今すぐ!」

「判ったわ。ヒコノ!」

ヒコノは言われた通りにする事にした。

その後すぐに爆発音と共にコントロールルームが激しく揺れた。内部からの爆発音ではない、外部からの衝撃だ。それも連続して続いている。爆撃されているかのようだ。ヒコノとジルは何とか姿勢を維持できていたが、円筒状ケースの幾つかは固定支持アームから引き千切られ室内をピンポン玉のように撥ね回っていた。ヒコノは目の前のケースにしがみつく様にして強化スーツ機能を全開にして身を潜めていた。数分続いた爆撃は突然止んだ。どうやらこのコントロールルームの分厚い壁が耐えきったようだ。時折、爆発音と共に部屋が大きく揺れるがさっきの様な連続したものではなかった。

「堪え切れたね。さあ脱出だ!ジル!1号がそのケースを抱えるから補助して!ヒコノ。次は君のケースを取り出すよ!」

 「はぁ!? 何が起こっているんだ? 脱出だって!?」

「時間が無いんだ!早く君達が開けた穴に向かってくれ!カッターを横付けする!そこから脱出するんだ。生き残る可能性はまだある!」

「カッターを横付け!はぁ?」

「ヒコノ!アーニーの指示に従って!ここから脱出できるかもしれないって言うんだから、動きなさい!」

1号が右脇に円柱状ケースを抱えてジルと共に近づいてきた。アーニーの指示が出ているのか、1号はヒコノが守ったケースに近づくと固定アームをレーザーで焼き切り、左脇に抱えた。

盛んに揺れる床から放り出されないように、重力制御装置の助けを借りてヒコノ達は出口を目指した。気圧差からか1号が開けた穴から内部の空気が猛烈な勢いで流れ出していた。

「穴に到着したら、カッターから索引ビームで捕まえるから動かないでね。外は暴風でカッターの姿勢制御でてんてこ舞いさ。」

「後でちゃんと説明してくれるんだろうな!」

「今は戻った後のことを考えるんじゃなくて、行動しなさい!」

またもやジルに叱られたヒコノは大人しく1号の後に続いて、開口穴を目指す事にした。

「先に行ってヒコノ。1号が出てから私が最後にでるわ。」

「待ってくれ!僕が最後だ。頼む」

ヒコノは遅ればせながらだったが、意地を見せたかった。これまで良い所が全くなかったので少しでも挽回したかった。

「いいわ。でも1号は両脇に大荷物を持っているんだから、サポートしてね。」

「了解だ。」

穴に到着するとジルはヘリに手をかけ、後ろから流れ出る空気に体を持っていかれないようにして立った。すぐに索引ビームに捉えられジルは姿を消した。2号が進み出ると順番を待った。ヒコノは大した足しにはなっていないだろうが、1号の体を脇から支えた。暫くすると1号もビームに捉えられたようだ。その間も爆発音と振動がコントロールルームを揺らし続けていた。ヒコノは自分の順番待ちの間後ろを振り返った。天井の一部に亀裂が入っているのが見えた。中央部の柱のところにはまだ2号が立ち尽くしていた。アーニーと難破船のメインコンピューターの通信を続けているようだ。立ち尽くす2号と柱は沈みゆく難破船の最後を迎える船長の様にも見えた。

「おっ…」

ヒコノの順番が来たようだ。索引ビームを感じるとヒコノは渦巻く嵐の中にいた。周辺は爆撃されたのか滅茶苦茶だ。至る所に火災が発生していてよくもコントロールルームが耐えられたものだと思った。視界不良の中、まるで地獄の底に投げ出されたようだ。

「助かったら奇跡だな…」

徐々にカッターの姿が見えてきた。

ヒコノの体が時折ひどく揺さぶられる。カッターの姿勢制御能力も限界ギリギリのようだ。

「回収完了!最大速度で“希望”から脱出。姿勢を低く対衝撃態勢!」

カッター内に到着後、すぐにアーニーは怒鳴った。強い振動と共にヒコノは横に吹き飛ばされ壁にたたきつけられ、意識を失った。

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