第13話 付き纏う不安

 私は寝汗の気持ち悪さに目を覚ました。

 すごく嫌な夢を見ていたという記憶はある。でも、細かい内容までは覚えていない。

 そして最近よく見るようになったこの夢を見る度に、私はいつか吉田さんから捨てられてしまうんじゃないかっていう、漠然とした不安に胸を締め付けられるのだ。


「吉田さん……」


 私は吉田さんを見た。

 夢の途中で吉田さんの声がして、身体が揺らされる感覚があったから、吉田さんが起こそうとしてくれたのかもしれない。

 彼は、今はすやすやとよく眠っていて、私の呟きに応えることはなかった。

 カーテンが閉められている窓を見ると、零れる陽の光は弱く、いつもより早い時間だと分かった。

 もう一度寝ようという気持ちにはなれなかった。かといって、何かする元気も湧くわけでもなく、ただただボーと体育座りしていた。


「どうして吉田さんは、私を抱かないんだろう……」


 私は双乳を包み込むように、バストに触れた。

 部屋着越しに、ふにっとした柔らかな感触が伝わってくる。

 今までの男性は、皆、私を抱いた。

 当然だと思う。社会的リスクを抱えてまで私を家に置く理由なんて、それぐらいしかないのだから。

 だから私も、求められれば拒まなかったし、交渉の材料に使うこともあった。

 むしろ、不思議なのは吉田さんだ。


 吉田さんから「ガキは好みじゃねえんだよ……」と言われたあの日の晩、正直言って、私は「そんなこと言っても、数日後には求めてくるんでしょ」と思っていた。

 今までの男の人たちは、誰もがそうだったから。

 でも、吉田さんは違った。

 吉田さんは本気で私を説教した上に、家事をやってくれとなどという、あまりにも適当な条件で、家に置いてくれているのだ。

 家事なんて、私じゃないといけない理由なんてどこにもない。今まで自炊しなくてもやってこれたのだから、そんなに困っているわけでもないだろう。


 だったら、なんで私は吉田さんのところに泊めてもらえているのだろうか?

 私が可哀そうに見えるから?


 私は吉田さんの穏やかな寝顔を見た。

 彼は堅物そうな顔立ちをしているけれど、笑ったときと、この寝顔は可愛らしいと思う。


「吉田さん、私のこと結構好きだよね?」


 私はスマホを買って貰った、あの日のことを思い出しながら呟いた。

 吉田さんが私に惚れていると言うのなら、これほど簡単な話はないと思う。手元に置いておきたい理由としてよく理解できる。

 実際、男の人たちの中には「恋人ごっこ」を望む人もいた。

 でも、吉田さんの場合、そうじゃないだろう。

 スマホを私に買い与えたのも私を心配してのことで、特別な感情なんて無い。

 吉田さんは優しく、誰よりも親切心に溢れている。そんな彼に出会えた私は、きっと幸運だったのだ。

 ただそれだけのことで、いつか私は彼の元から離れなくてはいけない。

 そんなの当たり前のことなのに、私の胸は何故か不安で締め付けられるのだった。


   *


「え……よ、吉田さん?」


 私がようやく重い腰を上げて着替えをしていると、さっきまで寝ていたはずの吉田さんの目が、うっすらと開いていることに気付いた。

 何かぼーとした感じではあるけれど、視線は下着姿の私、というより上半身に向けられていて、胸の谷間の辺りを凝視している感じだった。

 私は急に顔が火照るのを感じながらも、布団の上に置いていた制服をそっと手に取り、胸元を隠した。

 吉田さんは、そんな私の様子をずっと眺めている。


「吉田さん。起きてるなら黙ってないで、何か言ってよ」

「あ……」

「あ、じゃないよ。さっきからガン見じゃん」

「んん……?」


 吉田さんは、今度は不思議そうな顔付きで、私の身体を舐め回すように見る。

 しっかり括れたウエストに、すらりと長い脚、最後にまた私の顔に視線が戻ってきて、「ああ……」と呟いた。


「なんだ、沙優か」

「なに、それ? 誰だと思ってたわけ?」

「いや……夢かと思ってた」


 吉田さんが身を起こし、眠そうに目を擦る。

 そして大きく伸びをし、置時計を見た。

 今は朝の六時で、吉田さんが起きるには一時間も早いのだけど、半裸の女子が目の前にいてスルーっていうのはどうかと思う。

 あれだけ私の身体を堪能しておいて、この反応の薄さはおかしいでしょ。


「ねえ、吉田さん」

「なんだ」

「夢だったら私の身体、ガン見しちゃうわけ?」

「だから、お前だとは知らなかったっつの」

「でもさ、ガン見してたってことは、結構好みの身体だったってことじゃないの?」

「ぼんやりしてただけだ。いいから服着ろよ」


 気まずさを感じない、投げ遣りな言い方だった。

 私は背中を向けて制服を着ようかと一瞬迷ったけれど、吉田さんに気が無いのなら堂々と着替えてやろうと思った。

 私は見せつけるように胸を張り、ブラウスのボタンを留め、スカートを履く。

 でもやっぱり吉田さんは、私を気にする素振りを見せない。

 もう少しそわそわしたり、目のやり場に困るみたいな態度を取ってくれないと、こっちが本当に子供みたいじゃないか。


「インポ!」

「おい! 言っていいことと悪いことがだな!」

「下着姿見といて『ごめん』も『ありがとう』もない方が最低だから!」

「ありがとうってなんだよ。というか、あんなところで着替えてる方も悪いだろ」

「いつもあんな時間に起きないじゃん」


 私は唇を尖らし拗ねた感じで返したものの、吉田さんが早く目を覚ました原因は、そもそも私にあることを思い出していた。

 お礼、言うタイミング逃しちゃったな……

 今更感謝の言葉を口にするのは、喧嘩した後だけに癪に障る。

 私は既に乾いてしまっている部屋着を手に取ると、「今日の朝食、目玉焼きだから……」と彼の好物の一つを口にしてキッチンに向かった。



<あとがき>

 たいぶん更新が遅れてしまい申し訳ありません。また延び延びになったわりには大した内容ではなく、こちらもすみません。

<台詞の引用および参考>

 カクヨム版『ひげを剃る。そして女子高生を拾う。』(著:しめさば) 14話 下着 より

https://kakuyomu.jp/works/1177354054882739112/episodes/1177354054882835876

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ひげを剃る。そして女子高生を拾う。 ~沙優視点編~ 水鏡 智貴 @MIKAGAMITOMOKI

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