第20話斜陽の布告

 終わる黄昏がステンドグラスから射し込む謁見の間には。ドラゴン六種族長と副種族長、騎士団長と副団長を筆頭にそれぞれの副官が集まり整列していた。


 最前列は大盾のアルジュナ率いる第一騎士団。『蒼風師団アルスター』とも呼ばれ女神シィラの親衛隊としても名高い部隊である。副官は『鉄壁のランス』、アルジュナ程ではないが粘り強く戦況を読んだ鋭い一撃に定評がある。


 次は雷破のデュオ率いる第二騎士団。通称『黒雷師団カインドネル』。王国最強の攻撃力と言われた程の騎士団で副官の『斬り込みダスティ』を含めて騎士団全員の戦闘能力が高い事で有名だ。


 そして次はマーカス率いる第三騎士団。高速戦闘隊とも呼ばれ機動力と部隊の展開速度に定評がある。副官は『水刃のイザベラ』。水の扱いが上手い黒魔術士として有名だ。


 次は『番犬のベルセス』と副官『猟犬のキャロス』率いる第一守備隊。正式には第四騎士団になるが、騎士団本体とは独立している王国の予備兵力及び防衛部隊である。


 そしてイリステア率いるティーダ・ドラゴン種族の第五騎士団。副種族長の『エイミィ』を筆頭にカスタル王国最強の空戦部隊として勇名を轟かせている。


 次はルチル・アティア率いる補給隊、正式には第六騎士団だ。戦闘を継続させる事において要ともなる部隊である。


 そしてルーテシア率いる第七騎士団――通称『第七魔力支援部隊』。魔法を継続して使える為に魔力を適切に分配する部隊だ。補給部隊と双璧を成す後方支援の要である。


 ルーテシアの隣はアレストロフィア率いるクオマップ・ドラゴン種族の第八騎士団。通称、魔法軍。副種族長の『クレイン』と共にドラゴン種族の持つ高い魔力で敵を薙ぎ払う部隊だ。


 その隣には先に癖がある黒髪を肩口まで伸ばし、黒い馬耳を立てた美女が居た。実は彼女はブルエール・ドラゴン種族長のプリシラで、第九騎士団隊長として人の姿に変身している姿である。


 次はオニヘビ種族長の大環地セツナ率いる第十騎士団――通称、外交特殊部隊。対外交と戦争における特殊な仕事が任務である。これといって決まった副官は居ないがたまに『如月ハルカ』と『如月ユウキ』の兄妹が仕事を手伝っている。


 次はヨシュア率いる第十一騎士団。彼らは遊撃部隊。戦況に合わせて突撃する部隊だ。ドラゴン種族の膂力と白猫姿の身軽さを利用した戦闘力が勇名を馳せている。


 最後がバージェンド・ドラゴン種族長ラグネイ率いる第十二騎士団。陽動や撹乱等を担当している部隊である。


 これ程に騎士達が集まる姿は中々に壮観である。謁見の間を渦巻く魔力は大気を常に揺らし、言い知れぬ威圧の深海にいる気分になれるくらいだ。


 しかし女神シィラは臣下の力には何ら怯まない。何故なら臣下は皆この国を護る為に己を鍛え上げているのだから、それを自分が恐れる道理などないのだ。それに己にも神の力アバスがある。万が一、いや、億か那由多すらあり得ないが臣下が叛逆しても倒せるだろう。だからこそ彼女は堂々として居られるのである。もっともそれを自覚すれば世界とは暴力が支配者なのだと認識させられてしまい、信頼が揺らぐ気持ちにもなるが……そこは女神シィラ、いつも臣下を疑わないように心掛けていた。常に自戒し思い込まず盲目せずに信頼する事。それが臣下に対しての自分が出来る最大の事であるのだから。



「謁見の間に集いし我が王国騎士達よ。私(わたくし)女神シィラ・ウェルネンスト・カスタルはこの神聖なる天后歴(てんこうれき)八百年に起きたこの戦争に勝利する必要があります」



 この間に集いし戦士達を鼓舞する為に。女神シィラは玉座に座らずマントを優雅に翻す仕草をしつつ諸々に告げる。



「我々は双子の魔王達が率いる魔物の軍勢を倒すべく召喚した還流の勇者に叛かれました。その勇者は仲間を集め勢力を増しつつあり、ただちにこれを排除しながら魔王達を倒さねばなりません」



 黄昏の広間に密やかな悲しみが染み渡る。勇者を制御出来なかった自らの不手際と世界から救済を拒否された、事実上滅亡としか思えない現実への哀哭が声にならず伝わるようだ。諸々は緊張する。勝算は無に等しいがそれでも戦わねばならないのだから。無抵抗は滅亡と諸外国の増長を意味するからだ。



「我がカスタル王国はこの戦争の最前線。女神シーダ・フールス様を筆頭とした魔法少女さま達を守護する為にあります。皆様を護れるなら私の命も惜しくありません。私はこの為に在るのだと言っても過言ではないのです」



 哀しみに避けられない覚悟が宿り、鋼の声に変わる。臣下も皆同じ気持ちだろう。だが……僅かな揺らぎが見えたのを女神シィラは見逃さない。理由は明らかだ。臣下は皆、女神シィラの身を案じているのだ。この戦いはきっと女神シーダ・フールスから押し付けられたもので女神シィラ様に非があるのではないと皆が思っているのだろう。だが女神シィラ様は双子の魔王と戦う為の『だけの』女神だ。それ故に魔王と戦う以外に選択肢はない。皆それも心の底から理解しており彼女や彼女の興した国の為に戦う覚悟をしている。



「私は戦う覚悟があります。皆様はありますか」



 唐突に無数の鋼の槍が言の葉となって謁見の間を貫いてゆく。



「私と共に双子の魔王とそれに率いられた魔物達と『魔獣』。そして――反逆した還流の勇者一派を倒し世界を平和にするという、絶対の覚悟が、ありますか」



 諸々の心を貫いた槍は毒の波紋に変幻し、家臣全てを侵食する。幾人かは姿勢を正し緊張の汗を小さく流す。勝算は全く無く生き残る事も絶望的。護るべき愛する人々も国も失うだろう。事実上の死刑宣告、そうでしかない。


 ……だが。



『御意です女神シィラ・ウェルネンスト・カスタルさまッッ!!』



 全員は一丸となってそれを受け入れた。無論であろう。カスタル王国騎士団は全員、祖国と女神シィラ・ウェルネンスト・カスタルを愛しているのだから。



「ありがとうございます。ならば私に着いてきなさい。私と共にあなた方が愛するもの達の為に最期まで戦場で戦って下さい。皆様の尽力に期待します」



 女神シィラ・ウェルネンスト・カスタルもまた厳粛に告げる。



「まずはアルジュナ率いるアルスターはカインドネルと第八、第九騎士団と一緒に編成し決戦の主力として備えなさい。指揮権は全てアルジュナ、貴方に一任します」


「御意」



 女神シィラの勅命に胸元に手を当て拝命するアルジュナと。


「……」



 不思議そうに眉を寄せるダスティ。



「第六騎士団と第七魔力支援部隊は各騎士団と連携を取りながら補給線を確保。戦線を途切れさせないようにしなさい」


『御意』



 ルチルとルーテシアはしっかりと答える。



「またルーテシア率いる第七魔力支援部隊は異世界から戦力を召喚する為の準備も同時並行でやりなさい。かなりの激務になりますが……期待しています」



 吐血するような渋面で命令を下すシィラに対して、



「了解です女神シィラ・ウェルネンスト・カスタルさま」



 ルーテシアはくだけた口調であった。そしてルチルはそんなルーテシアに不思議そうに横目を送る。



「次に第四騎士団は第五騎士団と編成。防衛戦力とします。なお現在ティーダ・ドラゴンの種族長であるイリステアは療養していますので指揮権は私が持ちます」


『承知致しました』



 ベルセスとイリステアの両名は承諾した。



「第十騎士団は各国に使者として派遣。叛逆した勇者の目的である神殿への封印もしくは破壊許可を取り付ける為に交渉して下さい。その際には『いかなる手段を用いても』構いません」


「了解しました我が女神。『いかなる手段でも』ですね?」



 大還地セツナの念押しに、



「はい。『いかなる手段でも』、です」



 女神シィラは凛として答える。セツナも彼女から漂う絶対の意を汲み取り「了解致しました」と再度拝命する。



「第十一騎士団は各々の騎士団の死角を埋める為に待機。戦況に応じて動けるように準備して下さい」


『了解です!』



 白猫ラグネイ筆頭に全員応える。



「……そして第三騎士団と第十二騎士団に命令を下します。許可の降りた神殿を還流の勇者が解放する前に制圧しなさい。制圧が困難であるなら『いかなる犠牲を払ってでも』使用不可能になるまで破壊しなさい」



 次に出された命令に臣下一同は凍りつく。今までこれ程までに苛烈な命令は無かった。それだけ還流の勇者は危険な力を秘めているのだろうというのがまざまざ判る。



「拝命致します。我が女神さま」



 だが隊長のマーカスは迷いなく応えた。彼にとっては女神シィラ・ウェルネンスト・カスタルの命令が至上であるからだ。女神シィラも頷く。



「そしてもう一つ。私達には還流の勇者叛逆の意図を知らねばならないという使命があります」



 シィラはす……と双眸を細めた。



「その為に還流の勇者を捜しだし勇者の仲間として親善大使を送ります。その役目は『如月ユウキ』、『如月ハルカ』の二人としまた護衛の為にデュオをつけます」



 これもまた臣下一同に黙する驚愕が広がる。カインドネルの副官ダスティは『なるほど、それで我々をアルスターと合わせたのか』と納得に瞳を細めた。



「騎士団副団長『雷破のデュオ』」


「は」



 女神シィラの呼び掛けと共に前に出て。片膝をつき胸元に拳を当て頭を垂れるデュオ。



「還流の勇者の居場所を特定次第直ちに出発、そしてこの兄妹を護り抜き必ずや還流の勇者の仲間入りをさせなさい。またそれが叶わないなら貴方が犠牲となっても兄妹を生還させなさい」


「御意」



 頭を垂れたままデュオは無感情な口調で答えた。生きるも死ぬも無い、そんな口調で。



「以上が私からの全騎士団への命令です。各々準備に取り掛かるようにしなさい。では解散!」



 スカートを翻して立ち去ってゆく女神シィラ。堂々とした立ち振舞いはまさに現人神であろう。


 彼女を見送った後、騎士団は全員これから起こる戦乱に備えて動き出した。愛するものを護り抜く為に。


 世界最大の戦いに挑む為に。

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