第19話それぞれの任務

「魔法少女についてと、とある場所について、ですか?」



 不思議そうに椿の花とイリステアの顔を交互に見やる女神シィラ様。他の臣下達も同じようにイリステアを見やる。



「はい。まずは魔法少女についてから。還流の勇者に付き従う魔法少女……確か『カミーリャ』という名前でしたが。あの魔法少女は勇者召喚の為に貸し与えられたと伺いました。女神シィラ様、間違いはないですよね?」


「ええ勿論です」


「という事はあの魔法少女は還流の勇者ルーティス・アブサラスト召喚の為に最高の触媒であったのだろうと伺えますがそんな魔法少女は勇者伝説の記載された『忘却の戦史』には全く記されておらずまた我が国の伝承にも伝わっていないという事実が引っ掛かります」



 イリステアは諸々を見回しつつ述べる。



「また如月ハルカ、如月ユウキ、大環地セツナ等の故郷であるタカマの国には同じ姿で別の名前である『逢魔椿おうま・つばき』という花嫁が居たという伝承も聞きました。伝わっていない存在がいきなり勇者と親密になっている伝承が伝わっている。この事もまた不自然です。よって私はこの伝説を更に詳しく調査する必要があると判断致します。女神シィラ様はあの魔法少女について他の女神様達から何か事前に話を聞いていましたか?」



 女神シィラに質問を促すイリステア。臣下一同の視線が集まる。



「いえ、何も。どんな人物か聞いてもへらへらとはぐらかされましたし……もしかしたら女神シーダ・フールス様筆頭にどの女神も魔法少女達も、真実は知らないのかも知れません」



 口元に手を当て視線を落とし、困惑気味に答える女神シィラ。



「しかし現に伝説に伝わる勇者かそれに匹敵する位の力を持った存在が居て、彼女は唯一勇者を理解し得る人物でした。私達は極秘裏にこの伝承を調べる必要があるかと思われます。そうすれば叛逆した勇者と同じく寝返った彼女の事が解るでしょう。女神シィラ様、何卒私にこの調査を一任して下さい」



 深く要求をするイリステア。自分が守護する原初の神殿を解放された事に余程責任を感じているのであろう。言葉の端々から滲む必死さが、自分自身を針で突き刺さしているように痛い。



「判りました。その調査は貴女に一任しましょう。これに関してはタカマの国を調べるのが一番かも知れませんね。天土之命アマツチノミコト様に場合によっては自国へ派遣し伝承を調査する了承を取り付けましょう」



 その様子に絆された女神シィラは約束をした。



「ありがとうございます、女神シィラ・ウェルネンスト・カスタル様」



 深々と感謝を述べるイリステアだ。



「それからとある場所についての調査、とは?」


「はい。私はこの城に帰る前に霊峰イリステアに奇妙な場所を見かけたのです」



 そう答えると「これを見てください」と円卓に置いた椿の花を注目させるイリステア。女神シィラと諸将も全員それを見つめる。



「このカミーリャの花が咲いていた場所は霊峰イリステアの原初の神殿から南西方向、ちょうどオゼル地方に降った国境線付近の盆地にある屋敷――その庭に咲いていたものです。今の時期に咲く花ではありませんし、そもそも毎日我が領地は哨戒していますがこんな場所は見覚えがありません。ですからこの場所については早急に調査が必要かと存じ上げます」



 ゆっくりと撫でるように円弧を描いて真紅の花に視線を集めさせるイリステア。これも彼女の言い分が正しいように思われた。いきなり国境付近に出現した建造物など放置は出来まい。これは早急に調査をするべきだろう。


 問題はそこが自国とオゼル地方との国境付近であるので、使者をオゼルの領主へ派遣して連係しながら調査する内容を取り決めないといけないという事だが……



「ねーイリステア様。この『椿』の花……なぁんか萎れてない?」



 女神シィラが考え込んでいたちょうどその時。不意にルーテシアが眉根を寄せて花を睨む。



「? 何を言うかルーテシア。この花には妾の羽根を融合しておるのじゃぞ? 永年に枯れたりはせぬぞ?」


「いえやっぱりこれ枯れかけてますよ? というよりこれは……」



 ルーテシアはイリステアに答えつつ、双眸を細めて左右に動かして首を捻る。



「ルーテシア。貴女何か気になりますか? 気づいた事を述べなさい」



 その様子が気になる女神シィラは彼女に促す。



「はい。この『カミーリャ』の花ですがイリステア様の言う通りに彼女の羽根を融合してあるので通常なら枯れないでしょう。でも魔力的に見る限り既に萎れつつあるのです。その事が示す予想はこの花が咲いている場所はもしかしたら『魔力が存在しない』のかも知れない、という事です」



 頭を上げて女神シィラをしっかり見返しながら推察を述べるルーテシア。呑気で物騒でもて余すような性格とは思えない程に丁寧な口調である。



「魔力の無い土地、ですか……でもどうして『暗黒大陸』でもない場所がここに在るのですか?」



 信じられないと言う口振りで尋ねる女神シィラ。彼女の言う通り、この世界は確認されている土地には魔力が普遍的に満ちている為、『魔力が存在しない』という場所は原則として存在しない。先ほど彼女の述べた『暗黒大陸』以外は。



「そこまでは現状不明です。ですが魔力が無いのは明らかでしょう」


「その推察に根拠はあるのか?」



 女神シィラに推測を述べていたルーテシアにイリステアは問うた。



「魔力と花の融合状態が根拠です。まるでこの花、生気が尽きて枯れるのを防ぎたくて、羽根に宿る魔力を吸収しつつ自身の構造を造り変えているように全体を流れておりますから。それが魔力の浪費状態になっていて萎れているのです」



 ルーテシアは真っ直ぐに答えた。



「つまりそなた、その証拠からこの土地には魔力が無いと申すのだな?」


「そうですよイリステアさまぁ。この花に関しては後一、二枚の羽根を融合すれば半永久的に枯れなくはなるでしょう~。ですがこの場所に誰かを派遣する場合、下準備をしっかりしないと土地から魔力を奪われて倒れてしまう可能性がありますし、最悪『魔力崩れ』が発生するかも知れませんよ~」


「ルーテシア、それに関しては対策がありますか?」


「はい女神シィラ様。強力な魔力貯蔵と消費削減及び放出の護符を調査員に持たせるのが一番かと思います」



 それぞれの質問にしっかり返すルーテシア。


 そして、



「女神シィラ様。護符作りは私に一任して下さい。翌日までにはどんな土地でもしっかり動く護符を派遣人数分用意致しますので」



 まっすぐに女神シィラを見据えて答えたのだ。



「良いでしょう。私も貴女に頼みたいと思っておりました」



 勿論ルーテシアに一任する女神シィラ。「ありがとうございます」とルーテシアは感謝を述べた。



(あ奴は口や態度は物騒じゃが何故か女神シィラ様だけには素直じゃの)



 ルーテシアのやり取り一連を見つめつつふとイリステアは疑問を感じていた。自分達への口調はのんびりで物騒だが女神シィラ様へはしっかり尊敬しつつ素直な態度に有能である。



(まぁ曲がりなりも臣下をしているくらいじゃ。妾たちにはともかく主様にはマトモなのじゃろうな。……あの明け透けな口と態度が無ければ良いのじゃが)



 だからこそ女神シィラ様及び両騎士がもて余しつつも重用しているのであろうと、イリステアは背もたれに体重を預け小さく苦笑した。



「私はオゼル地方領主宛に信書を書きましょう。我が国との国境線にあるので調査の為に挨拶は必要でしょうからね。霊峰イリステアから南西なら位置的にはアルフィード家が近いし調査に来るでしょうから、あの方々と協力出来れば中々捗るでしょう」


「問題は派遣する人員ですぞ。今の再編成の状態では誰に使者をして貰いましょうか?」



 女神シィラにマーカスが挙手した。確かに彼の言う通り。派遣する使者に足り得る人物は国から動かせない。



「……その事に『別件』と含めて決めておりました。適任が二名、この席に居るでしょう」



 そう聞かれた瞬間。女神シィラ・ウェルネンスト・カスタルは双眸を閉ざし背もたれに身体を預けた。まるで、言い難い、ように。


 それに呼応するように諸将達の視線が何故か緩やかに一点に、如月ハルカと如月ユウキの二人に集束する。アルジュナとデュオの両名は納得だが沈痛の顔、アレストロフィアとセツナは仕方ないと視線を円卓に落とし、マーカスもプリシラも無表情。ルーテシアも視線を逸らしながらお茶を飲み、ルチルも双眸を閉ざしている。


 イリステアは。心配そうに如月ハルカの顔を眺めていた。



「あ、あの……?」



 そんな状況に困惑げに周りを見回すハルカ。対するユウキは何かを悟っているのか腕組みして背もたれに身を預けている。



「如月ハルカ、如月ユウキ。両名はこの件の調査に先見部隊として向かいなさい。それから――」


「女神シィラ様、それは……!」



 途中でイリステアが声を荒げて割り込む。彼女がこんなに声を上げるなんて珍しい。



「……私も反対ですし、酷な任務である事は充分承知の上です。ですがこれが最善策でしょう」



 女神シィラも顔の前で手を組み、沈痛な面持ちで息を吐き出す。



「如月ユウキ、如月ハルカ。故に両名にはこの命令に対して拒否権を与えます。その上で命令を下します。両名は我が王国からの親善大使として還流の勇者の許に向かい。何としても還流の勇者の仲間になり勇者叛逆の目的とその真意を聞き出しなさい」



 す……っと細めた双眸で、女神シィラは残酷過ぎる命令を下す。


 如月兄妹はお互いを見やり、その命令をしっかりと噛み締める。女神達へ叛いた還流の勇者に仲間入りする。それは死地へ赴くのと同じだ。相手はティーダ・ドラゴン種族長すら一蹴する化物みたいな存在だしこちらの素性は完全に割れている。抵抗する事など無意味だ。相手がこちらの大使を信頼しないと判断すれば即座に殺されるだろう。生還率は高く無い。それでも敢えて、勇者の真意を探る為に向かわせる。そこまでしてでも真意を探りたい。それがこの世界に勇者を召喚した国としての責任だと、女神シィラの強さの中に悲壮感を湛えた眼差しと小刻みな手の震えがそれを雄弁に語っている。



「……臣下の中でも末席である自分達が喚ばれているところから、だいたい検討はついておりましたぞ」



 口を開いたのは如月ユウキだ。



わたくし如月ユウキはその任務を拝命致します女神シィラ様。ハルカ、お前はどうする?」



 頷きつつ妹に問いかけるユウキに、



「私も同じです。如月ハルカ、勇者の真意を探る為に何としても仲間入り致します」



 如月ハルカも胸元に手を当てて拝命する。



「ありがとうございます。でもまずは国境沿いにある謎の建造物の調査からよろしくお願いいたしますね」



 女神シィラは顔を弛めないまま二人へ感謝を述べる。



「判りました、女神シィラ様」


「了解です、女神シィラ様」



 兄妹は受諾する。イリステアは辛そうに顔を伏せていた。



「もちろん両名には護衛を着けましょう。護衛は『デュオ』。貴方に一任します」


「御意」



 前代未聞の命令にも、デュオは冷静に返した。



「シ、シィラ様ご冗談はよして下さい! デュオ様は王国最強の戦士で騎士団の副団長ですよ?! それを私達の護衛に回すなんて……」



 それに一番泡食ったのは如月ハルカだ。無理もない。デュオはドラゴン種族ですら一目置く程に強い戦士であり、王国の切り札の一枚とも呼べる存在だ。それを王国の防衛からわざわざ外して護衛に着ける等有り得なすぎる人事だ。当然、諸将もどよめき。イリステアも双眸を見開き女神シィラを見つめた。



「だからこそ、ですよ。この任務で一番危険なのはあなた方です。そこに一番強い戦力を投入するのが間違いだと思いますか?」


「それは……」


「如月ハルカ。我が女神シィラ様の想いを汲んでやれ。今出来る最大の支援なんだぞ」



 ハルカを制したのは他ならないデュオ本人だった。



「デュオ。貴方に『絶対の命令』を下します。どんな障害が起きても兄妹を護り抜き勇者へ親善大使として仲間入りさせなさい。それが出来なければ貴方が犠牲となっても二人を絶対に生還させなさい」



 女神シィラの吐血するような命令にも、



「御意。我が女神シィラ・ウェルネンスト・カスタル様」



 デュオは静かに返した。生きるも死ぬも感じない。任務を遂行する。ただそれだけと言わんばかりの口調で。



「その任務は勇者の位置を特定した時に開始しなさい。だからまずはアルフィード公爵家に信書を携えて合同調査をするのが先決でお願いいたしますね」



 まだ顔は険しいままで、女神シィラは三名に告げる。



「女神シィラ様、我が第七魔力支援隊からも一人派遣してよろしいですか? 現地で護符がしっかり働くかと壊れた時に修復する人員が必要でしょう」



 その瞬間、ルーテシアが挙手した。



「そうですね、そこの派遣人員は貴女に任せ――」



 その瞬間。魔力が円卓上で慌ただしく音を立てて逆巻く。



(この様子、女神達の専用回線の起動じゃな? こんな事に繋げてくるようなアホは……)



『女神シィラ~♪ あんた聞いてる~♪』



 イリステアの予想通りに、黒髪黒目の光輝く宝石のような絶世の美女神。『女神シーダ・フールス』が脳内にお花畑が咲いていそうな声で幻影を映したのだ。



「はい女神シーダ・フールス様。良く聞こえていますよ」



 それに対して女神シィラは双眸を閉ざして仮面のように張り付いた無表情で返す。



『あんたがバカやらかしたせいで還流の勇者裏切っちゃったじゃない? あれの解決に良い手段考えついたのよ~♪』



 女神シーダ・フールスはそう告げつつ『あら? あらあら、あらあらあらあら~♪』とアルジュナを見つけて瞳を輝かせる。その輝きは汚い油膜のそれに酷似していた。



「成程、それでどのような手段でしょうか?」



 内心ものすごく鬱陶しいのを浮かぶ青筋だけで抑えつつ、女神シィラは子供をおだてるように先を促す。



『ほら異世界ってあるらしいじゃない? あそこから沢山英雄になれる人間召喚しちゃえば良いんじゃないかなーって思ったのよ!』


「成程、それで? そこはどこにあって誰が呼び出すような魔力や設備を準備するのですか?」


『全部あんたに決まってんじゃない。ホント、バーカね。じゃやりなさいよ。やらないとただじゃ置かないんだから。あ、それからそっちの騎士さんかっこいいから今度連れて来なさいよ~♪ バイバ~イ♪』



 言いたい放題言って、通信は一方的に切れた。



「……また、やる事が増えましたね」



 魂を奈落の底に吸い込ませるようなため息をついて。女神シィラは項垂れていた。



「……異世界なんておとぎ話でしか聞いた事ないぞ? アレストロフィア、本当にあるんだろうな?」


「判らないわよセツナ」



 ドラゴン種族長二人もため息をついている。



「あの女神様って貴女達魔法少女と同じなんでしょ?」


「バカ言わないでくれよルチル・アティア。あんなアホ女神共とお仲間なんて死んでもゴメンさ。でも女神シィラ様、取り敢えず準備ですね」


 ルチルの問いかけに、うんざりとお茶を飲むルーテシア。



「そうですね。予想外な事態も起きましたが……黄昏時に謁見の間でしっかり布告を出します。皆さんの副官をしっかり集めるように。解散」



 女神シィラは立ち上がり、全将軍に告げた。同時に将軍達も立ち上がり敬愛する女神シィラに最敬礼をしたのだった。

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