第18話夢見の円卓

 カスタル城の最深部、そこには女神と臣下達全員がどんな姿でも座れる円卓が置かれた巨大な会議室があった。見上げても天井まで光が届かず、部屋の隅々まで照らされる事すら無い。それでもそこに訪れた者達はそこを暗いとは思わない。それがこの会議室、『夢見の円卓の間』である。そこでは誰もが自由に発言出来るようになっており己の信念である武器も持ち込みを許可されている。女神と臣下という立場はこの場所には関係ない。そこがこの夢見の円卓である。今は国を統べる女神シィラ・ウェルネンスト・カスタルとドラゴン六種族に六人の騎士達。かつてドラゴン種族は共に建国を志した親友同士、六人の騎士達は女神シィラを慕い着いてきた仲間ではあったが、国政等の立場から臣下としての態度で振る舞う事になってしまった。


 だがこの会議室の円卓だけは。皆がかつての親友同士に戻れる唯一の場所であった。


 そして今現在、ここに女神シィラ・ウェルネンスト・カスタルを筆頭に全臣下が集合していた。


 女神シィラ・ウェルネンスト・カスタル、その右隣には騎士団長の巨大な盾を斜めかけに置いている『大盾のアルジュナ』が座する。見た目は明るい茶色の髪に青い瞳の優しい好青年だ。しかし防衛戦の粘り強さにはドラゴン種族すら目を見張る物があり、騎士団長としての立場は誰しもが納得していた。

 

 左隣には腰まで伸ばした銀髪に紫水晶アメジスト色に狐耳の和服美女、『アレストロフィア』が女神シィラを守護するように座する。そしてその右には虹色の髪と虹色に燃え盛る大翼を持つ『イリステア』、そして『白蛇の一枚革ローブ』をまとう白魔導士の如月ハルカ、同じく『素肌に黒い蛇革のハーフコート』姿の筋骨逞しい青年が更に右に座っている。彼は如月ユウキ、如月ハルカの兄である。


 アレストロフィア達の左向かいには黒髪黒目に極点の冷気で鍛えた刃のような雰囲気の青年剣士が無骨で飾り気の無い騎士剣と共に控えている。彼は副団長の『雷破のデュオ』。カスタル王国最強の剣士であり騎士団の切り札と言われている存在だ。二つ名の通り雷すら斬り落とした剣術の冴えは誰もが畏怖していた。


 アルジュナの右には色落ちした白髪の老人がいた。大分後退した白髪と同じく色落ちした髭は人生の酸いも甘いも生き抜いて来た証であろう。だがその瞳に映る鋭い輝きと傍らに置かれた巨大な戦斧が、彼が現役の戦士であると告げていた。彼は『騎士中の騎士マーカス』。昔からこの王国に仕えていた古参でもう年齢は六十を超え、アルジュナとデュオ両名を含め全ての騎士達の戦術指南役である。だが今は出世した二人の補佐として最前線に身を置く誇り高き騎士である。


 そしてユウキの隣には、これまた彼と同じ黒い蛇革のロングコートをまとう夜のような佇まいと刀を脇に置く青年がいた。彼の名前は『大環地だいかんじセツナ』。ドラゴン種族の『オニヘビ』であり、如月兄妹と同じ種族の長である。


 マーカス騎士の左には年若い『片目を覆った白い髪に闇色の瞳』をした美少女が居た。彼女の名前は『ルーテシア』。カスタル王国唯一の魔法少女にして『第七魔力支援隊』の隊長として仕えている者だ。


 セツナの隣には巨大な黒い翼を持つ馬。セツナと同じく静寂そのものであるかのような雰囲気と平屋の家屋よりも少し高い、黒鉄の要塞の如き巨体が目を引く。彼女もまたドラゴン種族である。種族名は『ブルエール・ドラゴン』、種族長としての名は『プリシラ』。女神シィラに敵対する者達を倒す戦士として名高い。


 ルーテシアの左には『灰色の髪を左で結んだ可愛い姿』の者がちょこんと座する。その者の名前は『ルチル・アティア』。騎士の一人で王国の補給部隊に所属している。ルチルの傍には長い鎖付きの金属球があり見た目の可憐さと裏腹に力強い戦いが得意らしいのが伺えた。


 そしてプリシラの次席には深紅の毛並みをまとう片耳の折れた小さな兎がいた。彼もまたドラゴン種族の種族長だ。名前は『ラグネイ』。『バージェンド・ドラゴン種族』の者である。


 ルチルの隣は色落ちした銀髪にくたびれた雰囲気とそれに見合わない巨大な槍を傍らに置く男性が控えている。彼の名前は『番犬のベルセス』という王国の第一守備隊の隊長だ。


 ラグネイの隣は彼より少し大きめの白猫が座する。白猫もまた、ドラゴン種族。『ルーベンス・ドラゴン族』の種族長『ヨシュア』だ。


 彼らがカスタル王国の最高戦力達であり臣下にして女神シィラ・ウェルネンスト・カスタルの大切な親友達。皆が皆、彼女にとってかけがえのない存在である。特にドラゴン種族に至っては建国の時からずっと親友であり。更に親密な関係と言えた。



「皆様、今回の会議目的はご存知の通り対還流の勇者戦略についてです」



 最初に女神シィラが魔力を円卓に巡らせながら口火を切った。その表情に優しさは欠片も無くとても冷たいものだった。


 それに呼応するように諸将達が全員息を呑み、円卓上の空気を揺らした。



「まずは私から事の顛末を説明致します。私は女神シーダ・フールス様より勢力を増しつつある双子の魔王達を討伐する為、伝説の還流の勇者の召喚を試み……その直後に反乱逃亡されました。本来はすぐにでも皆様を集めて対策会議をしたかったのですが騎士団の編成状況から全員呼べずに居て、此度はティーダ・ドラゴン種族のイリステアに被害を出してしまいました」



 申し訳ありませんと。末尾にて全員に謝罪する女神シィラ。それに関しては誰一人として文句は言わない。何故なら女神シィラ様が女神達の中で冷遇されている事に無理やりこの召喚儀式をやらされた事、そして還流の勇者叛逆の責任も全部押し付けられているのもみんな充分に理解しているからだ。



「女神シィラ様。勇者の叛逆に関して今判っている事を全部提供して貰いたいですぞ。何卒お願い致します」



 最初に挙手したのはマーカスだ。しわがれてはいても意志のしっかりした声はまるで鋼を芯にしているみたいに強い。彼はこの事件の時には国境の砦で戦技指導をしていたので出席出来ず、早馬で帰還して来たので勇者降臨から叛逆までの流れを知らないのだ。



「はいマーカス。還流の勇者様召喚に対しては予想出来るかと思われますが、私達の国を双子の魔王達率いる魔王軍の最前線とする為に召喚して切り札にせよ。との命令を女神シーダ・フールス様より賜りました。そして召喚には成功しましたが勇者様は魔王達との戦いを拒否。その際『魔王とはこの世界に対する――』との発言をしていました。勇者様なりの意図を感じましたが詳細は不明です」



 マーカスに対して女神シィラは説明した。



「私は戦力や装備は我々の負担になっていると見ますが、それについてはどのように依頼されましたかな?」



 更なるマーカスの問いに、

 


「もちろんその通りですよマーカス」


「マーカス殿。つまるところいつもの戦い、という訳ですよ」



 女神シィラとアルジュナ団長が同時に答えた。


 それを聞いたマーカスは深々に腰を掛けて。



「……女神シィラ様。いつもご苦労様ですぞ」



 魂が抜け消えそうな嘆息と共に謝辞を述べた。



「いえ。皆様に比べたらそこまではありません。皆様こそいつもありがとうございます」



 凛として慈愛の微笑みで臣下一同を見回し労う女神シィラ。だがそこには隠せない疲労の色が滲んでいて。臣下も全員気づいている。気づいてはいるが……彼女が倒れたら対双子の魔王や魔物戦や『魔獣』との戦い、そして叛逆した還流の勇者戦を指揮する者が居ないという事実から、彼女を止める手立ては全く無かった。


 止めれないなら自分達が最大限の援助をすれば良い。臣下全員はその意志でしっかり統一されていた。交わし合う視線の強さがそれを物語っている。



「女神シィラ様。私が魔力から残された情報を見る限り還流の勇者は『八つの神殿を解放して女神様に聖剣を献上する』と宣告していますな。シィラ様はこれについてどう判断されていますか?」



 円卓を緩やかに廻る魔力を読み取りつつ今度は大環地セツナが口を開く。



「はいセツナ。私の判断は聖剣を賜りたい――即ちこの世界から女神シーダ・フールス様を斬り取りたいと言っているのだと認識しております。還流の勇者はこの世界の敵と戦い勝利する存在。故に女神シーダ・フールス様筆頭に私達が世界の敵と認定されたのでしょう。理由は……あの、まぁ判らないのですが」



 気まずそうに顔を逸らす女神シィラ。敵対される理由には心当たりしかないのだろうなと。セツナが頬杖を突いてアレストロフィアに視線を送ると、アレストロフィアも沈痛な面持ちで顔に手を当てていた……。



「私の意見だけど取り敢えず自国だけ防御して勇者放ったらかして全部更地にしちゃうってのは無しですか~?」



 のんびり口調で物騒な発言をしてきたのはルーテシアだ。



「ルーテシア、それは無しです」



 ぴしゃりと否定する女神シィラ様に、



「え? 何でですか? 『喧嘩は両成敗で全員皆殺し』、『全ての禍根は根こそぎ絶て』は我が家の家訓ですよ?」



 きょとんと乾燥木の実の煎じ茶を飲みつつ返すルーテシア。



「貴女の家だけならそれで良かろうが国としての判断はそうもいかんのじゃよ。その答えは同盟も信頼も損ねるしこちらから戦争を仕掛けるのと同じじゃ。対応すべき相手を増やすのは戦力や資金の無駄じゃろう?」


「それにこちら側も勇者から倒すべき存在と認定されていないとも限りませんし……」



 そんな彼女にイリステアと如月ハルカが、女神シィラの代わりに答える。「それなら仕方ないですね~」と二人の意見を煎じ茶と共に呑み込むルーテシア。多分この魔法少女の発言はいつもの事なのだろう。それを証拠に視線を交わすアルジュナとデュオは生の薬草でも噛み潰したような面持ちだ。もて余しているのが良く判る。それでも重用されているのは、彼女が『魔法少女』という唯一無二の存在だからだ。



「と、とにかく。我が国の戦略としてはこの勇者召喚に対しての責任を果たさないといけない事。すなわち勇者を無力化しつつ排除という事です。皆様は何がありますか?」



 コホンと咳払いと共に女神シィラは議題を向ける。


 だが全員。考え込んでしまった。


 無理もないだろう。何故なら王国が誇るドラゴン種族、ティーダ・ドラゴンのイリステアが無傷で一蹴されるような化物だ。倒す手段など数える程しかないし、それすら楽観視して五分はおろか一分に行き着けば良い位だ。最初から勝算等どこにも無い。無いのだが、逃げる事が出来ない。それがまざまざと理解出来るから重苦しい空気が堆積してゆく。



「イリステア。お前は勇者の聖剣を見ていたか?」



 不意にその空気が混ざるように揺らぐ。大環地セツナの問いかけだ。



「えぇ、見たわ。聖剣を手にした瞬間を確かに」



 全員が頭を上げてイリステアとセツナを交互に注目する。



「どんな形であった?」


「翼ある太陽の鍔を持った半透明の刀身をした長剣だったわ。確か『まだ神殿の力が足りない』と、相棒の魔法少女が呟いてましたね」


「ふむ……」



 そこまで聞いてセツナは口元に手を当てて、



「女神シィラ様。還流の勇者が訪れる前にこちらから神殿を制圧する作戦はどうでしょう?」



 改めて女神シィラに提案した。



「詳細を」



 女神シィラは彼を促す。



「はい。還流の勇者はこの世界の敵に対して完成した聖剣を賜る為に神殿を解放する旅をしています。八つの神殿が解放出来ないとなれば聖剣は完成しません。先に我々が神殿を制圧、もしくは破壊して勇者が使えないようにしましょう。そうすれば改めて勇者と交渉の余地が生まれると私は思います」



 迷いなく冷静に告げるセツナ。



「その作戦は制圧より破壊の方しか利点が無いという事実ですね」



 それを聞いて女神シィラは口元に指を当てながら返した。そう、還流の勇者の強さからしたら制圧するより完全に破壊した方が使えなく出来るから良い。制圧した戦力を犠牲にしなくても済むし再度奪取されずにも済むというものだ。



「確かに破壊すれば勇者の動きは止まるでしょう。でも破壊すると言って神殿を所有している他国が納得するかしら? そしてこの世界にどんな影響が出るかも判らないわ」



 女神シィラはざっと疑問を出し、



「……尤もあの桁外れの勇者じゃ。神殿が破壊されても魔法で造り直しそうじゃがの……」



 沈痛な面持ちで魂さえ抜けて霧散しそうなため息をついて繋げるイリステア。彼女の懸念が当たりそうだと思われる、そんな予感もするのが還流の勇者のでたらめな能力を示していたと。女神シィラは疲れ果てた顔で頷いた。



「しかし女神シィラ様。こちらが自国の聖域及び同盟国に使者を派遣して神殿を制圧しておくのは良いと思われますぞ。勇者の狙いが神殿なら強固な封印もしくは最悪破壊の方向で作戦を立てておくべきかと存じ上げます」



 色落ちした白い顎髭を撫でながらマーカスが告げる。



「……そうですね。その為の戦力は編成しておきましょう。マーカスを部隊長として一任します」


「承知致しました。女神シィラ様」



 双眸を閉じ頭を垂れて拝命するマーカス。アルジュナとデュオ、他の臣下達もマーカス様ならと納得の顔である。それだけ彼は信頼されている騎士なのだ。



「次は対勇者戦力の編成です。これはアルジュナとルチル、プリシラにベルセスに任せます。全員は指揮系統を統一するように」


「承知致しました」


「承知で~す」


「……承知」


「了解」



 女神シィラにアルジュナとルチル、プリシラとベルセスがそれぞれ返す。要塞の如き巨躯の割に、プリシラの声は静かで艶がある。



「今から私も親書を書きますので大環地セツナ、貴方と種族全員には同盟国タカマへの特使になって貰います」


「御意。我がオニヘビ族には通達しておきましょう」



 静かにセツナは頷いた。



「アレストロフィア。貴女は魔力から勇者の動きを予測して私に提出。時間は今夜いっぱいで」


「了解ですわ」



 アレストロフィアは穏やかに頷く。



「ラグネイ、ヨシュア。あなた方と種族はそれぞれ予備兵力として待機。戦況を見て編成します」


「了解!」


「はい。女神シィラ様!」



 ウサギと白猫は元気良く瑞々しい声で返す。ドラゴン種族とはいえ中身は少し幼いみたいだ。



「イリステアは自種族にカスタルの防空警戒を厳にせよ、と伝令を出しなさい」


「御意です女神シィラ様」



 命令に畏まるイリステア。



「また貴女は暫く城の警備と裏方をなさい。脚は如月ハルカが治したとはいえまだまだ本調子ではないでしょう? 他ティーダ・ドラゴン種族の指揮権は私が暫定で持ちます」


「申し訳ありません。ありがとうございます女神シィラ様。僭越ながら少し調査したい事があるのですが宜しいでしょうか?」



 感謝と要求を同時に述べるイリステア。



「調査ですか?」



 不思議そうに尋ねる女神シィラ。何故なら内勤とはいえ編成業務は忙しい。自分から何か調べ物をするような余裕は無いと思われたからだ。



「はい。まずは還流の勇者の傍に居た魔法少女についてとそれから……とある場所について、です」



 そう告げると。イリステアは頭から椿の花を外して円卓に置いたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る