第9話たそがれの姫軍師

 破壊の神。その力は最強にして最悪なり。眼差しは大地を焼き尽くし、優美な一撫では海をも干上がらせる。歌を唄うかの如く幾千幾万の軍勢を塵に還す魔法を使い、智謀策謀をもってありとあらゆる世界を『黄昏』へと導く。


 破壊の神。その名は『たそがれの姫軍師・カミーリャ』



◇◇◇


 虹色の火の粉を降らせる不死鳥のイリステアと対峙し、カミーリャは静かに魔力を集束させていた。彼女はドラゴン種族。全力でいかないとこちらが命を落とすのは間違いないと、カミーリャはまっすぐイリステアを見据えた。



「……そなたら侮れんな。彼方の少年も大概だが、そなたも大概じゃ」



 空に飛ぶレイを追うルーティスと彼女に集う魔力を交互に見て。イリステアも神の力たる焔を燃え上がらせながら見据える。辺りを溶かす灼熱の焔と対照的に瞳から映る心は氷のように冷たい――。イリステアは相手をまっすぐに冷静に観察し、目の前にいるこの娘は自分と互角かそれ以上なのは疑いようがないというのがイリステアの判断だった。



「でもルゥは特別です。私は足元にも及ばないでしょうね」



 高まる魔力の中で苦笑するカミーリャ。ちょうどその時、山脈の一角を覆う程の結界が創られる。まるでそれはルーティスの力を誇示するようだった。



「そのよう……ね!」



 刹那。原初の焔が燃え盛り、焔の豪雨となってカミーリャに降りかかる。



「『四方から来る冬。全てを閉ざす永遠の夜。黄金を黄昏に導く為に吹雪け常夜の氷嵐よ!『終わる世界』!!』」



 しかしカミーリャも負けてはいない。一瞬で呪文詠唱を終えて魔法を創り出す。


 創り出されたのは氷嵐の魔法、見渡す限りの山脈を絶対零度の氷に閉ざす魔法。カミーリャが得意とする魔法だ。山脈は分厚い氷で覆われ天候すら吹雪に変わり、巨大な氷柱氷壁がイリステアの力ごとかき消して聳え立つ。


 カミーリャはそれを視認するとたんっっ! と跳躍。狙いは氷漬けになる寸前のイリステアだ。


 もちろんイリステアが、ドラゴン種族の彼女が簡単に負ける筈がない。氷漬けになった瞬間に原初の焔を解き放ち、自身を凍結させた氷を中から溶かしたのだ。



「まぁあんなご挨拶程度で負ける訳はありませんか」


「当たり前であろうが」



 嘆息するカミーリャに虹色の翼を燃え上がらせ、イリステアは人の姿から長い尾を引く不死鳥の姿へと変化し。ばさっっ!! と翼をはためかせカミーリャ目掛けて飛翔し周囲の氷原すら蒸発させる熱波を放つ。



「焼き尽くせ!『焔の聖剣』!!」



 そしてカミーリャも負けてはいない。更に魔力を集束させると高熱の衝撃波を放つ呪文を詠唱し。イリステアの焔を打ち消したのだ。唱えた呪文は何の変哲もない攻撃の呪文だが……



「冗談にならない程に、魔力が高いのう……!」



 イリステアの放つ焔を完全に吹き飛ばす程に。彼女の魔力は強かった。



「我が名はたそがれの姫軍師カミーリャ、還流の勇者ルーティス・アブサラストの右腕。この身体も魔法も祈りも、ルーティス――ルゥの為にあります」



 そう告げた刹那。彼女の周りに光が集束する。光の中で彼女は黒と赤い縁取りのケープ、神聖さを感じる漆黒のロングスカート。そして燐光に包まれた二冊の書籍と羽ペンを周りに滞空させる姿へと変身した。



「そなたは魔法少女か。確か自身の全てを捧げる事によって奇跡を世界に具現化した存在じゃったな」



 イリステアは高速で空の彼方へと距離を取りながらカミーリャを睨みつける。同時にカミーリャも跳躍。戦闘が再開した。



「魔法少女が女神シーダ・フールス様の楽園から出てくるとは予想外じゃのう。あ奴らは死んでしまうと世界に具現化した奇跡が消えるというから……守護結界に守られた楽園からは出ないはずじゃが?」



 飛んで来る炎の熱線を躱したり熱波で吹き飛ばしたりしながら。イリステアはカミーリャへと疑問を抱き問う。そう、イリステアの言う通りなのだ。彼女達魔法少女は世界への献身から生まれた奇跡で魔法少女が一人死ねば、奇跡が一つ消えるという事実を示す。故に女神シーダ・フールスの祈りで築かれた楽園から出てくる事は無いのであると言われていた。


 しかし彼女はここにいる。カミーリャという魔法少女はこの場所に戦場に立っている。正面から自分と――ティーダ・ドラゴン種族長イリステアと戦っている。



「私の祈りは魔法少女でも世界でもなくルゥの為に在り。よってルゥの居ない場所は私の居るべき世界ではありません。『深淵を消し去る光達よ。我が元に集え』」



 呪文と共に彼女の周囲に光が集束し始める。そして同時に、浮かぶ書籍が開いて羽ペンが文字を走らせる。



「――!!」



 カミーリャが羽ペンで書き込まれる頁達を視線で追いかけている最中、イリステアは悪寒に顔を引き吊らせ超高速で飛翔し距離を取る。あの魔法は危ないと、吹き飛ばすとかそういった事でどうにかなるものではないと、本能が告げるのだ。



「気づきましたか。まぁ良いでしょう。それよりは周りに誰も居ませんよね?」



 頁に浮かぶ文字を目で追いながら呟くカミーリャ。この書籍は日記帳。それもただの日記帳ではない。付近にある情報を的確に記し相手の状態や能力も解析する力を持っている。今現在この日記帳には地質、大気状態、地形、イリステアの内在魔力、アバスの展開速度、付近に命がいるかどうかも書き込まれていた。



(付近に生命反応は無し。ルゥとあの少年は結界の中。巻き込まれる心配は無しですね)



 ならば全力でも大丈夫だろうと。彼女は日記帳から書き込まれる情報を元に更に魔力を集束制御し構成する。



「『全ての世界を滅する光となれ』」



 呪文を唱える最中突き出した両手。まるで狙撃する銃身のようなそれの間には小さな黒い穴――あり得ないがマイクロブラックホールが形成されていた。



「『巨星の殲滅者』!」



 そして完成された魔法。それは両手の間に生まれたマイクロブラックホールにエネルギーを落とし蒸発させる事で莫大なエネルギーを発生させて前方に放射する魔法だった。放たれたエネルギーは瞬時に光の奔流となって、獰猛な猟犬の如くイリステアに襲いかかる。


 完璧な魔法構築だと、今の魔法に対してカミーリャは判断した。魔力の集束や制御、どれをとっても引けを取らない完璧で芸術的な精度だ。当たれば望んだ通り、どんな世界でさえ一撃で破壊する、そんな魔法だ。


 しかし。それは弾かれた。


 ◇◇◇


(……これは躱せないじゃろうな)



 翼を畳み音速を超え、大気の壁を突き破る轟音と共に回避機動をするイリステアは相手の魔法完成が速いと痛感していた。あれは光速に近い速さの攻撃。一瞬でこちらを焼失――どころか存在ごと消滅させるだろう。



(ならば逸らせるまで! 原初の焔を最大まで開放すれば可能だろうて!!)



 そう判断するとイリステアは縦の錐揉み急旋回から一息に力を溜め。それが殺到する瞬間に合わせて最大出力で原初の焔を叩き込む!



(これは中々……! 冗談にならない強さね!!)



 世界を貫く光芒と大気を染め抜く虹色の焔。拡散する輝きと暴れ狂う虹色の吹雪、互いが互いを相殺しせめぎ合う中で。焔は何とか光芒を逸らせるのに成功、上空へと進路を変更させる。方向が変わった光芒はそのまま上空へと向かい、一瞬大気圏を消滅させて空の彼方へと吸い込まれていったのだ……。



(何とか躱せたが……すぐに次が来るわ。よし、こちらから仕掛けるわ!)



 光芒を逸らせ焔が消失する刹那。イリステアは攻撃に転じる為に準備し始めた。


◇◇◇



「あれを逸らせるなんて……! やっぱりドラゴン種族は凄いわね」



 心の底から驚嘆の声を上げるカミーリャ。彼女にとっても今の魔法構築は完璧であった。それを力業で逸らされたのだ。


 改めて。ドラゴン種族の圧倒的な力を垣間見た瞬間だった。



(? 相手はどこでしょうか?)



 カミーリャは辺りを見回した。今の焔が放たれた場所にイリステアは存在しない……。どうやら余波が消える瞬間に回避して逃げたらしい。



(……でも近くに居るのは間違いありませんね)



 カミーリャの日記帳には予想し得るイリステアの行動が書き込まれていた。彼女は神殿を守護するドラゴンで逃げる筈はない。ならばどこかに身を潜めているのかと、カミーリャは更に記される情報を読み推測してゆく。


 神殿付近の現在の大気は、かつて魔力を含む厚い雷雲が在ったが先の緒戦で消し飛ばされてまばらにしか残っていない。つまり身を隠す雲は殆どないのだ。風に流れる雲を見るに人型でも長く隠れてはいれないだろう。


 ふとその時、右に浮かぶ日記帳に新しい情報が書き込まれる。カミーリャはそれを右目で追うと『付近の熱量が急上昇している』と出ていた。



(原初の焔を利用して隠れている……?)



 なるほど、原初の焔を利用し光の行く手を屈折させ姿を隠しているのだろうと。カミーリャの脳裏に一つの回答が、浮かぶ。その可能性は高いと日記帳にも予測が書き込まれた。



(今の攻撃から全力で回避するとして……どちらから仕掛けて来るかしら?)



 観測出来るイリステアの機動力は音速を超えていた。その彼女が身を潜めながら機会を伺っているのだ。仕掛ける場所は右か? 左か? 正面か? それても後ろか? 書き込まれる情報を元にカミーリャは積み重ねるような予測を冷静にしてゆく。


 刹那。右後方から焔が飛んで来る。間髪入れずカミーリャは魔力を帯びた手刀で薙ぎ払い、攻撃方向を横目で確認しつつ情報の書き込まれる日記帳の頁に視線を落とす。攻撃はまた来た。今度は左からだ。脳が理解するより早くカミーリャは火球をぶつけて相殺する。



(変な動きね?)



 攻撃の軽快さや予測範囲からのずれ、及び波状攻撃の展開速度からカミーリャは不意に疑問を感じた。こちらに攻撃をしているが威力は無くまるで――



(撹乱か陽動みたいね?)



 そうまるでそんな風だと。何回かの焔を霧散させながらカミーリャは双眸を細めた。もちろん撹乱なら撹乱でも良い。だがこちらから意識を逸らせて後はどうするのか? それが判らない。



(もしかしてこれを利用した不意打ちをする予定かしら?)



 段々と密度が厚く、弾幕のように濃くなる攻撃を捌きつつ予想するカミーリャ。この予想が正しい可能性は高いだろう。そうなれば肉薄して白兵戦が戦略として挙げられる。現に力の集束現象は日記帳に確認されてはいないのだからと横目で日記帳の情報を見やるカミーリャ。


 刹那。前方十メートルに突如イリステアが火の粉と共に出現する。


 視認したカミーリャが防御魔法を組み上げるよりも早く、イリステアの虹色の豪雨が横殴りに襲いかかる。



(わざわざ正面に現れてこちらに攻撃を……?)



 防御は間に合わないと情報に記されていたので。高速詠唱出来る攻撃魔法で衝突コースにある焔だけを消し飛ばすカミーリャだ。一つ明らかに狙いが外れた焔が有ったのだがカミーリャは無視した。何故ならこちらには当たらないからだ。


 だが。日記帳に記された『外れた焔のエネルギー値が急激に上昇』とある情報を読み取る。それと同時に前方のイリステアが火の粉となって霧散するのを見つつカミーリャは慌てて振り返る。


 そしてそこには焔から出現するイリステアが、いた。どうやら彼女は弾幕の如き焔の豪雨に紛れて近接してきたらしい。わざと外した焔も前方の彼女も擬態であったのだ。焔をまとった脚を高く上げ、彼女に蹴りを放とうとしているのが読めた。


 カミーリャの魔法展開は間に合わず、『身体強化の魔法すら出来なかった』。


 だから。カミーリャは右腕で防御するしかなかった。


 攻撃はしっかり当たる。イリステアもそれは確信していた。


 ガキィン!!


 勢い良く焔をまとうイリステアの蹴りが彼女に叩き込まれ。『金属のぶつかる音と共に』カミーリャは吹っ飛ばされた。



「――痛!」



 刹那、慌てて脚を押さえるイリステア。骨を砕くような激痛と虫歯のように苛む鈍痛に顔をしかめた。



「何じゃあやつの腕?! 金属か何かか?!」



 原初の焔で痛みを癒しながら。イリステアは吹き飛ぶカミーリャを睨んでいた。


 ◇◇◇


(このままだと地面に激突するわ!!)



 カミーリャは斜め下方に吹き飛ばされながら、日記帳を展開し現状を打開しようとしていた。イリステアの力は予想より強く重く、一撃も強力だった。このままだと致命傷になりかねない衝突をしそうだ。


 現状で魔法構成は難しいだろうとカミーリャは判断したし、彼女に間違いはなかった。だからこそ日記帳に記される情報――激突するエネルギー――に対するエネルギーを発生させつつ重力をゼロにする構成を練りながら魔力を与えて自動で魔法を創り出す。


 刹那。ふわりと身体が浮かび、衝突を免れた。同時にズキリと痛感も表れた。その時カミーリャは右腕を押さえ、イリステアから蹴られたのだと思い出した。



「……でも痛いのはあちらですよね? この事は忘れて貰いますよ!」



 虚空を蹴りカミーリャは翔ぶ。先程蹴り飛ばされた時よりも速く大空を駆ける風や鳥よりも速く。誰にも追い付けない速度で肉薄する。


 前方にはイリステア。彼女もカミーリャに気づいてか力を解き放つ準備をしていた。太陽のプロミネンスの如く噴き出す虹色の焔の柱と降り注ぐ焔の嵐。迎撃準備は抜群という訳だ。



「今度はこちらから仕掛けてあげます。『四方から来る冬。全てを閉ざす永遠の夜』」



 飛翔しながら魔力を集束、魔法を構築してゆくカミーリャ。『日記帳を用いて』創り出す魔法は最初に見せた氷嵐の魔法。彼女が得意とするあの魔法。



「『黄金を黄昏へ導く為に吹雪け常夜の氷嵐よ』!!」



 自分の二つ名も入る、得意魔法。



「『終わる世界』!!」



 完成した魔法が効果を発揮する瞬間にイリステアも両手を広げて迎撃体勢に入る。彼女の上空には虹色の焔が燃え盛りその様子はまさに主神に叛く者を処刑する眷属の様であった。


 対するカミーリャもまた、楽団を指揮する指揮者のように右手を横に振るい魔法を放つ。その指示に応え魔法が現実になり氷嵐が巻き起こる。


 イリステアも同時に焔の豪雨をカミーリャに降り注がせる。その太さは雨と言うより最早柱で、一本一本が人間すら飲み込むぐらいに大きい。


 氷嵐と焔の豪雨がぶつかる。だが氷嵐の方が圧されている様に見えた……。



(妙じゃの?)



 双眸を細めるイリステア。彼女の疑問は正しい。あれだけ圧倒的な魔力を持つ魔法少女がわざわざ自身の祈りまで使い仕組んだ魔法で、威力負けするとは考えられない……。


 その瞬間焔の柱に圧し負けていた氷嵐が。焔の勢いを呑み込んで殺到する。



「――しまった、魔法を書き換えたのか!!」



 それから気づいたイリステアは冷や汗を浮かべ回避へと移る。そうだ、あの魔法少女はこちらの力を受け止めつつエネルギー化し。自分の魔法へと逆転する構築をしていたのだ。わざと威力をギリギリまで落としてこちらに敢えて撃ち込ませて……


 そして氷嵐と焔の豪雨。その帷から。それが光速で飛翔する。雷を握り潰したようなそれは球電で、殺意があるようにイリステア目掛けて死角から追撃し。轟音と共にイリステアに激突した。


 ぐらりと体勢を崩して落下するイリステア。氷嵐と焔を掻い潜りそんな彼女を支えるようにカミーリャは両腕を広げて飛び込んで。彼女を助けたのだった。


 息はある事にほっとした時。日記帳に『ルーティスの勝利』が書き込まれ。カミーリャはほっとしたのだった。

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