第8話最強の勇者
それは人々に伝わるとある昔のお話――
原初の時代、世界には魔法はありませんでした。それは世界に魔力が存在しなかったからです。
ある時永遠に魔力が湧き出る聖域――『アブサラストの平原』の存在を、人類は知り。そして同時にその聖域を並みいる敵を障害を策略を『全て無傷』で退けた冒険の果てにとある少年が現れました。少年は自らの全てを捧げてその聖域の力を人々に使えるようにします。
やがて世界の人々が魔法を使えるようになった時、少年は言の葉でこう語り伝えられました。
『還流の勇者ルーティス・アブサラスト』
と。
歴史書『忘却の戦史第二章還流の勇者伝説』より抜粋。
◇◇◇
「『杖よ!』」
レイはすぐさま杖に乗ったまま上空へと翔んでいき距離を取り、ルーティスもそれを追って跳躍した。
(相手は還流の勇者かも知れないってか!! 面白いな!!)
レイは戦場を設定しつつ胸中で叫ぶ。そう、相手は還流の勇者。世界最強にして『並び立つ者無し』と呼ばれ。誰一人として倒せないと唱われた伝説の戦士なのだ。
そんな相手と戦える。あわよくば倒せるかもという欲望に、レイは心を燃やす。それは強くなりたい者全てが持つ健全な宿業とも言える反応であった。その欲望がどこから生まれて来るかは今の彼には不明だが……それでも、レイにとってはそれが全てであった。だからそれで構わない。全力で最強の相手と戦えるというこの状況が、一番好きだから。
レイは雲海を抜け上空に差し掛かる。跳躍したルーティスは更に虚空を蹴り跳んで加速した。
「『我が民に絶えぬ幸福と安らぎをもたらせ。『聖なる王国』』」
刹那。ルーティスが呪文を唱えて結界を創り出す光景が見えた。どうやらここを戦場に、外界にはお構い無しの結界の中で好きにやり合いたい。というのだろうとレイは判断した。
「『聖なる剣よ闇夜を斬り裂け! 『白雷の聖剣』』!!」
だからレイも、高速で呪文を唱えて雷魔法を炸裂させる。完成された魔法はまっすぐにルーティスを貫いた、が――
「効かないよ」
ルーティスは雷を握り潰してかき消した。
「オイオイ!! デタラメにも程があるだろ?!」
驚愕に目を見開くレイ。さっきの雷魔法は彼にとって自信がある一撃だった。魔力の集束から術の構成まで無駄な箇所は無い、自信のある魔法だった。
それをあっさりかき消されたのだ。おまけに魔法の力を使わずに、である。これがでたらめかインチキと言わずに何というか。レイの語彙力にはそれしか浮かんで来ない。
(まぁだからこそ! 挑み甲斐があるんだがな!!)
レイはぺろりと唇を舐め、唾液を飲んで笑う。意識の高揚からか口の中が熱い気がした。飲み込む唾液も喉が焼けるように熱い。相手が次はどんな一手を打つか、それだけが楽しみだった。レイ少年にはルーティスに勝てるか負けるかは今現在忘れ果てていた。ただただ全力でぶつかれる事だけが全身から喜びを生み出していたのだから。
「『来たれ天駆ける黒き雷霆! 破邪の風と鳴り交わす約束をもって巨悪を討て!! 『神殺しの槍』!!』」
その衝動に突き動かされ、本能の赴くままに正確無比な攻撃呪文を唱えるレイ。蒼い旋風をまとう漆黒の雷はルーティスに殺到し彼を飲み込み、ルーティスの姿をかき消した。
「あんなんで倒れる……わきゃねぇか」
雷と旋風が蹂躙した先を見て、ちっと舌打ちするレイ。何故ならそこには無傷のルーティスが立っていたのだ。マントには煤一つ、顔も綺麗なままで。まるで魔法の方が避けたような、そんな雰囲気だ。
「倒し甲斐があるけど……こりゃ胸焼け必至だな」
「なら胃薬でも調合してあげよっか? とびきりの奴を」
「冗、談! 抜かせぇ!!」
瞬間。雷をまとう拳を振りかぶり叩きつけるレイ。空を焼く放電が空間を走り、莫大な力は全てを蹂躙する。
勿論ルーティスはそれを捌き、辺りに飛び交う放電を蹴り上げの衝撃波で消し飛ばし。結界が崩れて山脈に当たらないように配慮していた。
(まだ外は大丈夫だね。それなら安心だよ)
全部の放電が当たらないのを視認して、ルーティスは一息吐きながらレイをまっすぐ見据える。
刹那。今度は雷を宿した回し蹴りがルーティスの脇を蹴ろうと迫っていた。
ルーティスはそれを跳んで宙返りしてかわし。音も無く虚空に着地する。勿論レイも雷を宿した前蹴りや回し蹴りを食らわせ追撃を仕掛け、拳を混ぜて攻撃をする。ルーティスは拳を前腕でかわし、蹴りを避ける。
そしてレイが痺れを切らした正拳突きを仕掛けた瞬間懐に飛び込み。肘打ちを胴体に叩き込んだ。
「がは……!」
嗚咽を吐いて吹き飛ばされるレイ。彼の意識が途切れ浮遊の魔法が消失し落下する。
「『浮かべ』!」
だがルーティスが行使した魔法で。レイは墜落を免れた。
「ぐ……!」
「大丈夫?」
意識が戻ったレイに微笑むルーティス。
「じょーだんじゃねぇ!!」
だがすぐさま。レイは雷をまとって殴りかかる。
「は!」
当然ルーティスはそれをあっさりかわして追撃も避ける。レイの攻撃は当たらない。
ならば攻撃速度を上げてやると。レイは魔力を集束させた。
「『疾風よ駆けろ。我に加護を! 『祝福の風』』!!」
そして身体強化の風魔法をかけ。疾風をまとい一歩で消えたように跳躍、そしてルーティスの後ろから蹴りを食らわせる。
しかしルーティスも。同じく蹴り足をぶつけて攻撃を防いでいた。ぎ……ぎ……とレイの右足の甲とルーティスのブーツの足裏が軋み、迸る雷の魔力が空間を揺らがせる。
「君、風が得意なの? 雷より風魔法の展開が一番速いみたいだけど」
「ああ、風の方が得意だ――ぜッッ!!」
瞬間。旋風と共に距離を取り、
「『塵となり灰となり。在るべきへ還れ』!」
雷魔法の時より高速で呪文の詠唱をするレイ。彼の呪文と魔力に応えて風の魔力が逆巻き右手の中に集束し。次第に槍の型へと変化する。吹き荒ぶ烈風は結界を削り取る勢いで暴れ狂い、氷河が軋むような音を上げる。
「『風化の槍』!」
そしてレイはその風で出来た槍を投げつける。槍の姿を真似た旋風は触れるもの全てを塵に還す魔法。ルーティスが結界を張っていなければきっとこの山脈の一角を塵にしてしまっただろう。そんな威力がある一撃だった。
しかし。ルーティスはその槍を正拳突きで破壊する。
「マジかよ?! あれも効かねぇのかよ?!」
それを見て地団駄を踏む八歳黒魔術士少年。
「ああ、効かないよ」
「世の中理不尽ってあんだろチクショー!」
「そうは言っても僕は還流の勇者だよ? 伝説の勇者が誰かに敗けたら世界的に洒落にならないじゃないか」
レイに対してルーティスは困ったように頬を人差し指で掻いた。
「ふざけんな! そんな理由で納得出来るかこの野郎!!」
それでも半泣きで人差し指を突き付けるレイ君。
「まぁ確かにそれもそーかぁ」
そんな彼を見ながら。ルーティス君も半眼で脱力して魂が抜けそうな深いため息をついていた。その様子などこか寂しそうで疲れ果てたようでもあり、楽しそうには見えなかった。
(よし! 隙ありだ!!)
レイはにやりとほくそ笑むと。魔力を集束させた飛び蹴りを顔面に叩き込んだ。今度の不意打ちは完璧だった。ルーティスも捌けずに右頬に足裏を食らう。
「へへ悪いな! 卑怯って言っても構わないぜ!!」
先程の風化の槍と同質の削り取る風をまとう蹴り足を当てて。レイはにやりとしたが、
「いや。大丈夫さ」
刹那。レイはぞっとして飛び退く。何故ならルーティスは全くの無傷だったからだ。蹴りを食らわせた右頬は腫れも切れもせずに綺麗なままで、何事もないと言わんばかりだ。
「今度はこっちの番だよ」
ルーティスはそう告げると人差し指中指から指を順に握り。拳を構えて正拳突きをする。
拳は凄まじい速さだった。空間が擦れて発熱し、拳が輝いて見えたぐらいだからだ。ルーティスが拳を振り抜いた瞬間、空間が津波のように唸り。大爆発が巻き起こる。爆発は間を置かずにレイを包み結界を軋ませて更に暴れていた。
「大丈夫かなこれ?」
そんな光景をルーティス君は不安そうに見やる。大分やり過ぎた感が否めないからだ。
刹那。爆発の中から雷が一条飛んでくる。
ルーティスはひらりとそれを避けると別の空域へしなやかに足を下ろす。
「ちっきしょー! 不意打ちも効かねぇのかよ……!!」
やがて晴れる爆煙の中から。火傷を負ったレイが右手を悔しそうに突き出していた。
「でも惜しかったよ」
「んな事言われて嬉しい訳あるか!!」
悔し涙を浮かべたレイに呼応するように、清浄な蒼い風が彼を包んで回復させる。
(風に攻撃だけじゃなくて癒しや回復の想像も織り込めるのか。中々凄いな。彼は高位の黒魔術士に間違いない)
ルーティスはその様子を見て、目の前にいる黒魔術士の彼は何て凄い力の持ち主なのだと双眸を細めた。風が持つ特性を、雷が持つ特性を、高い次元まで理解している凄い人物だと。
「ますます君と友達になりたいな。ねぇねぇ、僕と友達にならない?」
にぱっと太陽のような満面の笑顔を向けるルーティスに、
「まだおれが負けを認めてからだっっ!」
レイは旋風と放電をまといながら突撃してくる。
勿論ルーティスはそれを軽くいなし。更に合わせて蹴りでカウンターを返すのも忘れない。腹にぶち込まれた蹴りはミシ……とレイの骨を軋ませる音を出し、そのまま彼の身体を結界の障壁へと叩きつけた。
「うん。それでもいいよ。僕はその為に在るのだから」
にっこりと笑うルーティス。……でもやっぱり、少し寂しそうだ。
不意に結界が軋む。ルーティスが飛び散った魔力を手のひらに乗せて覗き込むと、付近の気温が低下しているという情報が読み取れた。
(多分カミーリャの魔法かな。彼女もやるもんだよ)
頑張ってカミーリャとルーティスは胸の内で彼女に応援し「ありがとう」と魔力を手離した。魔力はふわりと舞い結界内へ消えてゆく。
ふとその時に。ルーティスは膨大な魔力の集束を肌で感じた。
集束先はレイが激突した場所。轟音を立てて雷の魔力が幾千の虹の橋の如く飛び交い彼に集まってゆく。
大規模破壊魔法だねと。ルーティスは確信した。多分彼はこの一撃で僕を仕留めるつもりだろうと見抜く。彼に残された力と体力からしてもそれが限界だし、選択する最善の手段であろう。
しかし。
「――『白雷の聖剣』!」
だがしかし。彼はそれだけ膨大な魔力をただの攻撃に使った。確かに精度も威力も最初とは段違いだがこれに使うにはちょっと魔力が多過ぎる……。
「『連なりし風の矢よ。幾千の猟犬となりて敵を喰らえ! 『魔弾の神狗』』!! ――」
でもそんな余裕は与えないつもりらしい。幾つもの旋風を円錐形に束ねた魔法が何百と空間を
(やっぱり集束させた魔力に魔法が見合わないな。どこかに魔力を流しているのかな?)
食らいつく魔力を拳で破壊しつつもルーティスの疑問は湧いてくる。こんな弾幕攻撃で自分を倒す事は出来ないと彼も理解している筈だ。実質戦闘用魔法の中でも倒せないのだから、牽制の弾幕攻撃でそれが出来るなんて思わないだろう。それなのに彼は仕掛けて来ている。
(それなら牽制しつつ大規模攻撃の魔法を準備しているのだろう。それが最善の一手だからね)
ルーティスは魔法を拳で砕いて防ぎつつ、相手の打つ手を予想する。この予想は間違いないだろう。何故なら魔力の流れが一部別の方向に向かっている。攻撃を仕掛けているように見えて他の魔法も構成しているのは見て取れた。
それらを予測していた刹那。死角から旋風が飛んでくる。そしてそれをルーティスが弾いた瞬間。
なんと風が拡散してルーティスを縛りつけたのだ。
(魔法術式に別の術式を織り混ぜていた?)
なるほど、目眩ましに罠を仕掛けていたのかと。風に巻かれながらもルーティスは冷静に分析する。尤もこんな魔法、一発で突破出来るが……
(わざわざ足止めする理由は何だろうな?)
相手の動向が。ルーティスにとって知りたい事だった。
とは言うものの。
(恐らく打つ手は多分この結界を消し飛ばす位の大規模破壊魔法だね)
そう予想すると。ルーティスは油断せずに黒魔術士の方を見据え、人差し指と親指で輪を作って突き出した。
「『旧き盟約により共に戦え雷霆の王よ!』」
同時に。レイの呪文も聴こえて来た。
「『来たれ破壊の輝き! 走れ那由多の光芒!! 千丈広がる大地を砕き焼き尽くしその力をここに示せっっ!!』」
レイが呪文を唱える間、周囲にはレイすら飲み込む位の太さの放電が飛び交い橋を築く。
(でもこれだけなら彼、僕と戦っていても詠唱出来るんじゃないかな?)
そんな光景の中で。ルーティスは疑問に瞳を細める。彼は強い黒魔術士だ、それは確実と言える。魔法の精度や詠唱速度、想像出来る範囲の全てを取っても凄い。
それだけに自分への一撃の為に目眩ましや拘束術を使って時間を稼いだ理由が判らない。
「『魔法術式同時展開! 風化の槍!! 白雷の聖剣!! 神殺しの槍!!』」
刹那。レイの周りに他の魔法が滞空する。
「成程、同時詠唱か! 凄いね君!!」
それを見てきらきらと双眸を輝かせるルーティス。そう、レイが時間を稼いだのは広域殲滅魔法に別の魔法を重ねて放つ為だったのだ。
「ほざけ! それならこれを超えてみせろ!! 『雷の嵐』ッッ!!」
そして魔法が完成し。ルーティスに数え切れない雷や風が殺到する。
ルーティスはまだ手を突き出したままだ。
そして狙い澄ませるように双眸を細め。
パチンと指を鳴らした。
刹那。その弾いた指が大気を震わせ空間内にある元素と魔力を崩壊させる程の衝撃を巻き起こす。そしてそれらの崩壊したエネルギーが爆流となって、レイの魔法の消し飛ばしながら襲いかかる。
慌てて回避を図るレイ・グレック。
しかし高速で殺到するエネルギーからは逃れられない。風の魔法で咄嗟に防御障壁を展開するも莫大な奔流に砕かれ貫かれた。
全てを破られて。レイは気を失って落下する。全身が煤けて血を流すその姿は明らかに致命傷だった。地面に激突すれば即死は確定だろう。
だからルーティスは彼に向かって翔んだ。彼が落下するより早く両腕を突き出して受け止める為に。
そしてルーティスは間に合いレイの肉体を衝突より遥かに前で受け止めた。
「良かった。傷はあるけど生きているね」
ほっと胸を撫で下ろしつつ、ルーティス回復魔法をかける。
刹那。結界が轟音を上げて軋んだ。
「あぁ。カミーリャも決着か。勝ったねこれは」
結界の外を見据えながら。ルーティスは安堵していた。
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