第6話雷《いかづち》と太陽

 二人が邂逅したのはルーティス達が神殿内に入り込んだ時ぐらいだった。レイ・グレックが背後に気配を感じて恐る恐る振り返ったそこにイリステアが成人男性四人分はありそうな虹色の焔で出来た翼を羽ばたかせ、鋭い嘴のある不死鳥――そんな生物がいるのなら――の姿で睨んでいたのだ。



「『ティーダ・ドラゴン』……!」



 レイ・グレックは知っていた。そのドラゴンは女神シィラと盟約を結び、彼女を守護する為に存在する六種族のドラゴンとして有名だった。本来ドラゴンとは竜のように姿は羽があるトカゲに見えるのだが、この六種族のドラゴンは女神シィラから力を譲り受け。その力の影響から色んな姿に変わったという。



「いかにもそうじゃ侵入者よ。妾はティーダ・ドラゴンの種族長『イリステア』。女神シィラ様から任された神殿を勝手に封印を解いて盗掘など妾が許すと思ったか?」


「え? いやこれおれじゃ――」


「問答無用!」



 レイが答えるよりも早く、イリステアは口からプラズマ粒子を放つ。高密度のエネルギー波は暴れ狂う光の奔流となってレイ目掛けて殺到し、彼を飲み込まんとする。勿論レイは一瞬で跳躍してかわし、彼が居た場所が着弾しどろどろに溶かす。



「ま、待てだから違うって! ああもう聞いちゃいねぇ!! 見てろ! 『聖なる剣よ闇夜を斬り裂け! 『白雷の聖剣』』!!」



 更なる追撃をかわしつつレイは一瞬で呪文を唱え、イリステアと同じ大きさの白く輝く雷を相手に叩き込む。


 勿論イリステアが食らう訳はない。くるりと縦に回り一瞬で避け。そのまま全身から灼熱の熱波を放ち岩盤を溶かす。



「『吹け、一陣の風よ。『風精の息吹き』』!」



 レイも突風を起こす呪文で大気ごと動かして熱波を散らせる。



「『杖よ!』」



 レイの意志に従い彼の持っていた杖が水平に浮かび。彼はそれに飛び乗った。



「翔べ!一気に距離を取るぞ!」



 彼の命令に従い。雲海目指して杖は翔ぶ。



「逃すと思うか!」



 イリステアも瞬時に旋回、一度翼を羽ばたかせ力を込め後退翼の形にして高速飛行でプラズマ粒子を放ちながら追撃する。


 しかしレイも負けてはいない。



「『来たれ天駆ける黒き雷霆! 破邪の風と鳴り交わす約束をもって巨悪を討て!! 『神殺しの槍』!!』」



 蒼い風をまとう、光すら飲み込むような漆黒の雷をイリステアに叩きつける。イリステアも口からプラズマ粒子を放ち迎撃するが、魔力とエネルギー同士が衝突して爆散するばかりだ。



(ほぅ、あやつの魔法は妾のブレスと同列か。あの歳でなら凄まじい才能よ)



 飛び散る爆発を熱波で吹き飛ばし。イリステアはレイを愉快そうに見据えた。戦闘の高揚感はとは命が感じるストレスを軽減させるものでいかにイリステアがドラゴン種族とはいえ命である以上抗えるものではなかった。



(やっぱドラゴン種族は強ぇな、半端なく――戦い甲斐があるぜ!)



 そしてまた、レイも例外ではなく。イリステアとの戦闘に高揚していた。彼は高速で思考を巡らせイリステアを倒す手段を導き出す。単純な体力や機動力は向こうが上だ。加えてここは空、ティーダ・ドラゴン族の庭である。此方に足場が無い以上、人間の自分が戦闘するだけでも至難の技だとレイは肌で感じる。一番の作戦は雲海を利用して奇襲だろう。雲ごと散らされたら意味は無いが……この雲は普通の雲ではないとレイは確信している。



(多分この雲は、頂上を封印する為にある物だ。幾らティーダ・ドラゴンでも吹き飛ばせるのは一瞬だけだ)



 彼は周囲にある風の魔力のざわめきからそう分析をしている。そして実際に、彼の分析は正解だった。雲海の中は太陽の光さえ照らせない程に暗く、濃霧を掻き分けているような冷気がまとわりついてくるのだから。


 と、なればこの雲を利用して戦うのが一番だろうとレイ雲海に潜り距離を離しつつ思う。雲を盾に風の力で奇襲を仕掛け相手を沈めるのが手っ取り早い。問題は相手が広範囲攻撃で雲海ごとこちらを焼き払うぐらいだが……これはしないだろうと、レイは眼下に広がる土砂崩れ跡を見て確信した。つい最近起きたこの土砂崩れ。これ以上起こせば神殿も危ないだろう。あのドラゴンの目的が神殿の守護だからそれは出来まい。こちらはそれを利用して――神殿を人質に戦うという訳だ。


 それならそろそろ反撃しないとなと、レイは杖を反転させて周囲に広がる風の魔力のざわめきに耳を澄ませる。相手はどこにいる? 前か? 右か? 左か? それとも上か? 攻撃はどこから来るか? 全身を研ぎ澄ませ位置を探りつつ。



「『旧き盟約により共に戦え雷霆の王よ』」



 呪文も詠唱し始める。



「『走れ那由多の光芒、来たれ破壊の輝き。千丈広がる大地を燃やし砕き尽くしその力をここに示せ』」



 呪文は広範囲殲滅用の対軍勢呪文。それも雷系統の上級に列するものだ。どうやらレイ、この雲を薙ぎ払われる前に此方から蹂躙し尽くしてしまおうという作戦らしい。問題は相手がそれを読んでいるか、という処だが……



(どうやら向こうも似たような作戦らしいな)



 なるほど、イリステアもこの雲海を薙ぎ払う為に力を蓄えているようだと。急激に高まる気温と消えてゆく雲海に、レイは冷や汗をかきつつ悟る。ここから先はどちらが早く展開出来るかにかかっている。



「『雷の嵐』!」



 レイが唱えた呪文とイリステアが力を解き放ったのは、同時だった。


 ◇◇◇


(こんな時に封印の雲海が侵入者に味方をするとは……困ったものよ)



 イリステアは雲海にレイが紛れてしまった事に嘆息していた。この雲海は頂上へと至る道を閉ざす結界であり、一見するとただの暗雲だが中は月の無い夜より暗い。自分より少し先は全く見えないぐらいだ。尤も自分は普通の鳥とは違い夜目が効くから大丈夫だと。イリステアは前方を見据えながら気配でレイの場所を探る。あの小さな黒魔導士が自分に勝負を仕掛けてくるなら雲を利用した不意打ちだろう。最初は広範囲の攻撃でその隙に肉薄、強力な殺傷力の魔法での攻撃が本命だろう。あの黒魔導士は風と雷が得意そうだ。速さや威力も高いし詠唱速度も中々だ。油断は出来ない相手だろう。



(……なら此方から同じ策を仕掛けるかしら)



 イリステアはそう判断すると。右翼に『翼ある太陽の痣』を輝かせる。


 刹那。彼女の体内から灼熱の焔が舞い上がり、辺り一面に虹色の嵐を起こす。



「妾の焔は原初の焔。我が盟友女神シィラより賜った焔。やすやすと普通の魔法では破れぬぞ……」



 誰ともなく独り呟くイリステア。焔は生きているかのように暴れ狂い、結界の雲海を消し飛ばしてゆく。



「……あ奴気づいたか。だが妾ももう準備は終わったぞ」



 周囲の雷の魔力達がざわめいているのに気づきにやりと双眸を歪め。イリステアは笑みを浮かべる。そう、あの少年も広範囲を攻撃出来る魔法を準備しているのを悟ったのだ。かなり大規模なのは凝縮される雷の魔力達を見れば判る。こちらも全力でいかないと消し炭にされるだろうとイリステアは予想し、更に焔を強める。



「喰らうがよい!!」



 彼女が語気を荒げ力を解き放った瞬間――



「『雷の嵐』!!」



 雲の壁の彼方よりあの少年の魔法が殺到する気配を感じとる。


 完成した魔法は雷系統の広範囲殲滅呪文。対軍勢用の破壊力に特化した雷を数えきれないぐらい叩きつける大技だ。こちらがどうかわしても消し飛ばすつもりだと、イリステアは辺りに飛び交う球電を見つつ感じとる。無論こちらも全力だ。それに匹敵する焔を使い相手を消し飛ばすまでだとイリステアも力を解き放つ。


 雷と焔が激突し、雷光轟く積乱雲の雲海を吹き飛ばしてせめぎ合う。


 どちらも掛け値なし、この世界でも例を見ない程の強大な力と力のぶつかり合い。世界を引き裂き塗り替える戦いだった。



「おいマジかよ、あれ食らってまだ大丈夫とかさすがドラゴンだぜ……」


「そなたこそ我が原初の焔と互角とか本当に人類か……?!」



 雲海が消し飛んだ空隙の青空で。お互い肩で息をしながら驚愕していた。


 強大な魔力の波動が更に雲海を消し飛ばしたのはその時だった。


 ◇◇◇


「なん……だぁ?! この強大な魔力は?!」


「これは……山頂からか?!」



 世界が鳴動するような魔力の津波に二人は戦っていた手を止めて山頂を見やる。



「まさか侵入者がもう一組居たのか……?! くっ! 妾とした事が見落としていたとはな!!」



 イリステアが山頂に向かって羽ばたこうとした瞬間。



「おいドラゴンの姉ちゃん!! おれも力を貸すぞ!!」



 杖に跨がったレイ・グレックも叫ぶ。



「何故そなたが……?」


「相手は並みの盗掘者じゃねぇのはこの魔力を見りゃ判る。――だからそいつと戦わせろ!! 強い相手は大歓迎だぜ!!」


「……好きにせよ」



 最後の一言に嘆息したイリステアに、



「ありがと!」



 レイは満面の笑顔で返す。そして二人は並んで空を翔る。


 途中イリステアは更に力を集束させ、姿を力に合わせた人の形へと変える。



「あれ? 何でそんな姿?」


「山頂は妾の身では狭いからの」



 人間姿をレイに見せながら、イリステアは簡単に返す。



「――居た。あいつらか。しかしなんじゃあの圧倒的な魔力は……?」


「白い髪に紅い髪……? 初めて見たぞあんな髪色? まぁいいや、とりあえず仕掛けるまでだぜ!!」



 レイはそう叫ぶと杖の上で立ち上がり、



「『聖なる剣よ闇夜を斬り裂け! 『白雷の聖剣』』っっ!!」



 轟音を奏で大気を震わせる雷鳴と共に最大出力の雷魔法を叩き込み。先制攻撃を仕掛ける。


 彼らに殺到する雷は今まで見せた雷の中でも最高の速度だった。無駄も無く正確無比に貫く一条はまさに雷神の投擲槍そのもので。彼が現世に降臨した雷神かと錯覚させるに相応しい一撃だった。


 ……しかし。



「『我が民に絶えぬ幸福と安らぎをもたらせ。『聖なる王国』』」



 その強大な魔力をあっさり捌く者が、そこにはいた。呪文と共に構成されたのは強固な防御結界。山頂にある石碑の前で呪文を唱えていた者を守り、山頂全体を覆い尽くす程のものだ。極光の如き輝きと山全体を叩き潰すような衝撃を完全に受け止め。何事も無くそこにいた。



「おいおい、不意討ちしっかり捌きやがったぞ。あの女、中々すっげーじゃねぇか」



 杖に片膝立ちしながら驚愕するレイ・グレックに、



「戯け。ここに来る程の連中じゃぞ。それぐらいは出来るに決まっておろうが」



 イリステアは虹色の大翼をはためかせて、滞空していた。夢幻の煌めきが虹色の淡雪となりて、辺りに舞い落ちる。



「妾はこの神殿の守護を女神シィラ様より任されたドラゴン種族、『ティーダ・ドラゴン』の種族長『イリステア』と申す。侵入者達よ、あなた方は生かしては返さぬ」



 羽ばたきと共にイリステアは二人を睥睨し、純粋な殺意を向けた。



「私はカミーリャ。現在はルーティス・アブサラストのパートナー。ここから先は通す訳にはいきません」



 そんなイリステア相手に。毅然とした態度で双眸を細めるカミーリャ。彼女の背後では未だ翼ある太陽の魔法陣の中で、ルーティスが呪文を唱えていた。



「それを妾が許すとでも思うか……?」


「何かお前ら強そうだから戦わせろよ!」


「……そなたは黙っておれ」



 一瞬顔をしかめて。イリステアはレイに突っ込む。



(……困ったわね)



 二人を見据えながらカミーリャは唸る。一人は凄腕の黒魔術士、もう一人はドラゴン種族。今このまま戦えば自分はかかりきりになるだろう。そうなればルーティスの手伝いが出来るか判らない。幾らルーティスが凄くても今は弱体化している。ルーティス一人で術が完全するかどうかは不安である。



(ここは私が食い止めるべきかしら?)



 カミーリャは一歩踏み出そうとしたそんな時。ルーティスが人差し指を揺らすのを、カミーリャは逃がさなかった。ルーティスは今は喋る余裕が無いのだろうがそれでも伝えたい事があるのだろう。カミーリャにはそう感じた。


 ルーティスは人差し指を揺らし、ゆっくり円の軌跡を描く。



(なるほど……!)



 一瞬だけ結界を外せ。彼の指の動きはそう見えた。それと同時に幾つもの放電が辺りを疾走はしりドラゴンの周りに虹色の焔が吹き出している。どうやらあの黒魔術士とドラゴン、同時に技を叩き込む予定らしい。

 

 だがカミーリャはためらい無く結界を解いた。それはルーティスに対する信頼から来る確信で、彼の理解するルーティスの行動を読み切った結果である。



「結界解いたぜ! ドラゴン姉ちゃん! 今がチャンスだ!!」


「任せよ!」



 虹色の焔と、雷が天空を疾走はしる。雷速で飛来する二つの力をルーティスは横目で見ながら。


 空間を裏拳で叩き壊した。


 ひび割れた空間は莫大な衝撃波の津波となって山脈上空を走り、イリステアとレイを攻撃ごと飲み干しそのまま山脈の終点に激突した。



(あれはさすがにまずいんじゃ……?)



 激突した二人を心配そうに見ていたカミーリャがルーティスをちらっと見ると、



「……」



 ルーティスは両方の人差し指を交差させていた。



(なるほど、生きていると)



 カミーリャも胸を撫で下ろし。呪文の補佐に没頭した。


 ◇◇◇


 イリステアとレイは津波のような衝撃波に呑まれ山脈の一番端に激突していた。



『――?!』



 両名。悲鳴にならない悲鳴を上げ、血を口から――内臓器の破片みたいな肉粒と一緒に吹き出し、全身からも流血。骨も嫌な軋みを立てそのまましばらく沈黙した。



(な……んだ? あいつ。洒落にならねぇ強さの一撃だぞ……?!)



 息も絶え絶えながら何とか意識を戻すレイ。だが予想より深手を負ったらしく。破壊痕から出た瞬間に崩れて這いつくばる。そんな彼に覆い被さるように、清浄な蒼い風が包んでゆく。



「そなた、無事……か……?」



 こちらも同じく破壊痕から虹色の焔を噴き上げながら脱出し、ばさぁっっ! と羽ばたきをして虹色の煌めきを纏い再生する。



「何とか……だ。一瞬結界術を強化して癒しの風を纏って良かったぜ……」



 蒼く渦巻く旋風が弱まり。レイは何とか起き上がる。



「何だあいつ?! おれの風結界ぶち抜けるとかどんな化物だよ!!」



 起きて地団駄を踏むレイ君。その怒りは納得だろう。



「あ奴の一撃……魔法は使っていなかったな……!」


「じゃあれは純粋な肉体能力かよ?! ふざけんな!! あんな人類がこの世にいるか!!」



 更に地団駄を踏むレイ少年。彼も幼くしてドラゴン種族と渡り合える力を持っていたのに覆されて、少し悔しかったのだ。


 同時に。莫大な魔力で空間が歪み、山脈全体を揺るがせた。



「何だこの魔力は?!」


「まさか……『聖域』が……?!」


「よし! 絶対にあいつは倒す!!」



 怯えるイリステアを尻目に、レイは杖に乗って天を翔る。



「待たぬか!! まぁ良い! どの道倒さねばならぬからのう!!」



 イリステアも羽ばたき、山頂目掛けて一直線に翔る。

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