第4話天使《バディ》の羽休め

 エレノアは女神シーダ・フールスの城を出て自分達天使の要塞学校への帰路に就こうとしていたのを止めた。本来ならこの作戦概要を天使の皆と一緒に共有し、戦力分担や補給線の確保等を決めないといけないのである。


 しかし……




「せっかく楽園街に来たのですから、皆にお土産のお菓子でも買って帰りましょう」



 エレノアはくすりと笑みをこぼして市街へと足を進める。そう、せっかく魔法少女達と女神が住まう聖域の中心――楽園に許可を得て入れたのだ。天使の皆にはお土産をたくさん買って帰りたかった。



「ふふふ♪」



 お菓子をいっぱい頬張る純粋無垢な少年天使達の笑顔を思い出し、エレノアの綺麗な純白の翼がぱたぱたとはためき、柔らかい風を起こす。想像の中の彼らはお菓子の屑を口元いっぱいつけた満面の笑みを見せてくれ。そんな笑顔を向けられたらとっても楽しくなって、エレノアのサンダル履きに染み一つない綺麗な足取りも軽やかに進んでゆくものだ。


 丁寧に組まれた白い石畳の道はとても綺麗でゴミ一つ落ちてなく。街路樹と街灯を目標に街の至るところまで伸びている。太陽はちょうど真昼に差し掛かったところで燦々と日の恵みを与えてくれていた。



「ん~……!」



 歩きながらエレノアは一瞬伸びと深呼吸。重い話で固くなった気持ちを指先から爪先、翼の先まで解して道を行く。中央の噴水から放射状に延びる道の、確か東南方向にしばらく歩くと人気の生菓子屋さんがあると噂を聞いていた。


 しばらく女神様の城から歩き、月明かりを封じ込めた水晶みたいな色合いの宝石で造られた翼ある太陽のモニュメントがある噴水広場に来て。なるほどここが中央の噴水らしいとエレノアは判断した。



「天使君達は楽園街に入れないですからねぇ。せめてお菓子ぐらいなら買ってあげないと」



 ふわりと水滴が風に吹かれて頬を撫でる中で、独り言を呟きながらエレノアは歩を進める。途中で幾つかのスカート姿の少女――多分魔法少女達――が正面から歩いてくるがさっとエレノア避けて、彼女を指差して嫌悪の表情を向けていたが……エレノアは無視した。



「あ、ありました!」



 やがて意中のお店を見つけ。エレノアは木の扉を開いて中に入る。



「失礼します」



 涼風に鳴る風鈴のような爽やかな声で入店したエレノア。



「……」



 そして出迎えたのは仏頂面に半目で陰気な女性店員と同じような顔でお菓子を食べている美少女達、



「おや、バディのエレノアじゃあないか?」



 そして。ぶかぶかの白衣を着て肩口まで伸びた紺色の髪の美少女だった。



「あ、冬月ルナ様。お久しぶりです」


「や~お久しぶりだねぇ。元気ぃ~」



 蜂蜜をたっぷりまぶしたバターパンケーキみたいな甘ったるい間延び声で眠そうな瞳でタッチパネル式の端末機を操りながら、『翼ある太陽の模様がある宝石の指輪』をした右手を振る彼女。彼女の名前は『冬月ルナ』。医療や科学が得意な魔法少女の一人だ。



「冬月ルナ様もお菓子購入ですか?」



 普通に何事も無いような足取りでエレノアは近寄る。



「そうだよ~。一晩中研究でバテたから甘い物食べて気を落ち着けよ~かと」



 カウンターにもたれかかり、寸足らずで指先がちょっとしか出てない白衣で端末機を弄りながら。彼女はため息をついた。



「奇遇ですね。私も天使の皆に――」



 ――バンッッ!! と乱暴に。メニューをカウンターに叩きつける女性店員。まるで会話を丸ごとぶった切るような態度だ。



「……」



 言葉を失い店員を仰ぎ見るエレノアに、



「帰れバディ。何で街中を彷徨いてる」



 店員は敵意のある眼差しを注ぐ。



「……本日夕方の五時まで、滞在許可を発行して頂いてますので、皆さんにお土産のお菓子を買って帰ろうかと思い尋ねました。何か問題でもございますか?」



 石のように硬く畏まり、冷たい丁寧口調で女神シーダ・フールスの許可証を見せるエレノア。確かに金板にシーダ・フールスの署名が書かれた許可証には、『本日夕方五時まで天使長エレノアを楽園街に滞在させるのを許可する』とある。


 それを見て女性店員は聞こえるように「ちっ」と舌打ちすると。



「なら時間ないでしょ、さっさと選んで帰りな」



 更に不機嫌な顔で店番に戻った。



「おやおや~」



 呆れるルナがエレノアを見やると。そこには「仕方ないよね」と言いたげなエレノアが、とても寂しい笑顔を浮かべている。



「とりあえずこれとこれを――」


「これじゃ判らないでしょ。ったく、バディってな人の気持ちも判らないアホしかいないの?」



 メニューを指さすエレノアに。心底嫌そうなため息を吐きながら店員は返す。



「申し訳ありません」


「謝られても何もならないでしょ。ほらさっさとメニューを言いなさい。私だって暇じゃないのよ」


「はい。ではショートケーキとチョコケーキをホールを二つ……」



「ち! 店じまいになるみたいですね!! まぁ良いでしょう、全部買ってとっとと帰りなさい!!」


「はい、どうもありがとうございます」



 渋々と準備に取りかかる店員さんを見送り、エレノアは深々と頭を下げた。


 そんな時、ちょいちょいとルナがエレノアの肩を突っつく。



「?」



 怪訝そうに振り返るエレノアに、



『ちょっと着いていってい~い?』



 端末機にそんな走り書きをした冬月ルナがにやっと笑っていた。そんな彼女に大丈夫ですよと、エレノアは慈愛のある眼差しで頷いた。


 二人して微笑み合う。


 しかし……



「はいお待ちどう様!! さっさと帰りな!!」



 バァン!! とまたしても勢い良くカウンターに商品を置かれ、早く退室するように促されるエレノア。あれだけ勢い良くカウンターに置かれたら中身は只では済むまい。きっとぐちゃぐちゃになってしまった筈だ。



「ありがとうございます。請求は我々の要塞学校につけて下さいね」



 それでもエレノアは優しく微笑み受け取り。



「さっさと帰りなよ!! ……気持ち悪い」



 ぼそりと付け足された最後の言葉を聞きながら。エレノアは「ありがとうございます」とケーキを受け取り何事も無い足取りで外に出る。それを見送りながら肩を竦め、冬月ルナも出て行く。



「ねぇねぇ、あれバディでしょ。何であいつこの店に来たのかしら?」


「さぁ? 何かお土産みたいな事抜かしていたわ。そんなの必要無いでしょーに」


「つかさ、あいつら居るから魔獣来るんでしょ? あいつら全滅すれば良くない?」


「あはは、それ言えてる~」


「あーはははは……」



 休憩中の魔法少女達の朗らかな声が、どこまでも響き渡りそうだった。


 ◇◇◇


「そろそろ滞在許可が切れそうですが……何とか間に合いましたね」



 外縁都市へと至る門に着き、エレノアは懐中時計を見ながら一息ついていた。この先にあるのは要塞学校。エレノアの帰る場所だ。



「いやー要塞学校に行くのは初めてかもだねぇ」



 呑気な口調でルナも端末機を弄りながら巨大な門を見上げていた。



「もぅ。魔法少女には外の世界は辛いから出ないのが懸命ですよ……!」


「良いじゃん別に~。どのみち私はへーきだし~」



 叱るエレノアに対してルナは悪びれない。指先をちょっと見せながらひらひら手を振っている。



天使バディ長のエレノア、ただいま帰還しました!」


『認可証を確認。No.00『エレノア』。十六時五十分二十五秒、帰還確認。許可証の廃棄と共に開門します』



 エレノアは機械アナウンスの声に従い、スロットに許可証を入れる。許可証は機械の中で廃棄され『開門』のアナウンスと共に門が開く。中へと入るエレノアを出迎えたのは無数の赤外線照射と対汚染除去の霧だ。



『No.00。手に有るものは何ですか?』



 詰問口調の機械アナウンスに、



「これはケーキです。楽園都市で購入しました」



 エレノアの毅然と解答に機械達は調査用の電磁波を放射し。



『了解です。No.00』



 アナウンスで機械が許可を出す。



「入るのも出るのも一苦労ですね」



 パチ、パチと『何かが弾けるような』音がする関門を潜り抜けた後、エレノアは嘆息した。

 


「大変だねぇ。あ、魔法少女の冬月ルナで~す。見学に入りま~す」



 その後に気の抜けたラムネみたいに眠くなりそうな口調のルナも入るが、アナウンスもセンサーも反応無しだ。対汚染除去の霧すら放射しない。



「ルナさん達魔法少女の皆さんは羨ましいですね」


「いやこれ単に私が来るのをそーてーしてないだけだよ~」



 ぼんやり口調で後ろ頭に手を当てる冬月ルナに「それもそうですよね」と、エレノアは苦笑した。確かに想定していないのは間違い無い。何故なら魔法少女がこの要塞学校という外縁都市に来る事は絶対に無い。魔法少女達は楽園都市の中で人類と世界の平和の為に力を使い続けている事、そして魔法少女が死ぬという意味は一つの奇跡がこの世界から消えるという意味を指す。だから魔獣達の跋扈する外界等に出ては来ない。必然として、魔法少女に対するシステムは構築されてはいない、という訳だ。



 関門を二人が抜けた先はどこまでも紫色の空が広がる世界と見渡す限りの灰色の草原。渦巻く汚い緑と黄色の雲が唸り声をあげ、咲いている虹色の花は歯茎を剥き出しにして涎を垂らしている。そして目の前にあるのは。外壁と有刺鉄線で囲まれた全六階建ての堅牢な建物だった。


 ここが要塞学校。エレノア筆頭に天使達の拠点で――生まれ故郷でもある。バディ達はここで生まれてそして死ぬ。その全てが、ここだ。



「はぇ~。大きいねぇ……」



 右から左にゆっくりと眺めつつ。ルナは感嘆の声を洩らす。



「現在は百名近いバディや候補生達が勉強や生活をしていますからね。それなりの大きさはありますよ」



 そんなルナに微笑むエレノア。



「造りや材質も堅牢だねぇ」



 のんびりした歩きで近寄り、端末機を片手にルナは壁を撫でる。


 

「いつも魔獣が攻めてくる最前線ですから……」



 エレノアの答えにルナは「なるほど~」と呟きながら、端末機の画面を指先でスライドさせてしきりに調べていた。相変わらず研究好きだなぁとエレノアが苦笑していると。くいくいと裾を引っ張られる。


 エレノアが振り返ると。そこには金髪に碧眼の大人しそうな少年がいた。まだ八歳になったばかりぐらいの体つきに白いチュニックを着て背中に純白の翼。そして右の肩に『No.51』という番号が入っているのが特徴の少年だ。



「あら、ミリィ。どうしたの?」



 屈んで耳にかかる髪をかき上げながら。エレノアは少年に微笑んだ。ミリィ。それがこの少年の名前だった。



「エレノア様お帰りなさい」



 にぱっと無邪気な笑顔を向けるミリィ。



「見張りはどうでしたか?」



 ミリィの頭を撫でながら尋ねるエレノアに、



「今のところ魔獣は来てないそうです。それから今夜半から天気が崩れるとか聞きました」



 ミリィはくすぐったそうに返す。彼もバディ、こんな見た目でも立派な戦士だ。腰に提げた長剣と『耳飾りの通信機』がそれを物語っている。



「なら今のメンバーでケーキでも食べましょうか。それぐらいの時間はあるでしょうからね」


「判りました。おーい! キーファ! ルキノ! イワン! エレノア様がケーキくれるってさ!!」



 それを聞いたミリィは嬉しそうに耳飾りを触りながら仲間を呼び掛ける。耳飾りからは『本当に? ヤッター!』という瑞々しい元気な声が響き。歓声が奥で渦巻いている。まるで光が喜ぶような声を聴いていると、エレノアも嬉しくなってしまう。


「エレノア様! ケーキ本当に良いんですか?!」



 ミリィの笑顔に、



「いつも頑張っているんですから良いですよ」



 微笑み返すエレノアだ。やがて一人、また一人とバディが集まってくる。


 集まったバディは皆、金髪に碧眼の少年達だった。



「キーファ、ルキノ、イワン。貴方達もお疲れ様です」



 労うエレノアに対して、



「皆家族かなぁ~」



 ルナは不思議そうに問いかけた。



「いえ。僕らは家族ではありませんよ。皆とはこの学校で知り合いましたから」


「あぁそうなんだ~。いやいや、皆似ているからついねぇ~」



 ばつが悪そうに頭をかいて尋ねる冬月ルナ。



「右から順にミリィ、キーファ、ルキノ、イワンですよ」


「ゴメ~ン、皆同じに見えるよ~」


「あ、でしたら右肩の番号を見てください。ミリィは五十一番でキーファは三十五番。ルキノは四十四番でイワンが十七番です」


「あぁ~……それなら何とか……」



 とは言うものの。顎に手を当てそれぞれの右肩を見つめ。むむむ……と唸るルナ。彼女が勘違いするのも無理が無い程に彼らは似ていた。まるで双子とか、そんな雰囲気だ。



「お姉さんはどなたですか? それから黙り込んで調子が悪いんですか?」


「あぁいやいやゴメンゴメン。私は冬月ルナっていう魔法少女さ~。君達の所を見学に来たんだよ~」


『魔法少女さま! それは凄いです!!』



 ルナにキラキラした眸を向けるミリィ達。口々に「凄い」と連呼している。



(……声も同じだねぇ)



 そんな彼らを見て苦笑するルナだった。



「皆、早速ケーキを食べましょうか? きっと美味しいから――」



 その瞬間。けたたましく鐘が鳴り響く。



「――敵襲、ですか」



 鋭く双眸を細めるエレノア。



「はいエレノア様。魔獣が襲撃してきたと前線から連絡です」



 耳に着けた通信機から声を受け取りながらミリィが返す。



「数は?」


「六体。ですが強力なタイプのようです」


「ミリィ。今すぐ増援に向かいましょう。キーファ、ルキノ、イワン! 私に続きなさい」



 すぐさま輝きをまとい剣を手に変身する彼女に、



『はーい! エレノア様!!』



 ミリィ、キーファ、ルキノ、イワンが続けて返事をする。



「そんじゃま、私はここで待機してるよ~」



 気の抜けた声音で指輪のある右手をかざし、逆巻く光をまとい変身するルナ。白衣は裾と袖にフリルが付き、短めのスカートにちらりと臍が見えた服装。それからブーツに履き替えて光から飛び出した。



「治療とかなら任せて~。私はそーいうの得意だから~」



 にっこりと端末機を片手に返すルナ。「ケーキ預かるよ~」とエレノアから受け取った。



「ではルナさんお任せします! ミリィ! キーファ! ルキノ! イワン! 皆出撃です!!」


『おー!』



 掛け声と共にエレノアは地を蹴って背中の翼を羽ばかせ。紫の空へと飛翔していた。


 空は今日も高く深く、そして色深い。どこまでも広がりそうな大地と同じように広がり続けている紫の空。幾つもの色が混ざり合う雲が浮かぶ空の中程で彼女は双眸を細めて魔獣の場所を探す。


 いた。眼下に魔獣の姿が見えた。姿は丁度エレノアの数十倍の大きさで百足のような形をして、巨大な目玉が三つある魔獣だ。それらが六匹。こちらに蛇のように首をもたげてキチチチ……と鳴いていた。


 ふわりとスカートを舞わせ、魔獣達の前に降り立つエレノア。彼女に続いてミリィ、キーファ、ルキノ、イワンもまた剣を抜いて並び立つ。抜いた剣はヴァン……とかジジ……とか唸り、それぞれ妖しい白光を放つ。



「散開!」



 白光を放つ剣を抜いたエレノアの声に合わせて。ミリィ達は散らばりそれぞれの剣や槍で対抗する。最初に斬りかかったのはエレノアだ。まずはすれ違い様に胴体を斬り、翼をはためかせ上空に翔ぶ。魔獣も牙を剥いて喰いかかるがエレノアには届かない。そのまま上空で滞空しつつ急降下。更に背後から一閃をお見舞いする。



(中々硬いですね)



 しかしそこは魔獣。刃が通らなかったのだ。


 ならばもっと鋭く斬り込むまでと。エレノアはくるりと錐揉みに上昇、相手の攻撃を誘いつつ急旋回からの一撃を仕掛ける。エレノアの剣は更に輝きを増して、付近から『何かを吸収している』ような素振りを見せる。



「はああああっっ!!」



 エレノアの強力な一撃が魔獣の胴体に傷を入れ、相手をのたうち回らせる。エレノアは更魔獣の背中に一瞬着地して跳び。次は頭部にある目玉を斬りつけた。更に胴体に一閃、白光をまとう剣が軌跡を描き殺戮の芸術を創り出す。その凶刃に少しずつ弱る魔獣。


 だが次の瞬間。魔獣は殺意の矛先をエレノアから尻餅を付いたキーファに変更した。


「キシャアアアアっっ!!」


「わぁああっっ?!」



 獰猛な雄叫びを上げながら牙を剥く魔獣と腕で顔を覆うキーファ。エレノアは宙を翔び刹那でその間に割り込むと。


 自分の翼を交差させ、盾となって立ち塞がったのだ。



「大丈夫ですか? キーファ?」



 粒子をまとう翼を軋ませながら牙を受け止めつつ、エレノアは背後のキーファに尋ねる。



「は、はい何とか……ありがとうございます! エレノア様!!」


「そう、なら一息に仕留めるわよ。皆! 力を合わせて!!」



 魔獣を押し返し剣を構えたエレノアに、



『はい!!』



 バディ全員が勢い良く武器を構えて答える。瞬間、魔獣が突撃をしてくる。エレノアは上空に翔んでかわし、キーファは避ける。一瞬の隙を突いたイワンが剣を滑らせ斬り込むが、刃は通らない。


 それどころか。魔獣の狙いをイワンに向けられた。



「――ひ?!」


「キシャアアアアッッ!!」



 雄叫びを上げて牙を剥く魔獣。



「イワン!!」



 その事に気づいたエレノアが救おうと全力で翔ぶ。間に合わない。それでも必死に彼女は手を伸ばす。だが、間に合わない。


 そんなイワンをミリィが突き飛ばして。


 代わりに自分が魔獣の口に飲み込まれていった。



「ミリィイイッッ!!」



 エレノアが必死に方向転換し迫る時にはぐちゃぐちゃと血飛沫と肉片、朱に染まる羽が散らばり落ちて来て。血塗れの剣が最後に落下した。それはまるで、彼の命が冥界へ落ちていったようにも見えた。



「――よ、くもおおおおっっ!!」



 それを見たエレノアは激昂し、力任せに白光を放つ剣を魔獣に突き刺して。


 そのまま甲殻ごと引き千切るように胴体を横に斬り落とした。これにはさすがの魔獣も堪らなかったのか、甲高い金切り声を上げながら地面に落ち。そのまま霧散して消えた。他の五匹に肉薄しなます斬りに伏せてゆく今のエレノアは、世界で一番危険な存在だった。



「エレノア様! もう大丈夫だよ!! 全部倒したから!!」


「キーファ……?」



 キーファ渾身の叫びで我に返るエレノア。見れば全身刃物で落書きしたような擦り傷だらけイワンとルキノが二人で魔獣を倒し、キーファも今止めを刺していた。


 そしてそこにはミリィの姿は居なかった。



「……全員撤収よ。ミリィの武器は回収して」


『はい。エレノア様』



 全員が返事をし退却を始めた。


 要塞学校に入るまで皆一言も喋らず……帰投コースへ着く。



「お~いエレノア、皆無事~」



 要塞学校の校庭に入って翼を優しく羽ばたかせた時。ルナが心配そうに話しかけてきた。



「私とキーファ、ルキノ、イワンは無事です」


「ミリィ君は~……」


「……」



 ルナの問いにエレノアは顔を伏せて。



「……そっか。じゃあ今いるバディ達の傷を治してあげる。雨も、降りそうだしね」



 ルナも頭を掻いて顔に影を落としたのだ。


 ◇◇◇


 ミリィは魔獣との戦いで戦死した。身体は全部魔獣に食べられ遺された物は武器だけだった。



「もっともこんな事はざらにある事です。だいたいが魔獣に喰われて亡くなりますから……」



 戦死したミリィの武器をゆめの館に送る手配の後、エレノアは要塞学校の地下でルナにそう語っていた。外は雨。とても強い雨脚はここまで響いていた。



「武器は魔法少女のゆめさんに送るんだ~」


「はい。武器は魔獣達の穢れが溜まるので、それを浄化する為に魔法少女のゆめ様に送る事になっているんです。浄化されたら武器は返って来ますよ」


「なるほど~。……それで? この石碑はな~に?」


「これは……」



 ルナに指差され、エレノアは石碑を見上げた。


 それは天井まで届く一枚岩の黒曜石で出来た石碑で。薄暗く見えない上からびっしりと文字が刻まれていた。



「……これは慰霊碑です。今まで散ったバディ全員の名前が刻まれているのです」



 優しく愛おしげに刻まれた文字を撫でながらエレノア。



「なるほど~」



 そんな彼女に、同調するルナ。

 


「遺体が残らない時も、墓碑に名前が有れば安心ですから……。私バディの名前の由来は古代語で『親友』。私達は魔法少女の、いつでも親友です」



 そう呟くとエレノアはミリィの分のケーキを置き手を組んで祈りを捧げる。今まで散った命に祈る姿は聖女そのものに見えた。



「いつも戦力減ってて、大丈夫なの~」



 ふと疑問に感じたルナがエレノアに尋ねた。彼女にとってこの疑問はもっともな物だった。何故なら魔獣達との戦いは、彼女の予想以上に激戦であったのだからなのと。この慰霊碑に上からびっしりと刻まれた名前の数を見て、そんな思いが首をもたげたのだ。



「大丈夫ですよ。減るのは魔獣との戦いですから仕方ありませんし……。それに。戦力は補充出来るように魔法少女様達に要求しました。今夜にも来るとの事です」


「いやいや、来てもすぐには動けないでしょ~」


「大丈夫ですよ。――!」



 そんな時。足音がこちらに向かって響いて来た。



「良いタイミング」



 それを聞き取ったエレノアは笑みを溢す。そして一瞬、出入口に小さな人影が塞がった。



「お初お目にかかります。天使長のエレノア様! 本日付けでこちらの要塞学校に入学しました!」



 瑞々しい声で敬礼する小さな影。声質と背格好からしてまだ八歳の少年に聞こえた。


 冬月ルナはゆっくり声のする方に振り返ると。



「――?!」



 目の前に立つ『ソレ』に違和感を覚え。顔を蒼白に、口元を塞いで後退る。



「エレノア様。執務室に居ないので捜しました。ごめんなさい」



 目の前から歩み寄る『少年』に邪気は無く、誰の目にもただ年頃の少年に見えただろう。



「申し訳ありません。今はバディの弔いをしておりまして……」



 だが。ルナには『ナニか』がおかしいと。直感が警報を鳴らして来た。ナニかは判らないがナニかが恐いと。この目の前まで来た金髪碧眼の美少年に警報を鳴らすのだ。



「そうですか……。では僕も弔いをしますね。魂が安らかに眠れる事を――。……? あれ? そちらのお姉さんはどなたですか?」



 少年が祈ろうとした刹那、冬月ルナを不思議そうに仰ぎ見る。その時出入口の光が彼を照らし、少年の右肩にある――『No.51』という数字を浮かび上がらせる。



「わ、私は魔法少女。魔法少女の冬月ルナだよ~」



 必死に未知の恐怖を隠しつつ、ルナは笑顔を向けた。



「魔法少女さま! それは凄いです!!」



 キラキラと純粋無垢な瞳を輝かせて。少年は尊敬の眼差しでルナの心を射ぬく。



「え、えぇまぁね……」



 彼女は居心地の悪さと得体の知れないナニかを、濁して噛み潰し。何事も無いように応じていた。



「ボクは本日付けでこちらの要塞学校に入学した『ミリィ』と申します。魔法少女様! どうかよろしくお願いいたしますね!!」



 響く雨脚は、更に激しくなった。

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