第3話女神と天使《バディ》

 伝説上で最強と謳われた還流の勇者が召喚されて間もなく女神達に反逆した。まだ世界には広まっていないがこれは紛れもない事実であり、その対策も急務となっていた。中心はカスタル王国。女神シィラが召喚した為に彼女の国が総力を挙げて対処というのが絶対であり筋でもある。それは女神シーダ・フールスを筆頭に他女神や魔法少女達の総意だ。異論は許されない。



「とは言うものの私達も兵力を出さないといけないわ。そこで貴女達を呼んだの。魔法少女の『ゆめ』と天使バディ長の『エレノア』」



 女神シーダ・フールスは自分の城にある執務室で机の前に立つ彼女達に話しかけた。



「私ゆめは女神シーダ・フールス様のご命令とあればいつでも出撃致しますよ」



 右側に居る長い白金髪プラチナ・ブロンドに真紅の眸をした絶世のアルビノ美少女が、胸元に『翼ある太陽の印があるダイヤモンドの指輪』が『薬指』ついた左手を当てて決意表明する。彼女は『ゆめ』。魔法少女の中でたそがれの姫軍師――カミーリャを抜きにすれば世界最強と名高い魔法少女だ。



「ありがとうゆめ、そう言ってくれて私も嬉しいわ。やはり持つべきは私の親友ね」



 にっこりと温かい笑顔を向けるシーダ・フールス。そんな彼女にゆめも甘く微笑んだ。



「女神シーダ・フールス様。私もゆめさんと一緒に出ます」



 ゆめの隣に居る蜂蜜を溶かしたミルクのような髪色に青空のような碧眼、背中に純白の翼がある美少女も挙手した。彼女の名前は『エレノア』。彼女は魔法少女――ではなく女神達に仕える天使、その天使長だ。最高位の一人である。


 現在この二人が、用意出来る最大戦力と言えた。



「えぇ。エレノアにも宜しくお願いしますわ」



 こちらにも笑顔を向けるシーダ。女神の笑顔を受けてエレノアは嬉しそうにしていた。



「しかし女神シーダ・フールス様。あのたそがれの姫軍師が裏切るとは深刻な状況ですね。彼女は我が魔法少女達の双璧、彼女に勝てるのは私以外には居ませんからね」


「そうなのよゆめ。まさか裏切るなんて思わなかったわ。それを言えば還流の勇者が反逆するのも想像してなかったケド……」



 ぶつぶつと『右耳にあるイヤリングに手を当てて』ぼやく女神シーダ・フールス。



「還流の勇者の目的は何でしょうか……?」



 ちょっと不安そうに胸元に拳を当てて尋ねるエレノア。



「それに関しては天使長エレノア、判断は出来ないですが彼は魔王と戦う事を拒否し糾弾された事から反逆して来ました。だから私達は逆恨みであると判断します」


「なるほど、女神シーダ・フールス様。確かにそうかも知れませんね……」



 エレノアは口元に軽く握った拳を当てて答えた。



「我々は彼を撃破する。それが今回の任務で良いのですか?」



 ゆめは腰に手を当てシーダに尋ねる。



「えぇ、ゆめ。撃破で構わないわ。何せ彼は伝説とは違い魔王と戦わなかった。これが偽者でも反逆でも撃破には十分な理由です」


「判りました我が女神様。必ずや撃破致します」


「やっぱり親友ね! ありがとう嬉しいわゆめ!」



 満面の笑顔を向ける女神シーダ・フールス。ゆめもそんなシーダに微笑みを向けた。



「それでは私が出撃するのは絶対として。女神シーダ・フールス様、魔法少女達はどうしましょうか? 私としては有志者以外は天使バディと共に国の防衛に居て貰う方が良いかと存じます」


「あーうん。ゆめ、私もその意見には賛成よ」


「なら私達天使バディは主戦力として。魔法少女達をお守り致しますね」


「宜しくお願いしますわ、天使長エレノア」



 其々意見が出てきて方針が決まる。とは言うものの……



「一番の問題は戦力不足だわ。天使長エレノア。候補生はいるでしょう?」



 またしてもイヤリングを押さえつつ発した女神シーダ・フールス様の勅命に、



「はい女神シーダ・フールス様。候補生は要塞学校にいます」



 天使長エレノアも緊張から畏まる。



「その候補生を集めて全員バディとして契約させなさい。元々うちの国は戦力不足だから仕方ないわ」


「了解しました」



 女神シーダの命令に畏まるエレノア。



「それからゆめ。貴女には切り札として最前線に出て貰います」


「了解しました。女神シーダ・フールス様」



 女神シーダの命令を受諾するゆめ。



「後は……ゆめもエレノアも特には無いわね?」


「はい、女神シーダ・フールス様。私からは特に何もありません」



 シーダの問いにゆめは答え、



「私からもありません。女神シーダ・フールス様」



 続いてエレノアが答えた。



「そう。ならお茶にしましょう♪ メイド! お茶を持って来なさい!!」



 手を鳴らして。シーダは待機させていた灰色髪をサイドテールにしたメイドを呼び寄せる。メイドに「ルヴェリテの茶葉で紅茶を」と命令するとメイドは慌ただしげに退室してゆく。



「さ、ゆめにエレノア。そちらに座って」



 春の陽気に似た朗らかな笑顔で執務室中央のソファーに案内する女神シーダ。



『ありがとうございます』



 二人は揃った返事で席まで行き、女神シーダ・フールスが座ったのを確認して座る。



「今日はルヴェリテの紅茶よ。楽しみねぇ♪」


「はいそうですね、女神シーダ・フールス様」



 三人は紅茶とお茶菓子が出てくるまでの間、暫し雑談を楽しむ事にした。


 ◇◇◇


(やっぱり二人共素敵だなぁ)



 ソファーに座り畏まりつつ、エレノアはゆめと女神シーダ・フールスを交互に見ながらそう感じていた。エレノアは二人に憧れていたのだ。この世界でも一番慈悲深く優しい女神とされた女神シーダ・フールスとそれに仕えし最強の魔法少女『ゆめ』に。



(確か女神シーダ・フールス様は魔法少女達の頂点で悪しき者達から魔法少女を護る為にこの楽園を建国した英雄で、ゆめ様は世界最強の魔法少女なんですよね。どちらも本当に凄い方々です……)



 そんな二人と自分が一緒に居られるという時点で舞い上がってしまいそうだと心が跳ね上がるエレノア。緊張も極限だ。身体中が強張ってくる。しかし自分も天使長たる立場。外面だけでも平穏にしないといけない。



(緊張しないように笑顔で、話はしっかりと……)



 エレノアは二人の他愛ない話に微笑みを絶やさず相槌を打つ。


 しかし本人は翼が嬉しそうに羽ばたいている事に気づいてはいない。自分の事には疎いのがだいたいの生き物の特徴であった。



「ねぇゆめ、新しい化粧水が発売されたからバディに奢らせる為に買いに行かないかしら?」


「生憎私にはバディは居ないわ。他の方々も忙しいし……」


「良いじゃない休ませれば。息抜きよ息抜き。今度お茶も飲みにタカマの国に行かない? イケメンのバイオリン弾きさんがいるらしいわ」



 ……話の内容は本当に他愛ない。こうしてみると還流の勇者の反逆なんて嘘っぱちの幻なんだと感じてしまう。


 いや。そんな事はない。エレノアは胸中で頭を振る。現実に還流の勇者だと思われる存在は我々に反逆した。自分だって謁見の間の破壊跡は調査した。あれだけの破壊を彼は魔法を使わずに行ったのだ。人間という次元ではない。



(それに残した言葉……『聖剣を賜りたい』というのも気になりますね? たそがれの姫軍師が反逆したのも同じぐらいに……)



 エレノアにとってこれは未知の事態。対処には細心の注意を払わないといけない。そうでなければ事態を解決なんて不可能だろうから。



「……どうしたの、エレノア?」



 不意に声をかけられて。はっとエレノアは正気に戻る。


 振り向けばそこには、心配そうなゆめの顔があった。



「あ、いえいえ! ゆめさん大丈夫ですよ!!」



 大慌てで両手を振り、ちょっと赤い顔で安心させるエレノア。せっかくの時間なのに心配させてしまった申し訳なさで彼女は胸がいっぱいになってしまう。



「そう。なら大丈夫みたいね」



 ゆめはくすりと微笑みをを浮かべていて、



「紅茶おっそいわねー」



 女神シーダ・フールスは頬杖をついて人差し指で机をトントン叩く。



「後少しじゃないかしら?」


「私遅いの嫌いなのよねー。ゆめも親友ならそー思うでしょ?」


「まぁ確かに、ね」


「確かにじゃないでしょ!」


「はい、ごめんなさい」



 談笑はなお、続いている。エレノアは手持ちぶさだ。三人組だとこれは仕方ないのだろう。



(でも退屈には変わりないかな)



 エレノアはそう、天井を眺めて独り考えるのだ。



「女神シーダ・フールス様。お茶をお持ちしました!」



 その時銀のトレイに白磁のティーセットを乗せたメイドさんが入室してきた。



「遅いわよあんた! いい加減飽きたわよ!!」



 女神シーダ・フールス。第一声の怒号が響く。



「も、申し訳ありませんでした……」


「あーもー待ち飽きたわよ!! さっさと紅茶置きなさいこの薄のろメイド!!」



 思い切りメイドを罵倒する女神シーダ・フールス。



「も、申し訳ありませんでした!」



 メイドは灰色頭を勢いよく下げつつテーブルにティーセットを置き、全力で謝罪する。



「まぁいいわ。とりあえず早く淹れてちょーだい」


「畏まりました」



 そう返すと手際よくお茶を淹れて。メイドはいつでも新しい命令を承けられるように傍らに控える。



「まったく遅いわね。まぁいいわ。二人共、とりあえずお茶でも飲みなさいな」



 紅茶のカップを口に運びつつシーダは二人に勧めた。



「では頂きます」


「頂きます女神シーダ・フールス様」



 ゆめとエレノア、二人もティーカップを手にする。口に運ぶとふわりと香りが鼻を抜ける。厳選された良い茶葉と丁寧な淹れ方をされた、良い紅茶だった。きっとこのメイドは頑張ったのだろう。お茶うけのスコーンもそれを証明しているとエレノアは感じた。



「良い紅茶ね。メイドの『クリス』さん、ありがとうございます」



 ゆめはにっこりと賛辞の言葉をメイドにかけた。



「えへへ、ありがとうございます」



 対するメイド――クリスは嬉しそうだ。


 しかし……



「ちょっと渋くない? 私美味しくないけどー」



 しかし女神シーダ・フールス様の舌には合わないご様子で。飲みつつぶちぶち文句をつけていた。



「も、申し訳ありませんでした。女神シーダ・フールス様……」


「あんた魔法少女でしょ? その割には力もあんまり無いし役には立たないしでどんな神経して生きてんの? つーか、生きてて恥ずかしくない?」


「ご、ごめんなさい……」


「謝っても紅茶の味は良くならないでしょ。ったくバカなんだから」



 「はい淹れ直し!」とカップを突き返すシーダ。メイドのクリスは頑張って淹れ直している。


 とても微笑ましい光景だと。女神シーダ・フールスはうむうむ頷いている。エレノアも……ちょっと違和感は感じるが何となくそう思う。


 ゆめは一瞬だけ奇妙に顔を歪めるも、その後は何事も無いような静けさでお茶を飲んでいた。


 ◇◇◇


 女神シーダ・フールス様の為に何とかして還流の勇者を倒さないといけないと、エレノアは自分の要塞学校にある執務室に帰る間ずっと考えていた。天使長である自分のやる事は天使達の指揮と魔法少女達の護衛と還流の勇者の撃破。自分達はその尖兵として当たらねばならない。やる事は山のようにあり、しかも一切のミスは許されていない。自身がミスをすれば天使全員がミスをし、全ては水泡に帰す。魔法少女はこの世界の要であり自分達より大切な存在だし何より平和に生きている彼女達を戦乱に巻き込むのは断固として反対だ。誰でもそう言うだろう。彼女達が生きる事に意味がある。それは事実なのだ。



「とにかく一番は戦力と部隊編成、それから補給線ですね――あら?」



 エレノアがぶつぶつと独り言を呟きながら作戦を練っていると。彼女の目の前でショッキングピンク色のミニスカートメイド姿の灰色髪のメイドさんが、せっせと甲斐甲斐しく雑巾で窓を拭いていたのだ。



「こんにちは、いつもありがとうございます」



 メイドさんの側まで寄り、丁寧に挨拶するエレノア。


 メイドは一瞬驚愕しつつ振り返り、



「天使長様ではありませんか! 気づかずに無礼を申し訳ありません!! 非礼を詫びさせて頂きます!!」



 灰色頭を何度も勢い良く下げる。



「あ、いえいえ別に良いのですよ。いつも頑張っていてありがとうございますとだけ述べたかっただけですから」



 そんなメイドに気にしないでくださいと。エレノアは微笑みながら返す。



「それに先程も紅茶を上手く淹れられなかったのも申し訳ありませんし……」


「まぁまぁ、女神シーダ・フールス様は慈悲深い方ですから大丈夫ですよ」



 苦笑しながらメイドを慰めるエレノア。メイドはメイドなりに工夫して頑張っているのだろう。その事はあのお茶の淹れ方からエレノアも理解していた。



「ですがしっかりやらないとクビになるかもしれません。頑張らないと」



 エレノアの正面にきっちり立ち。意思表明をするメイド。



(あら、私より体格良いのですね)



 ふとそんな所が気になったエレノアだ。確かに身長は自分よりちょっと高いし肩幅も広い。中々良さそうな肉付きだと感じたエレノアだ。



「そうですか。頑張ってください。私はいつも応援していますよ」



 そんなメイドに春先の陽光みたいな柔らかい笑顔を魅せるエレノア。愛らしい彼女の雰囲気にとても似合う素敵な笑顔だった。



「うん、ありがと――じゃありませんでした。はい! ありがとうございます!!」



 笑顔につられたのかうっかり言葉が崩れるメイド。



「いえいえ構いませんよ。それよりメイドさん、確かお名前はクリスさんでしたよね?」


「はい! 『クリス』と申します。最近雇われました。まだメイドとしても魔法少女としても半人前ですが、以後よろしくお願いいたします!」



 スカートを少し持ち上げつつ元気良い自己紹介をしてくれるクリス。この雰囲気で見る限りクリスは明るく気さくな性格で、今はメイドとしての振る舞いを身につけようとしている最中なんだなとエレノアは感じた。



(根も真面目そうだし良い人ですね)



 クリスはエレノアから見て、好印象だった。



「私は天使バディ長をしているエレノアと申します。あなたにも素敵なバディと出逢える事を祈っていますね」



 そんなクリスの為に。エレノアは胸に右手を当てて頭を下げ、笑顔を贈る。



「ありがとうございます!」



 クリスは嬉しそうに笑顔を受け取った。



「ではまた失礼致しますね。私達はこれから大忙しですから」


「はい、またいつか。よろしくお願いいたしますね」



 二人は会釈して別れる。



「……またいつか、ですね」



 颯爽と歩いてゆくエレノアの後ろ姿を、クリスは影の差した顔をにやりと歪めて見送っていた。

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