令和6年

二月十二日 満艦飾

四半世紀という時間は掃海艇にとって、決して短いものではない。進水して二十五年も経てば艇のあちこちにガタがくる。悲しいことだが木造掃海艇という艇は長く使うのには向いていないのである。

今日は年に何回かある満艦飾の実施日なのだが、どうにも旗を上げる気にはなれない。それに最低限の当直しかいないのだし、小さな掃海艇一隻がサボっても許されるだろう。なお、お隣の現役【みやじま】はしっかりと実施している。今にも泣いてしまいそうな曇り空を彩る五色の旗が風に弄ばれるのを見ながら一服すれば煙と共に本音が漏れる。

「まだまだ走りたかったなぁ」

俺は人に望まれて、人を侑ける為に生まれたという自負がある。掃海艇の砲は平和を脅かしてくる敵に向ける物ではなく、平和を維持する為の物だ。もっと走りたかった。もっと人の役に立ちたかった。

「きっついなぁ」

除籍準備のために呉のFバースに入ってぴったり一カ月。本体たる艇と【艦霊】の身体は確実に装備を降ろし、機能を低下させ、死を迎える準備を整えてきた。それなのに気持ちは全くもって着いてきていないのだ。肩章を外し【つのしま】ではなくただの角仁すみさとになるが怖いなんて一カ月前には想像すらもしていなかった。

「どうしたもんかなー」

去年に除籍した兄はこの恐怖をどう克服したのだろうか。知りたいことがあるのに、居ないとはなんという兄だ。

「はぁー」

溜息と一緒に最後の煙を吐き出す。青みのかかった煙の一団は灰色の空に馴染みあっという間に見えなくなった。


 今日はこのまま憂鬱と一緒に布団に入るのだろう。

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