三月三日

 三月に入ったとはいえ、海の色はまだほんのりと暗く春風に搔きまわされて時々白波をたてている。三日くらい前は暖かったのに、三寒四温をここまで忠実に表さなくてもいいじゃないかと、海を睨みつけて見て気が付いた。海に入っても居ないのに寒いとはこれ如何に。目の前の海にいつものように入っていくが、冷たい水が足を掬おうと纏わりつき走ろうとする俺の邪魔をする。全力で上げた脚は主機の火を落とす前の半分にも達しておらず、風が一撫でするだけであっという間に俺の熱を奪っていく。認めなきゃいけないのか、そう思った時にはもう海に倒れ込んでいた。口から出た大きな気泡が波に浚われ代わりに砂と水が入って来る。手動かし足を突っ張りやっとの思いで海面から顔を出せば、もう嫌というほどに分かってしまった。

「もうっ……、ほんとにダメなんか」

口の中に残った砂を唾液で流そうと口の中をモゴモゴと動かしながら立ち上がる。砂浜足をつけると革靴はグッポングッポンと独特の水音を立てる。この靴の中だけで足が滑る感覚は嫌いではない。

「帰るか」

男子校のような屋敷に向かって足を進める。本当に泣いてしまいそうなくらいに寒かったが走る気にはなれなかった。


 上巳の波に未練を浚われる。


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