八月 あわじと声の記憶

人間はどんなに大切な人でもお別れをしてしまえば、声から忘れていくのだという。それならば【艦霊】はどうなのか。結論から言えば遅かれ早かれ【艦霊】も忘れてしまう。俺こと【掃海艦あわじ】は三年前の六月六日、その夜の最後に聞いた大切な人の声をすっかり忘れてしまった。


 掃海を生業とする【艦霊】は基本的に手先が器用だ。それはこの世の人に望まれて組み立てられたその時から、掃海をするための機能として備わっている。勿論、就役する前から先輩達から技術やコツをみっちり教わるので、記憶と触覚が強く結びついていることが多い。

【道】の中の端っこにある掃海屋敷の共用スペースこと、たまり場で【すがしま型】達がロープワーク大会を催していた。

「はい、淡雪あわゆき。これいっぱい作ったからやる」

その様子をぼんやりと眺めている淡雪に菅仁すがひとが細い索で編まれた碇を投げ渡した。

「これ、丈喜ともきさんに教えてもらったやつだ」

淡雪が掌の上の白い碇をまじまじと見つめながらつぶやく。

「すが先輩、俺もやります」

「いいよー、次何作る? マットでも編むか? 制限時間内で一番デカくできたやつが勝ちな」

菅仁がそう言って携帯端末を弄ってから机の上に置く。画面の表示されているのはタイマーのアプリではなく、停止された動画だった。

「一応参考の動画再生するからな。相仁そうじ、タイマーな」

「はいはい」

菅仁が携帯端末の再生マークを押す。

『だからさ、こっちの紐とここの紐をな、クロスさせて』

「待って! 【はちじょう】もっとゆっくりやって!! 』

瞬間、聞こえてきたのは四年前まで毎日聞いていた声。先輩で相棒で【あわじ】に掃海の技術を継承した人の朗らかな楽しそうな声だった。勝負の最中だというのに淡雪の手が止まる。そして、脳裏には約一年と半年の思い出が鮮やかに甦っていた。

「どうした? 淡雪? 」

不審に思った菅仁が淡雪の顔を覗き込む。

「いや、懐かしくて……」

「懐かしいって、ああ、丈喜か。 ……いや、お前、まだ五年くらいしか生きてないだろ!! 」

「俺、まだ五歳なので。四年前なんて大昔ですよ」


空の色、海と油の匂い、そしてあなたの声。【掃海艦あわじ】をつくり上げた、最初の一年の宝物。

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