episode.7 海底回遊のマーメイド…①



「――暇だなぁ」



海の中、ツユクサはゆらりゆらりと遊泳中。

都市へと続く真っ赤なラインは未だ遠くを指示している。

正直コントローラを動かしているだけでは暇なので、

色々と実験まがいのことで暇つぶしをしていた。

その結果、この人魚族という種族は……


・水面から顔を出しても息はできる。でも声は出ない。

・【聴力強化】のスキルのおかげか水中の魚の位置がぼんやりと分かる。

・コントローラ使うと楽だけど定速だから多分マニュアルの方が速い。


などなど、完全に水中で活動することを前提とした種族のようだ。

まあ地上に出てもどうすればいいか分からないし、気にしないことにしよう。



「……でも、椿ちゃんと一緒に冒険できないのは残念ですねぇ」



あの親友は無類のゲーム好きで、尚且つ重度の脳筋だ。

今頃ガツガツとゲーム攻略に勤しんでいるだろう。



「あれ?なんか同じ場所にいても置いてかれる気が……」



正直自分はこのままでいいのかもしれない。

そうだ、そうとも。あの脳筋ゴリラに付き合っていては、

折角の初VRMMOを楽しめなくなってしまう。



「まあ、そのうち一緒に冒険できる機会もあるでしょう。うん」



何か誤魔化したような感覚に陥ったツユクサだが、

それを振り払うように目の前の光景に集中した。

目の前は変わらず大海原。沖に出たからか潮の流れが強くなり、

先程まで手のつくところまであった海の底はすっかり見えなくなってしまった。

四方八方が何もない空間。赤のラインを道標にしなければ速攻迷子だろう。



「……本当に何もないですね」



暇だ……。

そう思っていると前方から細長い影が見えてきた。



「何ですかアレ……?」



見る前に、先に耳に情報が届く。

恐らく魚だろう。尾びれで水を掻く音が聞こえる。

音の大きさから分かるのは、そこまで大きくないことだけ。

まだレベルも上がっていない【聴力強化】だが、およそ100mほど近くにいるとギリギリで分かるようだ。

あと割とゆっくり回遊している。



「折角だし、魔法使ってみますか」



右手を影の方へ向け、人差し指で指差すように構える。

丁度拳銃の形になった右手を意識して、

事前にヘルプで確認した呪文を唱える。



「【ウォーター・ランス】ッ!」



唱えた瞬間。

バンッ!と破裂音のような音が鳴り、

右人差し指から不可視の物体が勢いよく飛び出した。

飛び出した物体は勢いをそのままに、先程指差した影の方向に突っ込んでいく。

未だに不可視だが【聴力強化】の効果だろうか、

凄まじい水圧によって海水が掻き回される音が良く聞こえた。

音はツユクサからあっという間に遠ざかり、影の方へ向かっている。

そして、魔法を使用してから7秒経った頃。



Nice! 【ジャックマルケル】を倒した!

ツユクサは魚肉(C)を手に入れた!



というインフォメーションが視界の端に出現する。

どうやらアレは【ジャックマルケル】という敵Mobだったらしい。

初心者の魔法で倒せる辺りを考えると、弱い類のMobなのだろう。

しかしツユクサはアイテムリストに注目していた。



「魚肉……シンプルな名前ですね」



アイテムリストには魚肉が一つだけ追加されている。

アイテムを示すアイコンはピンク色の四角い肉らしきモノ。

右下に数字が表示されており、これが個数のようだ。

それよりも目を惹いたのは左上の強調表示されたマーク。



「Cっていうのは確か……コモン(普通)でしたっけ」



左上に表記されているのはそのアイテムの等級を意味する。

等級はそれぞれ


C(コモン):普通

UC(アンコモン):少し珍しい

R(レア):珍しい

SR(スーパーレア):とても珍しい

SSR(スーパーシークレットレア):最も珍しい


以上の5段階に分かれるらしい。

これは先程拾った魚肉のようなアイテムだけではなく、

HP回復薬のような消耗品や武器や防具などの装備品にも付随する。

等級にアイテムの質が比例するため、等級が高ければ高いほど良いのだろう。



「初めての戦闘……というには味気ないですね?」



先程使用した【水魔法】のスキル。

今使用できるのは先程使用した【ウォーター・ランス】と、

【ウォーター・ショット】の2つ。


【ウォーター・ショット】

・水属性。拳大の水弾を高速で放つ。

 射程:小

 クールタイム:5ms 

【ウォーター・ランス】

・水属性。槍状に形成された水弾を高速で放つ。

 狙った敵に対し一定距離まで追尾することができる。

 射程:中 

 クールタイム:30ms



説明欄にはこのようなシンプルな文言しか情報が無かった。

ただ、先程使用したウォーター・ランスは射程がショットより長い代わりに、

クールタイムが長いようで、1発撃つと30秒は撃てなくなるようだ。



「というか、MPが無くなる感覚がエグいですね……。

 まんま貧血の症状じゃないですか」



視界がゆらゆらと揺さぶられるような感覚。

今は意識しないと分からない程度だが、魔法を連発した時は立っていられないほど酷い症状になるだろう。

不幸中の幸いなのかどうかは分からないが、頭痛や吐き気は無い。

これは単純にVRの機能限界なのだろう。

痛覚など一部の感覚は再現が難しいらしいのだ。



「ランス系は5~6回連続で使うと魔力無くなりそうですね」



逆にショット系の魔法は射程と威力はランス系より弱いものの、

連射も利くし消費するMPも少ない。

しばらくはショット系の魔法をメインで使うしかないだろう。



「……取り敢えず、先を急ぎますか」



広大な海で独り言を呟いていても寂しいだけだ。

赤のラインが指し示す先に向かって、再びゆらゆらと泳ぎ続けるのだった。





◇◆◇◆





そうして時折潮に流されながらも、なんとか泳ぎ続けること1時間。



「……ん?」



今まで殺風景だった風景が少し様変わりしている。

海底付近を泳いでいたツユクサは、肌寒い感覚を覚えた。

海水の温度が下がっている。それだけでなく、周りが薄暗くなっていた。

一度泳ぎを止めて振り向くと、平坦だと思っていた海底は緩やかな下り坂だったようだ。



「もしかしてこのまま深海まで行っちゃう……?」



恐怖感に煽られてその場に立ち止まるツユクサ。

しかし真っ赤な道標は変わらずに前を指示し続けていた。

不安になりながらも先を進むことにする。



「うわぁ……Mobもどんどん増えてる。本当にこっち行けばいいんですかね……?」



先程見た【ジャックマルケル】が数匹頭上を通りがかったのを皮切りに、

正面、左右、上下、全ての方向から水を搔く音がする。

音だけでは流石に大きさや強さははっきりと分からないが、

数は全て合わせて凡そ10匹以上。

しかも最悪なことに前方、つまり目的地方向が一番数が多い。



「ひーふーみー。聞こえるだけでも5匹」



正直やれなくはない。

移動中にMPも上限まで回復しているので迂回しつつ【ウォーター・ランス】で1匹ずつ処理していけばいける……はず。



「……よし、覚悟決めますか」



そうと決まれば早速行動。まずは1番近い1匹目から。

距離が遠いのでランスの届くギリギリの距離まで近づく。

もちろん他のMobの動きもできる範囲で探っておくことを忘れずに。



「改めて考えると、この【聴力強化】凄すぎるような……」



今はソナーみたいな使い方をしているが、

遠距離のMobの数から大きさまで分かるのは流石にやりすぎだろう。



「便利だからいいですけど……」



憶測になってしまうが、ツユクサが人魚族なのが原因なのか、

もしくは水中でスキルを使用しているのが原因なのか。



「ん。着きましたか」



その疑問はひとまず置いておいて、1匹目の射程圏内に入った。

遠目に薄っすらと魚影が見える。

右手を魚影の方向へ向けて、呟くように一言。



「【ウォーター・ランス】」



手のひらから不可視の槍状の水弾が勢い良く発射された。

魚影はまだ気づいていないようにゆっくりと泳いでいるが、

3秒、4秒と経つ内に何かが近づいていることに気づいたのか、

方向転換の後、逃げようと泳ぎ始めた。

しかしながら、不可視の槍はその動きに反応したように軌道を変え、

抉り込むような角度で魚影に勢いよく突っ込んでいく。



Nice! 【ジャックマルケル】を倒した!

ツユクサ は 魚肉(C)を 手に入れた!



インフォメーションを無視して移動を開始。

今度は2匹。それも比較的近い位置にいる。



「……迂回しましょう」



無暗に挑む必要は無い。

右へ右へと進路を変えて大きく迂回する。

そして2匹をやり過ごした後、今度は1匹の魚影が接近してきていた。



「【ウォーター・ランス】」



30msのインターバルは過ぎているため、即座に手のひらから水弾が発射される。

見えてきた魚影はジャックマルケルより二回りは大きい。

こちらの攻撃を気にせずに真っ直ぐ突っ込んでくる魚影。

やがてウォーター・ランスが魚影に叩き込まれるが……



「ひえっ」



衝撃を受けて接近する速度は少し抑えめになったが、

それでも果敢に突っ込んでくる魚影。

速度はそれほどでもない為、もう一度手のひらを向ける。

ランスは先程撃ったから直ぐには使えない。

ならば、撃てるのはもう1つの魔法。



「【ウォーター・ショット】」



先程出した水弾より一回り小さい大きさの水弾が発射された。

その軌道は直線的で、ランス系の魔法のような追尾性能は無いのだろう。

しかし魚影も避けることを考えていないのか、真っ直ぐ撃った水弾に正面から当たっていく。



「随分とタフですね……」



速度は遅くなったが、それでも未だ諦めずに突っ込んでくる魚影。

そろそろ10mもない距離まで接近してきている。



「【ウォーター・ショット】!」



若干の恐怖感からか、声を張り上げて呪文を唱える。

放たれた水弾は再びヒットするが、それでも魚影は消えることが無い。

残り5mほど。もう魚影がその形をはっきりとツユクサの目に映していた。



「鯛……?」



鮮やかな赤い鱗の付いた魚体に大きな頭。

昔水族館で見た真鯛にそっくりな外見だ。

敢えて違いを探すならば、その大きさ。ざっくり見ただけで1mを優に超える全長。

2mは無いだろうが、170~180cmは確実にあるだろう。




「ランスは……あと10秒か」



手元のコントローラをぐりぐりと動かし後退するも、

目の前の巨大真鯛の方が僅かに早い。

ただ時間稼ぎにはなった。



「ギリッギリですが……【ウォーター・ランス】ッ!」



直近。凡そ1mまで近づいた巨大真鯛に水弾が突き刺さる。

今まで遠距離で使ってきたウォーター・ランスだが、

その威力を体現するが如くに、至近距離で炸裂した衝撃はツユクサを襲う。



「おわっ!?」



水中という踏ん張りの利かない空間で衝撃を受けたツユクサは、

視界が上下に反転するのを感じる。

ぐるりと上下に1回転したようだ。

魔法を多用した影響もあり、どうにも気分が悪い。

しかし、そうして頑張った甲斐もあったのだろう。



Nice! 【レッドメジャー】を倒した!

ツユクサは魚肉(R)、大鯛の赤鱗(R)を手に入れた!



見事、敵Mobを倒し切れたようだ。

それも知らないレアリティのアイテムだ。

見てみると、魚肉は大きさが1kgほどの大きさに、

鱗は防具や装飾品の材料になるようだ。

更に、手に入れたのはそれだけではなかった。


Level up!【水中呼吸+】のレベルが上がりました!

Lv.1⇒Lv.2


Level up!【聴力強化】のレベルが上がりました!

Lv.1⇒Lv.2


Level up!【水魔法】のレベルが上がりました!

Lv.1⇒Lv.2


Level up!【魔法攻撃強化】のレベルが上がりました!

Lv.1⇒Lv.2



「レベルが一気に上がった……あの鯛そんな強かったんですか」



盛大に視界が揺れて気分は最悪だが、レベルが上がるのは何だかんだ嬉しい。

しかし喜んでばかりもいられない。先程の【レッドメジャー】はかなり強敵だった。

あんなのが何匹も出てきたら、先にこちらのMPが切れるだろう。

耳を澄ませながら、手元のコントローラを動かして先を急ぐ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る