episode.8 海底回遊のマーメイド…②



――そして時は経ち。カメリアとの通話にまで時系列は繋がる。



「【ウォーター・ショット】!」



対峙するのはイワシに似た小魚の魚群。

見たところ30匹はいるだろうか。

寸分の狂いもなく、同時に動くその様は1匹の大魚のようだ。

小魚自体も小さい姿だが顎が発達しており、

すれ違いながら連続して行われる噛みつき攻撃は凄まじく、

5本持っていたHP回復薬はあと2本しかない。



「このォ!【ウォーター・ショット】ッ!」



焦りながらウォーター・ショットを撃つが、

集団の中の数匹が倒れるだけで攻撃の勢いは一向に衰えない。



『落ち着け!焦ってもMPが無駄になるだけだぞ!』



ツユクサとは違う女性の声。

そう、ツユクサの幼馴染であり、

PK初体験の後に舎弟と義妹(非公認)ができた脳筋ゴリラのカメリアである。

ツユクサからのSOSに応じてアドバイスをするものの、

できるのは魔法で牽制しながらの撤退を指示することだけ。



「クッ……!わかってますけどッ!」



そもそも水中戦などLOOではドマイナーな分野だ。

情報を探ろうにも1番数が多いだろう魚人族ですら不人気で碌に分母が足りない。

カメリアも先程からSNSやら攻略サイトやらを引っ繰り返して調べているが、

解決策を提示することは未だできないままだ。



「【ウォーター・ショット】!」



正面から突っ込んできた魚群に水弾を叩き付ける。

珍しくクリーンヒット。戸惑うようにその場で泳ぎ回る魚群を尻目に、

赤いラインの方向へ逃げるツユクサ。



『何処だったかな。なんか群れで襲ってくるMobの目撃例があったはずなんだよ!』

「一応言われた通りに逃げてますけど!このままじゃこっちが海の藻屑なんですが!」



コントローラのスティックを限界まで前に倒しても、魚群の迫ってくる速度には届かない。

ギリギリ魚群の方が速いくらいの差だが、それがじりじりと迫ってくる。



『これか~?いや、これじゃなくてもっと前の……』

「早くしないと追いつかれちゃうんですが!?【ウォーター・ショット】!」

『姐さん。このサイトじゃなくてこっちのブログの方がいいんじゃないですか?』

『β版のトッププレイヤー……の腰巾着やってた馬鹿が貴重な情報垂れ流してたブログっす。言動ムカつくけど情報量は多いっすよ!』

『ナイス!……あと姐さん言うな』



なんだろう。孤軍奮闘しているのは自分だけな気がしてきた。

周りと相談しながら情報を探し続ける親友が大分羨ましい。

こちとらログインから海の中を一人で泳ぎ続けているのに、

出会ったのも魚、魚、魚。それも敵Mobだから情緒もクソもない。

所持品リストに溜まった魚肉が余計に寂しさを助長させる。



「あとどれくらいです!?」

『ちょい待ってこれじゃないこれじゃない……』

『貴方少しお姉様に近くありません……?』

『あァン!?こっちは姐さんのサポートしてんだよ!

 初心者は黙ってデイリーミッション達成してろや!』

『とっくに達成済みですぅ~~!どこぞの誰かさんと違って要領がいいので!』

「外野がうるさぁい!!」



イライラしながら魚群に向けて【ウォーター・ショット】。

心なしか先程より威力が上がっているような気がするのはなんでだろうか。

見たところ魚群は1/2ほどまで減少している。

しかし、問題はツユクサの残りMP。



「あと……ギリギリ【ウォーター・ランス】が撃てるくらいしかない!」



眩暈が止まない。フラフラとした感覚が抜けない。

MP切れが近い証拠なのだろう。体の怠さが限界に近付きつつあった。

しかし、ここでカメリアが大きく声を張る。



『――あった!あったあった!』

「もう限界なので手短に!」

『おうよ!そのMob、集団が一つの生き物みたいに行動する種類のMobだろ?』

「はい!」

『地上にもいたんだよ似たようなMobが!』

『【ホーネット・ボール】。巣に近づくと球状の集団になって襲ってくるMobっす!』



突っ込んでくる魚影をギリギリで避ける。

魚の数が少なくなったからか、さっきまでより避け易くなっているようだ。



『全匹殲滅しても勝てるけど、それ以外の方法が1つある!』

『姐さんのフレンドさん!集団を詳しく確認してください。

 1匹だけ明らかに色か形が違うやつがいるはずっす!』



カメリアの舎弟(らしい)に言われて魚群の中を注視する。

銀色の鱗の魚群の中に、心なしか虹色に光る何かがあるように見えた。



「中心!色が違う奴がいるような感じがします!」

『曖昧だなオイ』

「しょうがないじゃないですか!こちとら水中ですよ!」



はっきりとは分からない。

ただ魚群の中心に一瞬だが他の魚とは違う姿の魚がいた……気がする。



『そいつが集団の管制塔だ。

 他のMobの動きを常に管理して一つの生き物みたいに動かしてる』

『【ホーネット・ボール】も同じ特性を持ってるんです。

 あっちは周りが黄色だったのに対してオレンジの一回り大きなやつでした!』

「じゃあ、アレを倒せば……」



距離を取り、右人差し指を魚群の中心に向ける。

息を整えて、視界の揺れを僅かでも抑えられるように。

ひときわ輝く虹色。その一点に届くように。



『やっちまえ!ツユクサ!』

「【ウォーター・ランス】ッッ!!」



今までこんなに叫んだことがあっただろうか。

その大声に支えられるかのように不可視の水槍が勢いよく解き放たれた。



「あああ、視界が揺れるぅ!」



同時に魔力がギリギリまで消費された反動か、

強いめまいと共に、碌に姿勢制御も叶わずにグルグルと回る。



『反動逃がせない水中でランス系使うとそうなるんだなぁ。勉強になるわ』

「しみじみ言わないでくださいぃぃ……」



見事なまでに情けない姿を晒しながら回転するが、

必死に目線は魚群から逸らさない。

【ウォーター・ランス】の仕様上、発動した後にプレイヤーの姿勢が変わろうが、

一度定めた目標を追尾することは止まることはない為、不可視の槍は間違いなく真っ直ぐに魚群へと向かっていった。

魚群は最初ツユクサを追いかけてこちらへ向かってきたものの、

高速で迫ってくる水槍の存在を感知したのか、横方向へ移動して回避を試みている。

しかし魚の数も減り、急な方向転換をしたせいか、少しばかり動きが鈍くなっているようだ。



「――それじゃあ避けられませんよ」



その程度の速度では【ウォーター・ランス】は避けられない。

鋭い角度で魚群の中央まで真っ直ぐに追尾する水槍は勢いをそのままに、

狙いを付けた虹色に叩きつけられた。

直後、システム音がツユクサの脳内に鳴り響く。



Nice! 【バイト・サーディン】×10を倒した!

ツユクサは魚肉(C)×10を手に入れた!


Excellent! 【サーディン・ボール】を倒した!

ツユクサは白銀の魚鱗片(SR)を手に入れた!



「よし!!」

『よっしゃぁ!!』

『ナイスです!』



喜びと達成感が入り乱れる中、なんとか平静を保ってログを確認する。

【バイト・サーディン】は先程も倒したMobだ。

今まで倒した分がまとめて清算されたのだろうか。

一気に魚肉が10個補充された。死ぬほどいらない。

それよりもなによりも、ツユクサが注目したのはその次のログ。



「【サーディン・ボール】……?」

『それが【ホーネット・ボール】の海版ってことなんですかね』

『ツユクサ。なんか面白いアイテムゲットしてないか?』

「ちょっと待ってねカメちゃん……あった、白銀の魚鱗片。レアリティはSR」

『そうかそうかSR……SRゥ!?』



アイテムリストから取り出すと、手のひら大の薄い鱗が出てきた。

白銀色に光る鱗。材質は大分柔らかく、手に力を少し入れるだけで変形するほどだ。

強度としてはプラスチックと同じくらいだろうか。

しかし手触りがいい。まるで絹のようだ。



『SRって……マジっすか』

『ツユクサツユクサツユクサツユクサァ!』

「うるさいですよカメちゃん」

『カメちゃん言うな。でもよう……SRか?こんな序盤で?』

『レアリティで言えば上から2番目ですよ……?』



そんなものか。と思いながらアイテムリストにしまう。

ここにいても仕方がないし、さっさと目的地まで行こう。

戦闘に夢中になっていたら、結構遠くまで流されてしまったようだ。

幸いにも目印の赤いラインは続いている。



「じゃ、私移動するので……」

『なんでそんな淡白なんすか……?』

「だってSRSR言われても、私からすれば鱗1枚ですもの」

『そうだった。こいつ基本ゲームしないからレアリティの概念が希薄なんだったぁ……!』



ツユクサからすれば、美しくはあるもののただの鱗1枚である。

それよりもなによりも優先すべきは海底都市だ。

戦闘に夢中になっていたせいで赤のラインは大分遠ざかっていたが、

此処からならそう遠くない。早く行こう。



『――だからSRっていうのはなぁ』

「はいはい」



カメリアの言葉を適当に聞き流しながら、人魚は海を渡る。



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