episode.5 ようこそインフェルニア大陸へ(開幕大海原不可避)



 月草……いや、ツユクサがドアを抜けた先は見渡す限りの大海原だった。



「へ……?」



 呆然としながらもその身は重力によって徐々に速度を増しながら落下していく。

 パニックのまま硬直してしまったツユクサは抵抗する間もなく、

 頭から煌めく海にダイブした。



「――ッ!?」



 目の前に広がるのは白い砂の地面。どうやら比較的浅瀬に落ちたようだ。

 全身に纏わりつく温い水の感触。体に感じる浮力は久しぶりの感覚だ。



「これが海……あれ?」



 声が出る。というよりも大前提として息ができている。

 口からはプクプクと気泡が出ているが水が口に入ってくる感覚が無い。

 いや、それどころか海という巨大な塩水のプールにいるにも関わらず、

 海水の塩っ辛さを微塵みじんも感じない。



「これは[水中呼吸+]の影響なんでしょうか……」



 着水の影響か底の砂が巻き上げられ視界は最悪だが、

 微かに魚の泳ぐ音が聞こえる。これも恐らく[聴力強化]の影響だろう。

 後は魔法だが、使い方が分からない以上は後でヘルプを読んでみるしかない。



「なんだか落ち着きますね。

 人魚族になったせいなんでしょうか。安心感が凄い~」



 先程まで自分の脚があった部分。輝く青い鱗で覆われた下半身を見る。

 先端の扇状のヒレに意識を向けると、足首や膝の感覚があった。

 まるで下半身だけ袋の中に入った時のような感覚。



「両足縛られて水の中とか傍から見れば拷問なんですけどね……」



 違和感は強い。

 慣れると現実に支障が出そうだな……と考えていると。

 電話のベルのような音がツユクサの脳内で鳴り響いた。



「ん!?なんですかなんですか!?」



 視界の端には手紙のマークが見えている。

 そういえば椿……カメリアにフレンド申請をしたことを思い出した。

 ログイン後直ぐに登録してくれると言っていたのでおそらくその通知だろう。

 早速右手を軽く振り、メニューを呼び出す。



「ええと、メニューを開いて、通知欄確認っと……

 これかな?『カメリアがフレンド申請を認証しました』ってあるけど」



 出てきたメッセージにタッチすると、フレンドリストのウインドウが出現した。

 フレンドリストには確かに『カメリア』とユーザーネームが記載されている。

 どうやらカメリアの方は無事にログインできているようだ。

 少なくとも、大海原に叩きだされるような事故は起きていないのだろう。

 安心したツユクサは、そのままフレンドリストのウインドウを消去した。

 自分もこのまま海で呑気にプカプカ浮いているわけにもいかない。



「まずはヘルプでも読み込みますかね……」



 丁度メニューを開いていたツユクサは、メニューの端の方に『LOOヘルプサービス』のアイコンを見つける。

 そのまま開くとメニューの説明から始まり、基本設定、ゲームの操作、ゲーム外アプリケーションとの連携設定についてなど各項目に分かれて説明されていた。



「あ、メニューって音声認識で開くようにもできるんだ。設定変えよう」



腕振るの面倒なんですよねぇ。と設定を開いて動作認識から音声認識に変える。

他にもミッションリストなるものを見つけた。

メニューから受注し、期限内に達成条件を満たすと報酬を受け取れるシステムだ。

リストは3種類に分けられており、それぞれ以下の通り。


・マスターミッション

・デイリーミッション

・ウィークリーミッション


マスターは無期限のミッション。

デイリーは翌日午前3時までの期限付きミッション。

ウィークリーはその週の土曜日の午前3時までの期限付きミッションとなる。

ミッションの内容も多岐に渡り、敵Mobを一定数討伐するタイプや、アイテムを採取して納品するタイプがあった。

その中でツユクサの目に飛び込んできたのはマスターミッション。

マスターミッションの一番上に鎮座するミッションの内容に釘付けになっていた。



*安住の地へ

・インフェルニア大陸には各種族が群れを成し形作られた街が幾つも存在する。

 根無し草のプレイヤー諸君には貴重な拠点となるだろう。


達成条件:第一海底都市『カノープス』に到達

達成報酬:20SP(スキルポイント)、HP回復薬(S)×10、MP回復薬(S)×10

  期限:無し


                                【受注開始】



「海底都市……なんかロマン溢れる響きですね!」



どうやら他のマスターミッションは解放されていないようだ。

右下の【受注開始】を押せばミッションが受注状態になるらしい。



「……取り敢えず押しますか。どうなるんだろう」



【受注開始】を押すと【受注中】に表記が変わる。

その瞬間にツユクサの視界に幅広の赤い線が現れた。

ヘルプによると、この線は目的地へのルートを示しているらしい。



「でも足の動かし方が分からないんですが……」



バタ足のように勢いをつけて足を上下に動かすが、

モタモタと動くだけで、まるで速度は上がらない。



「一応動いてる?……あ、これ流されてるだけですか」



そう、単純に潮の流れに揺られているだけである。

更に言うならログインして海にダイブしてから水中でくるくるとゆっくり回転しながらウインドウを操作しているせいで方向感覚もズレていて、今は姿勢が逆さまになっていた。



「何か……ヘルプに何か書いてありませんかね……」



よく見るとヘルプには各種族に対応した説明が添えられている。

あくまでも最低限のものだが、その中に移動方法についても書かれていた。



「あ、簡易操作用コントローラー。これですかね?」



人魚族、というか一部人間と身体構造が異なる種族の為のシステムらしい。

設定を変更し(先程まで『マニュアル操作』だった項目を『簡易操作』に変更)、ウインドウを閉じると右手に今まで無かった感触がある。

プラスチックのようなツルツルとした感触のそれは、いくつかのボタンとジョイスティックで構成されたシンプルなデザインだ。

白い楕円形のそれを握り、スティックを前に倒すと体が前に進む。



「おお!」



足を見ると勝手に上下に動いているのが見えた。

スティックを左右に動かせば進む方向も連動している。

ただし細かい動きは苦手のようで、いずれにしてもマニュアル操作を覚えるのは必須のようだ。



「……水泳習いますかねぇ」



コントローラを握りしめながら呟く。

書籍なり動画なりで学ぶのも限界はある。

むしろ運動不足を解消する良い機会かもしれない。ポジティブに考えよう。

そう思いながら気分を上げたら後は行動するのみだ。



「良し!早速ラインに沿って移動しますか!」



こうして大海原へ向けて歩を進めたツユクサ。

果たして無事に『カノープス』へ辿り着くことができるのか……?


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