第3話 ギャップ萌え

『今日はありがとう、引っ越し月末だって』



 家に帰って葵にメッセージを送る。


「・・・」


 同時に家によく遊びに来てた同級生と、


『私引っ越すんだ、高校でもよろしく』


 片想いであった幼馴染に一応、知らせておく。


「ふぅ」


 乱雑に洋服が積み重ねられ教科書やチリ紙が散らばった部屋。

 柚香のスラリとした体形を彩るための上着やスカートにパンツ、お洒落が好きだから気が付けば増えている衣類。


「むむむ」


 もう着ないであろう服は置いておいて、それ以外の雑貨なんかはどうしようか?

 こういう時取捨選択出来ないのは変えていかなければならない。


「まだ時間はあるし、明日でいいかぁ」


 今日は疲れた。

 自分なりに新生活を受け止め受け入れる準備も必要だしベッドに横になる。


「・・・高遠葵か」


 スマホに保存された集合写真。

 画面いっぱいに舞う桜の花びらと楽し気な笑顔が二つ。

 あとの一つは遠慮がちにピースしていて、最後は撮られ慣れていないのか澄ましたような感じだ。


「・・・ふふっ」


 何だか面白いことになってきたなぁとスマホを胸に抱え、目を瞑る。


 ♦♦♦♦


 夢を見ている。


 そう、これは夢だ。


 微睡の淵から意識が起き上がってくると、思い出したくもない過去の残影が孤独な灰色の空間に現れた。


 目の前の男女二人。

 あの子は一つ下の後輩で、あいつはあいつ。

 いつもと変わらない放課後、生徒達が部活動に勤しんでいる時間帯、体育館裏。

 バッシュが擦れる体育館の中に秋風が金木犀の香りと共に舞い込んできて、気怠い熱気を和らげる。

 私はちょっと休憩しようと外の空気を吸いに表に出た。



 すると告白の現場に立ち会ってしまう。



 物陰から惨めに聞き耳を立てた。


 見つからないよう片目を出して一挙手一投足を見逃さないようにした。



 結果は・・・。



 別にバスケは好きじゃなかった。

 ただあいつが好きであいつの好きなことを理解しようとした。

 あいつは一年の時から同級生や先輩に一目置かれ、二年に上がってからは後輩にも懇切丁寧に指導していた。中学生とは思えないくらい大人びた態度で。

 そういう男子は一定の人気があるから恋の対象になりやすい。

 実際告白をされたんだと私に打ち明けてきたことがあって、ヒヤヒヤしながらよかったねだなんて吐き捨てたことも。


 あいつがどうしてその後輩をとったのかわからない。


 他にも可愛い女子は沢山いるだろって内心ツッコんだけど、あいつの気持ちはあいつにしか分かんないよね。


 このあとも醜い私が映し出されるだろうからここでオシマイ。

 夢の中で目を瞑って、目を開ける。

 ほら、いつもの天井。

 こうしてまた一日が始まっちゃう。


 薄暗い窓の外に意識が向いた時、不意にスマホが気になった。



 そこにはあいつからのメッセージが表示されていた。



『久々遊ばん?』



 既読はせずに他のメッセージを開く。



 葵からの返事はまだなかった。



 ♦♦♦♦


 春休みも数日経ち自分が中学生から高校生になるんだなと自覚を持ち始め浮足立っていたある日。


『怒ってるのか?』


 あの一通から日を跨いでまたきた。

 どうしてか返信する気になれない。

 第一あいつには可愛い彼女がいるんだし他の女子と遊ぶのは浮気だろう?



 でも、長年続いた友情をなかったことにしようとしてるのは私だ。



「スゥウウウゥーーーーー・・・」


「フゥウウウゥゥゥーーーーー・・・」


 段ボールが増えた部屋で溜息をつく。


『部屋、綺麗に片付けておきますね』


 葵から届いた一文に画面を切り替えどうして自分がこんなにイライラというか、変な気分なんだろうと考える。


(どうでもいーや)


 そして引き延ばされる。


「柚香、お昼透さんと食べようと思ってるんだけどどう?」

「あー私は・・・」

「そう?葵くんも来るって聞いたけど?」

「・・・行こうかな」

「なら着替えておきなさいよ~」

 別に彼が行くから手の平を返したわけではない、ただ三人だと気まずくなりそうで私が話し相手にいれば気が楽だろうと思ったから行くと言ったのだ。


 柚香は自分で自分にエクスキューズを与え納得させる。

 パジャマのままの彼女、春先は専らキャミソールにショートパンツと油断しきった服装が多い。

 外に出る時だってインナーの上に淡い色合いのシャツを着て、下はチノパンだとかジーパンだとかラフなスタイルを着回している。



「・・・」



 けど姿見の前に立った今日の私は違う。



 なんとなく、ワクワクした気分だったから。



 ♦♦♦♦


「いや〜待たせちゃってごめんね!」


 地元から一駅離れた繁華街で待ち合わせをした四人。

 犬の銅像の前はそりゃもう混んでいて、喜んでいいのか浮かれた学生に声をかけられたりした。

 そんなお誘いをやんわり断っていると漸く二人が来た。


「いいんですよ!」

「ん?何かいいことでもあったのかい?」

「いえ、ちょっと若返った気分だなーなんて」


「そうかい?―――それよりも」

 いかにも休日の父親な透は亜紀乃ではなく隣の柚香に目を移す。


「柚香ちゃん気合入ってるね!とっても似合ってるよ!」

 ボーイッシュな雰囲気をまとっていた少女の新境地を目の当たりにし驚く透。

 薄手のノースリーブシャツとレースのついたスカート。

 薄茶色の血色のよい素肌と白を基調とした服装がいい塩梅でマリアージュしている。


「ひまわり畑に咲く一輪の百合って感じだね!」

「透さんは相変わらず詩人ですね」

 アハハと雑談を交わしているのに混ざろうとしない少年が一人。


「葵はどう思う?」

 私が急に話題を振ると彼は驚いたように反応し、吃る。


「あのっそのっ・・・素敵です」

「(透さんより先に聞きたかったけどな〜)」

「何だお前、柚香ちゃんに見惚れてたのか?」

「っそういうわけじゃ!」

「照れるなって!」

 相変わらずの父親ムーブ。

 気の弱い少年は言い返すとまたからかわれると思い口を噤んでしまった。


「それじゃどこに行こうか?」

「わたしはどこでも―――葵くんは?」

「僕は蕎麦とか寿司とかがいいです」

「ん、私も葵に合わせますよ」

「そしたら最近できたあのビルに入ってみようか」

 絶え間なく流動する喧騒に流されないよう四人は固まって駅の向こうのビルを目指す。

 浮かれた若者や本日も仕事のサラリーマン、観光に来た外国人、様々な人々を横目に見ながら柚香は葵の隣に陣取り、


「もっと感想ほしいなぁ〜」

「えぇ!?」


 話を蒸し返す。

 彼はあたふたし柚香の上から下を舐めるように見た。


「そこまで見られると逆に恥ずかしいんですけど」

 流石の柚香もそっぽを向く。

 ノースリーブに長丈のスカート、足先だって素足のベルトサンダルでキメてきたんだ、もう少し頬が染まるような意見をもらいたい。


「いや似合ってるとしか、僕なんて何もしてないのに」

「何だかこないだのイメージと違うなぁって感心してるんです」

「わかってないなぁ〜葵きゅんは」

「きゅん!?」

 眼鏡の奥の瞳が光る。


「女の子はね、もっとこう歯が浮くような科白というか、口角がむず痒くなるようなことを言ってほしいの!」

「そしたらその後ね、一応否定はしておくんだけど心が暖かくなってくるんだ」

「溶けかけのマシュマロって甘いでしょ?!」

「ちょっと何言ってるかわかんないです」

 自分でも熱が入って訳わからないことを説いた思うが、ニュアンスは察してほしかった。


「似合ってるとか以外の言葉で教えて」

 大分伸びてきた横毛に指を絡ませ、面と向かってぶつけられるのは恥ずかしいから耳にだけ意識を向けておく。

 もう駅を超え、ビルの中に入る寸前だ。



「えっと、正直可愛いと思いました」



 意外とあっさり言ってくれた。


「それは最初から思ってて、でもその言葉は父さんと亜紀乃さんの前で言うのは恥ずかしくて―――」


「本気で―――ちょっとというか、かなり意識しちゃうくらいで―――」


「声に出したら二人にも柚香さんにもこの気持がバレちゃうんじゃないかと思って」


「言えませんでした・・・」


 可愛いのあとに更に続いたお褒めのお言葉。


 反応が無いので葵は隣の可憐な美少女を見遣ると、



「・・・ありがと」



 完熟した林檎のように頬から耳先まで真っ赤に染めた彼女の横顔があった。



(かわっ〜〜〜!?)



 葵も父同様ギャップ萌えを体感し、その嬉しさと恥ずかしさに震える姿を目に焼き付ける。


「けどちょっと褒めすぎたと思う。30点!」

「低っ!?」

「あーもうこの話は終わり!お店にも着くしさ!」

 エレベーターに乗り込んだ四人。

 前を歩いていた二人は少女が顔を伏せているのを何事かと思い目で追うが、そっぽを向いたまま。



「まぁでも、ありがと」



「っ―――はいっ!」



 聞こえないように呟いたつもりだったが彼は聴力がいいらしい。



 柚香は目的のフロアに着くまで、胸の奥がチリチリ燻られる感覚を忘れないようにした。



 きっとこれからも、お世話になる感覚だろうから。


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