第4話 ソフトクリームフレンズ

「いやー食った食った」



 高層ビルから広がる景色を眺めながら回らない寿司に舌鼓を打った四人。

 八分目の腹を擦りながら透は亜紀乃と何か話し始める。


「俺達ちょっと買い物でもしようかと思うんだが、二人はどうする?」

「新しい家の物だからついてきても退屈だと思うし、折角なら二人でデートでもしちゃえば?」

「おおそうだな。葵、エスコートしてあげなさい」

 親特有の余計なお世話。

 柚子はチラリと目の端で葵を盗み見て、葵も同じように目を動かす。

 その様子を認めた透と亜紀乃はさっさとエレベーターに乗ってしまい、


「夜は遅くなるなよ〜」


 とだけ言い残し行ってしまった。


「・・・えっと、どうしましょうか」

「どうって、葵がいいならどこか行く?本屋とか?」

「いいの?」

「あっ、葵って服とか見に行ったりするの?」

「いや全然」

 得意分野じゃないといった顔。


「適当に散歩しようっか」

「うん!」

 そうして私達も繰り出すことにした。


 ♦♦♦♦


「何かこうして誰かと二人だけで出掛けるの、久しぶりかも」


 低い摩天楼の谷間を泳ぎながら落ち着かなさそうにしている葵に話す。

 彼自身もそういった経験はないのか、父母がいなくなってからそわそわと周囲を気にしていた。


「僕も柚香さんみたいな人と二人きりは初めてです」

「ねぇ、その柚香さんってのやめてよ?さんづけしないで」

「そうですか?生意気だとか思いません?」

「どんな生活送ってきたのよ・・・私は思うことはあっても態度には表さないし」

「葵の生意気なところも弱いところも知っておきたいの!」

「柚香さん・・・!」

 我ながら浮かれているというか、まだ会って間もない男子にこんな姿見せるだなんてはしたないよね。


「とにかく!ゆっくりでいいからもっと私と打ち解けてね!」

「はいっ・・・ってわぁ!?」

 目を離したわけでもないのに背の高い大学生の集団に流される葵。

 悲しいかな、悲痛な叫びは談笑に夢中な彼らに届いておらず空気を運ぶみたいに出荷されてゆく。


「葵っ!」

 あたふた伸ばされた細く長い手に指を伸ばし、引っ張る。

 彼もそれに応え集団の波から抜け出すと、踵にグッと力を入れた。

 しかしそれがかえって柚香の足を縺れさせる原因となり、慣れないヒールサンダルのせいで急に立ち止まることも出来ず、



 ドンッ



 葵の薄い胸板に顔を埋める結果となってしまった。


「っ、ごめん!」


 パッとすぐさま離れる柚香。

 こんなベタベタな展開想定外。

 ましてや男子の懐にだなんていくら体育会系で鍛えられた男っぽさを持っている柚香でも心は乙女なんだ、恥ずかしいに決まっている。


「いやっその僕もごめん!」

「私もほんっとごめん」

「―――はぐれるとアレだし、手でも繋ぐ?」

「へぇっ!?」

「(バカッ!距離感おかしいだろ私は!)」

 うまく噛み合わない遣り取り。

 すれ違う人も好奇の目で一瞥し、去ってゆく。


「えっと、はぐれないように並んで歩きましょう」

「そっ、そうだね」

 何だか浮ついた、ふわふわした空気が二人の間に漂う。



「ん、この店見ていい?」

「あっうん」

 柚香が指差したのは繁華街に聳える贅沢なタワー。

 どうせ引っ越したあとにも来るだろうに、先に目ぼしい物は見ておきたいという先行した気持ちを抑えきれなかった。


「やっぱ春休みだからか、人すごいね」

「そうだね」

 乾いた愛想笑い、あまりこういうところは慣れてなさそうだな。



「いや~見るよりも歩く方が疲れますな~」

「ですねー」

 一通り館内を散策した柚香と葵。

 彼女は水回りや収納棚なんかをメインに見て、彼は小物入れを物色。

 その日は見るだけに留め人疲れした体を休めるために同館七階のフードコートに足を運ぶ。


「何か甘いの食べたくなっちゃった」

「僕も」

「葵はチョコとか好き?和菓子が好きそうなイメージ」

「うーん、甘すぎるのは苦手かな。ビターチョコとかは読書中につまむけど」

 長いエスカレーターで最上階まで上がる中そんな話をする。

 まだ彼のことを全然知らないから。



「席空いててよかったね♪」

「そうだね」

 すっかり打ち解けたように会話を弾ませる二人。

 満席に近いテーブルから空席を探しそこに腰を落ち着かす。

 柚香はバニラソフトクリームに葵はクレープ。

 驚くほどに値段が安く量も程よいので小腹を満たすにはぴったりだった。


「んっ、あまっ」

「うん、おいしい!」

「一口もらってもいい?」

「えっ、でも食べかけだし」

「端っこでいいよ」

 クレープを差し出してくれる葵。

 私はそれを受け取らず直接口で頬張った。

 前のめりでクレープを迎えた時葵の視線が僅かに逸れた気がしたがどうしたんだろうか?


「おいひっ」

 ソフトクリームをこぼさないよう器用にクレープを齧る。

 片方に大き目な歯形がついて、もう片方に小さな歯型。

 同じようで違う歯の並び方に何だか愛おしさを感じる。


「あっ、柚香さんクリームついてるよ」

「うっ」

 葵が指差したところに指を這わすと確かに、ねちょっとした白いものがつく。

 こびりついたクリームを人差し指、中指で掬い舐めとった。

 何故かその様子を恍惚な表情で見つめる葵。

 本当にどうしたのだろう?


「そうだっ、お礼じゃないけど―――」

 私も彼にソフトクリームを差し出した。


「甘すぎなくて、おいしいよ」

 ねとっと溶けかけた先端の部分。

 葵は一瞬躊躇ったが、口を開く。


(あぁ)


 池の鯉が口を開いたように、伏目がちな彼の男性なんだなと感じられる口元が慎ましくも目一杯外側に広がる。

 口の中に血色のよい僅かに白みを帯びた舌が蠢く。

 それは扇情的に光っていて、身を乗り出して頭だけがこちらに向かってくると何とも言えない欲が掻き立てられた。



 ひょい



 口に含もうとした瞬間、意地悪をしてしまう。

 肩透かしを食らった葵はポカンと呆けたが状況を飲み込んだあと子供のような目つきで睨み顎を引く。


「ごめんごめん」

 柚香は反省を言葉で表しもう一度彼の方にソフトクリームを差し出した。


「あんむっ・・・うん、おいひい」

 ふわふわなバニラを口に含んで舌で転がして溶かして余韻までしっかり楽しんでいる様子。

 何だか大きな犬みたいだなぁ。


「ふふっ、気に入ってもらえたならよかった」

 私は特に気にすることもなく彼がかぶりついた部分を舐める。


「っ」

 矢張り年頃だからか、間接キスを意識するんだろうな。

 柚香だって回し飲みはあまり好きじゃないが同性とならまぁ許すという心を持っていたし、葵は家族になるんだからこんなことを一々気にしてたらしょうがないだろう?


 でもその表情は、クるものがある。


「食べたらまた別のお店見ていい?」

「・・・うん」

「あんま楽しくない?」

「そんなことないよ!・・・そんなことないっ」

「ただ柚香さんに優しくされると―――他の人にされるのとは違う感じになるんだ」

「そうかな?これが普通というか、私他の子にもこんな感じだよ?」

「それでも僕にとっては違うから」

「―――あの子と似てるけど・・・違う」

「んっ、何か言った?」

「ううん!それより僕も寄りたいところあるんだけどいいかな?」

「もちろん」

 最後のコーンまで食べきって席を立つ。


 外に出るとすごいいい天気。

 吹き抜ける一陣の春風に瞼を奪われ、後ろに首を向ける。



「―――行こっか」



 葵は嬉しそうに目を細める。



「うん―――」



 どこかで、何かが落ちる音が、



 本当に・・・本当に小さく、





 聞こえた。




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