第2話 新しい家

「柚香さんはこの辺り来たことある?」



 斜陽の午後。

 慣れ親しんだ町を一望できる高台の公園で折角だからと集合写真を撮ったあと、帰る前に引っ越す予定の高遠家を見ておかないかと透に誘われ彼の自宅に向かった宮村親子。

 その道中ほんの僅かに気恥ずかしさや余所余所しさが抜けたきた葵が尋ねてきた。


「ううん、こっちはあんまり」

「葵は前崎中なんだよね?ウチの中学西山なんだけど誰か知り合いいる?」

「知り合いとか―――友達はそんなに多くないかな」

「ふーん、じゃあ高校では友達作ってこーよ、私も協力するし」

「・・・ありがとう」

 含みのある返事、ありがた迷惑といったところか?

 まぁお節介を焼いたところで交友の幅は彼が決めるものだし、本当に助けが必要ならば手を差し伸べるぐらいでいいか。


「私は一応、バスケ部に入ってたから」

「確か練習試合で一緒だったかも、特定の友達はいないけどね」

「・・・羨ましいな」

「え?」

 もうすっかり人気も引いた住宅街。

 前の二人は通り過ぎた一軒家や公園、コインランドリーなんかを指差し楽し気に話しているが後ろの子供達はそれぞれ悩みを抱えている。


「僕は昔から運動とか得意じゃないし、外で遊ぶことも少なかった」

「だから自然と読書だとか映画を観るだとか陰キャ趣味が増えたんだけど―――」

「高校じゃそうも言ってられないだろうし、今までの自分は逃げてただけなのかな~って」

 何も一匹狼が好きなのと一人でいるヤツは同じじゃない。

 前者は人疲れや一時の気の迷いでカッコつけてるだけかもしれないが、後者はそうじゃない場合が多い。


「友達作りたかったの?」

「え!?いやっ・・・まぁ、趣味とかをまともに話したい人はほしいよね」

「僕SNSなんかも大してやってないし―――って何言ってんだろ」

「いいんじゃない?そういう悩み。私だって連絡とってる後輩とか先輩いるけど、いたらいたで悩むことあるよ?ホントは上っ面だけの関係で心で繋がれてないんじゃないかーとか」

「そうなの?」

「うん、そんなもん」

 緩やかな坂を上りながら軽く微笑む。

 その言葉に救われたのかどうなのか、彼は腑に落ちたかのようにすんと前に向き直る。

 若干引き上がった下唇、何か考え事でもしているのだろうか?


「まぁなるようになるよ。葵にその気があればすぐ友達出来るだろうし―――」

「これも何かの縁だしね」

「・・・嬉しい」

 心の底から出たような自然な感謝。

 言う人によっては煽てや賺しのように思われるが彼の場合だと全然別。


「これからどんどん、嬉しいが増えればいいね」

『もうすぐ着くぞ~』

 坂の先に並ぶ彩り豊かな建物群。

 きっとここはそれなりの収入がある人種が住むような一画で、高遠家もそうなんだろう。

 実際二人の身形や健康状態はよさそうで、透も程好く筋肉質な体系だし息子の葵も体脂肪は見当たらないが食生活に困っているという風体ではない。

 寧ろ育ちがいいんだろうなという気品を嗅ぎとらせた。


(逆に気遣いそ~)

 宮村家だって貧乏ではないがずっと同じマンション暮らし。

 しかも私は女で学校行事にもしっかり参加していたため諸々の雑費だとか洋服代だとか食事代だとかかかっているだろう。

 今後急に上がるQOLとどう付き合っていくかが少女の議題にあがりそうだ。


「一応今日は下見程度で、学校始まる前に引っ越しとかでもいいから」

 車一台が停められる駐車場付きの縦に伸びた一軒家。

 これがなんだか不思議な気分で、ずっとマンション暮らしだったからこの他人のニオイが沁み付いた箱を我が家と呼ぶなんて、とてももどかしい。


(住めば都って言うけどさ)

「?、入らないの?」

 葵に促される柚香。

「あっうん」

 自分が思っていたよりもまだ状況に順応できず、緊張しているんだなっていうのを改めてわからされた。


 ♦♦♦♦


「おお、いい感じの広さ」

 両手を広げられるほどの大きい玄関口。

 目の前にすぐ階段があり、廊下の先は多分浴室やトイレがあるんだろうな。


「おじゃましまーす」

 二階に上がるとちゃんと整頓されたリビングが広がっていた。

 我が家よりも綺麗なぐらいだ。


「この広さなら家族四人でテーブルを囲っても問題ないよな」

 透は自慢げに腕を組みウンウン頷いている。

 亜妃乃はリビングが見渡せるキッチンに赴き色々と確認していた。


「柚香ちゃん、どうかな?」

「いやー正直よすぎるというか、私にとっては贅沢過ぎてママよくやったなって」

「ははっ、そう言ってもらえると嬉しいよ」

「昔はこの家だって前の妻がいて賑やかだったけれど、今じゃ俺が夜ご飯とか作って葵が掃除とかしてちょっと話し相手がいないというか、寂しかったからなぁ」

 透の眼差しは過去を慈しむように、キッチンの亜妃乃に目を移した。


「この再婚でまた前みたいに笑い声が戻るならさ、俺としても嬉しいんだよ」

「透さん・・・」

 そういえば何で離婚したのだとか理由と時期を聞いていない。

 過去は詮索しない方がいいだろうし、両家庭話せる時期がくるまでその方が都合もよいだろう。


「これから俺のことはパパと呼びなさい!」

 気風のいい笑い声が響く。


「ぜっ、善処します」

「それはそうと葵、柚香ちゃんを空き部屋に案内しておいてくれないか」

「父さんはちょっと亜妃乃さんと話すことがあるから」

「あっ、うん分かった」

 手持ち無沙汰に話を聞いていた葵は柚香についてくるようにと促す。


 この家の唯一の欠点は階段の多さだが、いい運動になるだろうと考えていると最上階の寝室に。

 上りきって右手にトイレがあり残りは三部屋。


(やっぱ落ち着かないな~)

 窓から差し込む西日の端切れが薄暗い廊下を橙色に照らしている。

 伸びた廊下の突き当りにも窓があり夜の帳が下りるのを迎えようとしているのか幻想的な色合いに包まれていた。


「こっちが父さんの部屋で、奥が僕の部屋、手前を柚香さんの部屋にしようと思ってるんだけど―――」

 流石に相部屋ではなくてよかったが、矢張りトントン拍子に何の努力も犠牲も払わず前より広い自分専用の部屋を手に入れられるのは、他人に無償の奉仕を施されるのをむず痒いと感じる私の性格的に受け入れ難いものがあった。

 都合がよすぎて罠なんじゃないかとか疑心暗鬼に陥る損な性格。

 多分宝くじで一等が当たっても貯金してしまうんだろうな私は。


「へぇ、いい部屋だねホント」

 柚香ルーム(予定)は今のところ物置になっているがこの休み中片付けるとのこと。

 窓も二つ付いていて風通しもよさそうだ。


「葵の部屋も見せてよ」

「えぇ?何の面白みも無いと思うよ?」

「いいじゃん、男子の部屋なんて―――入ったことないから!気になるの!」

 思い出したくないことを思い出さないようにして彼の背を押す。


 三月の日の入りは思ったよりも早く、先程まで橙色だった家の中ももう紫色に染まっていた。


「葵ってさ、綺麗好き?」

 透の話から推察しても彼が真面目過ぎることがわかった。

 中学男子の部屋とは思えないくらい物の配置などが気持ちのいい場所に置かれていて、本棚も大分充実していて表紙の高さなども揃えられている。

 ベッドだってそのまんまではなくホテルのように皺一つなくシーツが張られていた。


「そうだね、母さんが口煩く言ってきたから今でも続いてるんだ」

 部屋の灯りも点けないで勉強机の上に置かれた写真立てを愛おしそうに見つめる葵。

 流石に便乗して覗こうとは思わなかった。


「そっか、因みに私は掃除洗濯得意じゃないから、お世話になるかも」

「あ・・・」

「どったの?」

 葵の顔がみるみるうちに紅潮していく。


「いや、あの、洗濯物とかは別々にできるよう父さんに言っておきますから」

「あー・・・」

 それを言わなきゃ意識しないのに言われると気になってしまう。

 私は深く考えていなかったが彼が駄目なんだろう。


(なんだろう、逆にあざとすぎて可愛いな)


 目の前の少年の発言や態度にいちいち萌えを見つけてしまう。

 そんな柄じゃないがこうなるとついイジワルしたくなってしまうものだ。


「ねぇ葵、葵は今彼女とかいるの?」

「え・・・?―――いませんけど。というよりも最近は異性がちょっぴり」

「苦手?私も?」

 一歩、彼に寄る。


「柚香さんみたいな感じはそこまでですよ?」

「ウチの高校って共学じゃん?男と話すのは問題ないとしても女と話すのに免疫はあった方がいいよね」

 手先足先まで強張ってたじろぐ姿を見せる葵。

 その双眸は深い藍を帯びていた。


「だから私と一緒に勉強していこう?友達作りのためにさ」

「―――まぁ柚香さんがいいのならいいですけど」

 ぎこちなく腕を組み、内向的な性格と連動したように肩を持ち上げて身を縮こませる葵。

 観察して分かったが一挙手一投足に自分にないものが見受けられた。

 私は大雑把だしガサツだから、余計彼がお淑やかに見える。

 男に対してそんな言葉使うのは変だがそう感じたんだ。


「そうとなれば遠慮なんてもうしないでよ」

「家族になるんだし、いつも通りにして?」

「私も弟ができたと思って接するからさ」

「僕同い年なんですけど~」

 と言いつつ庇護欲を掻き立てられる性格をしていると思うよこの子は。


『そろそろ帰るわよ~』


 階下から亜妃乃の呼びかけが聞こえた。


「わかった~!」

「じゃあまたね」

「あっ、うん」

「そうだ、連絡先教えてよ」

「いいの?」

「いいに決まってるじゃん」

 スマホを取り出すのにもたつく葵。

 その動きに初々しさを感じながら連絡先を交換する。



「部屋どうだった?」

「・・・透さん、本当に自分の部屋にしちゃいますよ?」

「好きにしていいよ。その方が使ってない部屋も喜ぶだろうし」

「まっ!詩人!」

 和気藹々と話して新しい環境でもやっていけそうなのを再確認した柚香。

 もうとっぷり日も暮れた春の夜、玄関先まで見送ってくれた二人に別れの挨拶を告げ私達も我が家に帰る。


「いい人でしょ?透さん。葵くんとは仲良くできそう?」

「うーん、ちょっと静かだけどいい子だと思う」

「よかった!あでも葵くん可愛いからって変なことしちゃ駄目よ?」

「しないよ~(ママからも可愛いって見られてるんだ)」

 星空を仰ぐと夜風が頬を擦り抜ける。


「でもよかった」

「え?」

「柚香、前まではあんまり乗り気じゃなかった気がするし」

「今日葵くんと会ったのも初めてだったじゃない?透さんだけならまだしも同年代の子が急に増えるのって、お母さんだったらちょっと怖いかなって」

「―――私だってそう思ってたけど、今更もう遅いよ」

「ごめんごめん」

「そういうわけだから一応荷造り始めてね?月末には今住んでるところ引き払うし」

「・・・そうだよね、あそこから引っ越すんだよね」

 考えると切なさが滲んでくる。


「―――パパも幸せにやってるわよ」

「浮気したのに??」

「そう。ママも透さんと出会えて幸せ」

「そんなもんかね」

「あなたも大人になったらわかるわ」

 その言葉に子供の私は何も言い返せない。



 そして帰るまで過去を噛み締めることにした。



 要らないものは、捨てなければならないから。

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