君に、聞いて欲しい

 日向くんが真面目な顔でわたしを見つめて来る。


 いつもの嫌そうな顔も、今日は見ていない。


 ずっと笑っていて、わたしが道を間違えた時も少し呆れた顔をしただけで、それも少し笑っていた。あとはBLコーナーに行こうとした時かな。少し困らせちゃったかもしれない。


 距離を取ろうとする感じは全然なくて、いつもより何かが近くて、たった一日しか経ってないのに、昨日までの日向くんとは違っていて、これが本当の彼なのかもしれないと思った。


 男の子は三日会わないだけでかつもく? しろっていうけど、こんなに違うものなんだ。


 いつもよりも温かくて、優しい。


 それでも途中までわたしは不機嫌だった。だって、わたしに嫌いって言った日のうちに、ユカリちゃんとゲームセンターで遊んでいたというのだから、当然だ。

 わたしが落ち込んでいる間に、二人は仲良くなるなんてなんだか許せなかった。


 だけど……。


『俺が嫌いなのはお前だけだ』


 なんて、少しも慰めになっていない言葉で、わたしは上機嫌になってしまった。


 今までずっと「どうでもいい」と言っていた日向くんが、わたしをそうやって特別な場所に置いてくれているのが、たまらないぐらいに嬉しかった。


 日向くんにとっての「どうでもいい相手」はとても多くて、そんな中で、彼のたった一人の「嫌い」になれたのは、とても大きいことであるように感じたから。


 けれども、それならわたしは日向くんをどう思っているんだろう。


 昨日言った「どうでもいい」とも今は違う。この心はどう名前をつければいいんだろう。


 どうでもいいなら、嫌いと言われてもどうでもいいはずなのに、わたしが初めてどうでもいいと思った彼に、嫌いと言われてどうしてあんなにも、揺れてしまったのだろう。


 わたしはどうして、彼に抱き着くと安心するの? わたしはどうして彼と話したいと思うの? 彼の「嫌い」の場所を独占したいと思ったのはなんで?


 考えれば考えるほど、わかんなくなる。


「わたし、は……」


 答えが出ない。

 答えはない。

 昨日からずっとそう。

 どれだけ答えを探しても、見つからない。


――だってそうだ。もうわかっているんだから。


 挨拶を無視されて気になった。

 話かけようとしても寝ているから気になった。

 平気な顔で、一人で居るから気になった。

 なんで君は一人で平気なの?

 なんで君は人と話さないの?

 

――なんで君はそんなに楽しそうなの?


 一人は怖いじゃん。人と話さないのは寂しいじゃん。


 そんなの楽しいわけないのに、たまに木津っちと話していて起きている日向くんは、誰かが笑い合っているところをいつも楽しそうに眺めてる。


 わからない。

 それがわからなくて、知りたくて、ずっと君と話したかった。


 ずっと君のことを知りたかった。


 けど、それでもこんな気持ちを言えるわけがない。それは望まれている答えではないから。


『赤月花蓮』はそんなことを言わないから。


 日向くんはそんな風に考えるわたしに優しい笑顔を向けて来る。

 長い前髪で片目が隠れているから、その細かな表情まではわからないけど、彼は珍しく自分からわたしと目を合わせてくれていた。そして、赤月、とわたしの名前を呼ぶ。


「無理はしなくてもいい」


 それは今までの突き放すような言い方と違って、「いつか教えてくれ」と言うような、わたしに気を遣った言葉だった。

 どうでもいいから、そう言っているわけじゃない。

 それがとても嬉しかった。


「なんか、今日は優しいね」


 思わずそう言うと、日向くんは驚いたような顔をして、やりづらそうに首元を触った。


「そういうつもりはないんだけどな」


 知ってるよ。だって、君はいつもなんだかんだ優しいんだ。


「……ね、日向くんはさ。わたしのことどう思う?」

「……は?」


 わたしの急な質問に、日向くんはキョトンとした顔をする。どういう意味かわからないといった感じだ。たまに日向くんがする顔だけど、無防備で、それが少し可愛いと思う。


「わたしはさ、赤月花蓮でしょ?」

「何言ってんだ?」


 当たり前のことを言うなって顔をしてる。そうだよね、当たり前だ。

 でも、その当たり前がわたしにはわからない。


「だから、それが気になるの。日向くんには赤月花蓮がどんな風に見えてるのかなって」

「……」


 日向くんがコーヒーを啜る。

 惚けた顔が真剣な顔に戻った。少し、残念。

 それから、日向くんはわたしの顔を見て、小さく息を吐いた。


「知らん」

「え?」


 返って来た答えに、耳を疑った。


「え、あの、なんかあるんじゃない? その、日向くんにとってのわたし。らしくないって思ったことないの?」

「だから、知らん」


 少し、怒りそうだった。

 こっちは真剣に話しているのに、なんでそんなに素気なくするの。さっきまではちゃんと話をしてくれてたのに。

 そう思って、日向くんを睨むと彼は真剣な顔で言った。


「俺はお前のことをまだ何も知らない。だから知りたいって言ったんだ。だから、お前らしさとかそんなもの聞かれてもわからん」


 それに、と日向くんは言う。


「結局、お前はお前でしかない。らしさって、他人に決められるものじゃないだろ」


 言い終えて、日向くんはコーヒーにまた口をつけた。

 想像もしなかった日向くんの答えに、わたしが黙っていると、日向くんは何を勘違いしたのか「悪い、柄にもないこと言った」と言って、照れ臭そうに顔をそらした。


「なにそれ……」


 日向くんに聞こえないぐらいの声量で、私は呟いた。


 不満じゃない。嬉しいのだ。


 怒ろうとしていたのに、そんな気なくなっちゃった。


 素気ないだけかと思ったから、びっくりしちゃったせいだ。日向くんって、本当にわからない。今まで、話したことのないタイプなんだから、当たり前だけど。


 でもきっと、それは日向くんだから言えることで、そう思えて、わたしは彼ほど強くないから、そう言われても納得なんて出来なくて……。


 だけど、わかってしまった。


 どうでもよくないのに日向くんの側が安心するのは、彼が、わたしに興味なんてなくて、最初からずっと他のみんなと同じ扱いしかしなかったからだ。

 わたしを『人気者の赤月花蓮』じゃなくて、『ただの赤月花蓮』として接してくれるからなんだ。

 それは「嫌い」と言われてからも、きっと変わっていない。


 気がつけばこんなにも単純なことだった。


 わたしがどんなことを言っても、やっても、きっと彼はため息を吐いて、それでもわたしを受け止めてくれる。や、抱き着くのは無理矢理だけどさ。それでも……。


 彼になら、言える気がした。

 みんなが知ってる私とは違う。本当はすごく面倒臭いわたしの気持ちを全部。


「……話すよ。わたしが日向くんと話したい理由」

「……いいのか?」

「日向くんが言ったんじゃん」

「そうだけどよ……」


 本当にいいのかと確認をするように、日向くんが見つめて来る。

 それに、そっちこそいいのかな? と思う。


 や、違うか。本当は少しわたしが緊張してるんだ。


 話して引かれないかとか、離れて行ってしまわないかとかそんなことを考えてる。これで本当にいいのかな。日向くんはわたしの話を聞いてどう思うかな。嫌いって言われるのはもういいけど、距離を取られたら流石に立ち直れないかもしれない。


 話さなくてもいいんじゃないかな。そんなことを少し思った。


 彼も無理はしなくてはいいって言ってくれたし、きっと今やめても何も言わないはずだ。


 頭ではそんなことをずっと考えてる。卑屈なわたしが、引き留めようとする。

 でも、わたしの気持ちは――。


「いいよ。君に、聞いて欲しい」


 そう、言っていた。

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