俺は赤月のことが知りたい

 赤月が機嫌を直してしばらく後のこと、一時、赤月が道を間違えてあらぬ方向へ行ってしまうということはあったが、俺たちは無事、アニメショップへと辿り着くことができた。


 いくらかノリで動くところがあるのは、なんとなくわかってはいたのだが、あんなに不機嫌全開だったのに、上機嫌ですたこらと歩いて行かれてしまうものだから、困ってしまう。


 しかも、今は……。

「ね、日向くん。あそこ! 今度はあそこ見てみたい!」


 この有り様である。

 ここに来てからというもの、物珍しさにはしゃいでグッズのある場所やら、ⅭDが置いてある場所を興味深そうに見て周っていた。


 何がそんなに面白いのかキラキラと目を輝かせている。割と目立っているから、もう少し大人しくしてほしい。


「あっ! あれ、真鈴ちゃんの部屋に置いてあるやつだ!」


 隣にいる赤月が、そう言って指を差した方を見て、顔が引きつった。

 まさかの貴腐人向けの漫画コーナーである。


「ちょっと待て」


 流石にオタク文化に馴染みがない赤月にいきなり与えるのは、不味いのではないかと、ストップをかけるが、赤月は不思議そうに首を傾げた。


「どうしたの?」

「なあ、赤月、あそこにあるものが何かわかってるか?」

「え? 何って、漫画でしょ?」

「それはそうなんだがな……」


 と、そこでちょいちょいと赤月に手招きする。


 依然としてわかっていなさそうな彼女に、軽く耳打ちしてやると、真っ赤になってその場で沈黙した。


 やはり耐性はなかったらしい。


「だ、だから真鈴ちゃんは読ませてくれなかったんだ」


 先ほどから赤月の口から出て来る真鈴とは、彼女の妹のことだろうか。だとしたら、ずいぶんと配慮が出来ている。


 最近は青年誌でもたまに取り扱われることがあるって言っても、今でもそれなりにアングラな趣味だからな。いくら娯楽と言っても、それを楽しむためには何かきっかけだとか、積み重ねだとかが必要だ。


 俺もそれなりに商業系だと読むジャンルではあるが、同人では難しい題材を扱っている都合、ちょっとしたことで好みの食い違いが起こったり、時には血で血を洗う抗争が起こったりする。


 かなり個人的な感覚ではあるが、商業系だとオタク同士のすれ違いが少ないような印象がある。

 あと、俺は好きなキャラがいちゃいちゃしてりゃいいので、SNSで流れて来る逆カプのイラストとか気にしない。

 男って割とそんなもんだし、極まって来ると自分がどこまで許容できるのか試したくなってしまう。


 強いて苦手なものをあげるとすれば、原作完結後のⅠFカップリングものだろうか。男女が過程を描かれて結ばれるものは特に、なぜ男男にしようとするのかイマイチ理解できない。


 何にせよ人には色々な趣味趣向があるので、最初に近寄る場所は選ぶべきであるし、無理に他人を引き込んではならない。押し付けてはいけない。


 何を考えてるんだろうね、俺は。


「ま、そういう訳だから先ずは手近なところからいけばいいんじゃないか?」

「そ、そうだね。わたしにはまだちょっと早いかも」


 そう言いながらも、顔を赤くしつつ、らちらちらとBLコーナーを見ている辺り、興味そのものはあるらしい。

 ふむ、あと一歩で引き摺り込めそうだが、あとは真鈴ちゃんとやらに任せることにしよう。俺がやるのはきつい。絵面が。


 そんなことを考えていると、赤月が俺の袖をくいくいと引いた。


「なんだ?」

「日向くんのオススメってなに?」

「……そうだな」


 言われて、少し考える。

 手近なものと言ったのは俺だし、何か単純に漫画とかラノベに対する取っ掛かりになるものとなると……。


「まあ、これとかだろうな」


 手に取ったのはここ最近で話題になっているラブコメ漫画だ。すでに十巻ほど刊行されているが、完結まではまだ時間がありそうだし、今から追いかけても十分だろう。


「なになに?」

「これだ。最近、少し流行ってんだよ」


 気になったのか覗き込んで来る赤月に、手に持っているものを見せると、カノジョは興味深そうに「ほーう」なんて呟いた。


 作者が女性なのか、化粧とか服の話題も多いから、赤月のようなタイプには丁度良さそうだ。我が家でも頻繁に俺の部屋から数巻消えることがあるし、少年漫画だが女子ウケも良いことは知っている。


 犯人は恐らく両方。姉さんも母さんも、普段はそんなに漫画を読む方ではないのだが、俺がいない時にふらりと勝手に部屋に入って何かしか持っていくことがあるのは知っていた。

 壁はそこまで薄くないのだが、二人が盛り上がっている声は時々廊下を通って、俺の部屋まで聞こえてくる。


 こうして考えてみると、言葉のない会話ってのはしょっちゅうしていたのかもしれないな。


 そんなことを思いながら、赤月に漫画を手渡した。


「ほれ」

「あ、ありがとう。これ、買ってみるね」

「おう。けど、いいのか? あらすじも見てないのに」

「うん。面白そうだし、絵綺麗だし」


 それに、と言って赤月は満面の笑顔を浮かべる。


「日向くんのオススメだし、ね!」

「……さいですか」

「さいですよ~。じゃ、行って来るね」


 そう言って、赤月は漫画を持ってレジへと向かっていく。

 それから、赤月が会計を済ませて来るまで待って、二人で店を後にした。

 そこで解散をしても良かったのだが、どうにもそんな空気にはならず、近くの喫茶店に入ることになった。

 適当にコーヒーだとかを頼んでから、席に座った。


「楽しかったあ」


 手に持った飲み物を一口飲んで、満足気に赤月は言う。それに「さいですか」と返すと、赤月は頬を膨らませた。


「日向くん、いつもそれだよね」

「楽だからな」


 割とどんな状況でも使えるからな。

 そんな俺に、赤月は「ちっちっちっ」と言って、人差し指を立てて左右に振った。


「よくない。よくないよ、日向くん。そうやって、雑に会話を終わらせちゃうの」

「やりたかったのか? それ」

「……えへへ」


 だらしなく頬を緩ませる赤月に、

 やだあ、何この子めっちゃ素直。まあでも、やってみたい気持ちはわからなくはない。

 俺も中学生の頃とか、ふざけて某ロボットアニメの総司令がやってた肘をつきながら顔の前で手を組むやつとか真似したわ。懐かしい。


「でも、本当によくないと思うよ?」


 ふにゃりと笑っていた顔を引き締めて、赤月はもう一度そんなことを言った。


「わかってはいる」

「けど、直す気はない?」

「そうだ」


 面倒臭いしな。

 そう思って、コーヒーを啜っていると赤月がうかがう様にこちらを見る。


「……それはやっぱりどうでもいいから?」


 その問いに俺は首を振った。どうでもいいとかどうでもよくないとか、そういうことではない。俺は誰に対してもこうだし、こうすることにしている。


 元来、俺はどちらかと言えば口数が多かった。だから、元々はそれなりに口が回るし、会話が不得手というわけではないのだ。ただ……。


 口数が多いだけならまだよかったのだと思う。


 しかし、俺は口が回れば、いつも意図せずに一言余計なことを言ってしまうのだ。


 口は禍の元というように、不用意な発言は自身に災難をもたらすことも、誰かを傷つけてしまうことがある。

 だから、俺は自分の口数の多さを矯正した。


 今思えば、赤月に言った「嫌い」も一言多いうちに入るだろう。


 昔よりはそういうことが減ったとはいえ、今でもそういった性質が変わらないところを考えると、やはり喋り過ぎるのはよくないのだとそう思う。


「口数多くても良いことないだろ」

「そうかなあ?」


 首を傾げる赤月に、ふと思う。


「お前は、どうしてそんなに俺と話そうとするんだ?」


 俺がそう言うと、赤月はにこりと笑った。以前、抱き着く理由を聞いた時とは違って、余裕がある。

 少し意地の悪い笑顔だ。こちらをからかおうとしているのが丸わかりである。


「知りたいんだ?」

「……ああ」

「だよね、知りたくなんてない……ん? え? あの、今、え?」


 赤月の言葉に頷くと、すぐに動揺したかのように支離滅裂に言葉を乱して、目を回し始めた。


 俺は真剣な表情のまま、急にうるさく鳴り出した心音を落ち着けるように、コーヒーを一口啜った。


 そして、一度、本当にそれでいいのかと自問する。


 それを言えば、俺はもう彼女と無関係に戻ることは出来ない。元の日常はきっと戻って来ない。

 それでも彼女の事情を知る決心が、彼女の思いを受け止める覚悟があるのか。

 


 答えは――。


「俺は赤月のことが知りたい」


 そんなもの、決まっていた。






――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき


おはようございます。高橋鳴海です。

いつも応援や評価、ブクマやコメントでの語字報告ありがとうございます。とても力になっています。

先日、嬉しいことにレビューもしていただき「がんばるぞー」と思っている次第であります。

そんな感謝をお伝えするためのあとがきでございます。近々、近況ノートにまとめようと思っているので、よろしければそちらも覗いてくださると嬉しいです。

どうかこのまま、もうしばらくお付き合いください。


高橋鳴海


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