優斗は変なとこで真面目だからな

 清々しい気分のまま授業時間を終えて昼休み。


 珍しく起きている俺に妙に視線が集まったり、それに教師たちが驚いたり、俺とは逆に何故か船を漕いでいる赤月がいたり、板書を写したノート文字が汚かったりしたが、まあ概ね良好。授業間の休憩は寝ていたから調子も良い。


 つーか、いくら珍しいからって、人が起きているだけなのに注目し過ぎなんだよ。


 そんなことを昼飯を口に運びながら、目の前に座る木津に伝えると冷たい目をされた。


「いや、そりゃ注目するだろ」

「んだよ、当たり前のことをしただけだろ?」

「その当たり前のことを今までしてなかったのは優斗じゃんよ。先生方なんて感動して、ちょっと泣きかけてたぞ」

「んなアホな……」

「まあ、ちょっと誇張したけど、大体みんな驚いてたぜ? 何があったんだよ」


 別に、大したことじゃないんだが……。


「悩みが一つ消えた」

「悩み? もしかして、あれか。赤月さんとの噂」

「やっぱ知ってるよな」


 俺がそう言うと木津は箸を一度おいて、居住まいを正した。

 それから声を潜めて、


「やっぱ脅してんの?」

「んなわけあるか」


 不名誉極まりない疑いをすぐに否定すると、木津は「だよな」と笑った。


「んじゃ、赤月さんとどんな関係なんだよ」

「いや、それは……」


 言葉に詰まる。

 そういえば、俺と赤月ってどんな関係なんだ。特殊な関係だというのはわかるが、明確に言葉として表そうとすると難しい。


 知人ではあるが、友達ではない。ただ、距離感だけがバグっている。そんな関係性。


 一番単純なのは抱き着く方と抱き着かれる方だろうが、それをそのまま伝えるのはノーだ。


 結局、答えは出そうにないので、はぐらかすことにした。


「つーか、お前こそ怒んねーのな」

「ん? 俺が? なんで?」


 その反応に本気でがく然とする。

 こいつ、マジかよ。


「いや、俺と赤月のことだ。お前、一ノ瀬のこと紹介した時とかめっちゃ怒ってただろ」

「あれは冗談だぞ?」


 その言葉にまた、ガツンと頭を殴られたような感覚がする。


「は? いや、だって、お前、裏切り者って叫んでたじゃねえか」

「おふざけに決まってんだろ」


 それにしては迫真だった気がするんですけど?


「優斗は変なとこで真面目だからな。ま、ちょっぴり本音が混じったのは確かだけど、そこまで本気で言ってねえって」

「お前な……」


 結構本気で気にしてたんだぞ、俺。

 そんなことを思っていると、今度は木津がため息を吐いた。


「つーか、優斗も水くせえよな。悩みがあるなら話してくれりゃいいのによ」

「や、それはな……」


 言い訳をしようとして、やめる。


「いや、悪かった。今度からはちゃんと話す」

「お、おう。やけに素直だな」

「ちょっとな……」

「ちょっとってなんだよ」


 誤魔化すところではない、とそう思った。


「視界が開けた、ってやつだ」

「比喩表現わかんねえよ、文芸部……」

「全部言わせようとすんな」


 恥ずかしいんだよ、こっちだって。


「……しゃーねえな。ま、今日は優斗が少し心を開いてくれたってことで、納得しとく」

「都合のいい解釈すんな」


 ぶっきらぼうにそう言ったが、木津がそう感じるのなら間違ってはいないのだろう。

 そんなことを思ってしまう程度には、自分でもこうして彼に話をしている状況に、少しだけ今までにないものを感じていた。


「んじゃ、俺はそろそろ用事済ませて来るわ」


 すっかりと空になった弁当箱を袋にしまって、立ち上がる。


「お、なんかあんのか?」

「まあちょっと、な。詮索はしないでくれると助かる」

「……あいよ。行ってこい」


 木津の言葉を背に受けて、俺は席を離れる。


 出て行く時に、少しだけ赤月の様子が気になって、視線を向けると突っ伏している赤月と、それを前にして少し慌てている遠野がいた。心なしか、周囲もそちらを見ているように感じる。


 やはりというか、周囲に対する影響力は強いらしい。


 彼女に元気がないだけで、教室の雰囲気は一段階も二段階も落ち込んでしまうのだろう。


 ただ、それが良いことなのかはわからないな、と思う。

 彼女の望む望まないに関わらず、誰かに影響を及ぼしてしまうこの状況を他でもない赤月自身は、どう感じているのだろうか。


 考えたってわかるわけがないのに、そんなことが少しだけ気がかりだった。

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