だってアンタ、花蓮のこと結構好きじゃん
「待て、そんなことあるか?」
十七年も生きていたら一度や二度ぐらい、人に嫌われる経験ぐらいあるだろ。
「普通ならないでしょうけど、あの子、本当に今まで人に嫌われたことってないのよ。昔から誰にでも愛想良くて、運動も出来て、勉強は少し苦手だったけど、別に全然出来ないってほどじゃないし、少し抜けてて愛嬌もあるから、ずっと人気者だったわ」
「それでも、陰で色々言う奴ぐらいいるだろ」
「そういう子とも仲良くなっちゃって、好かれるのが花蓮なのよ。アンタみたいな陰キャにも良く話しかけるし。それでも、アンタの言うように、裏で言われてたかもしれないってのは、否定できない。けど、少なくとも表立つようなものはなかったわ。だから、嫌いなんて、ハッキリ言われたことなんて、本当に今まで無かったのよ」
「確かに赤月も、初めて言われたって言っていたが……」
それにしたって、そこまで気にすることだろうか。
いや、別に気にするなと言いたいわけではない。ただ、わからないのは……。
「俺みたいな冴えないやつになんて思われてもどうでもよくないか。そこまで気にすることじゃない」
俺が赤月のことをどう思おうと、あいつのこれからの人生にはなんの汚点も残らない。ただ、変なやつに嫌われた、程度のことだろう。普通。
「いや、アンタ冴えないって言ってるけど、髪が長くて、顔がパッとしないぐらいで、キャラはかなり濃いじゃない」
「いや、そんなにキャラ濃くないだろ」
「濃いわよ。濃すぎて胃もたれしちゃいそうだわ」
言い過ぎではないだろうか。
「ま、喋らなきゃ冴えないやつって意味では間違ってないんだろうけど」
「それって喋ったらうざいやつってことだろ」
「そうとも言うわね」
容赦って言葉を知らないのかよ。言い当てたの俺だけど。
「……なんにしても、アンタが原因なのは間違いないってことでいい?」
「よくはないが……まあ、そうだな」
昔の赤月のことを知っているらしいこいつが言うのだから、きっとそうなのだろう。
そう思ったから、異論はなかった。
「はあ……なんか用事があるって言ってたから、まさかとは思ったけど、日向について行ってたとはね。ずいぶん気に入られてるじゃない。アンタ、本当に何したのよ」
「さあ、脅しでもしたんじゃないか?」
おどけて言って見せると、それを遠野は鼻で笑った。
「はっ、本当に脅してるやつがそんなこと言うかっての」
自分も最初は疑っていたくせによく言うよ。
「どうだろうな」
「……アンタ、誤解されるわよ」
遠野が冷ややかな視線をこちらに向けて来るが、今度は俺がそれを鼻で笑う番だった。
「それならもうとっくにされてる」
「そっか」
納得したというように頷いて、冷ややかな視線を今度は馬鹿を見るものに変えて、彼女は笑った。
「それにしても、案外アンタって話せるじゃない。普段からそうやって人と話せばいいのに」
「興味ないやつと話したくないし、関わりたくないんだよ」
それに、木津とは話してる。
「うっわ。そういうこと言っちゃうんだ」
そういうこと言っちゃうから、俺は陰キャなんだよ。
「見た目は冴えないし、喋ると残念。救いようなさすぎじゃない?」
「余計なお世話だ」
少しは歯に衣着せろよ。
好きでやってんだから、放っておいてくれ。
「ま、でも、なんとなく花蓮がアンタのことを気にする理由はわかった気がする」
遠野はそう言うと、よっこらせと声を出して立ち上がった。
「今ので何がわかったんだよ……」
「まあ、色々と。幼馴染だからわかることっていうか、まあ、何? アンタって珍しいのよ。それこそ、マウンテンゴリラと同じぐらい」
「数が少ないもの例えに、よりにもよってなんでそれをチョイスするんだよ」
確かに、絶対数少ないから例えとしては適切なんだろうけど。
「いいじゃない、ゴリラ。優しくて、ハンサムで……確かに、アンタごときに使う例えじゃなかったわね」
思い切りよく罵倒にシフト変えないでくれない?
「……で、何が珍しいんだ?」
自分に向いた矛先をずらすべくそう言うと、遠野は素直にそれに応じてくれた。
「あの子、可愛いし人気者だから、普通ならみんなが興味を持つでしょ? 実際、学校中に名前を知られてるわけだからね。ただ、」
そう言葉を区切って、彼女は力のこもった眼差しで、俺の顔を見つめる。
「アンタ、本当に興味なかったでしょ? クラスメイトなのに、今の今まで」
「……ああ」
「それが、珍しいのよ」
言われてみれば、そうかもしれない。
学校中を探したなら、きっと俺みたいなやつは一定数いるはずだ。
ただ、そこに「クラスメイトである」という前提が加われば、話しは変わって来る。
木津曰く、赤月は始業式の時点でクラスメイト全員に話しかけていたらしい。俺は全く覚えがないが、ともかく、そんな彼女に興味を持たない。あるいは、関わらないというスタンスを取るやつはそういない。
赤月花蓮は、誰にでも優しい人気者なのだから。
俺にはちっとも優しくないが……。
「けどな、それでどうして赤月が俺を気に掛ける? 自分で言うのもなんだが、俺はずっと寝てたし、誰から話しかけられても無視してたから、あんまり印象良くないだろ」
遠野が深くため息を吐いて、「それがわかったら苦労しないっつの」と俺を睨んだ。
「あの子、アンタとも話をしてみたいって、ずっと言ってたのよ?」
「……なんつーか、物好きっているんだな」
「ほんと、そう思うわ」
まあでも、と遠野は言う。
「話してみないとわからないこともあるのね」
どこか晴々とした顔で、一人で納得したような様子の遠野に、首を傾げる。
「アタシ、アンタのこと嫌いじゃないわ」
「何言ってんのお前」
しみじみと呟かれた言葉に、思わず引き気味にそう言った。
「なんでもいいでしょ。ね、アンタはどうなのよ」
「心底どうでもいいと思ってる」
「……ツレないわね」
そりゃそうだろ。むしろ、それでツレたらちょろいどころの話じゃない。
「ま、いいか。勝手に絡めばいいだけだから」
「本人居る前で、ダル絡み宣言するのやめてくれない?」
ただでさえ、お宅の赤月さんに抱き着かれたりしているのに、これ以上何かを追加するのはマジで勘弁してほしい。
「それはアタシが決めることじゃん。アンタの指図なんて受けないっての」
俺の切実なお願いは、そう却下される。別にこだわるところじゃないのに、強引にどうにかしようとすることないだろうに。
……もしかして、赤月の変なところで強引で我が強いのって、こいつの影響か?
楽しそうに笑う遠野を見て、げんなりする。
そんな俺の様子におそらく、遠野は気づいているのだろうが、それを無視して彼女は話を続ける。
「だからさ、アタシはアンタと花蓮の関係とか、今二人の間でどんなことがあるとか、聞かないことにするよ。それって、結局、アンタら二人が決めることなんだから」
「……そいつはどーも」
それで俺に絡んで来たりさえしなければ、なおのことありがたい。
「みんなにはアタシからそれとなく言っておくよ。だから、日向は日向で、花蓮のことだけ真剣に考えたら?」
「話をつけてくれるのはありがたいが、なんで俺が赤月のことを考えなきゃなんねーんだよ」
ほとんど反射的に、そう俺が言うと、遠野はおかしいものでも見るような顔をした。
「だってアンタ、花蓮のこと結構好きじゃん」
「は? それってどういう……」
意味なんだ、と聞く前に遠野は歩き出した。
「自分で考えなって、それぐらい。つか、そんなことよりゲームしよ。ゲーム」
すっかりと憂いの消えた表情で、そんなことを言い出した遠野は、そそくさと先程のゲームの筐体まで向かって行ってしまう。
その後、しばらくその場で呆然としていたのだが、怒った顔の遠野に連れられて、最終的に辺りが街灯に照らされるまでの間、たっぷりとゲームに付き合わされたのだった。
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