アンタ、花蓮になんかした?

 残っていた二曲も終わり、それでもどこか満足していなかった様子のプリン頭だったが、流石にもうワンプレイを希望することはなかった。


 初見のゲームの最高難易度をプレイしていたらしい俺はと言えば、ただただそれに安心した。もう百円を無駄にする気は流石にない。


 そりゃあ出来れば楽しいのだろうが、出来ないもの、それも上達する気さえないものに金をかけるなんて馬鹿げている。それが娯楽なら、やりたいやつがやればいい。


 まあ、誘うのが悪いことだとは言わないが、彼女の場合強引過ぎたというか、そもそもの流れがおかしかった。


 自販機で買ったコーラを美味そうに喉を鳴らして飲んでいる彼女を見て、またため息を吐く。


「なによ」


 プリン頭が耳聡く反応して、こちらを見る。


「いや、なんで俺、ここに連れて来られたんだろうと思ってな」

「それはアンタに話があるからよ」


 迷いなく告げられた言葉に、俺は首を傾げる。


「話? お前が、俺にか?」

「そう。アタシが、アンタに。と言っても、話すってよりは聞きたいことがあるって感じだから、アンタはそれに答えるだけでいい」


 そいつはまた、面倒臭いことで。


「その前に、アタシの名前、本気で知らないみたいだから、教えとくわ。遠野ユカリ、赤月花蓮の友人よ」


 赤月の友人、ね。


「それじゃあ聞きたいのは噂のことか? それも、悪い方の」

「へぇ、話しが早いじゃない。それであってるわよ」

「まあ、だいたい予想は出来たからな」


 あそこまで敵意だとか嫌悪に溢れた目をされて、それもその相手がクラスメイトの女子なのだから、むしろその可能性を考慮しない方がおかしい。

 もっとも、カツアゲの線も濃厚だったが。だって怖いし。


「で、どうなのよ。実際」


 短い言葉だったが、だからこそ、そこからは明確な怒りを感じた。

 もし、事実なら許さないとそうハッキリと告げられている気がする。

 ただ、


「俺が違うって言って、お前は信用するのか?」

「しない」


 だろうな。俺だって渦中の相手、それも、自分の友人を傷つけているかもしれない相手の言葉を信用したりしない。それが、偏見に濡れたものだと自分で理解していたとしても、だ。


 だから、この問答に意味はない。


「話はそれだけか?」

「まだあるわ」


 そう言って、遠野はペットボトルを脇に置いて立ち上がる。


「アンタ、花蓮になんかした?」


 難しい質問だった。

 したと言えばしたし、部活への勧誘は失敗したわけだから、実質していないのと大差がない。どちらかと言えば、抱き着かれていたという点で、俺はされていた側だ。


「してないな」

「嘘。じゃなきゃ花蓮があんなに落ち込むはずない」


 落ち込む? いつも能天気で、明るい、あの赤月が?


「あいつが落ち込むことなんてあんのか?」

「アタシだって今日、初めて見たわよ。だから、アンタに聞いてるんじゃない。花蓮と噂になってるアンタに」


 そんな風に断定されても困る。赤月とはここ最近、特殊な関係になって、多少の交流こそ生まれたが必要以上の接触はしていないし、あいつのことはやはり何も知らない。


「俺ごときがあいつの何かに影響を与えられるわけないだろ。そもそも、だ。これまで、俺はあいつとほとんど関わって来てないんだ。そんな俺に、赤月がどうだとか聞かれてもわかるわけないだろ」

「ッ……! だッから! アンタだって言ってんでしょーが! これまで関りが無かったアンタが急に出て来て、変な噂が出回ってるアンタ以外に、誰が花蓮を傷つけるって言うのよ!」


 んなこと、俺の知った事じゃない。


「知るかよ。わからないもんはわからん。それにな、そんな事実無根の噂を信じて、こうして俺に構ってるよりも、ゲーセン来て音ゲーしてるよりも、やることがあるんじゃねえのか」


 お前は、赤月の友人なんだろう。


「うっさい! アンタに何がわかんのよ!」

「何もわかるわけ……」


 ないだろ、とそう口にする前に噤んだ。

 遠野の鬼気迫る表情に、言葉を失った。


「アタシだって、一緒に居てあげたかったわよ。でも、仕方ないじゃない。あの子に、誰よりも明るくて、人と笑うのが好きな子に、一人で考えたい、一人にしてなんて言われたら、もうどうにも出来ないじゃない」


 悔しさを隠そうともせずに、唇を噛みしめて遠野は俺を睨む。


「アンタが悪いやつじゃないってのはわかった。強引に連れて来たのに、音ゲー、付き合ってくれたし」


 いや、それは断ったら面倒臭そうだなと思ったからなんだけど。

 つーか、こいつみたいな美少女に音ゲー誘われて断るやつそうそういないだろ。や、俺は断りたかったんだが、一般論として。


「もちろん、信用はしてないから、勘違いしないで」

「するかよ」


 たったそれだけのことで、信用されるなんて思っちゃいない。


「そもそも、信用されようなんて思っちゃいない」

「……めんどくさ」

「それ最近よく言われるけど、お前も大概面倒臭いからな?」


 話をするだけなら、それこそ喫茶店でもよかったはずだ。

 まあ、どうせこいつ自身の憂さ晴らしも兼ねていたのだろうが、それにしても、だ。


 回りくどいことこの上ない。


「悪かったわよ。……で、どうなの?」

「どうなのって言われてもな……」

「本当に何も知らないならそれでいい。でも、もしも何か心当たりがあるなら、教えて」


 尻すぼみになりながらも、彼女のその言葉はどこまでも切実で、心の底からどうにかしたいとそう言っているように感じた。


 実際、そうなのだろう。遠野は、今、赤月花蓮という友人のために、何か出来ることはないかと必死になって、悩んで、苦しんでいる。


 友人のためにここまで心を裂いて、一見、無様にも見えてしまうほどに叫んで、その内心まで曝け出すなんて、早々出来ることじゃない。本当に無様で、いっそ滑稽だった。


 しかし、だからだろうか。そんな彼女が、俺にはとても美しいものであるように、感じられた。

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