第25話 絶望のグループ

「……やべえぞ」


 先導していたフォンが、前を向きながら呟いた。

 目の前を見ているのだから、当然、視線は目の前に吸い寄せられるが、精霊は前を向きながらも、全方位を見渡せる力がある。

 単純な視界の広さではなく、直感や探知という部類に入る力だ。


 見当違いの方向を向いていたウリア、ユキノ、ブルゥ。

 前方、左右、異常を確認することができなかった。フォンが残された方角に目を向けないのは、意識を逸らして逃げる速度を落とさないため――、


 たった一瞬の動揺が、死に直結する。


 あの少年のようになる。

 首根っこを掴まれ、動かない少年。


「……あ、あう――」

「ユキノ――、お前、見たのか!?」


 ウリアも真後ろに視線を向けてしまった。……向くつもりはなかった。

 しかし迫る脅威、死神の鎌が、イメージの中で後ろから刃を首元に突き付けている。

 ゾクっとした命の危険に、視線を向けないことができなかった。


 正体を把握しないまま、逃げるのは未知との勝負。

 知らない事実がストレスを生み、ポテンシャルに影響を与える。

 だから見るべきなのだ。

 脅威を確認したのは、全てが間違い、というわけではない。


 今回はタイミングが悪かった。


 アンドロイドの青年。

 彼が手に持つをすぐに手放して、両手が空いていたならば。


 ウリアもユキノも、なにも問題はなかったのだ。


「マル……、ク……?」


 首根っこを掴まれ、引きずられている少年。

 足が地面を擦っている。

 構わず、痩身の青年はウリアたちを追い、圧倒する速度で追いかけてきている。


 動かないその荷物を置くこともしないで。

 まるで、こちらに見せびらかすように。


 挑んできた者の末路を見せて、結果で闘争心を砕くように。



 ――マルクの胸には大きな穴。


 向こう側の景色がよく見え、風通しが良い、丸く、くり抜かれた肉体。


 まぶたが上がっていても、どこを見ているのか分かったものではない。


 現実を見ていないような――彼自身が、現実にいないような――。



「あ、あ……」


 ユキノが。

 陰陽師の少女が。


 精霊を複数、所持する使役者が。


 未来を約束した少年の、電源が切れたようにぐったりしている体を見て。



 壊。


 壊れる。


 喉が切れるかと思うような、切り裂くような悲鳴を上げた。


「いやぁ、いやあああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」


 ―― ――


 1F、日用品フロア。

 パニックになる住民に指示を出し、なんとか小型の潜水艦に詰め込んでいく。前へ前へと押してくる大勢の住民は、他者を押しのけ、自分だけが助かろうとしていた。

 気持ちは分かるが、もう少しハンターを信用してほしい、と小柄な少女は思った。


 モコモモ。

 桃の髪色——肩につくショートカットだ。

 彼女は、チームでお揃いの戦闘服を着ていた。


 肉体の線がよく分かるが、体を守る装甲はかなり堅い。

 カオスグループの一撃を喰らっても、少しのダメージしかない程度には。


 しかし当たり前だが、保護されている部分に限る。

 もしも保護されていない隙間を狙われたら、ひとたまりもない。


 彼女の手には、魔法使いが使うような長い杖があった。

 先端が丸く、もう片方の先端は鋭く。

 ハンターの中でも階級は【レベル・ブルー】……【レベル・レッド】よりも一つ下である。

 彼女がこうして避難に協力しているのは、カオスグループには勝てないからだ。


 実力がないからこそ、レベルレッドに上がれない。



 だが、レベルブルーだからと言って、相手が自分を避けてくれるわけではない。

 ハンターの中の階級など眼中にないバケモノは、遠慮なく襲ってくる。

 弱肉強食は、どんな状況でも関係なく牙を剥くのだ。


「……みんな、大丈夫かな……?」


 住民を避難させながら、モコモモは仲間の顔を一人一人、思い出す。


 戦闘向きではないモコモモは、こうして住民を避難させることに集中している。


 では、戦闘向きの、他のメンバーは?


 もちろん、できる限り、襲ってくるカオスグループの対処をしている。

 たとえ実力で敵わないとしても、相手を殺すことだけが勝利ではない。

 今回は、住民を安全に避難させれば、モコモモたちの勝利なのだ。


 それに、自分たちが勝てなくとも、レベルレッドのハンターが二人、同乗している。

 手傷を負わせただけでも、カオスグループに対してかなり有利になる。


 倒せなくとも、生き残れば充分だ。

 

 その生き残る、という項目が達成困難であるのだが。


 ―― ――


「ミキト! そっちに一匹、いったぞっ!」


「ああ、分かってる! アン、その一匹を集中して叩こう!」


「でも、一匹ずつ足止めしておかないと、なにをされるか分からないわ!」


「大丈夫だっつの、こいつらカオスグループは、協力なんてしねえんだからよ!」


 とは言っても、

 結果的に協力しているような構図が生まれてしまうことは多々ある。


 あるカオスグループの一撃が、他のカオスグループが敵の隙を突く一撃の手助けになってしまったり、など。向こうには「協力をしよう」という意思はないのだろうが、結果が出てしまっている以上は、協力したのと同じ脅威を振りまくと考えておいた方がいい。


 モコモモのチームメイト。


 ミキト、シゲハル、アン。


 全員、モコモモと同じ戦闘服に身を包んでいる。

 青をベースにして、ところどころに白いラインを入れている。レベル・ブルーである分かりやすい表示だが、そういう意図があったわけではない。ミキトとモコモモで選んだ偶然だ。


 ブラウンの髪を揺らした優男、と印象を受けるミキトが、己の武器である剣でカオスグループの一撃を防いだ。後ろにもう一匹、どちらも二足歩行のカオスグループ。

 どちらも剣術を身に着けており、そのほとんどがミキトの技術だった。


「俺の、技を……ッ!」


「どけどけどけどけどけッッ、おらぁああああッッ!!」


 シゲハルの飛び蹴りが、カオスグループの横っ腹を打つ。

 顔をしかめたシゲハルだが、カオスグループはミキトへの不意打ちを完遂できなかった。

 吹き飛ばされ、しかし大した距離ではない。


 すぐに復帰できてしまう距離だった。


「シゲハル!? 足、大丈夫!?」


 アンが駆け寄ってくる。


 パーマを当てたような、くるんと膨らむ髪を持つシゲハル。


 彼の足を観察するアンは、マルーン色のストレートの長髪を左右に揺らしている。


 心配そうにぺたぺたと足を擦るアン。

 なんとか、多少、痛みは和らいできた、とシゲハルは錯覚した。

 立てば、走れば、踏み込めば――痛みが悪化するだろう。

 だが、そんなことも言っていられない。

 今は戦闘中。隙を見せれば、あっという間にやられてしまう。


「ちっ」


 舌打ちをしたシゲハルは、屈んでいたアンを押し倒す。

 動揺するアンだが、真上に見えた、シゲハルの頭の上を素通りする切っ先を見て――、さっ、と顔が青くなる。


「ッ、シゲハル! 横に逃げて!」

「あ?」


 ゴッッ!! と、シゲハルの後頭部に踵落としが容赦なく入る。

 カオスグループの踵は、人間と違い、少々の棘がある。

 今、それが、シゲハルの後頭部を突き刺した。


「し、シゲハル!? ねえ、シゲハルってばっっ!?」


 ぐったりと、アンの膨らみに頬をつけるシゲハル。

 瞳を潤ませたアンの耳に、微かな声。


「……はっ、いま、幸せ、な、気分だ、なあ……」


 なんのことだか分からなかったアンは、シゲハルが自分の胸に顔を埋めて、その柔らかさを堪能していることに数秒、遅れて気づく。

 いつもならば問答無用で殴るのだが、今だけは、ぎゅっと抱きしめてあげることにした。


「……なんだよ、急に、優しくなったりして……」


「急、かな。ずっとずっと、私はシゲハルに優しかったけど……?」


「――はっ、どの口が、言ってんだ……」


 声は聞こえる。しかし、ぐったりとした状況から、シゲハルは起き上がろうとしない。

 アンの胸を堪能している――とも取れるが。

 いや、シゲハルの性格を考えたら、こうあるべきではあるのだが。


 きっと今は。


 起き上がることが、できないのだ。


「二人とも! カオスグループが、後ろに……ッッ!」

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