第26話 vs現実

 ミキトの声は届かなかった。

 届くまでもなく、アンの後ろにカオスグループがいるのは分かっていた。

 けれど反撃はしなかった。


 すれば、シゲハルを硬い地面に置いてしまうことになるし、気づかぬ内に、戻らぬ人になってしまうかもしれない。


 だから。

 アンはシゲハルを優先した。


 後悔を、残したくなかったから。


 アンが体を起こしてシゲハルと向き合った。

 ぐったりと、彼はアンの肩に顎を置く。


「シゲハル、私の気持ちに気づいてた?」


「あ……? まあ、な。……ただオレは、弱くて、心配で、守ってあげたくなる、場の雰囲気をいつも明るくする無邪気なモコモモが、好きなんだよ――……だからお前の気持ちは、聞こえなかった振りをしてた――」


「絶対に聞こえてたのに、『なんだよ?』って毎回言ってたもんね」


 くすっとアンは笑い、ぷはっ、とシゲハルは噴き出した。


「ま、モコモモにはミキトがいるからな。敵わねえって思ってた。ずるいぜ、あいつら。幼馴染とか、付き合うの直行じゃねえか」


「でも、あの二人はまだ付き合ってないわよ? シゲハルにだって、チャンスは――」


「ミキトは告白できないんじゃなくて、しないんだよ。あいつはオレがモコモモを好きだって知ってる。そして、モコモモがこのチームを壊したくないって知ってる――だから、現状維持のために、あいつは告白をしないんだ」


 ずっと一緒にいるため。

 そんなことは、不可能なのに。


「できる限り、っつうわけだ」

「シゲハルは……私じゃ、ダメかな」


「最後の最後に、切り札を切りやがって……」

「女は温存して、勝負所で一気に切るのよ」


 アンはにっこりと、獲物を捕らえたような満足感を得ていた。


 奇抜な技なんて使わない。

 耐え忍び、ここぞという時のために温存しておく。


 女は正攻法でこそ、人一倍、輝くのだ。


「まあ、そうだな。お前もお前で、悪くねえ。

 ……モコモモに最後に会えなかったのが、心残りではあるがな」


「……モコモモ」



「――みんな!」



 戦場にいるべきではない、桃色の髪を持つ小柄な少女が飛び出してきた。


 彼女はアンとシゲハル――、それに、刃を振り下ろすカオスグループを見て、駆け出す。


 長い杖を突き出して、少しでも早くあの場に辿り着くために。



「……会えた、ね」

「会えたな。ま、心残りはもうねえな。……なあ、アン。天国って、あると思うか?」


「どうだろうね。でも大丈夫、私だって地獄にいくから、あっちでも一緒よ」

「さり気なくオレが地獄だって決めてんのかよ。……否定はしねえけどな」


 シゲハルも、アンも、良い人間だったわけではない。


 生きるために色々なことをした。アンとシゲハル、ミキトとモコモモ、その二組は真逆と言っていい人格だった。陰と陽。決して合わない二組は、いつの間にかチームを組み、今日まで仲良しチームとしてやってこれていた。


 けれどそれも、突発的に終わることがある。


 おかしなことではない。

 いつもいつも、こういう危険はついて回っていた。

 それが今日——だっただけの話だ。


 バケモノセカイ――弱肉強食の世界。


 強い者が勝ち、弱い者が負ける。分かりやすい世界のシステム。


 アンとシゲハルは、負けただけのこと。

 

 覚悟は最初からあった。だから、恐怖はない。


 ただ、


「告白して、答えを貰って。……一緒に、色々なことをしたかったなぁ」

「しゃあねえよ。オレらにとっちゃあ、今までも幸せ過ぎたさ」


「そうね。モコモモ、ミキト……誘ってくれて、嬉しかった」


「友達、家族……、手の中になかったものを、あいつらはオレたちに与えてくれた」

「胸を張って、私たちは幸せだった! って、言える」


 アンの頬の上を、涙が流れる。


 そして、必死に走るモコモモへ、言葉を投げる。


「ありがとね、モコモモ」


「い、やぁっ――」



 ザッ、というあっさりとした音で、アンの首は切り落とされ、その勢いのまま、シゲハルの首も切り飛ばす――ごろごろ、と、二人の顔がモコモモの足元に転がった。


 シゲハルと、アン。

 二人の顔は、優しく、満足したような。


 後悔のないような表情をしていた。



 モコモモは膝を崩し、二人の頭部を抱く。


 涙を流して、ぎゅっと抱きしめる。


「――うぁ、うあああああああああああああああああああんっっ!!」



 仲間二人の頭部を抱きしめ、泣き叫ぶモコモモに迫るカオスグループがいた。


 剣を振り上げ、既に殺した二人同様に、首をばっさりと切り落とそうとする。


 モコモモは気づかない。

 いや、視線をカオスグループに向けた……彼女は分かっている。


 分かっていながら、あえて避けずにじっと、迫る刃を見つめていた。


「もう、いいや……」


 風を切る刃の音と共に、モコモモは目を瞑る。

 顎を上げて、首を晒す。彼女は諦め、仲間の背中を追おうとした。

 だが、音はあっても、生きている感覚が消えることはなかった。

 頬を撫でる、微かな風。

 後ろから『なにか』が自分を追い抜いたために、起きた風だった。


 金属がぶつかる音。

 地面に滴る水滴の音が聞こえてくる。


 ゆっくりと目を開けたモコモモは、幼馴染の背中を見た。血だらけで、傷だらけで。後ろを見れば、足を切断されて、逆さまになった昆虫のようにもがいているカオスグループの姿がある。


 前に見える背中は、ミキトのものだ。昔からモコモモの隣にいて、一緒に色々な壁を乗り越えてくれた、助けてくれたパートナー。彼はあまり見せない怒りの顔をモコモモに見せる。


「なにをッ、やってるんだ、お前はッ! 

 どうして逃げない、どうして諦めて、死のうとするんだッッ!!」


「だ、って……」


 モコモモはぎゅっと、仲間の頭部を抱く。四人でチームだ。今までがそうだった。

 これからも、ずっとそうなるつもりだった。

 ……なのに、今、四人の内、二人の命が、あっさりと消えていった。


 もう動かない。

 話すこともない。


 笑い合うこともできない。


 これまでの日常を、これから先も続けることはできない。


 二人が欠けたら意味がない。

 モコモモにとって、生きる理由にはならない。


「どうして、俺を置いていく……」


 ミキトが震える声で言う。

 誰にでも優しく、リーダーとして立ち振る舞い、冷静でどんなことにも正しく、正解を導く彼だが、完璧人間なんかではない。

 そんな人間、一人もいないだろう。

 もしもいればそれは人間ではなく、だ。


 モコモモは、ミキトを――幼馴染の、しかし別世界にいる男の子だと思っていた。

 自分の手では届かない存在。

 だから彼のことを、近くにいるけど言葉以上に踏み込まないと線引きをしていた。


 いや、引いていたわけではない。近寄れなかったのだ。

 別世界だから。


 けれど、当たり前だった。

 彼だって人間で、レベル・ブルーのハンターで。バケモノが怖くて、逃げ出したくもなる。

 それでも今、目の前でカオスグループと剣を合わせているのは、


「お前を、失いたくないからなんだ……っ」

「ミキ、くん……」


「アンとシゲハルはもういない。信じたくないけど、言いたくないけど、お前の抱えるそれが証拠だ。二人は、バケモノに、殺されたんだっ!」


 やめて! と、モコモモは叫びたかった。だが、つらいのはミキトも同じだ。彼は血の涙を流すように、現実を口にする。思っているだけでは信じないから、直接、口に出して認めさせる。


 現実逃避なんて、絶対にさせない。


「これ以上、仲間を失いたくない……。お前だけは、絶対に」


「そんなの、わた、わたしだって、同じだよ……、ミキくんがいなくなったら、嫌だよ!」

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