第6話 助けられた二人
「ヴァーちゃん!」
その少女はどうやら俺達が待っていたユリウスの婆ちゃんらしい。でも、どうみても婆ちゃんというには無理がある。
その姿に色々と思う所はあるけれど、余計な詮索をして俺やナナカの心象を悪くする訳にはいかない。
「ユリウスの婆ちゃんですか?」
「ユリウスのお婆ちゃん?」
俺がユリウスの祖母なのかと確認すると、ナナカも同じように口にした。
「誰がお婆ちゃんだっ!」
ん?違うのか?なんだかプンスカしちゃってるけど、慌ててユリウスを見ると明らかに気まずそうな顔をしている。
「あ、あのね!ヴァーちゃんはヴァーちゃんなんだけど、僕のお婆ちゃんじゃないよ!」
「は?そうなの?でも婆ちゃんって」
「彼女の名前はヴァーナイムと言って、僕はヴァーちゃんって呼んでいるんだ」
「なっ、それを早く言って!ご、ごめんなさいヴァーナイムさん」
「ごめんなさいヴァーちゃん」
ナナカは初対面だと言うのに『ちゃん付け』で呼びやがった。おい、もう少し怖気付け。それにしても俺はずっとヴァーちゃんの事を婆ちゃんとボケ続けていたのか。
「ほー、お前は私の事を『ヴァーちゃん』と呼んでくれるのか。そうかそうか、良い子だな。ではお前達にも自己紹介をしてもらおうか」
「私の名前はシラキ ナナカ。あっちの男の子は…あれ、マキトの苗字って何だっけ?黒川だっけ?」
「俺の苗字は森下だよ。俺はモリシタ マキト。てっきりユリウスの婆ちゃんが来るのかと思ってました」
「うんうん。お前達はきちんと謝る事が出来る良い子なのだな。気に入った。お前達も私の事をヴァーちゃんと呼ぶように」
なんだろう。名前にコンプレックスでもあるのだろうか。ヴァーナイムさんって呼ばれるのは嫌なのかな。それにしてもあれだな、見た目は俺達より少し年上、いっても中学生くらい。でも話し方は随分と大人というか、見た目と声の可愛らしさと物凄いギャップがある。
「この世界の多くの人間は私に様を付けて呼ぶ。だがしかし、それを子供にまでやられて距離を置かれる事に寂しさを感じている。だから、マキト、ナナカ、私のユリウスと友達になってくれるのであれば、私にはヴァーちゃんと気軽に呼んでくれると嬉しいかもな」
この世界の多くの人間って…もしかして凄いお偉いさんなのかな?
「さて」
ヴァーちゃんが俺の魔法で作った石に視線を落とす。そしてその石を俺の手から受け取りしばらく黙って眺め始めた。
もしかして色々とまずかっただろうか。悪い事はしてないつもりだけど何とも言えない緊張感が走る。
「ん」
どことなく力を籠めた感じがした。その瞬間ヴァーちゃんの掌にあった石が光り輝く。
その光を包むように握り、俺達に見せるように掌を出してきた。
そこにはあったはずの石がなくなり、代わりにとてもシンプルで綺麗なネックレスに変わっていた。そのネックレスには俺が作った石と同じ橙色の宝石の様な物が填められている。
「すごい!」
「へへへ、そうだろそうだろ」
ユリウスの照れ方はヴァーちゃん譲りだったのか。それにしてもヴァーちゃんって何者なんだ。こんなとんでもない出来事を間近で見ちゃうと夢を見ているんじゃないかって疑っちゃうよ。
「これをユリウス、マキト、ナナカ。お前達にあげる」
「いいの?」
「ああ、もちろん。この石はマキトが作った物だろう?それに私は少し手を加えただけに過ぎない。遠慮は子供らしくはない、ほれ」
「ありがとう!」
ナナカの笑顔が眩しい!俺が石を作って見せた時の何倍もの笑顔が眩しい!圧倒的な精神ダメージを受けた俺は心の中で胸に手を当ててヒールを唱えるけどまったく癒えない。
「どうしたマキト?嫌だったか?」
「え、いや、ありがとう。だけど…これ家に持って帰って爺ちゃんになんて言ったらいいか…」
「あ~…そんなこと考えてもみなかった。まあ、あれだ。露店で買ったとでも言っとけばいいだろう?」
「いや露店って…ナナカは心当たりある?」
「露店ね~…あっ!少し家から離れた商店街の中におじさんがいつも出してるあれって露店じゃないの!?」
あー、あの商店街の中にそういえば自作のアクセサリーとか売ってるおっちゃんいたな。出してる物は良い感じなんだけど、あのおっちゃんちょっと臭いんだよ。
「ならその露店で売れ残った物を安く買ったと言えばいい。あり得る話だと思うが…どうだろうか?」
「いいねそれ!マキトもそれで良いでしょ?」
そんなキラキラした目で言われたら断れない。あそこで売ってる物はどれも高値じゃなかったし、500円くらいで安く買えたと言えば爺ちゃんも納得すると思う…うん、たぶん大丈夫だ。机の中に一生しまっておこう。ムリムリムリ過ぎる。
「ちなみにそれ、お前達の世界で売れば相当な高値が付くから誰にも渡したらいけないぞ?」
「やっぱりな…」
「やったー!」
高価そうに見えるから何となくそうだろうなと思ったけど、これってもしかして世に出しちゃいけない物なんじゃないのか。
「それよりも、驚かせてすまなかったな。もう少し早く現れるつもりだったのだけどな」
「え、あ…大丈夫。ユリウスと楽しくやってたし」
「そうそう、ユリウスの野性味あふれる行動にはビックリしたけどね」
「私も遠くから見ていてそれには驚いた。まさかユリウスが川に飛び込んで魚を捕まえるとは」
「え!見てたの!恥ずかしいよ…」
「ふふふ。なに、良い事ではないか?こうしてお前が元気にしている姿を見れて私は嬉しい」
見ていた?どこから見ていた?いつからだ?
ヴァーちゃんはユリウスの頭に手をのせる。ユリウスは恥ずかしそうにしているけれど、喜んでいるようにも見える。
二人の関係が何なのかは知らないけれど、家族なのか、それとも近所の面倒見のいいお姉さんなのか。その面倒見の良いお姉さんがこの世界の多くの人間から様付けで呼ばれる…大体さっき私のユリウスって言っていたけど、何が何だか考えれば考えるほど訳が分からなくなってきた。ユリウスってやっぱりお偉いさんの子供なのかもしれない。
そうこうしていると、俺は再び驚くものを目の前で見ることになる。
ここに飛ばさる直前に俺達の足元に現れた円形の何かがユリウスの頭というより、ユリウスの頭に乗せられているヴァーちゃんの手元からそれが現れた。
そしてそれはユリウスの頭から足先に移動し再び頭に戻り、ヴァーちゃんの手の中に消えてしまう。
「ありがとうヴァーちゃん」
「いやいや、そのまま濡れた体ではまずいからな」
「い、いま何を?」
「今の?ヴァーちゃんが僕の濡れた服とか乾かしてくれたんだよ」
「本当に?」
「うん、そうだよ?」
「そんな事が出来るなんて…すごいな。あの、あのさ、ヴァーちゃん」
もしかして俺達を此処に飛ばしたのはヴァーちゃんなんじゃないだろうか。俺やナナカがどこの人間なのかまるで聞いてこない。こんな大自然に囲まれた所で素性の知れない子供がいたら何か聞いてきてもいいはずだ。
「色々考えさせてしまっては悪いから端的に話すが…まずマキトとナナカ。お前達が目の前でみたアレは…異世界からの人攫いだ」
「え?」
「もしかしてあのお地蔵さんがやったの?」
「いいや、違う。あの地蔵がやったのではない。そもそもあの地蔵にそんな力はない。精々やって人としての善き姿勢を一つ与えるくらいだな」
「じゃあ誰が…」
「誰がとは言えない。言えないとは教えられないではなく、凡その検討はつくが、はっきりと分かってはいない。だから誰がとは言えない。一つ言えるのは神の仕業ではないという事くらいか」
俺とナナカは顔を見合わせる。俺達の常識からかけ離れ過ぎている話にひたすら驚く事しかできない。
「あんな方法で人攫いだなんて。でもさ俺達は何であれに気が付いたの?周りの人達は全く気付いた感じじゃなかったよ」
「考えられるのはお前達二人があの辺りを日頃から強く注目していたとかだな。認識阻害を越えたというのならそれが一番の考えられる」
心当たりがあり過ぎる。俺は勝手に拝み人とか言って見ていたし、ナナカもそれは同じだ。
「それでどうして俺達は此処に?」
「それはお前達はあそこで呆然として離れようとしなかったではないか。善良な子供があそこであのまま立ち尽くしていれば、攫う者に気づかれてお前達まで攫われてしまう。だから、私がこの世界に飛ばした」
「じゃあ、ヴァーちゃんは俺達を助けれくれたって事なの?」
「そうだ」
「でもなんで?それはたまたま?」
「たまたまといえば、そうかもしれないし、そうでは無いとも言える」
「んー、なんだかヴァーちゃんの話は回りくどいなー」
「なっ!よくもそんな口を!」
ヴァーちゃんは俺を捕まえて頭を拳でぐりぐりする…けっこう痛い。
「助けてくれてありがとうヴァーちゃん」
「ナナカは良い子だ。マキトの様に口の悪い者になるな?」
「マキトは普段猫を被っていてたまに口が悪くなるけど、悪い子じゃないよ?」
俺ってばなんて言われようなんだ。それに猫を被ってなんかないぞ!
「そ、そんな話はいいんだよ!それよりも、こんな事はよくある話なの?」
「よくある話であってたまるかこんな事…ただ、よくある話ではないが、以前にもお前達の住んでいる家からそう遠くない所で同じ事が起こった」
「本当に!」
「本当だ。だから私はあの世界を注視している」
「攫われたあの人はどうなったの?」
そうだ、あの拝み人はどうなったんだ。毎日なのかは分からないけどお地蔵さんに拝んでいた人は見た目は悪い人ではなさそうだった。ヴァーちゃんなら助けられるのではないだろうか。
「あの者は…手の届かないところへ行ったよ。気配が全く感じられない」
「え!」
「お前達の世界にはある程度の制限を掛けた。地球から人間がどこかの世界に送還、もしくは召喚を応じなくした。引き続き監視はするが…」
ここで俺達が何を言っても仕方ないことだろう。それに助けてくれたんだし。本当は色々と詮索したい。はっきりと貴女は何者なんですか?と聞きたい。でもこの場の空気が悪くなっちゃうのは避けたいところだ。それに、何か聞いちゃいけないような気がする。めちゃくちゃ怖くなってきた。
「ねえねえマキト」
ナナカが俺を呼んで耳元で呟く。
「へへへなんて照れ笑いする人に悪い人はいないと思うよ。悪い人はもっと嫌らしい顔をしながら気持ち悪い笑い方をすると思う」
俺はそれを聞くと不覚にもニヤついてしまった。たしかに、この二人は妙に可愛らしい照れ笑いをする。
「何をコソコソと話している。言いたい事があるなら言ってみろ」
「へへへなんて照れ笑いをする人に悪い人はいないって話をしただけだよ」
俺は再びヴァーちゃんに頭を拳でぐりぐりされる。言い出したのはナナカなのだから、ナナカにぐりぐりしたらいいじゃないか。
「いだだだだだだ」
「まったく…ほれ、もういい時間になる頃だから、マキト、ナナカ、向こうに送ってやるぞ」
「そうだった。俺達無事に帰れるのか…ありがとうヴァーちゃん」
万事解決とはいかないにしろ、とりあえず俺達は帰る事が出来るんだ。うん、これには感謝しかない。しかし、それを知って悲しそうな顔をする人物がいる。
「帰っちゃうの…」
うっ、ユリウスがとっても寂しそうに呟く。そんなずるい顔をするな。お前は男の子だろう、なんでそんな可愛い顔が出来るんだ!
「これこれユリウス。家があるのだから帰るに決まってるだろうに」
「だって!せっかく仲良くなって…友達が出来ると思ったのに…」
「……そうだな、あの地蔵の正面辺りにお前達の時間で朝の九時から十二時の間だけ、お前達二人が認識し、それでいて二人だけが入れる転送陣を置くとしようか。此処に遊びに来たい時に好きに入るが良い。しかし、この事は私達だけの秘密だ。いいな?」
「まじで!」
「やったねマキト!」
ヴァーちゃんの事が何者なのか分からないから怖い。でも、この不思議世界に二度と来れないと思うと残念ではあった。しかしだ!また遊びに来れるのならこんなに嬉しい事はない。結局俺は自分の好奇心に抗えないでいる。
「ううぅ…ぅ…」
「ユリウスどうした!」
「僕、嬉しくて…」
「ぅ…いかん…私までもらい泣きを…」
「ちょちょちょ!二人して何泣いてるの!」
そんな涙を流す二人を「イイコイイコ」とナナカが頭を撫でて宥めている。
「ユリウス、次は釣り竿もってくるから川にじゃぶじゃぶ入らないで川の外から魚獲ろう!」
「本当に!?絶対だよ!」
「うん、絶対だ!」
俺達は一人の友人を作った後に、ヴァーちゃんの力で元の世界に戻ることが出来た。
光が俺達を包み、その光が開かれた先にはいつものお地蔵さんがいる。
ヴァーちゃんがいう転送陣には別の力も働き、短時間に限り辺りの人間には俺達は認識されないらしい。その証拠として、突然現れた俺達に戸惑う人はいない。
「もう夕方かあ…」
「帰ろっ」
恐ろしい思いはしたけれど、俺達はファンタジーの世界に足を踏み入れた事に喜び、爺ちゃんが待つ俺達の家へと無事に帰る事が出来た。
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