第7話 あのね…魔法を使って畑を耕したいの!!

「おきろ…起きろって…起きろってばナナカ」


 珍しくマキトに起こされた。普段は必ずと言って良いほど私の方から起こすのに、この日はどうやら違うらしい。

 

 「さっき寝たばかり…」


 「もう十時過ぎてるぞ」


 「イヤ…まだ起きない…」


 「そっか…じゃあ俺一人で行くから、それで良いね?」


 昨日帰って来てから話し合った私達は、今日もユリウスとヴァーちゃんが居る世界に行こうと約束していたんだった。

 でも、眠い。話し合いが終わった後に案の定ゲームの世界へログインし、スズさんと夜遅くまで…カーテンの隙間から朝陽が差し込むのを見てそれからベッドに潜り込んだ。


 「いくよ…いくから置いてかないでよ…」


 「爺ちゃんには釣りに行くって言ってあるからさ。おにぎりとかお菓子とか用意したから早く行こう」


 マキトはそれを声を小さくして私に教えてくれる。ここまでされたら今すぐ起きるしかない。

 気合を入れて勢いよく起き上がり適当に準備をする。髪が短くなったせいなのか、前より寝ぐせが酷い気がした。


 「爺ちゃん行ってくるね」


 「お爺ちゃん行ってきます」


 「おお、気を付けるんだぞ」


 マキトは大き目のリュックを背負い、右手にはお爺ちゃんの釣り竿を二本持っている。


 「エサは?」


 「ミミズみたいなのはあるぞ」


 「あれ苦手…なんか嚙まれそう」


 二人でしばらく歩くと例のお地蔵さんが見えてくる。「ここからどうしたら?」なんて話をすると辺りの様子が変わった。

 マキトと見ると表情が少し強張っているから気が付いているはず。

 

 緊張して握っていた手に力が入る。そして二人はあっという間に光に包まれた。


 「マキト!ナナカ!」


 私達の名前を誰かが大きな声で叫び、抱き着くその人はユリウスだった。少し涙目でもあり、笑顔でもあり、頭の一か所だけカールしたくせっ毛がなんとも可愛らしい。


 「ちょ、ちょっとユリウス離せ!」


 「遅いよ二人とも!もう来てくれないのかと思ったよ…」


 「うぐ…これで本当に体が弱いのか。結構な力があるじゃないか」


 「へへへ、そ、そう…かな?」


 ユリウスのを聞いて、この場所に帰って来たんだと実感する。

 なかなか離してくれないユリウスの後ろには、ヴァーちゃんが困り果てた様子で私達を見ていた。

 

 「私のユリウスが、昨日二人が帰ってから気分の高揚が凄まじくてな。普段あまり食べてはくれない食事もおかわりまでした。朝になれば私を叩き起こしてこの有様だ」


 ヴァーちゃんの話を聞くと、普段のユリウスが本当に病弱である事が分かるけど、目の前のユリウスは元気いっぱいだ。

 甘えん坊の弟がいたら、こんな感じなのかもしれない。

 マキトは弟って感じでもないし、兄もしくは双子の兄妹ってところ。


 「ねえねえ、ユリウスって何歳なの?」


 「え?僕もうすぐ十歳だよ」


 「私達と同い年なの?」


 私はクラスの女子の中で一番背が高い。マキトは私より背は低いけれど、同学年の中で目立つほど……小さいか。

 ユリウスはというと、同い年とは思えないほど背が低かった。一つ年下と言われても納得してしまう程の背丈だ。


 「体が弱いとか言い訳にしてご飯ちゃんと食べてないだろ」


 「うっ…そ、そんな事はないと思うけど」


 「いいや、きっとユリウスはおやつは食べるけど用意してくれたご飯を言い訳してちゃんと食べてない。体を強くしたいのなら食べなきゃダメだ」


 突然のマキトの説教に戸惑うユリウス。ヴァーちゃんは「もっと言ってやれ」と煽り、私は黙ってそれを静観する。


 「ユリウスは同い年のナナカを見てどう思う?」


 「大きくて綺麗な人だなって思うし、年上のお姉さんだと思ってた」


 ユリウス、気に入った。もっと言って良いよ。


 「そんなナナカも少し前までは俺より小さかったんだ」


 「本当に!」


 「本当だよ。五、六歳の頃まで俺より小さく細くて、そして食べる事が好きじゃなかった」


 「何でこんなに大きくなったの!?」


 私は今も自分の事を活発な子供とは思っていないけど、その頃の私は今よりも内気だった。

 内気、というより心を閉ざし気味になってしまっていた。

 その原因となったのは保育園で「なんでナナカちゃんにはお父さんとお母さんがいないの?」と言われ「あれはマキト君のお母さんだよ」なんて事を言われたのが始まりだったと思う。


 小さく、か細く、少し強い風に吹かれるだけで折れてしまいそうな、そんな私だった。


 小学一年生になり、マキトは入学祝でゲーム機を買ってもらったいた。

 私は気が付けばマキトの後ろでプレイ画面を見るだけの毎日がしばらく続いていたと覚えている。

 ある日、いつものように私はマキトのプレイ画面を眺めていると、マキトが急に立ち上がり、「ちょっと待ってて」と言って部屋から出て行ってしまった。

 何が起きたのか唖然としていた私だったけど、しばらくしてマキトが部屋に戻ってきて私に見せた物はゲームの中で体力を回復させるための食事を真似して作った物だった。


 「ビッグボアの超々豪快焼きを作ってきた!」と言ったのは今でも鮮明に覚えている。

 「これって何の肉?」と聞くと「……しゃぶしゃぶした豚肉!」と言われて大笑した。豪快焼きと言ったのに焼いてない物だったから。

 そして満更でもない顔をしたマキトを主食におかずとして肉を口にした途端に、体中の血が騒ぎだす様な感覚に襲われる。

 

 味付けのタレが多めで、塩辛く、茹で過ぎた肉は硬い。でも、それが美味しかった。ミサキおばさんやお爺ちゃんが作ってくれるご飯が不味い訳では無い。

 でも、あの日マキトがゲーム内の物を真似て用意してくれたアレが、最高に美味しかったと今でも覚えている。

 

 私が昔の事を思い出していると、ユリウスは私の頭の上へ視線を向けている。

 

 「マキトが作るご飯を食べると何でも食べられる様になるよ」


 「本当に!?」


 正直言ってしまえばそれは嘘だ。大嘘だ。でも、私はマキトをユリウスに自慢したかった。いつも傍にいてくれて、いつも優しいマキトを私は自慢したい。


 「うん、本当。だって、マキトの作るご飯は魔法のご飯だからね」


 「魔法のご飯!それ本当なの!!」


 「私を見てよ。マキトが作ってくれたご飯がきっかけで好き嫌いもなくなった…とは言えないけれど背は伸びたかもね」


 「マキト!僕もマキトが作る魔法のご飯が食べたい!」


 「二人とも何の話をしてるんだよ。魔法のご飯なんて無理だって…」



▽▼▽



 マキトとユリウスが仲良く釣りを始めた。釣り竿は二本しかなかったし、今日の私は別の目的があってこっちに来ていた。

 キャッキャしながら楽しそうにしている二人を他所に私はヴァーちゃんの手を掴んで少し離れた場所で話を聞いてもらう事にした。


 「お願いがあるの」


 「なんだ?言ってみろ」


 「私も魔法が使いたい」


 「魔法か…なぜだ?」


 「んと、あのね…」


 「………」


 「あのね…魔法を使って畑を耕したいの!!」


 「………は?」


 「お爺ちゃんが乗らなくなった車を近々処分するの。そしたらね、そこに空きが出来るから…そこに小さくても良いから畑を作りたいの」


 「ナナカ…お前本気で言ってるのか?わざわざ魔法を使って畑を耕したいと?間違いないか?」


 「うん!それでね、野菜を作ってマキトとミサキおばさんとお爺ちゃんに食べてもらうの!」


 私の話を目の前で聞いたヴァーちゃんが大笑いをしている。口調は堅く、見た目よりも大人の雰囲気があるヴァーちゃんがお腹を抱えてまで。


 「はぁーやれやれ…ちょっと笑いすぎて苦しいから待ってくれ」


 「畑を作りたいの」


 「ぶーーーっ、はははははは」


 私のイメージとしては、手を当てて畑にしたい所の地面がモコモコと勝手に耕せたら良いのになって思っている。それが出来たら楽しそうだしね。


 「人というのは欲の塊であって、やれ名誉だの権力だの金だのと、そんな理由で力を得ようとするのだが、ナナカは誰かの為に力を使いたいのだな…良い子だ」


 「良い子なのかは分からないけど、お世話になってるし…お返しして喜んでもらいたい」


 「挑戦する事は悪くはないが、お世話になっているだとかお返しにだとか、そんなものをナナカの周りは求めてはいないと思うぞ。少なくともマキトはそうだと私は思う。ほれ、こっちに来い」


 ヴァーちゃんの後についていくと「あれあれ」と指を差した先には昨日登った木が見える。

 

 「よく見ていろ」


 ヴァーちゃんは静かに掌を木に添える。それは優しく撫でる様に、そして語り掛ける様に。

 

 「たぶん、ナナカのやりたい事は…」


 カサカサと僅かな音が聞こえる。私は周りを見渡すも、その音が何処から聞こえてくるのか分からなかった。風もなく、でも何かに揺すられる様にカサカサと。

 その時、私の頭の上に何かが触れた。見上げるとヒラヒラと葉が舞い降りてくる。


 「木が…揺れてる」


 「そうだ。力の制御に長けている者ならば触れなくとも出来るが、初めは姿勢が大事だからな。ナナカの中にある小さな小さな、一摘まみするだけで潰れて消えそうな程のその力をこの木に当ててみろ」


 「私の中の力?」


 「体の中に流れている小さな力だ。その身に宿すその力を誰かの為に正しく使いたいと本気で願うならば、この木はきっと何かしらの反応をするはずだ。そしてそれはナナカ自身の魔導の極みへの一歩となるだろう」


 「魔導?」


 「そうだ魔導だ。いいかナナカ。くれぐれもマキトみたいに気合と根性で魔力を使い、それを物質化する事が当たり前だと思うな。あれはな…人で言う所の変態の類だ」 


 マキトが変態だという事が凄く気になったけど、とりあえず変態は置いといて木に向かって両手を添える。

 

 私の力…私の力…。


 私の…力。



▽▼▽



 「ぬぬぬぬぬぬぬぬ…」


 「な、なんか大変そうだね」


 気合と根性で何とかしようとしている所をマキトに見られてしまった。

 お腹空いたからお昼にしようと言われ、「釣れた?」と聞けば「全く」という気の抜けた声が返ってくる。


 「ユリウスはあれ何してるの」


 「あー、あれは…鉄板がないからアルミホイルに肉を包んで焼いてる。それをずっと見てるんだ」


 ユリウスの所に行くとお昼の準備が出来ていた。ヴァーちゃんは既に待機済だ。持ってきたおにぎりとオカズは焼肉だ。なぜか焼き芋もある。

 座ろうとした瞬間、突然がしゃがしゃと激しい音が鳴りだす所に振り返ると、マキトがペットボトルを一心不乱にシェイクしていた。


 「まだ凍ってるの?」


 「大丈夫だ、任せろ!」


 凍らせて持ってきお茶が数時間経ってもあまり溶けていなく、それを何とかしようと再び一心不乱にシェイクするマキト。それを見るユリウスは「すごいよマキト!」と熱いエールを送る。

 恋は盲目と言うけれど、目の前のユリウスを見るとまさしく恋する乙女な気がして心が少し荒んだ。

 ヴァーちゃんはそんなユリウスに熱い視線を送っている。

 


 なんなんだこの人たちは。



 「なにこれ美味しい」「これも美味しい」と何を食べても美味しい美味しいと連呼していたけれど、一番頑張って用意したお茶に対して一言もなかった事に私は心の中で小さく笑った。


 「ありがとうマキト」


 「う、うん。大した事は…していないんだ」


 私は知ってるよマキト。お茶美味しいねって言ってほしかったんだよね。頑張っていたもんね。


 「いいんだ…いいんだ…」と呟くマキトを一番分かっているのは私だからね。


 「そういえばさ、あれ…木に向かって何してたの?」


 「あれは魔力を使えるようになる練習?なのかな。そういえばマキトはさ、その…体の中にある魔力というか別の力というか、そういうの分かる?」


 「なんとなく?」


 「え?」


 「分かるってば」


 「嘘でしょ?」


 「本当だよ」


 「じゃ、じゃあ教えてよ」


 マキトは分かると言った。可愛い見栄は張るけどマキトは私に絶対嘘は言わない。

 

 「元気みたいなもんだよ」


 「元気?」


 「そう、元気」


 変態の類とはきっとこれの事だ。常人には理解できない物言いと結果を出すこれこそが変態の類。

 

 「今はあまり難しい事を考える必要はない。出来ると信じてやってみるんだ。その後は結果をどうするか、だ」


 そんな事を言うヴァーちゃん。


 「結果?」


 「そうだ結果だ。ナナカが力を得たとしてそれは結果。しかし、それは魔導の極みへの一歩、過程に過ぎん。区切りを付ければ結果、歩めば過程だ」


 私はお茶をぐいっと飲み干してからあの木に向かった。きっとマキトは私を見ている。マキトは私を応援してくれている。

 これは私の自惚れなんかじゃない。いつだって私を一番見てくれているのはマキトだ。

 私はわたしの目的を果たし、「凄いな」って笑顔で言ってくれるマキトが見たい。



▽▼▽



 「それじゃあまた明日ねー」


 「明日は私が食事の用意をするから気を利かせなくて良いぞ」


 「分かったー、ありがとう」


 「ヴァーちゃん、ユリウス、また明日ね」


 「そろそろ時間だぞ」とヴァーちゃんに言われるまで、私は木に向かってひたすら唸っていた。結局は何も出来なかったけど、充実した日を過ごせたと思う。

 ただ、今日はいつもより少しだけ疲れた感じがするからたまには早く寝ようかな。私は引きこもりからマキトが言う野生児に変わった今を楽しんでいる。




 「ねえヴァーちゃん」


 「どうした私のユリウスよ」


 「この世界樹ってナナカの想いに共鳴して少し大きくなったんじゃないかな」


 「ふふふ、そうだな。ナナカの粋な想いを知り、この世界樹は楽しんでいた」


 「マキトもナナカも本当に凄いね!そんな二人の友達になれて僕嬉しいよ!」 


 「良い出会いがあったな、私のユリウスよ」




 家に帰りご飯を食べて直ぐに寝ちゃった私。

 そんな私が遥か遠くにいるであろう二人の会話を当然知る術はない。

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